ある梅雨の日の出来事
季節は梅雨真っ盛り。
洗濯物も乾かしにくく世の奥様方が毎日天気予報を見ては頭を抱えるこの季節。当然我らが七夕市にもその季節がやってきていた。
今年の七夕市はゲリラ豪雨がたびたび起こり、天気予報で晴れマークだったからといって洗濯物を干して買い物に出かけた奥様方が帰ってきたら大惨事。
そんな話をよく耳にした。
よって七夕市では、外に干すのを諦めた奥様方のコインランドリーの乾燥機を巡る争奪戦が毎日どこかで繰り広げられている。
俺の母親もたった今大量の洗濯物を片手に戦いに出かけた所である。
俺、古村正信〈こむら まさのぶ〉は学校が休みの日曜日暑い家の中で一人テレビのローカル番組を見ていた。
テレビの内容は『今時の若者のファッション事情』というもので、市としてはメジャーではないここ七夕市の若者に今着ている服のポイントなどをインタビューする。といった内容のものだ。
一人の若者のインタビューが終わり、女性キャスターが次の相手を探している中、奥の方から奇妙な格好をした長身の男が歩いてきた。
ダイビングをする時に着るウェットスーツを着て、顔の部分は強盗がかぶるような目出し帽をかぶり、足元は長靴を履いている。
全身真っ黒だ。
女性キャスターはかなり躊躇した様子だったが、そこはプロ。果敢にもその男に話しかけに行った。
『あのーすみません。今最近の若者のファッションというテーマでインタビューをしているんですけど話を聞かせてもらっても大丈夫ですか?』
『構いませんよ』
黒男の声はどこかで聞いた事のあるような声だ。
まさかな。
インタビューが始まった。
『率直に聞きますが何故そのような格好をしているのでしょうか?』
『ああ、これには理由がありまして。まず、最近の七夕市はゲリラ豪雨が多発しています。だからといって毎日傘を持ち歩くのも面倒ですよね。そこで考えたのがこの格好。これならいつ大雨が降ったとしても気にする必要もない』
女性キャスターの顔はかなり引きつってはいるが一応は笑顔だ。さすがプロ。
『確かに、それなら雨に濡れても気になりませんよね。でも、目出し帽は必要ないんじゃないですか?』
『仰る通り。これには別の理由があります。それは、全身を隠すことによって日焼けを防止しているんです』
目出し帽をかぶっているせいでわからないが恐らくこの男はドヤ顔をしているのだろう。
女性キャスターはもう、笑顔とは表現しづらいほど顔が引きつっている。
どうやら早々に切り上げようとしているようだ。
『そうですか。わかりました、インタビューは以上です。ありがとうございました』
『おや、もう終わりですか?僕は七夕高校に通う…』
『現場からは以上です!』
女性キャスターが無理やり終わらせた。
俺は七夕高校に通っている。黒男の正体が誰なのか見当がついたのでそいつに電話することにした。
『やあ正信どうしたんだい?』
電話の相手は同じく七夕高校に通う同級生の家倉清一〈いえくら せいいち〉だ。
長身で髪はサラサラかなりのイケメンなのだがそれを全て打ち消すほどの変人で、学校では彼の事を「変人貴族」と呼ぶものもいる。
貴族とは名ばかりで清一の実家は八百屋を営んでいる。
『ちょうどいいタイミングで電話をかけてきたね。今さっきテレビのインタビューを受けていたんだ』
「ああ、今見てたぞ」
『そうか!どうだったかい?なかなかテレビ映えしただろう?明日からきっと七夕市ではこの格好をする人で埋めつくされるよ!』
心優しい俺はこの友人に助言することにした。
「なあ清一。今日はもう家に帰った方がいいぞ」