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2 Somnium

――――すみません。

――――はーい?

――――この林檎を一つ、いただけませんか?

――――その林檎、いいやつなのよ〜。ちょーっとお高くなるけど大丈夫かしら?

 誰が見ても腐りかけの林檎。

 この林檎なら、と望みをかけてみたが、やはり無理なのだろうか。

――――あの、他の、傷んで商品にならないような食べ物はありますか?どんなものでもいいんです。私、お金を持ってなくて。

 言い終わらないうちに左頬に激痛が走り、身体ごと吹き飛ばされた。

――――あんたねぇ!今がどんな時代が分かってんの!?氷河期に入ってただでさえ食べ物が少ないのに、他人に無料であげられるわけないでしょ!

――――そこの店主。どうしたんだい?

――――この汚い小娘が食べ物をくれっていうのよ!ここは無料提供なんかしてないわ!

――――ああ、そりゃ怒って当然だな。おい、そこの小娘。そんなに地面は寝心地がいいのか?寝てる暇があったら働け!人間の恥さらし!

 人が集まってくる。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

――――クズ人間はこの世にいらねぇんだよ!

 どんな仕事でもするから、それ以上言わないで。

―――ごめんなさい。許してください。今すぐこの街から出て行くから。

――――クズ!

――――今すぐ消えろ!

――――お前みたいな人間はこの世に必要ないんだよ!

――――このゴミが!

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな――――――







「ごめ、んなさい」


 

  * * *



「葵、葵。おい、起きろ」

 遠くでしろがねさんの声がする。

 銀さんがいるはずない。

 それに、こんな顔見せたくない。

 銀さんにこれ以上心配をかけるわけにはいかないのだから。

「葵、起きろ。もうすぐだぞ」

「………ん、あ、しろ…、がねさん?」

「俺以外に誰がいる?……また、あの夢か?」

 そう言って僅かに溢れていた葵の涙を拭う。

「違いますよ。大丈夫ですから、気にしないでください」

「お前の“大丈夫”ほど信用できないものはない。何を見た?いつの記憶だ?吐け、全て。今更お前の過去を知ったぐらいで捨てたりはせん。それとも、“アレ”より酷いのか?だから言えないのか?」

 遠慮もなく土足で他人の中に踏み込んでくるのは、銀の長所であり、短所でもある。

 葵にとってそれは、一つの救いになっていた。

 自分からはなかなか言い出せないことがあっても、ここまで言われると言いやすくなる。

「一人になって、食事に困ったときに、腐りかけの林檎を売っている店を見かけたんです。店主が気づいていないのか、それとも、処分が面倒だったのか。そう思ったんです。……私の勘違いでした。数少ない貴重な食べ物を腐りかけたぐらいで捨てたりなんかしませんよね。私の勘違いでその場の雰囲気を悪くしてしまったときの夢です。あの夢ほど悪い夢でもないので、本当に気にしないでください」

 へらっと笑みを見せれば銀はため息をついてそうか、と言う。普段なら。

「俺がそんな下手くそな嘘に騙されるとでも思ってるのか」

 返ってきた言葉は、怒りを帯びていた。

「嘘をつくぐらいなら夢を見るな。涙を見せるな。――――それほど記憶に残っているから夢を見たんだろうが。無意識のうちに泣いたんだろうが。いい加減お前は、人に甘えることを覚えろ。その為の俺だろうが」

「あ、甘えていいんですか」

「バカか。ほら、着いたぞ。さっさと降りろ。政府の犬に見つかると面倒なんだよ。また車を買い替える羽目になるしな」

 車が止まり、銀が顔を向けたと思えば今までの流れを思いっきり台無しにし、葵は口をあんぐりと開けてしまった。

「……雰囲気を台無しにしないでください。涙も引っ込んじゃいました」

「空気を読まないことで俺の中では有名な葵がそれを言うか?」

 銀は冗談など言わない。

「不器用ですね」

 銀なりに慰めようとしてくれているのだろう。

「こんなに優しい人なのに、良くも悪くも人間は残酷ですね」

 その言葉は誰にも届かなかった。



  * * *



 ギィーッと戸が開く鈍い音がした。

「やぁーっと来たよ。待ちくたびれちゃった。ねぇ、深雪?」

「服を着てください。今日は葵《あの子》も来ているでしょう?着てください」

 幼子のように駄々をこねる白咲を無理やり起こし、着替えさせる。

「そんなの知らないよ。待たせたあいつらが悪いんだ」

「三日ほど前、貴方が『僕は大人だから何でも出来る!僕を頼れ!』と叫んでいたのを覚えています。あれは私の幻聴ですか?」

「あはは、言ったねぇ。仕方ない、今日は僕の負けだよ。……さ、(一階)に下りようか」

 白咲が狂気染みた笑みを浮かべるのはいつものことだ。


Somnium=夢

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