【11】おまけ③
あれから、省吾は毎週末やって来る生活に戻った。
省吾が元の世界から持って来てくれたベビーグッズを整理する。
ウチのお母さん、テンション上ってるな。
この洋服の量。一日に何回、着替えさせるのっていうぐらい。
お父さんもハイになっているのが分かる。
さすがにチャイルドシートは要らないよ!取り付ける所が無いんだもん。
「サコ、出掛けましょうか?そろそろ、ショーゴが来る時間ですよ」
「あ、ラウル!ちょっと待ってて、ここ、片付けるから」
「…増えましたね。僕には、何に使うのか分からない物まであります」
「私だって、これ何?っていう物もあるから、ラウルだけじゃないから大丈夫だよ」
私のお腹も大きく目立つようになって来た。
しかも、一度クーラーボックスを持ったまま転んで尻餅付いたって事があったので、ラウルはゆっくり歩く習慣を付けさせる為に手を繋いでくる。
「サコって、何か見つけたら走り出しそうですから」
「私は、子供か!」
「心配なんですよ」
「むぅ」
目の前の何も無い空間にキラキラと光り輝くのが見えた。
お、省吾到来の合図だ。
「智美」
「省吾、いらっしゃ…――っ!?」
あ、あれ?今の…。
「サコ、どうかしましたか?」
「智美?」
「ん?――うお!!」
今、お腹が!
「動いた!お腹の中、“ポコン”って!」
「サコ」
“……”
「智美」
“ポコ”
これって、つまり、こういう事!?
「省吾が“智美”って言うと、赤ちゃんが反応するみたい」
その後、省吾とラウルに“智美”を連発された。
だけど、反応するのは省吾の“智美”だけ。
物凄く落ち込んだのは、ラウル。
「僕の子なのに…」
「私だって、自分の名前で反応されても…」
初めての胎動で感動したのは、省吾だけだった。
今日が出産予定日。
ラウルは朝から一人そわそわしている。
「ラウル~、大丈夫だって。あくまでも予定日で、今日、産まれるっていうんじゃないから~」
「でも、サコ…」
「ほら、見なさいよ。この省吾を!」
一人落ち着いて、元の世界から持参した新聞を読んでいる。
出勤前のサラリーマンのようだ。
紙面から目を離さず、お茶をずずっと飲んでいる。
「やるべき事は全てやった。後はゆったりとした気持ちで待つだけだ。第一、出産するのは智美だ。回りが慌てた所でどうにもならない」
「――まあ、そういう事。分かった?ラウル」
私と省吾にそこまで言われたラウルは、仕方なさそうに席に座る。
「呼吸法もマスターしたし、母乳マッサージも欠かさずしてるし」
省吾先生の下、私とラウルは出産に向けてと出産後の赤ちゃんとの向き合い方を教わった。
おむつ交換をしてみたり、授乳後のげっぷの仕方、沐浴の練習もした。
全て、ぬいぐるみ相手にだけど…。
それでも、何もしないよりは気持ちの持ちようが違うというもの。
「でも、ショーゴは、どこで誰から教わったんですか?」
…確かに、そうだ。
私と省吾はお互い一人っ子だ。
甥や姪が居る訳でもないし、従兄弟が結婚して子供が居るっていう話も聞いた事が無い。
学校でも幼稚園や保育園に行ったりして保育実習はあるけど、赤ちゃんの世話をする授業は無いはず。
「父親学級に行った」
「…は?」
「今は、出産を控えている奥さんを持つ人以外にも、将来の為にと行く人も居る」
「そ、そうなの?」「アドバイザーの話では結婚を考えている彼女に『結婚後は、妊娠中も出産後もサポート出来ます』とアピール出来るからと言う人も居るらしい」
なるほど。
そういう考えの旦那さんだったら、安心して赤ちゃんが産めるかも。
「でも、よく行ったね。父親教室」
「若いお父さんですねって、言われた」
「…それで」
「ありがとうございますって、答えた」
そ、そこは、否定する所!!
うわ、元の世界で省吾はどんな風に周りから見られているか、不安しか残らないよ。
私とラウルは、無言で見合わせた。
日が沈む頃。
決まった時間に省吾は元の世界に戻る。
小神殿の裏手にまわり、省吾が思い出したかのように胸のポケットから何かを出した。
「忘れてた、おばさんから」
それは、御守りだった。
間違いなく、安産祈願のだ。
「ウチのお母さんの事だから、交通安全のを買ってそうなのに」
と言って笑ってみせると、省吾は「おばさんって、昔からそそっかしいからな」と言って胸ポケットからもう一つ御守りを出した。
やっぱり…。
「ありがとう、省吾。お母さんに交通事故にも気を付けるからって、言っといて」
この世界には車も自転車も無いから、たぶん事故には会わないと思うけど。
「サコ、腰が痛みますか?さっきから、さすっているでしょう」
「実は、朝からだる重くて。今もちょっとチリチリ痛いというか」
誰も気付いてないと思っていたのに、ラウルの言葉に素直に痛みを打ち明ける。
「それって…、まさか」
ラウルの言う“まさか”って、何?
「その“まさか”だ」
は?省吾まで。
私にも分かるように言ってよ。
「だから、さっきから“まさか”って…――!」
妊婦の私が気付かないって、どうよ。
ラウルは産婆さんを呼びに。
省吾は私を支えて、寝室へ。
「“まさか”って、陣痛!?」
産まれたのは、月の綺麗な夜だった。
可愛い女の子。
無事出産を終えた私達は一睡もせず、眩しい太陽の光に目を細める。
「ラウル。名前、考えてたでしょう」
きっと、ラウルの事だから、可愛い名前を考えてくれているに違いない。
腕の中で小さな娘を抱き、私はワクワクした気持ちでその名を待つ。
「アーデルハイド」
「は?」
今、眠気が吹っ飛ぶような単語が聞こえたんですけど。
「ピンときませんか?では、ベルンハルデ」
「……」
「えーっと、クレメンティア」
「……」
「ちゃ、ちゃんと考えてます!ディートレット」
「……」
「では、エリニース」
いい加減にして!次は、Fから始まる名前!?
アルファベット順に名前を言っていかないで!!
どう見ても、私似の黒髪の純和風の赤ちゃんだ。
そんな名前は、はっきり言ってムズムズする。
「もう!名前は――目の色だけラウル似だから“ヒトミ”!」
決めました!!
「この子の名前は、ヒトミにします!!」
ラウルは「ずっと考えてきたのに…」って言うけど。
「目の色は、僕と同じ琥珀色ですね」
と、本当に嬉しそうに微笑む。
そこへ、省吾はヒトミの替えのオムツを持って部屋に入ってきた。
「名前は決まったか?」
「うん、ヒトミにする」
何か簡単に決めてしまった感は拭えないけど、「ラウルと同じ目の色だから」と言えば、ラウルはますます表情を明るくする。
「いい名前だな」
そう言って、私の腕の中から省吾はヒトミを抱き上げる。
「ヒトミは、智美に似て可愛いな」
「僕の娘ですから美人ですよ!」
もう、ラウルも省吾までも、すっかり親バカだ。
「智美」
「ん?」
「ヒトミが欲しい」
「はあ?」
「16になったら、俺にくれないか?」
「バ、バカ!!省吾、何を言って!!16年後はいくつになってると思うのよ!!」
「――32」
「わ、私だって、32だよ!!同じ年の義理の息子なんて要らんわーーっ!!」
「別に、問題無いだろ」
「有るわ!!この変態が!!」
出産後というテンションと、一睡もしてないというテンションで、私も省吾もどうにも止まらない。
「ちょっと、ラウルも何とか言ってやってよ!!」
私は味方が欲しくて、ラウルに話を振る。
父親なんだから、ここはビシッと「ウチの娘はやらん!」って言いなさいよ!
「まあ、将来の事は、その…、分かりませんから…」
何、それ!!その歯切れの悪い、モノの言い方は!!
「時が来て、その時、ヒトミの気持ちに任せれば…」
つまり、それって、人任せ?娘任せ?それでいいのか!?いや、いい訳が無い!!
「年の差が、気になるというなら…、僕も、その…」
「はっきり言いなさいよ!!この似非神官が!!」
爆発してしまった。暴言もあとで謝る!でも、母は強しって事で、ここは流して欲しい。
ラウルは「似非…、酷いです…」と言い、しゅんと肩を落とす。
「最初に聞くべきでした」
「何をっ?」
「サコの年齢」
「私っ?私は16よ!」
「ちなみに、僕は31です」
「え?…――ええっーー!!??」
わ、私も聞くべきでした。
でも、外見はどう見ても20代前半にしか。
「なので、年の差という理由では反対出来ないというか…」
味方になって欲しかった人が、敵側に付いた。
こら!ラウル!省吾!
何、二人して仲良くなっているのよ!!
「わ、私は、許さん!!例え、ヒトミが省吾がいいって言っても、阻止する!壊す!ぶっ潰すーーっ!」
16年後の事なんて、誰にも分からないけど、これだけははっきりと言える。
その頃も、私と省吾は今と変わらず“幼馴染み”であると――。
『幼馴染みだよ』おまけ編 END




