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幼馴染みだよ  作者: 塔子
16/17

【15】16年後①

高校1年生になったばかりの春。


私、佐古智美は異世界へと召喚されてしまった。


それは、勇者として幼馴染みの片桐省吾が召喚されたついでに――巻き込まれただけの不運な出来事。


この異世界で、不要な私は一人で生きていく場所を求め、国境沿いの小さな村へと神官ラウルと共に旅に出る事にした。


そして、私は結婚し、子供にも恵まれた。


省吾には悪いけど、いずれ別々の道を行くつもりだった。


なのに、あれから16年経った今でも、つかず離れず…。


むしろ、べったりなのはどういう事よ!


省吾と私――ではなく、省吾とヒトミが。









あの日。


ヒトミが産まれた日。


私の幼馴染みの男はこう言った。



『智美』

『ん?』

『ヒトミが欲しい』

『はあ?』

『16になったら、俺にくれないか?』

『バ、バカ!!省吾、何を言って!!16年後はいくつになってると思うのよ!!』

『――32』

『わ、私だって、32だよ!!同じ年の義理の息子なんて要らんわーーっ!!』

『別に、問題無いだろ』

『有るわ!!この変態が!!』










朝、夢見が悪くて、気分は最悪だ。


あの日の事を夢の中でも、一字一句憶えている私自身に嫌気が差す。



「サコ、具合でも悪いのですか?」



心配してくれるのは嬉しいけど、のんびりと緑茶を飲む夫――ラウルに私はイライラのゲージがイエローゾーンから一気にレッドゾーンに上がる。



「ラウル!今日が何の日か忘れたのっ!?」

「今日は、ヒトミの16歳の誕生日です」



ちゃんと憶えてます!と、にっこり笑ったその表情は、出会った頃と変わりない。


だけど、今その笑顔は余計に私を苛つかせるだけ。



「ラウル!確かにそうだけど!つまり、そうじゃなくて――」



私がこんなにも必死になっているのにラウルは「サコ?」と言って、いい歳して、可愛く首を傾げてくる。


私のイライラは怒りに替わり、限界をいとも簡単に突破してしまう。


「朝から、ケンカは止めてよね」と言うのは次女ナオミ。


「母さん、何、イライラしてるんだ?」と言うのは次男サトル。


「欲求不満なんだろ?」と言うのは長男タケル。


「ヨッキュウフマンって、なーにー?」と言うのは三女コトミ。


「こら!!タケル!!変な事、言わない!!」と声を荒げても、子供達は私の言う事なんてちっとも聞いてくれない。



「サコ」

「ラウルからも言って――わっ!?」



ラウルは軽々と私を抱き上げ、二階に続く階段を上る。



「お父さん、ほどほどにしてよ。午後からショーゴが来るんだから」



階段で長女ヒトミがすれ違いざまに、ラウルに忠告する。


ほどほどって、何?


ラウルはヒトミに小さく頷いて「大丈夫です、加減します」と言って寝室に入る。


えっ?


今から、ナニが始まるって、子供達は知ってる訳!?



「ちょ、ちょっと、ラウル!」

「コトミから弟が欲しいと頼まれました」

「はぁ?」

「サトルは妹を、と…」



既に5人も居るというのに、この男は~~!



「サコ」



あ、その恥ずかしそうに照れてる表情、相変わらず格好いい。


何だかんだ言って、ラウルの事、好きなのは私の方かも。


だけど、今日はここで流されてはいけない!



「ラウル!今日は絶対ダメ!!」



どうするのよ!


あの日の言葉通り、あの省吾が本気で行動を起こしたら!


ヒトミと結婚でもしようものなら。


同じ歳の義理の息子なんて、考えただけでも――。



「絶対にイヤーーっ!」










そろそろ日も暮れ始め、夕ご飯の時間になろうというのに省吾は姿を現さない。


朝、そわそわしていた私は妙に落ち着き、来るなら来い!という迎撃体制で臨んでいる。


子供達は、いつも沢山のお土産を手にしてやって来る省吾を本当に家族のように慕っている。


ラウルは私の「絶対にイヤーーっ!」という叫びを誤解したまま、がっくり落ち込んでいる。


勘違いだと、訂正するにも面倒なので、そのまま放置しておく事にする。


そして、ヒトミ一人が静かに窓の外を見ている。


娘の誕生祝いとして、豪華な食事もケーキも準備が出来た。


あとは省吾が来るだけ。



「ショーゴ、遅いね」



ナオミの言葉に、それぞれが心配げに小さな息を吐く。



「どーせ、あっちで忙しくしてるんでしょう!先に始めましょう!!」



いつまでも、待っている事も出来ないと家族全員が判断し、ヒトミの16歳のお祝いはスタートした。


そして、夜が更けていっても、省吾は姿を現さなかった。










翌朝、肩透かしを食らった私は子供達を学校へ送り出し、ラウルも講師として学校へ向った。


あの頃は名も知れない小さな村だったのに、今では学校が建ち、勇者が時折訪れては異世界の薬を持ち込んで来てくれるという話が広まり、村を行き来する人が増え、この小神殿もどういう訳か子宝に恵まれる神殿として巡礼者が増えてきた。


私は一人、小神殿を掃除しながら、昨夜、来なかった幼馴染みの事を考えていた。


今までに、来なかったなんて事は無かったのに…。


箒を動かす手が止まる。


何か有ったんだろうか?


違う。何か有ったから、来なかったんだ。


何が有ったんだろう?


いくら長過ぎる付き合いでも、省吾と連絡を取る術を私は持っていない。


省吾が来るのも帰るのも、いつも一方的。


いつ来るとか、帰る前に言ってくれるだけで。


でも、今まで、来なかった事なんて無くて。


約束は必ず、守る男で。


心の中の不安が膨れ上がってきて、いっぱいになりそう。


少し箒を持つ手が震える。



「――智美」



小神殿の扉が開いたのさえ気が付かなかった。



「――省吾」



今までに見たことも無いほど、疲れ切った表情の省吾が立っていた。










いくら歳を重ねても省吾は省吾だ。


私をぎゅっと抱き締め「智美、智美、」と繰り返すだけ。


「何が有った?」と訊いても、すぐには答えてくれない。


お互い30歳を過ぎても、こういう所は変わらない。


もう一度「何が有った?」と言葉にすれば、省吾は少し落ち着いた声で「…母さんが、事故にあって」と言う。



「なっ!?省吾!先にそれを言いなさい!!」

「智美」

「だから!おばさん、大丈夫なの!?」

「智美」



私の名前を返事の代わりにしても、いくら幼馴染みでも意思疎通は困難と言うもの。


さらに、ぎゅっと抱き締められて、私は仕方なく抱き返す。



「母さんは、大丈夫」

「そう」

「自転車とぶつかっただけ」

「じ、自転車?」

「かすり傷」

「そうなの?」

「ただ、俺がパニックに」

「そうだね」

「情けない」

「そうかな?」

「智美の顔を見たら」

「うん」

「ほっとして――」



本当に気の張った一夜を過ごしたんだろう。


相手が自転車とは言え、打ち所が悪かったり、転倒した時に大きな怪我をしてしまう事だってある。


省吾は体重を私に預け、ウトウトし始めている。


ちょっ、ちょっと!こんな所で寝ようとするな!


第一、重い!!



「省吾!」

「…智美」

「こら!寝るな!」

「……智美」

「重い!ちゃんと立って!」



何で私が30過ぎた男を支えなくちゃいけないのよ!



「サコ、こちらですか?」



小神殿の扉が開いて、入って来たのはラウル。


え?もう、そんな時間?


異世界の学校は午前中だけで終わるから、もうお昼過ぎてるって事!?



「ラ、ラウル!ちょうどいい所に!しょ、省吾、を!」



一緒に支えて、寝室へ運んで欲しいと――みなまで言わなくても分かるでしょう!と目で訴えているのに、ラウルの顔色は見る見るうちに青褪めていく。


しかも、ポロポロと大粒の涙を流し始めるから、私まで固まってしまう。


どっちにしても、いい歳したおっさん二人が、役立たずって事は理解出来る。



「お父さん、お母さんは居たの?」



続いて入って来たのはヒトミ。



「ヒ、ヒトミ!省吾、を!」



もう、ここまで来たら誰でもいい、この面倒な男を私から解放して!!


いっその事、蹴り飛ばしてやろうか、なんて思ってしまう。


別の意味で殺意が芽生えそう。



「お父さん!?――お母さん!!ショーゴ!!」



顔を青くして、涙を流しているだけのラウルを見てヒトミの驚きは半端じゃない。


一瞬にして理解したんだろう、ヒトミは顔を真っ赤にしてこっちに向って来る。


そして――。



「何、やってんのよーーっ!!」



ドラマや映画の中でしか観た事が無いような、現役ボクサーも一瞬にしてリングに沈む見事なパンチを目の前で見てしまった。


省吾は、綺麗な弧を描き、吹っ飛んだ。



「ヒトミ!?」



我に返ったラウルも我が子の予期せぬ行動に声を上げる。


頬を思いっ切り殴られた省吾は、眠りの国から強制的に引き戻され、ヒトミを見る。


ぎゅっと拳を握り、身体を震わせるヒトミは目に涙を浮かべ、言い放つ。



「ショーゴもお母さんの事、そんなに好きなら、さっさとお父さんから奪えばいいのよ!」



ヒトミはこの場に爆弾を一つ投下した。


さらに――。



「お父さんも!必死に若作りまでして!お母さんの事、ショーゴに奪われたくないなら、二度とこの世界に来るな!ってショーゴに言えばいいじゃない!!」



二投目も投下する。



「何を泣いているのよ!!こういう時、お父さんがショーゴをぶん殴らないとダメでしょう!!」



娘に言いたい放題で言われたラウルは、しょんぼりして答える。



「……本当に、サコがショーゴと一緒に帰るって言われたら、どうすればいいんですか?」

「はぁ!?そんな事を言ってるから、ショーゴとお母さんはいつまで経ってもヌルい関係なのよ!!」



ちょっと、待てーー!!


ヌルい関係って、どういう意味だ!!


家族――娘から見ても、私とショーゴはそういう風に見られていたのかと思うと、がっくりする。



「もういい加減、ここではっきりさせるべきよ」



荒げていた声色は冷静さを取り戻し、ヒトミは淡々と語る。



「お母さんは、ショーゴと共に元の世界に戻るか、この世界に留まり2度とショーゴとは会わないか」



ヒトミが投下した最後の爆弾は、一番大きく、破壊力は凄まじかった。





『16年後』は①と②で完結です。

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