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高校時代「小説」作品  作者: 迎 カズ紀
2年次作品
10/14

スケープゴートは文字を食べる

2年次最後の作品です。また、3年次の総合文化祭にも出品しました。


明日は詩を投稿するので小説は明後日に。詩はシリーズのリンクからどうぞ


(これだけ誤字修正しました)

 

 高校時代、私、鈴木奏には好きな人がいました。

 高校三年の時同じクラスだった今川一登くん。


 彼は哀れなヤギでした。



 一、授業中以外の会話はしないこと 極力無視すべし

 二、目に見える暴力は振るわないこと 自身が困るだけ

 三、問題は全て彼がしたこと それが平和の最善策だ






 このルールが始まったのは確か六月でした。

 とてもピリピリした教室でした。進学クラスになった宿命でしょうか、受験について誰もが神経質でした。

 ある日クラスで盗難事件が起きました。移動教室のあと、私の親友だった佐藤朝美の財布がなくなったのです。   

 散々探し回った結果、私のカバンに入っていました。

 しかしその時私は、彼女よりも先に教室を出ていました。だから「佐藤さんよりもあとに教室を出て、鈴木さんを犯人に仕立てようとした誰か」が犯人ということになりました。

 犯人は今川くんということになりました。彼はその日、途中から登校してきたからです。

 私は彼が犯人だとは思えませんでした。彼の性格上そんなことをするとは考えられなかったし、嫌がらせをしても、お金を取ろうとしても、彼には何のメリットもないからです。

 ちょうどその時私と今川くんは席が隣同士でした。仮に彼が犯人だったら――間違えてしまったのでしょうか。彼が私を犯人に仕立て上げたかったようにも思えないから、私のカバンに入れるとは思えませんでした。

 彼が好きだったからそう思いたかったわけではありません。彼は人付き合いに無頓着――つまりは興味がなかったのです。教室ではいつも一人で本を読んでいました。

 ――正直、私以外にも彼が犯人ではないと思っている人はいました。けれども、誰も言えませんでした。私もその一人でした。

 スクールカーストという言葉を使うのなら、彼は間違いなく最下層に分類されていました。だからこそ、上位層にいた人たちは彼を犯人にしようとしたのかもしれません。


 その日から三つの暗黙のルールができました。いじめとは違う、どちらかというと平和のためのルールでした。


 事件が起きてから数日たったころでしょうか。その日私は朝美と一緒に食堂でお昼を食べました。いつものようにたわいのない会話をしていたんだと思います。

「……今川くん、なんであんなことしたのかなあ」

 あえて触れなかったことに最初に触れたのは朝美でした。

「――朝美は、どう思ってるの?」

「――怒ってはないよ。そりゃあ、驚いたけど……お金なくなってなかったし。いいかなって」

 朝美が嘘をついているようには見えませんでした。本当に気にしていないようでした。

 朝美が気にしていないのなら、それはいいのでしょう。

 けれども、何一つよくありませんでした。


 スケープゴート、という言葉を知ったのはこのころでした。まさしく彼にピッタリな言葉だと思いました。

 身代わり。いけにえ。そんな意味を持った言葉。よくは覚えていませんが、人の苦難や罪を負わせ、荒野に放したヤギが由来だったと思います。

 クラスの張りつめた空気をやわらげるために彼は存在していました。

 暴力は振るわれませんでした。陰湿な、例えば上靴を隠したりノートをめちゃくちゃにしたりなんてこともありませんでした。

 ただ彼は存在しない人のように扱われました。そして問題ごとが起きると、ささいなものでも彼のせいになり、怒られ、笑われました。

 私は何もできませんでした。



 確か九月でした。二学期になり席替えが行われましたが、以前の中央前から二番目の席から窓側の一番後ろの席になりました。以前と同じなのは、また今川くんが隣ということでした。このころにはすっかり皆の今川くんへの態度が定まっていました。

 私の数学の教科書がダメになりました。人にやられたのではなく、飼い猫にダメにされたのです。ルールのようにならないよう、今川くんにされたのではないとみんなにわかってもらうため私は比較的大きな声で朝美たちに言った覚えがあります。

 先生に相談したところ、あと数か月しか使わないし、その教科書は進学クラス、つまりは私たちのクラスでしか使用されていなかったため他のクラスに借りることもできず、仕方がないので隣の席の人を見せてもらうように言われました。

 私の左隣は窓で右隣は今川くん。もしあのルールがなければ、私は不純な気持ちで喜んでいたと思います。

「……今川くん、教科書見せてもらえないかな」

 私は彼に事情を説明しました。彼は無言で頷きました。いつからか、私たちが彼を無視するだけでなく彼も私たちに対し無言となりました。もともと口数が少なかったのですが、やはり悲しかったです。私たちが勝手に決めて勝手にやっていることなのに、変ですよね。

『別にいいよ』

 そうルーズリーフの切れ端に書いて私に見せてくれました。

『鈴木さんはいいの?』

 続いて見せられた紙の文字を見て私は首をかしげました。「なんで?」と声を出しかけましたが今川くんの視線で私は思いとどまりました。代わりに私もノートの隅に文字を書きました。

『なんで?』

 それを見た今川くんは呆れたように私を見ました。そしてまたスラスラとペンを動かして――。

 いえ、途中で少し止まり、何か考えているようでした。そして紙をひっくり返し裏面にまた書き出したものを私に見せました。

『やっぱ何でもない』

 その日はそれっきり話しませんでしたが、私にとっては幸せな日でした。

 他の人にはどうしているのかわかりませんが、少なくとも私と話すときには筆談になりました。私もルールには会話はしないこととありましたが、紙面上では大丈夫だと思い私も筆談で彼とコミュニケーションをとりました。

 授業中の誰にも気づかれないようにした内緒の筆談。それをしている間だけは彼の表情が穏やかだった気がします。

 好きでなかった数学の時間が来るのが待ち遠しくなりました。彼が数学が得意なことは知っていましたから、馬鹿だと思われない程度に彼に質問をしたのを覚えています。

『大問四、わかる?』

『大問三と似てるから、見返すといいと思うよ』

 彼の綺麗な字が好きでした。筆圧が少し濃くて適度に崩された字。その字も、その字を書く彼も好きでした。

「……あっ」

 確かノートをめくった時。消しゴムを落としてしまいました。それが彼の足元に転がったのだと思います。手を伸ばして取ろうとしました。しかし自分で取ることはできませんでした。

「……ん」

「え?」

 気付いた時には私の机に消しゴムが戻っていました。

 彼が取ってくれたのでしょうか。その時の彼がほんの少し、本当にほんの少し緩んだのは一生忘れることはないでしょう。


 九月も終わる頃、また席替えがあると思うと憂鬱でした。このころの席替えはクラス委員が仕切っていたので、委員長の村井将也くんにお願いをしてみました。彼も今川くんを犯人だとは思っていない数人のひとりだったからです。  

 彼は快く承諾してくれ、私が今川くんの隣になれるよう、しかも私が窓もしくは廊下側の列になれるように操作してくれました。

 私が彼の隣の席であることに固執したのは、少しでも彼の気が晴れたらと思ったことも理由の一つですがそれ以上に不純な理由があったからです。好きな人が隣の席にいて、机をくっつけて教科書を見せてもらえて、その上時々筆談ができるなんて――。本当に不純な理由でした。

 私ばかりが今川くんの隣になったことを他の人たちは怪しんだと思います。けれども彼の話はしないよう決まっていたので誰もそのことは言いませんでした。

 ――いえ、確か朝美だけがそのことに触れました。

「奏、ほんとくじ運ないね。いっつも隣一緒じゃん」

「あはは……本当にね」

 本当はずるをしているのだけどそうは言えず、私は笑ってごまかしました。今思い返せば、あの時の朝美の顔は少し不満……もしくは期待外れといっているようでした。

「……あいつ、よく学校来れるよね」

 彼女がとても小声で漏らしたその言葉には、何の感情も含まれていませんでした。

「朝美はさ、今川くんのことどう思ってるの?」

「あはは、奏ったら、ボケちゃったの? 前にも言ったじゃん――怒ってはないよ、って」

「それ以外には、何かあるの?」

「――ないってば」

 朝美はどちらかというと短気でわがままなところがあったので、これ以上追及しませんでした。不機嫌になられることを思えば知らないことでいることを選びました。結局その話はそれっきりになりました。

 その話をしたすぐ後の授業が数学でした。私は朝美との会話の影響か自然と私は今川くんの顔色をうかがってしまいました。

 隣の席の彼をちらちらと見るのですから、今川くんがそんな私に気付くに決まっています。そのことに、あの時の私は思い当たりませんでした。

『さっきから何?』

 そう彼に見せられた紙を見て私は彼のほうを向きました。

「……っ」

 彼も私のほうを見ていて、目が合ってしまいました。その時の私の顔はきっと真っ赤だったでしょう。

『ごめん、何でもない』

『いや、なんかあるだろ』

『本当に何でもないよ?』

 彼に嘘をついたのはこの一回限りですが、少し不思議そうに私を見る表情も、数学の問題に集中していない状況も、何より目が合ったこと。どれもがきっと二度と経験できない貴重なことだとその時の私は思っていました。


 十一月のことでした。

 突然今川くんは学校を休みだしました。今までも彼は途中から登校してくることが多かったのですが、丸一日休むということはめったになかったため少し不安になりました。

 彼が休みだしたのは模試が連続で続いた時期でした。クラスの雰囲気は最悪でした。

「……今川が休んだだけでこの空気かよ」

 村井くんがそう零した言葉がクラスの状況を物語っていました。

 今まで今川くんに押し付けていたスケープゴートの役割は薬物のようでした。彼がいなくなった途端クラスの安定していた空気が壊れ、またピリピリとした空気に戻ってしまいました。

「あーもお、また偏差値下がった」

 クラスでも特に朝美がイライラしていました。彼女は自分のレベルよりもかなり高い国公立大学を目指していたので、誰よりも点数の変動に敏感でした。

「そんなに難しかったの?」

「そう……もうわけわかんないよ」

 私は早々と私立大を目指していたため彼女と受ける教科が違い、彼女の苦しみを分かってあげることができませんでした。


 一週間近くたったころでしょうか。ようやく今川くんが途中から登校してきました。

『久しぶり。風邪だったの? 大丈夫?』

 私は嬉しくて数学の時間でもないのに彼に紙を見せました。彼は驚いたようでした。戸惑ったように頷くとすぐに席に着きました。

 彼が学校に来たことに浮かれていた私は、この行動が他の人にも見られていることに気付けませんでした。


 次の日登校すると、私は教室に違和感を感じました。最初は何かわかりませんでしたが、自分の席についてようやく理解しました。

「誰が……こんなことを」

 私の隣の席――今川くんの席に花が活けてありました。

「……俺が来た時にはすでに置いてあった」

 村井くんが苦々しく私に耳打ちしてきました。しかし片付ける様子はありませんでした。

 きっと村井くんも片付けたかったんだと思います。けれどもこの状態を崩してしまえばクラスの空気がどうなるのか、想像するのは簡単でした。


 今川くんが登校してきました。教室の空気が少しだけ変わりました。花瓶を置いたことに反対している人と、それを装ってこの状態を心の中で楽しんでいる人とに分かれていたんだと思います。

 今川くんが自分の席の前まで来ました。皆が彼がどんな反応をするのかと凝視していたなか、私は下を向いていました。この状況を変えることのできない無力な私を呪うことしかできませんでした。けれども、彼の顔をうかがってしまいました。

 彼の表情は何も変わらず、ただいつものようにカバンから教科書を出し始めました。まるでそこに花瓶なんてないように、です。

 私にはわかりませんでした。どうして、自分が故人のように扱われているのに何の反応もしないのか。反応することがそれをした側にとっての喜びになるのならしない方がいいのかもしれません。けれども、少しも顔をゆがめないのは、まるで認めているかのようで……私は見ているのがつらくなりました。

 予鈴が鳴りました。さすがに授業が始まる前には今川くんは適当な棚に花瓶を置きに行っていました。それは先生方に不審に思われないように、という意のものだったのでしょう。彼は何も顔色を変えませんでした。

 私は耐え切れなくなりました。

「い、今川くん、あの――」

 しかし私が次の言葉を発する前に、彼は私に紙を突きつけました。

『話しかけちゃダメ、なんじゃないの』

 粗雑に書かれたその文字を見るとこみ上げてくるものがありました。それが何なのかは今でもわかりません。けれども、同情とか、好きだからとか、きっとそんな簡単な感情ではありませんでした。

「――いいよ。だって今川くんは人間じゃない。ヤギなんかじゃない」

「……ヤギ?」

「あ、ヤギってのはその……」

 スケープゴートだからヤギ、なんて言えるはずがありませんでした。どう言い訳をしようかとぐるぐる考えている間に本鈴が鳴り、先生が来てしまいました。

「先生。鈴木さん調子が悪いようなので保健室に連れて行きます」

 一瞬何が起こったのかわかりませんでした。意識がはっきりした時には今川くんに手を引かれて廊下を歩いていました。

 今川くんが保健委員だったこと、もう一人の女子の保健委員は今日は休みだったことを思い出しました。

「い、今川くん。どうして」

「――てるみたいだから」

「え?」

「勘違い、してるみたいだから」

 誰も通らない廊下で彼は立ち止まりました。その時の彼の表情がただただ穏やかだったことは、その時のことは、今でも鮮明に覚えています。

「俺は平気だから」

「……うそ」

 彼が嘘をついているようには思えないのにそう言ってしまいました。彼は微笑みました。

「無視されて辛くないの?」

「もとから空気だし大丈夫」

「問題事、全部自分のせいにされるんだよ?」

「別に大丈夫。警察に厄介にさえならなければ」

「……どうして、どうして?」

 この時の私は目に涙を浮かべていました。本来泣きたいのは彼のはずなのに、泣いていたのは私でした。

 それを見て今川くんはまた微笑みました。

「クラスの空気が良くなったからいいんだよ」

 私の涙は耐え切れなくなって頬を伝いました。

「でも、まきこんじゃったかな」

 そう言った彼の顔は微笑んだままでしたが、少し悲しげに思えました。そして、私と同じように涙を零しました。

「鈴木さんには良くなかったみたいだね」

 これっきり、もう彼と会話を交わすことも、筆談をすることもありませんでした。

 私はこの日の彼がいつもより饒舌だったこと、数か月ぶりに授業中以外で声を発したこと、私の腕をつかんだこと、一緒に授業を抜け出したこと、微笑んだこと、泣いたこと、そして何よりもう交わることはないと思っていた視線が交わったことを忘れることはないでしょう。










 卒業式の前日でした。

 予行が終わり教室に帰ろうとした時、私は朝美と一緒にいました。教室に行こうとすると、朝美が手を引いて私を人気のないところまで連れて行きました。

 どうしたの、と聞くと彼女は――泣き出しました。

「朝美?」

「――あたしなの」

 彼女は泣いていましたが、目は泣いていませんでした。ぎらぎらとしていて、それでも同情を求めるかのような、そんな目でした。

「あたしが財布を隠したの」

「……え?」

「あたしが花瓶置いたの」

 彼女の言葉を完全に理解するよりも先に、狂ったように彼女は笑いました。

「だって、だって! 点数上がらないんだもん! クラスの空気も悪いしさ、もう嫌になっちゃったの! そしたらさあ、思いついちゃったのよ、憂さ晴らしの方法!」

「――なんで?」

 なんで今川くんなの、と私が言う前に彼女はヒステリーを起こしました。

「あたしだって、最初は犯人作ろうとなんて思ってなかったよ! 遅れてきた今川が悪いんだよ! 私は悪くない! だってだって、その日途中から登校してきたのはあいつじゃん! あたしが率先してルールを作ったわけじゃない! だから私は悪くない、悪くないのよ!」

 ――彼女の発言を聞いている私は驚くほど冷静でした。

 私はあの日がなければ朝美を殺していたでしょう。それほど親友だった彼女が突然憎く、許せない存在へと変貌しました。

 けれども、彼の言った言葉が私の脳内を占めました。

「クラスの空気が良くなったからいいんだよ」


 人付き合いに無頓着だった彼が放った言葉。

 関心がなく、他人などどうでもいいと思っているのだと思われた彼が発した優しい言葉。

 もしここで私が何かしたら、彼の優しさにあだで返すことになるのだと。


 気が付くと私は朝美を抱きしめていました。

 彼女はきっと、愛されたかったのでしょう。構ってほしかったのでしょう。だからあんなことをしたのでしょう。――そう私は思いたかったのでしょう。

 彼女はしばらくすると落ち着きました。私たちは思わず微笑みあい、それから黙って教室へ戻りました。

 けれども私は、朝美を許すことは二度とないでしょう。



 今、私は本屋にいます。

 学生時代に彼が読んでいた本にはまり、読書が好きになっていました。

 どの本を買おうか、と考えながら新刊コーナーを眺めていると、とても派手なわけでも、斬新なわけでもない表紙の本に目を奪われました。


 作:のぼり はじめ


 懐かしい初恋の相手の名前を逆さにしたようなペンネームで思わず微笑んでしまい、買うことを決めました。


 この時の私は、その本を読んで涙を流すことになるとは思いもしませんでした。

 巻末の作者コメントが手書きで、とても見覚えのある字だったことを。

 そして、便箋を捜し、あの時のように彼に文字で伝えることを。

 本が好きで哀れなヤギだった、スケープゴートだった優しい彼が、夢を叶えて読む側から書く側になったことを。

 レジに並んでいる時の私は思いもしませんでした。






朝美は第一志望に落ち第二志望に行きましたとさ、と発表時のあとがきに書きましたが見事に自分がそうなりましたトホホ……。

部誌に載せた時はメモ書きの部分をフォントを変えていました。奏は少し丸みを帯びた楷書、今川くんは濃い行書。一番最後の今川メモだけ、行書感がより強いフォントにしていました。


総合文化祭で頂いた感想には、悲しい結末だというものがありました。ですが、私の中ではこれは希望に向かう終わり方だと思っています。この2人のこれからは本当に想像できなくて、読者様の想像にお任せすることしかできません。よければ教えてください。

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