来歴
真夏だというのに冷蔵庫が壊れた。氷も作れない、野菜もあっという間に腐る。昨今の猛暑を冷蔵庫なしで乗り切るのは不可能だ。だから俺は近所のリサイクルショップに足を運んだ。個人経営の小さいところだが、ぱっと見て目的の物が見当たらなかったので、店員に声をかけた。
「すみません、冷蔵庫ありますか」
「はいはい、冷蔵庫ですね。お客さん運がいいですね、丁度一台残ってますよ」
店員の案内で奥に進む。そこにはレトロな緑色の冷蔵庫があった。一人暮らしには充分な大きさで、値段も中古なら妥当な額だ。俺は買います、と言おうとした。
「そちらの冷蔵庫、以前は大学の研究室で細菌の保管に使われていた物ですが、よろしいですか?」
「誰が買うか!!」
なんて店だ。冷蔵庫は食品を冷やす物であって、菌を冷やす物ではない。そんな大腸菌だかサルモネラ菌だか、何がついているかわからない冷蔵庫なんて使えるわけがない……という常識的な判断だったのだが、店員は心底わからない、という顔をしていた。
「三台入荷して、二台は売れましたよ?」
「それは菌が入ってたって知らなかったからだろうが!!」
「いえいえ、きちんと説明してお買い上げいただきましたとも。当店は『正しい使われ方をされなかった物』専門ですので」
妙な言葉が出てきた。
「『正しい使われ方をされなかった物』?」
「ええ。例えばこちらの品」
店員が持ち出したのは長方形の、銅で出来た、底の厚いフライパンだ。
「……厚焼き玉子を作るフライパンだな」
「そうです、そうです。しかしこのフライパン、持ち主は一人暮らしの男子学生だったんですね。厚焼き玉子なんて作れませんから、ずうっとスクランブルエッグや、ウィンナーばかり炒めていたそうです。それからこちらのピルケースは、画家が絵の具を保管するのに使っていた物です」
「なるほど……」
「他にも色々ありますよ」
店員は続々と店の品々を紹介した。終生老人の背を掻き続けた定規。ブックエンド代わりの地球儀。足台にされた百科事典。店員は話がうまく、つい聞き入ってしまった。
「そしてこちらの鉛筆」
示されたのは半分ほどの長さになった、緑色の鉛筆。普段あまり見かけない5Hだ。これは一体何に使われたのだろうか。
「とある男の、喉笛を突き刺すのに使われました」
「え――」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。説明は続いた。
「適度な長さ、5Hの硬い芯、握りやすい形状。充分凶器として利用できる物だったわけです。鉛筆は喉の中心を違わず突き刺し、見事男を絶命させました。さすがに血のついた物を店に置くわけにはいきませんので、汚れてしまったところは削ってありますけどね」
その光景を思い描いた。鉛筆は握る部分を残し、深く、深く突き刺さる。引き抜いた瞬間、熱い血がどっと溢れて、手は赤く染まる――そうだ、今残っているのは握っていた部分なのだ。一体誰を刺したのだろう。……誰が、刺したのだろう。
「――なーんてね」
明るい声に思考から引き戻される。店員は笑っていた。
「売りに来たお客さんは一々由来なんて、教えませんよ。さっきの話は、みんな嘘です」
意味が脳に浸透する。つまり最初の細菌入り冷蔵庫も、フライパンもピルケースも、もちろん人を刺した鉛筆も嘘なのだ。俺はほっとした。
「なんだ……」
「ええ、嘘です。冷蔵庫の話以外はね」
俺は何も買わずに店を出た。この店には、もう二度と来ない。
確か真夏に書いたんだったような? 実際そんな物が売っている店には行きたくない。