【10】おまけ②
週末。
いつも決まった時間に省吾は異世界にやってくるのに、今日に限って来る気配が無い。
何か有ったのかな?
「恋人と約束が有るのでは?」
振り返るとラウルが立っていた。
私の肩にショールを掛け「今日は風が冷たいから、中で待った方が」と、手を繋がれる。
「そ、そうだよね!彼女とデートだ!」
私はラウルが“恋人”という発言を聞くまで、うっかり忘れてた。
確か、彼女の名前は柳瀬十海、省吾と同じクラスで学級委員をしてるという。
私の印象では、優等生で頼りになる美人系。
省吾には、ぴったりな彼女だと思う。
もし、柳瀬さんと会う事が出来たなら「省吾の事、お願いね」と言って私も仲良くしたい。
でも、私みたいなのが、いつまでも省吾の周りをちょろちょろしてたら鬱陶しいだろうなぁ。
やっぱり、幼馴染みとは言え、適度な距離感は大事だ。
そんな事を思いながら、私はラウルと一緒に小神殿に戻る。
結局、この日、省吾は異世界に来る事は無かった。
村人達や子供達は「最近、勇者様、来て下さらないね」と言い、私もそう言えば、3ヶ月も会ってないかなぁと、頭の中でカレンダーを捲る。
「何か、ご事情があるんだろうね」
「ご病気などじゃなければ、いいんだけど…」
事情?病気?
そんな言葉に、私は脈打つ速度が速くなるのを感じる。
省吾の事情って、一体何なのよ?
省吾が病気って、まさか、入院?
いくら考えても、答えは出て来ない。
と言うより、答えを求めても知る事なんて無理。
もともと、トラブルとか苦にするタイプじゃない。
無理やり異世界に召喚され、勇者を引き受けるぐらいだし。
それに、生まれた時から健康で、省吾が風邪を引いたという記憶は私の中には無い。
じゃあ、事故?
まさか、事件?
考えれば考えるほど、悪い方へと向かうのは、どうして?
「顔色が悪いですよ。サコ、今日は僕が家事をするので休んでいて下さい」
私だって、心配ぐらいするってば!
そして、省吾がやって来たのは、その日の夜遅い時間だった。
「悪い、遅い時間に」
こんな夜更けに来る事自体、非常識だけど、私と省吾は幼馴染みだ。
何かちゃんとした理由があれば、そんな事は問題無い。
大きなダンボールの箱を抱え、省吾は「これ、おばさんから」と言って部屋の隅に置く。
「中身は、何か知ってる?」
と、尋ねれば「ベビー服とおもちゃ」と、省吾は答える。
「それより、夕ご飯食べた?」
「まだ」
私は、かまどに火を付け鍋を温める。
私が食事の準備をしている間、ラウルは省吾と話をしている。
「いつも、頂いてばかりで感謝の言葉もありません」
「俺は届けているだけだから」
「ところで、この数ヶ月間、何かあったんですか?」
「――実は、病院で…」
お鍋の前で私は聞き耳を立てていた。
“病院”という単語で、持っていたお皿を落としてしまう。
「省吾!!病院って、どういう事!!やっぱり、どこか具合でも悪かったの!!怪我?事故?」
落としてしまったお皿なんて、どうでもいい。
「智美、落ち着いて!病院へは予防接種に行っていた」
「…は?予防接種!?」
「インフルエンザ」
「……!」
「そろそろ季節だろ。しかも、2回接種」
「…うん」
「それと、風疹も接種した」
「風疹!?」
インフルエンザの予防接種は分かる。
もうすぐ冬がやって来て、毎年、学級閉鎖ってなるもんね。
でも、風疹って?
「俺が菌を持ってる状態で智美に会って、もし移ってしまったら取り返しの付かない事になるだろう」
私は黙ったまま、コクコクと頷く。
「それに、今、風疹って流行っているんだ。特に妊婦が掛かると赤ちゃんにまで影響があるとニュースで」
「…それで、予防接種?」
「4週開けて、次を受けないといけないだろう。その間、来れなくて――」
「省吾、ありがとう」
そっか、そういう事なんだ。
予防接種って、私と私の赤ちゃんの為に、そこまでしてくれていたなんて。
「サコ、ショーゴに食事を」
そう言って、ラウルがお皿を運んでいる。
「あ、お皿!」
「少し、欠けていただけですから、僕が片付けておきましたよ」
「ごめん、ラウル」
「“ごめん”ではなく“ありがとう”と言ってくれればいいですよ」
「“ありがとう”、ラウル」
柔らかく幸せそうに微笑むラウルを見て、私は自然と「ラウル、大好き」と言って、ラウルの首筋にちゅっとキスをする。
「僕もです、サコ。でも、そういうのはショーゴの居ない時に」
「――っ!!」
は、恥ずかしいーっ!!
省吾の前で、新婚さんです!いちゃいちゃしてます!普段の私達ってこんな感じです!って言ってるようなもんじゃない!!
「省吾!省吾だって、アレよ!!彼女と――柳瀬さんとベタベタしたり、ちゅーっとかしたりしてるよね!!」
今のは、無かった事にしたくて、話題を省吾の方へと掏り替える。
「別れた」
淡々と食べ、淡々と答える省吾の言葉が、理解するのに時間が掛かる。
「わ、別れたって、どうして!?」
「――間違えた」
「え?」
「智美と十海、似てるから」
「は?」
「名前、呼び間違えた」
「!!!」
ま、マジか!?
そんな、つまらない事で、別れるって!?
「呼び間違えなんて、よくある話じゃない!!」
ほら、うっかり、先生の事を“お母さん”って言ってみたり。
ウチのお祖父ちゃんだって、孫の私を“チコ”ってよく呼んでいた。
ちなみに“チコ”は柴犬の名だ。
犬の名前と間違えないで!って、言ったのに…。
「それでも、相手がダメだと思ったら、理由は何であれ、別れるしかないだろう」
「……」
落ち込んでる風でもない。
自棄になってるようにも見えない。
諦めました、という顔もしてない。
「省吾、訊いてもいい?」
「――智美の作ったカレーっぽいの美味いぞ」
“っぽいの”って…。
それは、れっきとしたカレーです!
「そういうのじゃなくて!柳瀬さんの事…――好きだったんでしょう?」
「好き?俺が柳瀬十海を?」
「え?」
「智美と呼び間違えただけで“あんな女と一緒にするな”と言ったんだ」
「!!!」
まあ、何となく分かる。
私って、女子から嫌われてたからね。
「幼馴染みだよ」と言い続けてきたけど、納得しなかった子も居たからね。
「ごめん、私がそっちに居る時に、ちゃんとしておけば良かったんだよね」
「俺は一度も迷惑だと思った事は無い。――むしろ…」
「うん、まあ、省吾は何も悪くない。私が省吾の為になる行動を取っていれば」「智美は関係ない。俺が智美の傍に居たくて――悪いのは俺だ」
「それは、そうだけどさ。お互い、もう少し違う世界を知るのも大切かと」
「智美が逃げるなら、俺は追いかける」
「えーっと、私は逃げないよ。ここに居るから」
食事を終えた省吾は食器を手に席を立つ時、ちらりとラウルの方を見た。
私が“ここに居る”というセリフを“ラウルが居るからここに居る”という風に受け取ったんだろうか。
まぁ、そう思われてもいいけど、今の私はラウルが居るから異世界で“サコ”として生きていく事ができるのだから。
「でも、きっと、滅茶苦茶可愛くて、思いやりのある、優秀な彼女が出来るよ!」
「智美…」「だって、省吾だもん!!」
理由が“省吾だもん”って説得力無いわ。でも、私は誰より省吾を知っている。
格好良くて、勉強もスポーツも難なく出来て、ちょっと無口だけど正しい事には真っ直ぐで。
残念なのは、私の事になると暴走するので直して欲しい。
お互い同じ場所に立っていても、違う景色を見ようよ。
そこから踏み出して、旅に出て、思い出した時にふらっと同じ場所に立ち寄って「こんな事があったよ」とか「こんな物を見てきたよ」とか報告し合って、省吾とはそういう関係になりたいと私は思う。
それは、二人で一緒に旅に行くより、2倍人生が面白くなると思うんだけど。




