あの子はそんな子じゃない
放課後。
俺と清一は女子テニス部がいるグラウンド奥のテニスコートへ向かっている。
放課後とはいえ7月のこの時間帯はまだ暑い。
眩しい日差しが照りつけるなか、横のイケメンは平気な顔をしている。
この男が「北風と太陽」の主人公なら話が成立していなかったたろう。
夏用のシャツを着ているが俺はすでに汗をかいている。
このクソ暑い中ブレザー着ててなんで汗一つかかないんだよこいつは!
清一は鼻歌を歌いながら優雅に歩く。
こいつといると自分が汗っかきなんじゃないかと思ってしまう。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか清一は俺の顔を見た。
「ん?正信どうしたんだ妙な顔をして。僕の顔に何かついてるのかい?」
「なんでもねぇよ」
俺は説明するのも面倒なので適当にはぐらかした。
「わかった。カバディがしたくてたまらないんだろう?顔に書いてあるよ」
清一は「ははあん」とでも言いそうな顔をする。
「なんでそうなるんだ!」
間違っても俺は自分の顔にそれは書かない。
「ちょっとまってな。今メンバーを呼ぶから」
清一はそう言うと口笛を吹くために親指と人差し指を輪にして口に入れようとした。
俺は急いでやめさせる。
「今はテニス部に話を聞くのが先だろ。カバディはまた今度だ」
清一はしょんぼりする。
というより、あの黒人集団は口笛でやって来るのか!
相変わらずこいつの周りは変わった奴が多いな。
ん?と言うことは俺も含まれるのか?
俺は自分が普通なのか少し不安になった。
テニスコートに着くと女子テニス部の高い声とラケットがボールを弾く「パーン」という音がコートに響いている。
青空の下。目の前で繰り広げられる練習風景を見ていると暑いのも忘れ不思議と爽やかな気分に変わる。
七夕高校のテニス部は男女共に強豪。と言うわけではなく。
悪くも無いし良くもない成績を毎年残している。
まあ俺の部活よりかなりマシだな。
俺はこう見えて空手部に所属しているのだが、幽霊部員だらけで廃部寸前状態にある。
かく言う俺も最近は忙しく幽霊部員状態だ。
テニスコートを見渡すとやはり男子テニス部はいないようだ。
事前に仕入れた情報によると男子は他校との練習試合に行っているらしい。
俺達に気がついた一人の女子テニス部員が小走りで近寄ってくる。
「相談科の二人じゃない。どうしたの?」
近づいてきたのは二年で新部長の山下和泉〈やました いずみ〉だ。
髪の長さはショートカットで明るい性格をしている。肌は夏場に外で練習しているせいだろう、浅黒く日焼けしている。半袖半ズボンのテニスウェアが良く似合う。
三年生は夏の大会で引退しているから最近部長になったばかりのはずだ。
持ち前の明るさで部員達からは慕われているようだ。
「実は今朝花壇の花が無くなってまた戻って来る、というおかしなことが起きたんだ。テニス部は花の水やりをしてるだろ?その時に何かおかしな事は無かったか?」
山下は腕を組み「ん〜」と考える。
「いや、水やりの時には全ての花がそろっていたと思うけど。アサガオはいっぱい植えてあるから見間違えたんじゃないの?」
確かに普通はそう考える。
「いや、気がついた奴はちゃんと近くに行って確認したらしい。確かにその時はアサガオが一本足りなかったみたいだ」
山下は「へえー」と言う。
「じゃああたしが見間違えたのかな?朝の水やりは部員全員でやってるから一応皆にも聞いてみるね」
そう言うと山下は部員全員を俺達の前に集めて水やりの時に花が全てそろっていたか訪ねた。だが、帰って来る返事は皆同じで何の違和感も感じなかったらしい。
つまり、花が消えた時間帯がこれで狭まったわけだ。
「わかった。次に聞きたいことがあるんだが。今日学校を欠席している新井と入院中の藤木の関係を教えて欲しいんだけど、二人はどんな感じだ?例えば仲が悪かったとか」
新井は藤木をいじめていたか?なんて聞けるはずもない。俺は若干遠回しに尋ねた。
「いや二人の仲は悪くありませんよ。むしろ仲は良いぐらいで、しょっちゅう二人でいましたし、ねえ?」
一年生の部員が言った。
他の部員はこの子の言葉に「あの二人仲良いよね」、「全然そんなんじゃないと思うけど」などと言う。
どうやら二人の仲は悪くなかったようだ。
「そうか、じゃあ藤木が誰かを恨んでいるとかそう言う話を聞いたことは無いか?」
もしかしたら新井以外の人間を恨んでいた可能性もある。
俺は何気無く聞いた。
すると山下が静かだが断言するように言った。
「あの子は誰かをそんな風に思うような子じゃない」
山下は俺達を見つめる。
どうしてここまで言い切れるんだ?
清一が申し訳なさそうな顔で答える。
「気を悪くさせたなら謝るよ。実は…」
清一はどうして藤木が誰かを恨んでると思ったかその経緯を話した。
すると山下はケラケラと笑い出した。
「そういう事だったの。ふふ、相談科が幽霊相手に手こずってんじゃない」
全くもってその通りである。
これには俺と清一も苦笑いするしかなかった。
「なあ、その入院してる子はどういう子なんだ。良かったら教えてくれないか?」
俺は聞いた。山下は「いいよ」と言うと、思い出を語るように話し始めた。
「あの子はすごく明るくて、誰にでも優しくていつも皆に笑顔を振りまいてた。元気なあの子を見て私達も元気にさせられる。そんな子だったの」
山下は寂しげな笑みを浮かべている。
「花が好きでね。花壇の花に毎日水をあげてた。校務員の田中さんと一緒に大切に育ててたの。でもある日突然重い病気になってしまった」
「部活中に突然倒れて、私達は急いで救急車を呼んだ。病気の事なんかよくわからない私達は原因なんか何もわからなかった。それで、私達はすぐ病院に駆けつけた」
山下の声が若干震え、目が潤んでいる。
「病気はとても重い病気だった。医者の話によると恐らく臓器移植手術をしないと命は助からないだろう、そう言われたらしいの」
「それでもあの子は笑ってた。自分が悲しい顔をしたら皆に心配をかけるから。私達が病院に行くたびにニコニコしてて、でも私達が帰った後は怖くて、一人で泣いていたらしいの」
俺と清一は言葉を失った。
高校生とはいえまだ子供だ。突然そんな事を宣告されて不安にならないわけがない。怖くないわけがない。でもその子は皆の前では決してそんなそぶりを見せなかったのか。
なんて強い子なんだ…。
後ろの女子テニス部員も目を潤ませている。中には鼻をすする音も聞こえる。
「そんな子だから、あの子は人を憎むような子じゃない。まして人から憎まれるような子でもない」
山下が断言する。
「そうだっのか。わるかったな、辛いこと思い出させて」
俺は言った。
山下は黙って首を横に降る。
俺と清一はテニス部に礼を言い。
足取り重くテニスコートを後にした。
空は澄み切った青空のままだったが、来た時に感じた爽やかさは今はもう感じなかった。




