梅雨明け
数日後。
放課後、生徒会室。
「ちょっと!家倉くん!正信!早くしなさいよ!原田さんずっと車の中で待ってるのよ!」
俺と清一は野球部の応援の時に着ていたものを脱いで学校指定の制服に着替えている。
「そんな事言ったって依頼が入ってたんだから仕方ないだろ!」
全く、野球部の練習試合ごときで応援団の格好をして応援してくれなんてむちゃくちゃだろ!
『なあ頼む!俺達は弱小だからせめて応援でビビらせて欲しいんだ。応援団の格好をして応援してくれ!』
俺と清一の所に野球部全員でお願いしに来たので断りづらかったのと清一が意外にノリノリで承諾したせいもあり結局やる羽目になったのだが…。
「どうしてお前はそんな格好で応援してたんだよ!」
清一は応援の時、秋田県の伝統「なまはげ」の格好をしていた。
そのせいで相手チームは集中出来ずに試合は七夕高校の勝利に終わった。
「ふっふっふ、相手を威圧するのであればこれぐらいしなきゃね。僕から言わせれば学ランなんて甘い甘い」
清一は得意げな表情をする。
応援団の格好をしてくれと言われたのは完全に忘れてるみたいだな…。
まあ、野球部は感謝していたようだし、今回だけは良しとするか。
俺と清一は急いで着替え、杏子と一緒に車へ向かった。
俺達が車に乗り込むと原田さんはすぐに車を発信させた。
行き先は藤木が入院する病院だ。
俺達が花の事件を解決して数日後。藤木に合う臓器が見つかったとの連絡があった。
俺達三人と女子テニス部そして田中さんは手術の当日病院に駆けつけた。
長い時間の末手術は無事成功し、手術室の前で待っていた俺達は飛び上がって喜んだ。女子テニス部は皆で泣きながら肩を抱き合い、田中さんは「よかった…」と言いポロポロと涙を流した。
俺と清一と杏子は皆とは少し離れてその姿を見ていた。
「本当に良かったよ…。本当に…」
清一が目を拭う。
「やっと帰って来たのね。皆の元に」
「ああ…。そうだな」
藤木はその後順調に回復し、リハビリによって徐々にではあるが体力も戻りつつある。学校に戻ってくる日もそう遠くは無いだろう。
女子テニス部と田中さんは連日お見舞いに行き、俺達三人もたびたび病室に顔を出した。
車が病院に到着した。
「では、私はいつものように駐車場でお待ちしています」
原田さんが清一に言う。
俺達は、原田さんも一緒に行こうと何度も誘ったのだが「私が行くと怖がらせてしまうので」と苦笑いで言うだけで決して行こうとはしなかった。
本当に顔以外は優しい人だな。
俺達はいつものように病室へ行く。
「あっ。いらっしゃい!」
藤木はベッドから体だけを起こした状態でいる。
どうやら他の人はまだ来ていないようだ。
「よう藤木。調子はどうだ?」
「はい、おかげさまでピンピンしてます」
藤木は笑顔で答える。
顔色もパソコンの写真の時と変わらない状態に戻っている。
「はいこれお土産。ここに置いて置くわよ」
杏子は持参した果物をベッドの横の机に置いた。
「この果物は家倉八百屋で仕入れた果物だからね。とっても美味しいよ」
「ありがとうございます家倉さん。後でテニス部の皆と田中さんが来たら一緒に食べましょう」
噂をすればなんとやら、病室の扉が開く。
「やっほー。香織元気?」
山下が元気良く入ってきた。後ろにはゾロゾロと女子テニス部員がやって来る。最後尾は田中さんだ。
「あっ。生徒会三人に今日は先こされたな〜」
山下が悔しそうに言う。だが、その顔は笑顔だ。
「おや?すでに果物が置いてあるね。これも先をこされてしまったか」
田中さんは手に果物を入れた籠を持っている。
「いえいえ。これだけの人数がいるんです。皆すぐになくなってしまいますよ」
確かに病室は人でごった返している。
「それじゃあ、皆で食べましょうか」
山下が今にも飛びつかんばかりの目で果物を見ている。
どうやらテニス部員は部活が終わってすぐ来たらしく早く食べたくて仕方が無い様子だ。
「ちょっと待ってくれないかい。どうせなら原田さんも一緒が良いんだがどうかな?」
清一が皆の方を向いて言う。
藤木と女子テニス部員と田中さんは実際に原田さんを見たことは無いが話によく出ていたのでどんな人かはわかっている。
皆は快く了承した。
清一は病室を抜け原田さんを呼びに行った。
杏子と女子テニス部員数人は果物を切る準備を始めた。
山下と田中さんは藤木と楽しそうに花の話をしている。
窓の外は雲ひとつ無い青空が広がり、「ミンミン」と蝉の鳴き声が聞こえる。
病室にいる全員が本当に幸せそうな表情をしている。
長かった梅雨がようやく終わりを迎えたようだ。




