早く帰って来て欲しい
俺と清一はもと来た道を引き返す。
テニスコートから校舎までの道のりはコンクリートで舗装された道になっている。
道の両脇には桜の木がズラリと植えられていて、春には桜の花道が出来る。
この時期花は当然咲いておらず緑の葉だけが残っている。
道の片側はグラウンドに面していて、野球部の声がグラウンドに響く。
俺達は歩きながら話をした。
「藤木があんな子だったとはな。話を聞く限りじゃいじめを受けていたとも思えないし、人を恨むような子でもなさそうだ」
「ああ、そうだね。これで幽霊の線はほとんど無くなったと考えていいかもね」
そうなると疑問が残る。
「じゃあ誰があんな事をしたんだ?」
清一は手を顎に当て、歩きながら考える。
すると向かい側から杏子が小走りでやって来た。
「新井結子が今日休んでる理由がわかったわ。どうやら風邪を引いたから休んでるみたい。親御さんが家で看病してるからちゃんと生きてるみたいよ。よかっ…。どうしたの二人ともその顔」
杏子は心配そうな表情で俺達の顔を見る。
どうやら俺達二人は相当酷い顔をしていたらしい。それ程あの話は衝撃だった。
俺達は女子テニス部から聞いた藤木についての話を杏子にも同じように話した。
「そう…。そんな事情があったのね」
杏子は寂しげな表情でポツリと言った。
「ならどうして一本抜かれてまた戻って来るような事になったの?土の色が変わってるのは正信達も見たんでしょ?ならなおさら見間違えたわけではなさそうだし…」
ここで行き詰まってしまった。
三人は各々次にやるべき事を考えるが何も思いつかない。
「カキーン」という音がやけに大きく聞こえる。
俺は顔を上げ静寂を壊す。
「なあ、とりあえず花壇に戻ってみないか?新しく何かわかるかも知れないだろ?」
ここにいても何もわからない、新たな手がかりを見つけなくては前に進む事が出来ない。
「そうだね。もしかしたら花壇で何か見過ごしていたかも知れないし」
清一と杏子も同意し、俺達は花壇へ向かう事にした。
実際は些細な事が原因なのかもしれない。だが花を大切に育ててきた人達の為にもこの謎は解いておきたい。三人は同じ思いだった。
花壇の前に田中さんがいた。
花に水をやり終えたのかジョウロを片手に持ち、どこか寂しげに咲いた花をぼんやりと見ている。
俺達は田中さんに声をかけた。
「おお、君達か今度はどうしたんだい?」
田中さんは寂しげな表情を消し、笑顔で俺達の方を向く。
「実は新しく手がかりが無いかなと思って調べに来たんです。田中さんは何をしていたんですか?」
俺は田中さんが花を見つめていた理由を尋ねた。
「ああ…。前一緒に水やりをしていた子を思い出していたんだよ。早く元気な姿を見せに戻ってこないかなと思ってね」
田中さんは辛そうな表情で笑う。
「本当に優しい子でね。私が困っていたらすぐ駆けつけてくれて、よく一緒に笑いながら木の手入れをしたな…。実は校務員室にある花はあの子が種をくれたものでね。このアサガオもあの子と一緒に種から育ててきたんだ」
そうか、校務員室にあったアサガオとカスミソウは藤木が田中さんにあげたものだったのか。
アサガオの花が咲いたのは最近だ。おそらく花が開くのを見る前に入院することになったんだろう。
「全く残酷な話だよ。まだ未来があるあんな優しい子が死ぬかもしれない病気になって。こんな老いぼれがピンピンしてるんだからね。何度変わってあげれたらと思ったことか」
田中さんは声を震わせて言った。
この人も女子テニス部と同じく、あの子をとても大切に思っていたんだな。
「すまないね。みっともないところを見せた。年を取ると涙腺がもろくなるんだ。私ももう年だね」
俺達は首を振る。
田中さんは恥ずかしそうに笑うと校舎の方へ歩いて行った。
そよ風が通り抜ける。まるで自分達も藤木が帰ってくるのを待っているかのように花々が揺れる。
「本当に良い子だったのね」
杏子は田中さんが去って行った方向を見ながらつぶやいた。俺と清一の方に向き直る。
「アサガオが無くなって戻って来たのが幽霊のせいじゃないとしたら、人がやったという事でしょう?誰が何の為にそんなことをしたのかしら」
正体のわからない犯人に対してだろう。杏子の言葉には微かに怒りが込められている。
確かにその通りだ。幽霊の仕業では無いとしたら、誰かがアサガオを一度引っこ抜きまた植えなおした事になる。
だが、なぜそんなことを?
清一はさっきまで顎に手を当てて何かを考えている様子だったが、ふと顔を上げ俺達の方を見た。
「実は僕に一つ考えがあるんだ」
なんだその考えって?俺は尋ねた。
「いや、まだ確証がないからそれを確かめに行こうと思う。二人ともついてくるかい?」
愚問だな。
杏子と俺はほぼ同時に頷いた。




