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高校時代「小説」作品  作者: 迎 カズ紀
1年次作品
3/14

さっき会ったばかりの人

初の県の総合文化祭に出した作品です。

 何かをなくした気がした。その何かがわからない。ただ、どうでもいいものだった気がする。私はぼんやりとした記憶をかき分けながら、ただ立ち止まって足元を見続けていた。すぐ横を通り過ぎた二人組の話し声が聞こえたがしっかりとは聞き取れなかった。

「君、どうしたの?」

 声の主は、私に声をかけたようだった。顔を少し上げると黄色の上靴が見えた。知らない先輩に声をかけられたことに驚き、つい身構えると男の人はあわてた様子で「そ、そんなつもりじゃないよ」と言った。私は強い口調で尋ねた。

「あの、なんですか。というか誰ですか」

「俺は高野。なんか君がずっとうつむいていたから、体調悪いのかなって思って声をかけたんだ。本当にそれだけ」

 高野さんは本当に心配しているように見えた。

「心配してくれてありがとうございます。――何かなくしてしまったみたいで。でも、大丈夫ですから」

 そういうと彼は立ち去ってくれる。そう思っていた。

「だったら手伝うよ。心当たりとかあったら教えて」

「……え?」



 頭が痛い。いったいどこで私は選択肢を間違ったのだろう。

 私と高野さんはかれこれ半時間ほど校内を歩き回っている。私があんなこと言ったから。

「高野さん、あの、大丈夫ですからほんと」

「大丈夫って言われても、二人で探したほうが絶対早いじゃん。どうせ今日暇だったし」

「それはそうですけど……」

 今は放課後で、校舎にいるのは部活動と補習者だけ。そのほとんどの生徒はドアを締め切った教室にいるから廊下にいる人が少ない今はあまり二人で行動しても目立たないんだけど……。

(やっぱり……さっき会ったばかりの人と行動するのって、慣れてないからなあ)

 ちらっと前を進む高野さんを見た。イケメンまではいかなくても、顔は整っている方だと思う。さっぱりした髪や外見から真面目な人だと思える。そう考えていると不意に彼は私の方を振り向いた。

「そういえば名前、聞いてなかったね」

「一年の水川です。」

「よろしくね、水川さん。――それで、ちょっとは思い出せた?」

 いいえ、と首を横に振ると、高野さんは目をつぶって考え出したように見えた。手掛かりがないのに校内を歩き回るなんて無駄だと思う。もう私一人で大丈夫ですから。そう言おうとしたら手のひらに温かさを感じた。彼に手をつかまれていたのだ。

「ちょっと気分転換しようか」

 高野さんはそういうと、私を上の階の方へ連れて行った。



 高野さんは私を渡り廊下まで引っ張っていった。ここは風通しが良く、遠くの方から野球部の声が聞こえる以外は静かだった。

「こんな静かなところがあったなんて。全然知らなかったです」

「ここ、あんまり生徒は通らないんだよな。通るのは世界史を選択してる人か、補習を受ける人くらいだし」

 そう言うと、高野さんは少し笑った。

「俺さ、考え事とかする時にいつもここに来るんだ。なんかこう――スッキリするというか――頭の中が整理されていくみたいで落ち着いて考えられるんだ」

 言われてみると確かに、と思った。こんなに静かなところだと他の人に邪魔されないで集中して考えられる。

「ちょっとでも思い出せるように、頑張ってみます」

 気づいたら、とても小さな声だったけど声に出していた。高野さんにはちゃんと聞こえていたようで、

「何かジュース買ってくるから待ってて」

 と言ってその場を離れ、私に一人の時間をくれた。

 しかし、五分たってもたいしたことは思い出せなかった。ここは食堂から遠いところにあるからまだ高野さんは戻ってきていないのがせめてもの救いだ。

 そういえば、体の節々が痛い気がする。昨日の体育はきつかったし筋肉痛かもしれない。それでもやけに首が凝っている気がする。

「おまたせ。フルーツ牛乳でよかった?」

 大丈夫ですと言うと、高野さんはほっとしたように笑った。とても優しい笑顔。この笑顔を、私のせいで壊したくない。無言でジュースを受け取り、必死で思い出そうとした。けれども何も新しく浮かんでこなかった。

 それを察したらしい高野さんは

「これを飲んだら、もう一回校内を歩こうか」

 と言ってくれた。小さな声で「はい」と言った私の声は申し訳ない気持ちで震えていた。それをごまかすように受け取ったジュースを口に含んだ。

 口の中が少しピリッとして、それから変な味が口の中に広がり、ついむせてしまった。

「え、これ何味なんですか……?」

「え?バナナとかリンゴとか……あと美味しくなる魔法で香辛料入り。美味しいでしょ」

 どうやら本当にそう思っているらしい。せっかく奢ってもらったものだし勇気を出してもう一度飲んでみた。

「意外とおいしい…かも、です」

 彼はこういう味が好きなんだなってことも意外で、不思議な気持ちになった。


 一度最初のところまで戻ってみよう、ということになったが渡り廊下から最初に高野さんに会ったところまで少し遠い。歩きながら思い出そう、と考えながら歩いていたせいなのか、歩幅の違いなのか、気付いた時には私と高野さんの距離がかなり開いていた。もうすでに階段を下りている。

「ま、待ってください」

 そう言い急いで下りようとした。

 急に視界が暗くなり、何かが頭の中に流れこんでいるような感覚になった。

 私は階段を踏み外していた。



 頭が割れるように痛いし、胸がざわついている。なのに、ひどく落ち着いている。遠くの方から名前を呼ばれている気がして、おそるおそる目を開けると、目の前に高野さんがいた。私の意識が戻ったことに気が付いた彼はほっとしたようで、それから頭を下げた。

「支えようと思ったんだけど……その、ごめん。支える俺が受けそこなって転ぶんじゃ意味ないよね」

 そんなことないです、と私は必至で否定した。「怪我なんてしてません。――それより高野さんの方が怪我してるじゃないですか。手の甲のところ、血が出てます」

 しかし彼は微笑んだ。

「ああ、これくらいどうってことないよ。でも、水川さんに怪我がなくって本当によかった……」

 かなり高い段から落ちたのに怪我がなかったのは高野さんのおかげだ。本当に――

「余計なことを」


 微笑を浮かべた彼の顔は凍りついた。私の心臓の音は速くなっていった。

「みずかわ……さん?『余計なこと』って、いったい……」

「そのままの意味ですよ。私は――私は、幽霊みたいな状態なんです」

 階段を踏み外した時に昨日のこと、高野さんに声をかけられる前に横を通り過ぎた二人の会話を思い出したんだ。


 ――隣のクラスの水川さんって人、今夜が峠なんだって――

 ――え、飛び降りたんでしょ?助かるのかな…――


 昨日、私は四階の教室から飛び降りた。だから今病院にいるはずの私がここにいるのはおかしい。まだ死んでいないのなら、私は幽体離脱という状態なのだろうか。何もわからないけど……。そう高野さんに言うと、ただ一言消え入りそうな声で

「なんで」

 と言った。私は感情を殺して言った。

「ただ生きたくなかった、それだけです。なのに…なのにっ、あなたのせいですよっ」

 高野さんは急に責任転嫁されて困った顔をした。

「俺が水川さんを自殺に追い込んだって言いたいの?」

「そ、それは違います」

「じゃあ、なんで――」

 私は唇を噛んだ。涙をこらえる時にしてしまう癖だ。それでも、伏せていた顔を上げ、にらむように彼の目をじっと見た。

「あなたが…私を受け止めようとするから、私に優しくするから……逝きたくないって思ってしまうじゃないですか。なんで、なんでっ」

 私は大声で泣き出してしまった。生きたくないって思ってたはずなのに、今は真逆のことを思っている。あの静かな渡り廊下の心地よさも、変わった味のジュースも、高野さんのことも、知らないことばかりで、もっと他にも知りたいって思っている私がいる。

 私はきっと神様に試されてるんだ。『いきたいか』ってことを――。

 高野さんは何も言わず、私が泣き止むまで待ってくれた。


 私が落ち着いたことがわかると、彼は私の目をじっと見て言った。

「たとえ『さっき会ったばかりの人』でも、困ってる人を助けないやつはいないよ。君が可愛い女の子で俺が男ならなおさら、ね」

 彼が軽いことを言うとは思ってもなくて、つい笑ってしまった。私が笑ったのを見ると

「やっと笑ってくれたね」

 と言って彼も安心したように笑った。自分の身体が少しずつだけど軽くなっていくのを感じた。

「――そういえば、下の名前言ってなかったね。俺は二年六組の高野信治」

 彼の言葉に返事するように、少し不器用に微笑んでみせた。

「私は、一年四組の水川真弓です。その――――待ってますから」





 目が覚めると真っ白な天井が最初に目に入った。ほとんど動かない、痛む首を少し傾けると、机の上に何か封筒が置かれていた。小さくてはっきりとは見えなかったが、窓からこぼれる光に照らされている差出人の名前だけはちゃんと読み取れた。

『高野信治』


総合文化祭での交流で感想を書くのですが、一校だけ私の作品のことを書いてくれたところがありました。とても筆圧の薄い字で「バッドエンドでもよかったと思う」的なことを(笑)

2人の今後は皆様の想像にお任せします。

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