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高校時代「小説」作品  作者: 迎 カズ紀
3年次作品
11/14

僕の発する一言一句を君に

3年次初の作品であり、新入生歓迎号に載せた作品です

 一、四月


 かすかに汗が噴き出る。呼吸が荒く苦しくなる。頬なんて姉が化粧で失敗した時のような赤さだ。なんとか喉から絞り出した声は、なんともなんともか細く震えていて。

「おっ、のでらひろと、ですよろしくお願いしま、す」

 これが自分自身ではなく、他の誰かの実況なら良かったのに。


 いつものことだが、最悪のスタートを切った入学式後の自己紹介から数週間。僕は完全にぼっちを決め込んでいた。

 というか、クラスメイトとまともに会話できない。気を使ってくれているのか、優しい性格なのか。どちらかはわからないが前の席の上野くんくらいしか僕に話しかけてこない。その優しさすらも自分の会話力のなさが踏み潰す。

 慣れているにしても、やはり気にしてしまう。今でも鮮明に思い出せるあの自己紹介のあとの反応。


「声すんごい震えてなかった?」

「てか、なんて名前? 聞き取れなかったんだけど」


 女子共よ、あの時は名前を知らなかったが今ではわかるぞ浜野と三崎。せめて僕に聞こえないように言ってくれよ。今言っているわけではないんだけど。

 教室をざっと見渡す。今は昼休み。みんな出来たばかりの友達やグループで昼食を取っている。一人で食べてるのは僕と……田渕さんだけだ。

 彼女もまた僕とは違った意味で浮いている。というのも、彼女は前髪で目元をすっかり隠してしまっている。

 弁当も食べ終わりカバンから水筒を手探りで探す。

「……ん?」

 ない。忘れてしまったのか。喉カラッカラなのに……。仕方ない、買いに行こう。


「おー茶はー あるかなー なければー水でもーいーいーのだけどー ぼーくはーおー茶がー いーいなー」

 自販機までの道のりには誰もいない。本当に小声だが口ずさんでしまう。

 好きなお茶メーカーの部分に入るところで自販機についた。小銭を取り出し購入する。さあ、戻ろうとした時緑の上靴が視界に入った。

「小野寺くん、なんで笑ってるの?」

 田渕さんが立っていた。

 やっと 喉の渇きが癒える……なんて思ってたら自然と笑みを浮かべていたらしい。それも話しかけられて強張ってしまったが。

「え、と……喉がか、渇いてたから、やっと飲めるって、思って……」

 人と話すとなったらこうなるのが本当に腹立たしい。腹立たしいのに、治せない。

 田渕さんはそんな俺を見ていなく、自販機の方を見つめていた。

「さっきの歌、上手だったね」

 彼女が言ったとすぐにはわからなかった。歌を聞かれていたと理解した途端に自分の顔が赤く染まったのがわかった。

「お、お恥ずかしながら、ひ、人前でなければ割と普通に話せたり歌えたりするもので……」

「あはは、それ少しわかる」

 彼女は少し笑った。重たい前髪から一瞬見えた目は綺麗だった。


 教室に戻ると次の授業まであと五分と言うところだった。教室の戸は開けっ放しだったため入る時には誰からも注目されなかった。あー、みんな楽しそうだなあ。

「小野寺くんっ」

 ペットボトルを机の上に置いた途端バンと振動が来る。

「ど、どうした、の。上野くん……」

「さっき田渕さんと会ってたでしょ。自販機のところで」

 ナニユエソレヲ。怪訝な顔をしてしまったが上野くんは気づいていないようだ。

「いや、俺さあ、田渕さんのこと気になってるんだよね」

「そ、そうなんだ」

「小野寺くん仲良いの?」

 横に首を振ったが上野くんは御構い無しに話し続ける。

「協力してよ。田渕さんが他の人と話してるところ、小野寺くんと以外見たことないからさあ」

 こうなったらもう断れないんだろう。今度は縦に頭を振ると上野くんはパアッと嬉しそうな顔をした。

 ありがとうと嬉しそうに笑っていう彼を見ると友達ができた気がして、心が変な感じになった。


 家に帰ったらすぐに携帯の電源を入れる。学校では使用禁止ってなってるからちゃんと守ってる。守ってないやつもいたけど、生物基礎の授業で鳴らした人がいて先生の雷が落ち、授業どころじゃなくなって以来全員守ってるみたいだ。

 トークアプリを開いたら何件かきていた。

 え? 友達いるのかって? 中学の友達なら何人かいるわバカ野郎って僕は誰に言ってるんだ。

 クラスのグループだった。送り主は委員長で時間割変更の連絡らしい。

「そういや、このグループって全員参加してたっけ」

 こんな俺でも参加できてるんだし田渕さんも参加してるだろう。

「送ってもいい……かな」

 ためらいながらも指は勝手に動く。どうとでもなれ。


 田渕さん、こんばんは小野寺です。

 勝手に追加してごめんなさい


 数分後ピコンと通知音が鳴った。確認すると田渕さんだった。

 自分で送っておいてなんだけど、返信してくれるとは思ってなかった。昼休みも向こうから話しかけてくれたし、話すのとか好きなほうなのかな。


 大丈夫だよ

 何か用?


 画面を確認したら頭を抱える結果になった。

「『上野くんが君のこと気になってるみたいだよ』なんて言えないしな……」

 迷っていたらまた通知音が鳴った。


 小野寺くん

 私と友達にならない?



 二、五月


 高校というものに慣れてきたころ。

 気が付いたら弁当は一人で食べていなかった。

 それはほんの少し夢見ていた、教室で雑に椅子を寄せて、男子同士でワイワイと食べる――なんてものではなかったけれど。

「小野寺くん、次の授業なんだっけ」

「古典じゃなかったっけ」

 教室ではなく人通りのない中庭で、座っているところもベンチで、女子と二人きりという。


 僕と田渕さんが友達になってから少しして一緒に昼休みを過ごすようになった。お互い教室で一人で食べるのが居心地悪かったのと、かといって教室で二人で食べてたら目立つからだ。僕には上野くんという裏切ってはいけない人もいるし。

 一度、彼に怪しまれたことがある。彼の特に僕を疑っていたわけではないであろう、「田渕さん、お昼どこで食べてるんだろう」という発言に咳き込んでしまったからだ。

「た、田渕さん、同じ中学だった人と食べてるんじゃ、ないかな」

 そう言ってごまかしたら納得してくれたけど。

 それにしても相変わらずこの嫌な部分は治らない。ほんの少し、ほんの少しだけどスラスラと話せるようになったのは田渕さんだけだ。

「田渕さん、女の子の友達じゃなくてよかったの?」

「だって小野寺くんが一番話しやすいもん」

 それは僕のセリフだよ、とは言いづらかった。


 田渕さんと過ごすにつれて少しずつ分かってきたことがある。

 体育はいつも見学している。どうやら体が弱いらしい。

 長い前髪は傷を隠すため。本人は気にしてないそうだが周りの人が不快になるかもしれないから、だそうだ。体育を見学してるくらいだから先生にもとがめられていない。

 話すのが好きなこと。一人でテレビを見ていてもしゃべってしまう癖があるみたい。

 それから――僕以外にも友達がほしいこと。

「私ね、浜野さんと三崎さんと仲良くなりたいんだ。最初のほうにね、話しかけてくれたの。お弁当一緒にどうかなって」

 どうして断ったの、と聞くと少し悲しそうな顔をした。目やまゆ毛が見えなくてもだんだんと表情が分かるようになってきた。

「なんかね、無理だったの。人見知り激しいからな、私」


 いつものように時間をずらし教室に戻る。次の授業まであと五分といったところだ。

「おーのでーらくん。古典の予習やった?」

 上野くんが体をこちらに向けてくる。首を横に振ると、一緒にやろうと言われた。

 動詞に線を引き、活用形を考える。わからないところをお互い言い合い一緒に考える。こうして見ると、友達のようだ。


 先週もこんなふうに一緒に予習をしていて、次の日に田渕さんに言われたっけ。

「小野寺くんって上野くんと仲良いよね。いいなあ、同性の友達……って、小野寺くんと友達なのが嫌なわけじゃないよ、本当だよ」

 この時の彼女の言葉はたぶん本心だったんだろう。


「あー古典の次って体育だよな」

「こ、ここの体育、しんどいよね」

「うんうん。――そういえば、田渕さんいつも見学してるよな。なんでだろ?」

「体が弱いからだって」

「――え?」

 しまった。口を滑らせてしまった。僕がこんな情報、知ってるわけないのに。

「た、体育の先生が、言って、たの、聞こえたんだ」

 上野くんは少し顔をしかめたがそうなんだ、と言った。

「そっかー、体弱いのかー」

 ここでチャイムが鳴った。上野くんはありがとう、と言い自分の机の方へ向き直った。


 僕が勝手に友達だと思っている上野くん。

 僕は彼を裏切っているのだろうか。



 三、六月


 衣替えの季節になるころ、急に放課後呼び出された。体育教官からでビビったが口調はきつくなかった。逆にほほえましい感じだった。

 呼び出されたプールに体操服に着替えて行くと田渕さんが立っていた。

「まさかプールできないからって、プール掃除させられるとはねえ」

「田渕さん……だからといって僕を巻き込まないで」

「友達に頼んで何が悪いの」

 彼女は笑いながらデッキブラシを渡してきた。もう水は抜けていて、汚れをこするだけでいいらしい。

「早く終わらせて食堂にアイス買いにいこ」

 仕方ないな、と僕も笑った。さっさと終わらせよう。

 プールは校舎から少し離れてるため時々見に来る先生以外は誰も来なかった。遠くで運動部の声が聞こえる以外は僕と田渕さんの声しかしなかった。

「それにしても、まだ寒いのにプールかあ。頑張ってね」

 彼女は他人事みたいに言う。実際体育を見学している彼女にとっては他人事なんだろうけど。

 まだ暑い季節ではないが掃除してたら汗をかく。額をタオルでぬぐうけどあまり効果はない。田渕さんのほうを見ると彼女も暑そうだった。

「田渕さん、僕といる時は前髪上げてもいいんじゃない? 傷とか気にしないし、暑そうだし……」

 何も考えずに言った。本人は傷のことは気にしてない、周りの人が不快に思ってしまうといけないから隠してる、と言っていたから。だから彼女が想像以上に動揺したのを見て驚いた。

「い、いいよ。暑く、ないし」

 そう言いながら田渕さんはゆっくりと俺から距離を取り出した。ただそれは後ろ歩きしながらで。

「た、ぶちさん、足元! ホース!」

 叫んだ時には遅かった。わあ、と彼女は転んでしまった。

 大丈夫、と急いで駆け寄った。スッと立ち上がれるように手を差し伸べるために。


 けれどもその手は彼女の前に出なかった。


「い、やだ。見ない、で」


 転んだ拍子に前髪が乱れおでこと目があらわになっていた。確かに彼女の額には傷があった。傷というか、火傷というか。それは人を不快にさせるほどのものではなかった。


 視線だ。

 彼女が他人を不快にさせてしまうか恐れているのは彼女自身の、そして僕たち他人の視線だ。


 彼女は僕に背を向けた。たぶん手で前髪を直しているんだろう。防護壁を作るために。

「ごめんね、ごめんね小野寺くん……」

 僕は「謝らないで」とも「怖いのは仕方がないよ」とも言えなかった。慰めることもできなかった。ただ、立ち尽くすしかできなかった。

 その日、彼女とアイスを食べることはなかった。



 四、七月


 告白したい。

 上野くんの放ったその言葉を理解するのに三秒はかかったと思う。

「一応これでも本気なんだよ……そんなにシラケた顔すんなよ」

 上野くんは席が離れても話しかけてくれた。上野くんの友達ともたまに話すようになった。僕の話し方もほんの少し改善されたと思う。

「無理かもしれないけどさ、やるだけやってみるよ」

 彼のまっすぐすぎる目は今回に関してだけは良くない気がした。

  ひょっとしたら、があるのだろうか。二人は付き合ったりするのだろうか。

 あのプール掃除の日以来田渕さんとギクシャクしてる。お昼も一緒に食べることは少なくなった。

 気づいた時には田渕さんは女の子の友達ができていた。移動教室の時に浜野さんと三崎さんと一緒だった。それだけで友達認定していいのかわからないけど彼女の口元は笑っていた気がする。

 僕たちは同性の友達ができた。それだけだ。


 少し早く着いてしまった。教室には鞄がいくつか置かれていたが朝補習でいないのだろうか、とても静かだった。朝補習をしていない田渕さんも来ているようだけど、教室には誰もいなかった。

「小野寺くん」

 くいと袖を引っ張られる。久しぶりに近くで聞く声。振り返ると田渕さんが立っていた。

「……どうして目にマ、マスクなんかつけてるの……? 前、見えるの?」

「怖いから」

 それより、と彼女はためらいがちに言った。

「昨日上野くんに呼び出されたんだけど、彼何か言ってた?」

 言えない。さすがに言えない。「ああ、あいつ告白したがってたよ」とか言えない。

 焦っているのが表面に出ていたんだろう。田渕さんは呆れたように肩を落とした。

「……友達なのに言えないんだ。別にいいけど。上野くんと小野寺くんは友達だもんね」

 ありがとう、と言って彼女は自分の席に戻って行こうとした。

 上野くんは本当に僕の友達なんだろうか。僕が勝手に思っているだけなんだろうか。

 でも、彼女は。

「田渕さんは僕の大事な友達だよ。でも、友達だから言えないんだ」


 変な空気が僕たちの間に流れた。最初にそれに気付いたのは彼女の方だった。

「……小野寺くんは私と同じ“あがり症”だと思ったから話しやすかったのに、ちょっと先いかれちゃったな」

 そうだ。ここ数年で家族以外にどもらずに話せたんだ。

 彼女はマスクをずらして笑った。

「私も、小野寺くんは大切な友達だよ」

 少し上がった前髪の下から見えた笑顔はとてもかわいかった。



 五、八月


 告白された、と田渕さんは席に着くなり言った。

 夏季補習は自主参加だが英語が苦手な僕は強制参加させられている。田渕さんはそんな僕を笑って「私も参加してあげる」と言ってくれた。

「え、告白って七月じゃなかったっけ」

 あの日告白すると言っていたじゃないか。田渕さんは不思議そうな顔をしたが話してくれた。

「七月に呼び出されたときは好きな人はいるのかって聞かれただけだった」

 テキストを出しながら何でもないように彼女は言う。

「上野くん悪い人じゃないんだけどね、さっき告白されたけど断っちゃった」

「……フッたんだ」

「だって視線怖いんだもん。どこかで私の前髪の下の顔を、目を見たがってる、そんな気がしたからさ」

 いつかは克服しなきゃいけないんだけど、まだ無理みたい。そう彼女は言った。

「それに、恋人になったらお互い見詰め合っちゃったりするんでしょ? 私、他人の視線が怖いし自分の視線もどこに向けたらいいかわからなくなって嫌われないか怖くなっちゃうからさ、彼氏なんて当分無理だよ」

「友達は? 浜野さんとか三崎さんとか」

「そこは徐々に詰め寄っていく……かな。小野寺くんは? 私以外ともスラスラと話せてる?」

「ちょっと……もう少しってとこかな」

「お互い頑張らなきゃね」

「そうだね」

 教室に人が増えていく。早めに来るクセのある僕たちだがこんな時でもないとゆっくり話せない。

 英語の補習が終わってからは僕は上野くんと一緒にこの次の時間の数学を受けてから帰り、田渕さんはそのまま古典の補習を受けていた浜野さんと三崎さんと一緒に帰る。この変化は僕たちが同性の友達と真剣に向き合えてるってことなんだろうか。何といえばいいかわからないけど、ただお互い胸を張って友達と言えるくらいにはなった。

 だから僕たちは僕たちしか受けてない英語の補習の前後くらいしか話せない。

「そういや今日って数学の補習なくなったんだよね」

「え、ほんと? 私今日一人で帰る予定だったんだけど。二人とも部活があるからって」


 じゃあ食堂にアイス食べに行こうか。


 お互いが顔を見合わせて同時に言うなんて、と思わず笑った。

 これからも親友とは長い付き合いになりそうだ。

 テーマとしては「吃音症」と「視線恐怖症」の二人の友情……ですかね。まとめると「対人恐怖症」です。

私はここまで重症ではないですが、その両方を兼ねそろえています。人前でも、個人でも、人と話すのって難しいね

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