あなたとアメ玉を
二度目の総合文化祭で発表した作品。
主人公の名前はアヤノではなくフミノです!
本日2本目の投稿です
昔から飴玉はあまり好きじゃなかった。
なんで口の中でずっと転がしているだけなの、と幼い私にとっては不満だったからかもしれない。
一度ガリガリ噛み砕いたらお母さんに怒られたことがある。もったいないって言われて。その怒られたことにムッとして、あまり飴玉を食べなくなった。あとからきくと、その時私は泣いていたらしい。
友達のお母さんからペロペロキャンディーをもらったことがあるが、それは好きだった。見るからに不健康そうな鮮やかなピンクのそれは噛むことができず、友達にならって舐めることしかできなかったのに好きだった。それはそうするしか食べ方がないんだと悟ったからだと思う。
けれども飴玉は、グミやチョコレートと何も変わりやしない大きさ、形なのにどうして噛んだらダメなのか。
飴は舐めるもの。噛むものじゃない。
きっとそのことに納得できないまま、私は高校生になってしまったのだ。
休み時間はお菓子パーティーとなりかけている。少しでも糖分を補給して集中するため、とみんな言うけど授業中おなかが鳴るのを防ぐためと私は捉えている。
けれども甘い物の誘惑には勝てない。近くにいた安奈ちゃんがチョコレートの袋を開ける。
「文乃ちゃーん。チョコいる?」
「ありがとー安奈ちゃん。チョコ大好きだから嬉しい。」
彼女から渡された甘いチョコレートを口に入れ、思わず笑みがこぼれる。
「あ、はいこれ。お返しにどーぞ」
私はポーチを開けお返しの品を手渡した。渡されたものを見て安奈ちゃんはまたかと言うように笑った。
「文乃ちゃんっていつもアメくれるよね」
好きなの? と問いかけられたが私は曖昧に笑うだけ。好きなわけないじゃない。
「人にあげるのが好きなんだよ」
実際私はここ一か月飴玉を口にしていない。
一か月前は魔が差しただけ。人にあげてる側なのに、まずいと言われたら嫌だからためしに食べただけ。結局三秒も耐え切れずに噛んでしまったのだけれど。
「へえ。道石さんってアメたくさん持ってるんだね。大阪のおばちゃんみたい」
後ろからあまり抑揚のない、つまりは棒読みに近い声が聞こえた。
振り返ると同じクラスの嶋田君がその長身で私のポーチを覗き見ていた。
私は彼がどこか苦手だった。あまりしゃべらない、授業中もボソボソと話すくせに意見ははっきり言う。それがなぜか私をイライラさせる。
でもそんな気持ちを顔に出さず、私はポーチを探り適当にとった飴を彼に渡した。渡した味はリンゴ味だった。
「嶋田君もおひとつどうぞ」
「……ありがとう」
彼は少し驚いたようだが、素直にそれを受け取った。
そしてすぐに飴玉を口に含んだ。
「え、嶋田君。今食べるの? 休み時間あと少ししかないのに」
安奈ちゃんが驚いて言った。いつも私は彼女に飴を渡すが、実際に食べてくれるのは次の休み時間の時だ。食べ終えるまで時間がかかるから、私が渡したときに食べるのでは間に合わないからだ。
「ん、平気だよ」
嶋田君はそう言って――ガリッと飴玉を噛んだ。あっという間に口の中で転がされるはずだったそれは粉々になり胃の中へ流れていったようだ。
「あーもったいなーい。それに人からもらったアメを噛むとか酷くない?」
安奈ちゃんがそう怒ってくれたが、気にならなかった。
それが彼女の回答なのかと思っただけだった。
嶋田君は悪いと思っている様子はなく肩をすくめた。
「なんかさあ、アメは舐めても腹は膨れないじゃん。それより噛んで飲み込んだ方が膨れるかなって。そんだけ」
それが嶋田君の回答か。
私の胸の鼓動はどんどん速くなっていた。
私は、嶋田君、と彼の名前を呼んだ。
「また次の時間に飴あげるね」
やっと見つけたと心の中で微笑を浮かべた。
長くて退屈だった授業も実際は一時間もなく、いつもと同じだった。授業が終わりポーチを持って嶋田君の席へ行く。彼の名前を呼ぶとすぐにこちらを向いてくれた。
「何味がいい? フルーツ系でもミルク系でも何でもあるよ」
「んー。じゃあ、道石さんのおすすめをちょうだい」
ミチイシサンノオススメ?
この人は何を言っているのだろうと体が不自然に静止した。おすすめなんて、あるわけないじゃない。私は食べないのだから。
けれども彼がそんなことを知っているはずはない。それだったら当たり前の要求なのだろう。
急いでポーチの中を探る。どれがいいかなんてわからないが、直感を頼りに取り出したのはいちごミルク味。
「甘いのが好きなんだ」
彼はそれを受け取ると、数秒口の中で転がしたと思うとすぐに噛み砕く。その様子をじっと見ていると不審そうな目で見られた。
「あんたも噛むの反対派なの? さっき何も言わなかったから違うのかと思ってたけど」
「ううん。ただ、お腹にたまるような、例えばパンとかチョコレートを食べたらいいんじゃないかなって」
彼は腹が膨れるか膨れないかを気にしているようだから、わざわざ噛んで飲み込んだとしてもそんなに影響のなさそうな飴を食べなくてもいいのでは、と思っただけだ。
「はあ? あんたがアメくれるからじゃん」
その通りですとしか言えない。
「……ううん、本当は飴を噛む人と出会うの初めてだったから珍しいなあって思っただけ。今までそんな人、いなかったから」
「ふうん」
会話が途切れてしまった。いや、それはどうでもいい。彼が、嶋田君が飴玉を噛むということが分かっただけで大収穫だ。
しかし無言で席に戻るのは少しためらってしまう。彼が飴玉をずっと口の中で転がしてくれてたら話さなくてよかったのに。
「もう一ついる?」
そう言ってみたが横に首を振られた。
「……今日はもういらないからさ、もしよかったらまた明日くれない? その時にまたオススメのちょうだい」
もうわかったのだから関わる理由は私にはない。嶋田君のことはあまり好きでもなかったし、私以外にも飴玉を噛む人がいるとわかっただけで十分なのだけど――。
ここは愛想笑いが正解。
「うん。いいよ。もしよかったら毎日あげる」
「そこまでしなくてもいいけど、道石さんがいいなら」
私も彼も、偽物の笑顔を浮かべた。
あれから二週間たった。毎日彼に飴を上げる日々は他の人の目には異様でもあり、ほほえましくもあるそうで。
昼休みに安奈ちゃんにも指摘されたが、彼女は面白がってもいたし呆れていたようにも見えた。
「嶋田なんか餌付けして楽しい?」
「これが餌付けだったら、私も安奈ちゃんにそうしてたみたいでしょ。やめてよそんな言い方」
餌付けだなんて酷い言い方だなあ。けれども安奈ちゃんは真剣な顔で言う。
「あの嶋田が女子と話してるってことがすごいんだから。文乃ちゃん凄いよ」
褒められても、ふーんとしか思えない。
私は「嶋田君の飴の食べ方」に興味があるだけだ。それ以外の意味も理由もない。
例えば嶋田君が普通に飴を舐めて終了の人ならこんなに関わっていない。
例えば私の隣の席の大塚君が飴玉を噛む人だったらその人に執着していたかもしれない。
私の求めていたものを持っていた人が嶋田君だっただけで。
「――たまたま嶋田君が飴を食べてくれたから。それだけよ」
安奈ちゃんは少し驚いたようで目を丸くしたが、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「嶋田だったことが、運命みたいなもんだよ」
お弁当も食べ終わり、どうしようかと思案する。安奈ちゃんは今日は部活のミーティングでいない。次の授業の予習も済ませてるし暇で仕方がない。
教室をぐるっと見渡すと本を読んでる嶋田君が目に映った。その瞬間に彼もこちらを見てきて。つまりは目が合ってしまった。
「何の本を読んでるの?」
目が合っても何もしないのもあれだから、私は彼の席へ行った。手にはポーチを持って。
「この前映画化したやつの原作だけど。というか……ポーチ持ってきてるってことは、アメくれるの」
「本のお供にどうかなーって」
そう言って笑うと、彼はいつものように左手を出してきた。
「道石さんのおすすめね」
だからないんだって、おすすめなんて。
「んー、じゃあレモン」
「ありがとう」
そう言って手渡すと、彼は自分のカバンを漁りだした。
「お返しにどーぞ」
渡されたのは――紅茶味の飴玉。
「道石さん全部のアメ持ってそうだけど、これ珍しい奴だから。あげる」
いらない。ふざけないで。こんな、飴なんて――なんて……言えない。
「ありがとう。でも私、今は食べる気分じゃないから」
「またあとで食べてくれたらいいから」
そう言って彼は小説に目を戻した。飴玉はすでに口の中に入っており、ガリガリと音が聞こえる。
私は動揺を悟られないように、逃げるように自分の席に戻った。
あれから三日たったが、貰った飴はまだ口にしていない。捨てるのも、誰かにあげるのも失礼な気がした。だからといって口にするつもりはない。
国語の時間、小テスト返却のため名前を呼ばれた人は前へ行っている。
小テストは漢字のテストなのだが、私は漢字が嫌いだ。字はちゃんと書けるし、テストの成績も悪いわけではない。ただ、難しい漢字というものは型っ苦しくて、嫌なイメージがあるからだ。嫌なものは私の中で漢字として認識され、好きなものは柔らかい印象のあるひらがなや、かっこいいイメージのカタカナで覚えている。
そんなことを考えながらボーっとしていたせいか、私は呼ばれたことに気付けなかった。突然近くで名前を呼ばれ、あわててその方向へ振り向く。
嶋田君が立っていた。
「これ道石さんのでしょ。前に置かれてた」
「ごめんね、ありがとう」
わざわざ持ってきてくれたことは嬉しかった。しかし彼は小さな紙切れも一緒に持ってきていた。誰にもばれないよう静かにそれを置くと、さっさと席へ帰ってしまった。
小さな紙には「次の休み時間はいらないから、昼休みにアメちょうだい」と綺麗な字で書かれていた。持ってきてくれたプリントに書いてある私の字はひどく汚くて、何故だか恥ずかしく思った。
昼休み、彼の席へポーチを手にして向かう。
「嶋田君、何味がいい?」
「じゃあ、紅茶」
紅茶。もしかして、この前私にくれたものを、ってこと?
「あれ美味しいから、道石さんなら買うかなーって思って」
美味しいんだ。確かに紅茶は好き。でも飴になった時点でそれは関係ない。買ってるはずないじゃない。食べていないのだから。
だから嘘をついた。
「――あるよ。はいどうぞ」
私は嶋田君からもらったものを渡した。つまりは返した。
嶋田君はそれを受け取り、なにやら真剣な顔でくるまれている紙を見つめて――可笑しそうに笑った。
「うそつき」
その言葉は私を責めているようで、からかっているようで。しかし心をざわつかせるのには十分だった。
「嘘つきだなんて……ひどいなあ」
動揺を悟られないようにへらっと笑うが、彼は飴を私に突き付けてきた。
「このアメの包まれている紙、はしっこ黒いでしょ? でも本当は黒くないんだ。俺がペンでぬったんだ」
だからこれは俺があげたもの。
そう彼は言っているのだと理解できるまで一秒もかからなかった。心はそれを否定したい気持ちでいっぱいになるのにも、一秒もかからなかった。
「……何で、そんなこと、したの」
頭が真っ白になる。目の前の嶋田君はいつもより強気で面白そうに見えた。
「道石さん、アメ嫌いでしょ。人にあげるくせに自分は食べていないんだもの」
どんな言い訳をしても彼には無意味だと悟った。何もかも見透かされている。何を言っても見抜かれる。そんな気がした。
「だって……噛んじゃうから」
小さく声を零すと、彼は首をかしげた。
「噛めばいーじゃん」
「噛んじゃだめって、怒られるから」
「誰も怒らないよ」
理解できないように彼は私に言うが、私も彼が理解できない。世間一般では飴は舐めて味わうものだ。私も彼も、それに逆らったことをしているのだけど――。
「俺は噛んでるじゃんか。一緒だよ。気にせず噛めばいい。友達になんて言われてもいいじゃん」
「でも――」
反論しようと口を開けると、急に甘さを感じた。
口の中に――飴玉が入ってる。彼が私の口に押し込んだのだとすぐに気付く。
嫌だ。気持ち悪い。だめ、噛んでしまう。
「それ、噛んでも大丈夫なやつだから。噛んでみて」
噛んでもいい飴なんてあるの?
しかし彼の言葉を信じて恐る恐る噛んでみたら、その飴は思っていたよりも柔らかいもので歯にダメージはあまりなさそうだった。全部噛み砕いて胃に押し込もうとすると、彼に手をつかまれる。
「全部噛み砕かないで、舐めてみて」
「ふ、ふざけないで――」
声を荒げたら、声を出してしまったせいで飴に舌が当たってしまい再び甘さを感じた。
けれどもさっきとは違う味で。
「これ……チョコレート?」
「そう。中にチョコレート味のキャラメルみたいなものが入ってるんだ。美味しいでしょ」
先ほどまでの味とは違い、チョコレートの味が舌を占めた。認めたくないけれどこれは……。
「……美味しい、です」
「まだあるから、いつでも言ってよ。買う時は学校のすぐそばの駄菓子屋さんで買うと良いよ。スーパーより安いから」
「……噛んでも、可笑しいと思われない?」
嶋田君は微笑を浮かべた。
「おかしくないよ」
私は彼に小さくお礼を言い、トイレへ向かった。別に口の中の飴を吐き出すためにではない。歯にくっついていないか確かめるため。吐くことを心配した彼にそうちゃんと伝えた。
トイレへ向かう途中の廊下ですれ違う人にぎょっとした目で見られた。そのことに腹を立てたが、トイレの洗面台に立ってその理由が分かった。
「馬鹿だなあ私。泣いてるのに気付いてないなんて」
あの時お母さんに怒られた時とは違う。
嶋田君が認めてくれたことが嬉しいからだ。
次の日の休み時間、いつものように安奈ちゃんとお菓子の交換をする。
「はい、安奈ちゃん」
「今日は……ミルク味か。本当に文乃はアメ好きだねー」
いつものように、時間がないからと安奈ちゃんは受け取ると自分のカバンに入れた。
私は彼女からもらったチョコレートを口にせず、別のものを口にした。
「あれ、文乃ちゃんが食べるって珍しい。時間だいじょーぶ?」
私は大丈夫と言ってニッと笑った。
「このアメは好きだから」
噛むと口いっぱいに広がるチョコレートの味は、まるで彼の優しさのようだった。




