キョウチクトウ
本日2本目の投稿です
最近の昼休みは、とてもとても長く感じる。時間が短く感じるのは楽しい時、というのなら今はすごく苦痛だということだろうか。
「京香?」
「……えっ、何?」
「ぼーっとしてどうしたの」
目の前に座って、一緒にお昼を食べている桃奈が少し顔をしかめて聞いてくる。
「……放課後の小テストのこと考えてただけだよ」
「ふうん、そっか」
興味を無くしたように桃奈はパンをかじる。
そういえば、桃奈とお昼を食べるようになってから昼休みが長く感じるようになった気がする。
掃除の時間、私はじゃんけんに負けてゴミ捨てに行くことになった。同じく負けた竹下さんとゴミ袋を抱えて階段を下りる。
竹下さんはクラスでも目立たないおとなしい人だ。あまり話したことはないけれど、声が少し高くて言葉遣いが柔らかい印象がある。
「戸松さんってさ、中岡さんといつも一緒にいるよね」
唐突に竹下さんが切り出してきた。
「うん、確かによく桃奈といるけど……」
「あの人といて、疲れないの」
驚くほど冷たい声。刺々しい口調。振り返ると、何でもないようないつもと同じ顔の竹下さんがいた。
「……竹下さんって、桃奈と中学一緒だったっけ」
「うん。一時期ね、一緒に過ごしてたんだけど正直嫌だった。すごいね戸松さん」
褒められても嬉しくない――とは言えない。何て言ったらいいのかわからない。なかなか答えない私を見て、竹下さんは私を追い抜いていった。
「――ごめんね。早くゴミ捨てに行こうか」
それっきり彼女の顔は見えなくなってしまった。
翌週の月曜日。いつものように桃奈が昼食のパンを持って私の前の席に座った。
「桃奈って、竹下さんと同じ中学なんだっけ」
「そうだよ」
桃奈の言い方には嫌な感じは含まれていなかった。私は二人とは違う中学だから何もわからないけど、そんなに関係は悪くなかったんじゃないかな。
けれども、竹下さんが桃奈のことを嫌っているのは確かなんだと思う。
四日後の掃除の時間。私と竹下さんはまたじゃんけんに負けて一緒にゴミ捨てに行くことになった。お互い運がないね、と言いながらゴミ袋を抱えた。
ゴミ捨て場は外にあり、暑い日ざしで融けてしまいそうだった。プールに入りたいな、でも水泳の授業は嫌だな。そうぼんやり考えながら歩いていた。
「あ、キョウチクトウ」
竹下さんが突然声を上げた。
「キョウチクトウ……ってこの花のこと?」
竹下さんは木に咲いている花を見ていた。白っぽい花はとてもかわいらしかった。
「戸松さんみたいな花ね」
「へ? いきなりどうしたの」
心の中で可愛いって思った直後だったから照れてしまう。しかし竹下さんはあいまいな笑みを浮かべた。
「この花――というかこの木はね、どの部分にも毒があるの。それが戸松さんにとって、毒にならなければいいのだけれど」
言葉が頭に完全に届いて理解できる前に竹下さんは言葉をつづけた。
「美しき善良。それから注意に用心」
なにそれ、と言おうとしたけどすぐに花言葉のことを言っているのだと気付いた。
「それも含めて私みたいなの?」
竹下さんは私の質問に答えなかった。聞こえなかったのかと思いもう一度言おうと口を開きかけたら、彼女は
少し考えるそぶりを見せて、それからニコッとこちらを向いて笑った。
「ここで戸松さんに『問題』です。私が言いたいことはいったいなんでしょーかっ。制限時間は一六七時間です。そして、この『問題』は私と戸松さんだけの秘密です」
家に帰り、竹下さんの言った言葉の意味を考えた。一六七時間後、つまりは来週がタイムリミット。もしかして、また掃除の時間、ゴミ捨ての時に答えを求めているのだろうか。それに、毒。毒って言われても毒って何だろう。何が毒なんだろう。
パソコンを開いてキョウチクトウのことを調べてみる。確かに根にも葉にも、全部に毒があるみたい。それも結構重めの。
「美しき善良って、なんなのことを言っているんだろう」
花言葉の方も考えてみた。けれどもさっぱりわからない。本来はいい意味なんだろうけど、なぜか嫌味に聞こえてしまう。それに注意、用心も。何に対して言っているのかわからない。
気が付いた時には朝日が見えていた。週末だからといって夜更かししすぎてはダメだ。けれども布団に入っても『問題』が頭を占めて結局眠れなかった。
土日はあっという間に過ぎてしまい、また月曜日が来てしまった。
学校に行ってすぐに、金曜のことを聞こうと思ったけれど、よく考えたら普段私は竹下さんと話さない。掃除の時間に少し、ぐらいだ。だから私が今話しかけたら桃奈をはじめとする周りの人に不自然に思われないだろうか。これ以上のヒントをもらいに行く勇気は私にはなかった。
授業中ずっと『問題』のことを考えてみたが正直お手上げだった。そして気が付いた時には昼休みになっていた。
「京香。ごはん食べよー」
いつも通り桃奈との昼食の時間。最近はお互い黙々と食べることが多い。
(……話さないから退屈に思うし時間が長く感じるのかな)
思えば最初の方は一緒に食べていて楽しかったし時間がたつのは速いなあと思っていた。
そうだ。だんだんと会話が減るのと比例して時間が遅く感じるようになったんだ。
ふと後ろの黒板に書かれている連絡事項を確認しようと顔を上げた時、前の方で食べている竹下さんと目が合いかけた。先ほどまでこちらを見ていたようだ。
不自然にならないようにまた自分の弁当箱に目を向けた。――もしかして、いや、もしかしなくても。
『問題』を考えるのに大切な情報、ヒントにようやく気付けた。
家に帰って考えてみた。桃奈は私のことをどう思っているんだろう。同じクラスになって向こうから話しかけてきてくれたんだっけ。それから結構一緒にいることが増えて、でも向こうのペースに巻き込まれてるって感じがしてて。嫌だなあと思うことも多いんだよね。
(……ううん。こんなこと考えてちゃだめだ)
嫌なところだけを見てはダメだ。
「――竹下さんも私とおんなじように悩んだいたのかな。だから、あんな――」
私の中ではもう答えが出た。
金曜日、掃除の時間がやってきた。いかさまじゃないのってくらいに私と竹下さんはじゃんけんに負けた。それでも、私も彼女も文句は言わなかった。
暑い外を無言で歩く。ゴミ袋を指定された場所に持っていき、その帰り道。キョウチクトウの木が見える場所で竹下さんは立ち止まった。
「戸松さん。答えを聞かせてくれないかな」
――私の答えは。
「竹下さんが言いたかったことって、私と桃奈の関係なんでしょ」
毒は桃奈は私にとって毒のような存在。
注意、用心はそのことに気をつけろという私への忠告。
美しき善良はそんな桃奈の傍にいる私のこと。
言い終えた私を見て竹下さんは微笑んだ。
「――正解」
「まだだよ」
私はまだ全部言ってない。そう伝えたら、竹下さんは目を細めた。
「竹下さんも私と同じなんでしょ。中学の時から、ずっと」
「……だったら?」
目の前の人は私の知っている竹下さんではなかった。きっと誰も知らない、本当の竹下さんだ。
「そりゃあ、桃奈と一緒にいたら疲れるよ。完全に向こうのペースだし、わがままだし、自己中だし。――それでも、友達なんだよ。私はあなたと桃奈の昔を知らないから何も言えないけど――でも、同じじゃないの。竹下さんは……違うの?」
「――私はっ。私は……」
竹下さんは、私の本当の答えについて何も言ってくれなかった。背を向けられたからわからなかったが、彼女の肩は少しだけ震えていた。
二人で無言で教室に帰ると、なぜか桃奈がいた。不思議に思ったが、思えば桃奈の机には鞄が置いてあったままだった。たぶん、職員室に呼び出されてた、とかだろう。桃奈は私たちを見るとパッと顔を明るくした。
「あ、京香。それに美佐子も。ねーねー一緒に帰らない?一人で帰るのもあれだからさ」
うんいいよ、と私が即答したのを見て竹下さんも少しためらいがちにうなづいた。
「――あっ。新しいゴミ袋もらってくるの忘れてた。ごめん桃奈。ちょっとだけ待ってて」
「わ、私も行く」
教室を出た私に続いて竹下さんもついてきた。桃奈は「早くしてね」と笑いながら言った。
用務員室でゴミ袋をもらい、私は、急いで教室に戻らなきゃね、と言ったが竹下さんは横に首を振った。
「最後に一つだけ言わせて。実は花言葉にはまだ意味があるの。戸松さんにはあって、私にはないもの」
「……なあに?」
「――――友情」
少し泣き声になりながら彼女は言った。
そんな彼女に私はバカだなあ、と言った。
「ねえ。今度三人でお弁当食べようよ」
きっと昼休みが短いと思えるはずだから。
余談ですが、キョウチクトウは漢字で夾竹桃と書きます。主人公の京香だけは別の字にしましたが登場人物の名前の一部に使わせていただきました。
ネタを出して、と頼んだ友達が「昼休み」「友達」「毒」とさえ言わなければこんな話にはなりませんでした。




