1ルート目 ②新しい一日
暗い暗い闇の中に一筋の光が見えた。
細い細い一筋の光だ。しかし、これ程までにか細い光もこの闇の中ではとても目立つ。
その空間には時間という概念がない。
その空間には五感という人の感覚がない。
その空間には助けを求める人も、助けを求めることのできる人もいない。
その空間にはーーーーーーーーーー
この世界で唯一信じられる自分が居ない。
何もない空間で、只ひたすら前へ前へと進もうとする。
もちろん走る感覚もない、しかし唯一ある"意識"だけは前へと進む。
か細い一筋の光を求めて。なぜそれを求めているか自分でもわからない
それでもその光を掴まなければならない気がして。
ただひたすらに追う。
目を覚ましたのは、大きなベッドの上。
上質な枕、掛け布団。とても一般庶民代表みたいな自分には、経験できないであろう感触だ。
「ここは………?天国?? ハハ、なんだ俺もいい事出来てたのかよ。」
自分の人生を皮肉ってみる。
頬をつねる。痛い。生きてる。天国ではない。
「まぁ確かに悪い事はしてないもんなぁ……」
天国でないことを確認してポツリと呟く。その時、まだ覚醒しきれていない聴覚に微かな音を感じた。
寝息だ。ひどく微かに可愛らしい寝息だ。
期待と安堵が生まれる。きっとあの少女であろう、生きていて良かった、そして、何かイイコトがあるだろう、という心情だ。
しかしそんな淡い期待もその寝息の正体を知った瞬間に打ち砕かれた。
「っと……寝ちまってたか……。ん?おぉ……起きたんだな。」
声の正体は眠りから覚めたらしく、こちらに気さくに声を掛けてくる。
しかし、その声はあの可憐な少女の声ではない。野太く低い声だ。
「夢なら覚めてくれ……」
自分でも聞き取れるか微妙なラインの声で言い放った。
「ん??何か言ったか??」
きっと優しいのであろう本当に心配している顔だ。
しかし、その声の正体は優しい顔でも一般人なら卒倒するであろう。
なぜって??聞きたいか?あぁいいだろう聞かせてやるよ!
その声の正体は身長2メートルはゆうに超えており、禿げた頭、そしてその頭についている顔には八本の傷、筋骨隆々という言葉がピッタリと言えるほどの肉体、睨んだ獲物を殺すほどの眼力、そして何よりその男には、腕か四本生えていたのだ…………。
「マジでトラウマだよ……。精神に異常をきたしたら、9割方テメーのせいだかんな」
小一時間ほど悪態をついた気がする。その奇妙な生物にも慣れてきた。生物なのだろうか。取り敢えず何も考えずに悪態をつく。ついてなきゃやってられない。酒無しで生きられないのと同じ理屈だと思う。何かに頼らないと、この圧倒的絶望の前では、自分は正気でいられない気がした。
「おかしすぎるだろ!なぜ"目覚めるとそこには美しいから少女が……!"っていう展開になってないんだよ!!辛いぜまじで。衝撃受けまくりだよ今世紀最大だよ冗談抜きで!!マッハ50で地面に激突に相当するよ!」
ひとしきり避難の嵐。そして相手の表情を見ると。
今にも殺しかかってきそうな表情………。
ではなく、只々申し訳なさそうに縮こまっている。しかし、その申し訳なさそうな顔も怖い。俺みたいに人の顔色気にして、事なきを得るようなのが得意な奴でなきゃ、見分けがつかないだろう。なんだこれ、自分で言ってて死ぬほど虚しい。ヤダちょっと死にたくなってきた。
「いや、本当に申し訳ない。なんなら死んで詫……」
「いや、そこまでしなくてもいいよ!?なんつーかその俺も言い過ぎたよ」
この手の誤り方をされるととことん弱い俺。俺ってば(よく言えば)優男!そして、(悪く言えば)心変わりが激しい。
「えっと…それで聞きたいことがあるんだけどさぁ……。」
一番聞きたいことを聞こうとするが、
「えっとぉ……なんて呼べば?まだ、お互い名前を知らなかったよな」
「ロバート•アンデルセン、アルでいい。君の名前は?」
態度の豹変、俺が許したらすぐこうだ…全く教育がなってねぇなぁ…。なんて小言を心の中で呟きながら、
「俺は葵•奏多、奏多でいいよ、アル。それで聞きたいことっていうのは、ええっとあの女の子………」
「あの方でしたらお名前は…」
「っとぉぉぉぉぉぉ!」
「どうしたんだ急に」
「なぁに、名前っつうのは本人から聞くのが一番なんだよ!」
なんとなくだが、そのほうがロマンチック。なんて言ってみる今日この頃。
ロマンのロの字もない人生だったなぁ…なんてしみじみ考えつつ、
「取り敢えずあの子のところに行かないとな」
アルを見つめながら言う。そして見つめられるアルも、
「居場所……ですねぇ…」
「そうそれぇ!!!」声高らかに叫ぶ。
待っててね!愛しのマイプリティ!!ええっと……名前はまだない!!
「今の時間ですときっと……」
と言いかけたとき、また嫌な予感を感じ取った。前回と同じだ。しかし、違う点がある。前回よりも嫌悪感が勝ることだ。
嫌な予感は倍増する。世界が止まっているような気がした。
止まっている世界でひたすらに狂気の予感を感じさせられる。
そして開放されると、時間のありがたみが伝わる。
「っっっ………」
そして、鳴り出したのはアラームだ、無駄に焦燥感を募らせる。
『第五地区東部にて不可解な高エネルギー反応有り。直ちに第三から第五部隊は出動せよ。』
簡潔で、募った焦燥感を爆発させるのには大いに有効なアナウンスだった。
「くっ…………!!!」
体は勝手に動いていた。人が三人は通れる通路を駆けていく。人とは思えないない速度で。 以前あの少女に異能力者か?と聞かれて思い当たる節があった。それがこれ、およそ人ならざる身体能力だ。
昔から運動が大得意で、今まで運動で負けたことなど一度もなかった。誰が相手でも。
その類まれなる身体能力が中学卒業とほぼ同時期に飛躍的に成長した。
今なら、車に追いつけるし、ビルも飛び越えられる。
そんな無駄能力をいま使わずしていつ使う?
「今しかねぇだろぅがよぉ!!」思わず叫んだ。
周りの人たちが驚きと好奇の目で見てくる。しかしそんな事構わずにただ走る。階段はすべてとばす、人のことなどお構いなしに駆け抜ける。
そしていま自分がいた施設から出ることができた。そして、眼前に広がる街を見て俺は驚いた。
「ここは………………何処だ??」
驚くのも当然だろう、ここは自分の知っている"日本"ではないのだから。