表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

来歴

作者: 加納啓太

 真夏だというのに冷蔵庫が壊れた。氷も作れない、野菜もあっという間に腐る。昨今の猛暑を冷蔵庫なしで乗り切るのは不可能だ。だから俺は近所のリサイクルショップに足を運んだ。個人経営の小さいところだが、ぱっと見て目的の物が見当たらなかったので、店員に声をかけた。

「すみません、冷蔵庫ありますか」

「はいはい、冷蔵庫ですね。お客さん運がいいですね、丁度一台残ってますよ」

 店員の案内で奥に進む。そこにはレトロな緑色の冷蔵庫があった。一人暮らしには充分な大きさで、値段も中古なら妥当な額だ。俺は買います、と言おうとした。

「そちらの冷蔵庫、以前は大学の研究室で細菌の保管に使われていた物ですが、よろしいですか?」

「誰が買うか!!」

 なんて店だ。冷蔵庫は食品を冷やす物であって、菌を冷やす物ではない。そんな大腸菌だかサルモネラ菌だか、何がついているかわからない冷蔵庫なんて使えるわけがない……という常識的な判断だったのだが、店員は心底わからない、という顔をしていた。

「三台入荷して、二台は売れましたよ?」

「それは菌が入ってたって知らなかったからだろうが!!」

「いえいえ、きちんと説明してお買い上げいただきましたとも。当店は『正しい使われ方をされなかった物』専門ですので」

 妙な言葉が出てきた。

「『正しい使われ方をされなかった物』?」

「ええ。例えばこちらの品」

 店員が持ち出したのは長方形の、銅で出来た、底の厚いフライパンだ。

「……厚焼き玉子を作るフライパンだな」

「そうです、そうです。しかしこのフライパン、持ち主は一人暮らしの男子学生だったんですね。厚焼き玉子なんて作れませんから、ずうっとスクランブルエッグや、ウィンナーばかり炒めていたそうです。それからこちらのピルケースは、画家が絵の具を保管するのに使っていた物です」

「なるほど……」

「他にも色々ありますよ」

 店員は続々と店の品々を紹介した。終生老人の背を掻き続けた定規。ブックエンド代わりの地球儀。足台にされた百科事典。店員は話がうまく、つい聞き入ってしまった。

「そしてこちらの鉛筆」

 示されたのは半分ほどの長さになった、緑色の鉛筆。普段あまり見かけない5Hだ。これは一体何に使われたのだろうか。

「とある男の、喉笛を突き刺すのに使われました」

「え――」

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。説明は続いた。

「適度な長さ、5Hの硬い芯、握りやすい形状。充分凶器として利用できる物だったわけです。鉛筆は喉の中心を違わず突き刺し、見事男を絶命させました。さすがに血のついた物を店に置くわけにはいきませんので、汚れてしまったところは削ってありますけどね」

 その光景を思い描いた。鉛筆は握る部分を残し、深く、深く突き刺さる。引き抜いた瞬間、熱い血がどっと溢れて、手は赤く染まる――そうだ、今残っているのは握っていた部分なのだ。一体誰を刺したのだろう。……誰が、刺したのだろう。

「――なーんてね」

 明るい声に思考から引き戻される。店員は笑っていた。

「売りに来たお客さんは一々由来なんて、教えませんよ。さっきの話は、みんな嘘です」

 意味が脳に浸透する。つまり最初の細菌入り冷蔵庫も、フライパンもピルケースも、もちろん人を刺した鉛筆も嘘なのだ。俺はほっとした。

「なんだ……」


「ええ、嘘です。冷蔵庫の話以外はね」


 俺は何も買わずに店を出た。この店には、もう二度と来ない。

確か真夏に書いたんだったような? 実際そんな物が売っている店には行きたくない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ