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次なる地へ

<登場人物>

玉石一磨たまいしかずま……ヤコージュ学園三年生。退魔士。暗い過去を持つ。

竜野たつのらい……ヤコージュ学園へ転入してきた少女。退魔士。神虫と呼ばれる人外の能力を持つ。

岡留美之おかどめよしの……ヤコージュ学園の教員にして退魔士。専門は妖怪解剖学。

 地上へ帰還した二人は、ふたたび警察の事情聴取を受けた。根掘り葉掘り、そろそろ花と茎でもむしろうか、といったほどに事情を聞かれた。解放されたのは、日付が変わり陽も昇る時刻だった。

 水曜のホームルームに出たあと、一磨もらいもフラフラと寮に戻った。二人とも完璧に寝不足と疲労で限界だった。


 一磨は寮の自動販売機でミネラルウォーターを買った。部屋に戻るやいなや、冷たい五〇〇ミリリットルを一気飲みして、ベッドに倒れこんだ。

 思う存分眠りをむさぼり、ふたたび目覚めたのは午後五時を回った頃だった。

「うーわ、ひっでぇ顔」

 洗面台の鏡に映る自分は、げっそりしていた。朝食も昼食も摂っていないどころか、下水道に潜入したのにシャワーすら浴びていない。

「あーもう、気持ち悪い!」

 一磨は速攻でシャワーを浴びた。全身の汚れをくまなく落とす。下水や地下道の土埃だけではない。鬼の返り血や穢れをも落とさなくてはならないのだ。

「服の洗濯と……あー、シーツも替えるか」

 汚れたまま寝たので、ベッドシーツも替えておいた方がいいだろう。手間を考えて、一磨はげんなりした。

「洗濯……の前にメシメシ!」

 栄養補給が先決だ。一磨はそう判断した。

「えーと、ラーメンでも作るかな……」

 袋詰めのインスタントラーメンを取り出し、フウとため息をつく。

 その時、携帯電話が鳴った。着信画面に「端山風介(はやまふうすけ)」と表示されている。

「はい、玉石です」

『わしじゃ、介爺じゃ』

「知ってます」

 自分でもぶっきらぼうな声になっているのがわかる。

『なんじゃ、機嫌悪いのー。ブルーデーか?』

「タチの悪い冗談なら、切るぞ」

『わー待て待て! 短気は損気じゃぞ、一磨!』

「なんだよ、もう!」

『お前の母さんの話じゃよ』

「……!」

 一磨は表情を引き締めた。

「き、昨日今日の話だぞ!? もうわかったのか?」

『ま、たいした手間ではなかったぞい』

 一磨の母――弁才天像をもともと所持していたのは、関西地方にある観王寺(かんのうじ)という古刹らしい。そこに、今でも弁才天像の由来を記した書が、伝わっている。

 介爺からの情報は、おおよそそのようなものだった。

 電話を切った途端、一磨は体中に気力がみなぎるのを感じた。

 これでわかる。母さんのことも、自分のことも。心がわきたつ思いがした。

 一磨はすぐに隣室を訪ねた。

「らい! 今、大丈夫か!?」

「ふぁい、一磨さん。どうしました?」

 らいも仮眠を取ったばかりなのだろう。服は着替えていたが、どことなく眠そうだ。

「母さんを持ってた寺がわかったんだ! さっそく調査に出かける! ちょっと遠出になるぞ。外泊許可証を取らなきゃ!」

「あ、あの」

 一磨の勢いに気圧されたらいが、おずおずと口を開く。

「一緒に行っても、いいんですか?」

「どういう意味だよ?」

「だって……わたし、一磨さんの足手まといに……」

 朱顎王に一方的にやられたことを思い出したのだろう。らいはうつむいた。

「……気にしてた、のか?」

 こくん、とらいがうなずく。

 一磨は首筋に手を当てた。

「らい」

「は……」

 ピシッ。

「きゃっ!」

 一磨は指で、らいの額を軽く弾いた。

 デコピンされたらいは、額を押さえてキョトン、と一磨を見つめた。

「らいみたいなタイプは、こーされた方が納得するだろ?」

「え?」

「気にすんなよ、バカ――ってことさ」

 一磨は笑った。

 つられて、らいもほほえむ。

 二人はやがて、くつくつくつと笑い合った。

「さて、書類を整えるぞ!」

「はい!」

「あ、その前に」

「はい?」

「ラーメン作るけど、食べる? インスタントだけど」

「……はいっ!」

 とびきりの笑顔で、らいは答えた。


 翌日から、二人は準備を始めた。

 学園の外で活動する際、学生は事前申請が義務づけられている。必要書類を整えるため、二人は事務室や職員室を走りまわった。

「あら、玉石君に竜野さん。どうしたの? 二人してバタバタしてるそうね」

 書類を抱えた二人に、岡留が話しかけてきた。

「それ、外泊許可証ね。どこか遠くへ行くの?」

「はい。関西の観王寺という寺に、弁才天像の由来を記した古文書があるそうです」

「弁才天……?」

「俺の因果を調べるためです」

「ああ、なるほどね」

 岡留も事情を察したらしい。

「古文書を見せてもらえれば……きっと、手がかりになると思うんです」

「ちょーっと待ちなさい、玉石君」

 岡留がわずかに表情を曇らせる。

「つてもないのに、どうやって見せてもらうつもり?」

「え?」

「外泊許可の申請はいいとして。観王寺へはどうアプローチするの?」

「それは、その……お願いすれば」

「甘いわね。古文書の類は、お寺にとっても大事な宝なのよ。しかるべき筋からきちんと先方に申し入れて、手土産とか持って行かないといけないのよ。マナーとしてね」

 岡留は厳しい表情で指摘する。

 ううう、と一磨はうなる。すっかり失念していた。

 岡留の言う通りだ。古文書は、歴史的価値によって国宝や重要文化財にすら指定される。火事で絵の大半が焼けてしまった絵巻物でさえ、国宝に指定された例もある。

 岡留が肩をすくめて笑った。

「これ以上いじめるのもかわいそうね。私が連絡を取ってあげる」

「えっ、いいんですか!? つては?」

「あのあたりには何度か調査に行っててね。観王寺の人とも会ったことがあるわ」

 岡留の身分と経歴なら、観王寺も資料を開示してくれるだろう。

「お、お願いします!」

 一磨は深々と頭を下げた。

「ただし、監督役として私も行くわよ。というより、タテマエは私の調査の助手ってことにした方が話が早いわね」

 岡留はヒョイと外泊許可証を取り上げる。

「どういう風に書いて申請するか、相談しましょ。二人とも、私の研究室へ」

「はい!」

 心強い味方を得た。

 二人はそう思って、岡留についていった。

初出:2013年癸巳08月02日

修正:2013年癸巳08月28日

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