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自販機の元で過ごすひととき

作者: 小豆色

「う〜。寒すぎだろ」


 身震いしながらふらふらと散歩を続ける。

 今は12月。ただでさえここ北陸は冬が厳しい。

 その上に今日は雪が降るそうだ。寒いのも当たり前。


 なんでそんな日に散歩しているのかというと。

 ずばり、早く起きすぎてする事が無かったからだ。

 で、久々に散歩でもしてみようかなと思った訳だ。

 休日に限って早起きしてしまうのは人の性なんだろうな。


 …でも今は後悔してる。いや、だって寒すぎだろ。

 やっぱ思いつきで行動するもんじゃねーな。

 なまじ遠くまできてしまったから帰るに帰れないし。



「…お。十円みっけ」


 ふと横を見ると、公園のそばにあった自販機の近くに十円が落ちていた。


「早起きは三文の徳、ってか。でも三文が十円なら俺は寝る方を選ぶな」


 だってねえ。久々の休日に無理して十円探すなんて嫌だし。

 実際、三文ってその程度らしいけれど。


 まあ、貰えるもんは貰っておこう。そう思って十円を拾い上げた。


 その瞬間、


「くぉぉるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うわあぁ!?」



 どこからともなく怒声が飛んできた。

 あわてて公園を見渡すが誰もいない。


「何やぁってぇんだぁぁぁぁぁ!」

「ぎゃっ」


 な、なんだなんだ!どっから声が出ているんだ。

 人間、パニックになると本当におろおろしてしまうんだね。

 やばいもう訳分かんない。


「…くすっ」

「そこか!」


 小さな声に反応して本能的にビシィッと指を指す。

 その指の先にはさっきの自販機があった。けれど人影はない。

 まず公園に来てからから人をみてないし。


「…ちがうk「よく分かったな、その通りだ」あがっ?」


 あまりの驚きに後ずさってしまう。

 な、なんてこったい!喋る自販機なんて初めてみたぞ!

 にしても結構渋い声…。見た目のボロさとリンクしてやがる。


「な、なな…。本当に喋ってんのか?」

「見た通り。それよりお前、一つ言っておこう」


 これは怒られるのか?俺何もやってないぞ。

 いや、それ以前に喋ってるぞアレ。こういう時って警察なのか?

 とりあえず用件を聞いてみよう。こんな事滅多にないし。


「な、何だ。いってみろ」


 びくびくしながら答える俺。我ながら情けないとは思うさ。

 でも仕方ないと思わないか?思わないならちょっと体験してみろ。マジ怖いから。


「ちゃんと敬語を使いやがれえぇぇぇ!!」

「ひゃ、ひゃいぃ」




















「で、本題なんだが」

「はい」


 一通り驚いた後、俺は自販機と会話していた。

 端から見るとただの怪しい人です。本当にありが(ry

 通報されないうちに帰りたいわ。


「さっきお前十円ひろったろ」

「はい」


 ふむ、三文の事か。確かに拾ったな。

 そう思ってうなずきながら返事をする。


「確かに拾いましたよ?」

「あれ返して」

「はい……は?」

「いや、あれ自分のだから」


 こっ、こいつ渋声のくせにセコい奴だな。


「はあ…」

「じゃ、早く入れて」

「はい」


 まあ、これくらいで帰れるのなら…。そう思って十円を入れた。

 すると自販機の声が満足げになった。分かりやすい奴。


「よし」

「じゃ、俺は帰りますね」

「ん。…いや、待て」


 少年生並にきれいな回れ右を決めた所で引き止められた。

 くそっ、ノリでいけると思ってたのに。


「なんですか。もう帰りたいんですが」

「お前、好きな人いないのか」

「…は?」


 何だコイツ。頭おかしいのか?


「なんでそうなるんですか」

「服のエリがしわくちゃだからだ。さっさと嫁さん貰えばどうだ」


 うっ、い、痛い所を突きやがって。


「ど、独身で何が悪い!」

「値札もついてるぞ。ズボンの腰だ」

「うわ、本当だ」


 今回ばかりは真面目に洗濯しようと思いました。

 自販機にまで注意される俺はもうダメです。

 恋人欲しいです。嫁さん欲しいです。欲しいとです!


「さて、これで一つ貸しができたぞ。さあさあ、観念して話すがいい」


 コイツ…なんで俺がそういった貸しを断れないって知ってるんだ。

 お人好しもいい所だと思うが、断ると気になって落ち着かないのだ。

 これも性分という所だ。


「くっ…。…はあ、しょうがない。誰にも話さないでくださいよ?」

「まかせろ。口は堅い方だ」


 はあ、なんで話すハメになってんだ。三文どころじゃないぞ。


 …。


 ……。


 ………。


 まあいいか。そろそろ誰かに相談しようと思ってた事だし。

 喋らないって言ってるし、自販機だし、実名出してもいいよね…


「じゃあ話します。俺には、同じ部署に好きな人がいます」

「ふむふむ」


 結構興味津々だな。自販機なのに。


「夏目楓さん、っていうひとなんですけど。

 俺はかえでちゃんってよんでるんですが、とっても可愛いんです」

「…」

「一つ下の後輩なんですけど、本当に可愛いんです。

 ちょっと天然な性格も混じってみごとな男殺しになってます。

 髪の毛もロングでサラサラだし、すごくいい香りがするし。

 笑顔も素敵だし。声もきれいだし。歌もうまいし」


 ホンットに、彼女はもう芸術の域なんだ。見れば分かる。


「何をやっても上手にこなすし。誰にでも優しいし。

 この前の上目づかいでもう死んでもいいと思いました」

「…急に饒舌になったな」


 言われてみれば。でも言葉が次々に浮かんでくるんだよ。


「ははは…笑ってくれていいんですよ。そのくらい好きなんです。

 始めはそうでなかったけれど、徐々に引かれていったんです。

 でも、でもです。彼女、ちょっとみんなに嫌われてて…。

 きっかけは小さな、本当に小さないざこざだったんですけど…。

 いつのまにかイジメになってました」

「………、で?」


 自販機の口数が減ってきたな…。実名はやばかったか。

 いいよ。どうせここまで喋ったんだ。もうちっとばかし戯言に付き合ってくれ。


「だから、俺が助けてやるって思って。さっきも言ったように死んでもいいと思ったんです。

 それから必死にお金を貯めました。彼女が働かなくても済むように。

 イジメが終わるようにあちこちにお願いしました。彼女が悲しまなくて済むように。

 で、明日ぐらいに告白しようと思ってたんです」

「…」

「ま、フラれちゃったら意味ないんですけどね。その時はその時です」

「そうか…」

「はい」


 しばらく沈黙する自販機。やがて、思い立ったように喋りだした。


「分かった。頑張れよ」

「はい、結構すっきりしました。朗報を期待しててくださいよ」


 精一杯の笑みを浮かべて歩き出した。

 自販機に励まされるなんて不思議な気分だけど。


「あっ…」

 何か小さな声が聞こえた気がしたけど、気分が良かったので気にしない事にした。


 でも、そう言ってはいられなかった。




 ガッ、という鈍い音がした。振り返るとあの自販機が倒れてきていた。


「う、うわあああ」

「きゃあぁぁぁぁ」


 女の子の叫び声が聞こえたけれどもう無理!自分の事で精一杯!

 全神経を使って回避行動に移る。中学の剣道で鍛えた体力を舐めるなあぁぁ!



 ズドオォォン


 バキィィ



 凄まじい音を立てて倒れる自販機。一気に砂煙が舞い上がる。


「けほっ、けほっうえぇ」


 あ、いや、吐いてないよ。咽せただけだよ。


 しかし…。結構ヒビが入ってるようだ。ぼろかったしなぁ。

 あ、あれ。なんか人の影が…お、女の子!?なんで自販機の上に倒れているの!?

 とりあえず助けないと!


「大丈夫ですか!?」

「う、うぅぅ。せんぱ〜い」

「か、かえでちゃん!?」


 なんでいるの?あ、ええ?え、嘘だろ。


「もしかしなくても…聞いてた?」

「うぅ、すいません〜」


 ナンテコッタイ。


「と、とりあえず立とう。怪我してない?」

「た、多分…。けどちょっと痛いです。ううぅ、ぐすっ」

「分かった、よし。ちょっと運ぶね?」


 涙目な彼女をお姫様だっこでベンチまで運ぶ。

 あ、俺いま一生分の運を使ってるんだなと思った。心から思った。

 でも、さっきのを聞かれてたと思うと死にたくなった。


















「で、結局はのところ変声器つかって遊んでた訳ね」

「はい…。で、せんぱいが見えたのでちょっといたずらしようと…」


 らしいです。もう疲れた。なんて羞恥プレイなんだ。


「でも先輩の反応が面白かったからちょっと楽しくなってきて。

 ふと好きな人を聞いてみようと思いついたんです」

「それであの有様、ってことね」


 だから俺の弱点を知っていたのか。自分で自分が恨めしい…。


「はい。ちょっと恥ずかしかったけど…、でも嬉しかったです」


 そう言って微笑んだ。…はあ、なんて可愛い。


「ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 そういって二人で笑い合う。このまま時が止まればいいのに。

 でもそう言っちゃいられない、か。…うん、できる。


「かえでちゃん」

「はい」


 顔を切り替えて彼女と向かい合う。頑張れ俺。負けるな俺。


「変な感じになっちゃったけど、もう一回言います。

 好きです。大好きでした。付き合ってください」









「…嫌です」








 そういって、また微笑む君。



























「そう…」


 予想はしてたけど、とても悲しい。

 涙が出そうだ。



「ありがとう。本当に、ありがとう…」


 涙目が気づかれないうちに帰ろうか。


「じゃあ、また…」












「まって?」




「へ?」


 呼び止められた。もう泣いているのに。

 振り返られない。直視できない。



 でも君は待ってくれない。



「私は、“ただの”恋人は嫌なの。

 だって、それじゃいつか終わっちゃう関係でしょ?

 だから…」





 ビックリして振り返ると、恥ずかしそうな君と目が合った。










「ごめんね。そんなうすい関係じゃ嫌なの。

 私もあなたが大好きだったの。だから、私は、あなたと結ばれたい。

 本気で結婚したいと思っています。

 わがままでごめんね?


 …ごめんなさい。最近、人が信じられなくなってきちゃって」


 そういって、無理に笑おうとする。

 でも、それはしょうがない事だ。

 イジメられるというのは、本当に辛い…

 いや、言葉では表せないくらいだ。


「あなたは、いつも私の事を助けてくれた。

 自分にも迷惑がくるかもしれないのに、ただただ、私の為に。

 先輩達を動かしてくれたのも、きっと先輩だよね?」


「…ばれてた?」


 あはは、こそこそやってたつもりなのにな。


「うーん、そうじゃないけど。確信のある勘です。

 だってほら、先輩みたいなお人好しなんて他にいませんから。

 優しくて、頼りになって、でも一緒にいて楽しくて。

 落ち着けくれて、励ましてくれて、一緒に戦ってくれて」


 だんだんと感情がこもり、声が震えだす。


「そんな先輩が、とっても大好きでした。

 だから、好きなあなたとは、ずっと繋がっていたいんです」


 そういうと、耐えられず泣き出してしまった。


 きっとこれは、心の奥底からの、彼女の叫びだろう。

 何があっても笑っていた彼女。心はどれだけ傷ついていたのだろうか。

 その中で、苦しんで、泣きながらも辿り着いた、彼女の結論。

 信じ合いたい、笑い合いたいと切に願う、彼女の気持ち。


 それを、俺は受け止めている。

 泣いてなんかいられない。これでも男なんだ。

 自分の信念ぐらい、貫き通してみせるさ。


「ごめん、訂正するね」


 彼女は、俺のために本音を言ってくれたんだ。

 俺だって、言ってやるさ。




「かえでちゃん、大好きです。

 ただの恋人なんかじゃない…


 “未来のお嫁さん”として、付き合ってください」





「…はい♡」





 耐えられなくて抱きついてしまった。

 彼女の体は柔らかくて、暖かかった。


 手に入れた三文は、とても暖かく、優しい。

 何も考えられなかった。ただただ嬉しかった。


 早起きもしてみるもんだなと思った。

 そんな冬の朝だった。

さあ、みなさん明日の朝は出かけてみましょう。 

もしかしたら、素敵な出会いがあるかもしれませんよ?

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