「星空の約束」
浩美さんには『消灯は守る』と約束したが、
消灯後の病室を向け出して屋上のベンチで空を見るのが、私たちの定番デートだった。
「私、満天の星空がみてみたいな」
何気なく呟いた私に。
「星見高原っていう天文台のある高原知っている? ここからちょっと遠いけれど、電車とバスを乗りついて行けるから、そこに一緒に行こうか?泊りがけじゃないと行けないけれど。どう?」
「高原の天文台かぁ 素敵だね。行きたい。 でも泊りがけとなると外泊許可でるかな?」
「未来ちゃんも吉村先生だったよね?なんとかお願いすれば大丈夫だよ。いつ行こうか?星を見るなら新月の夜がいいから。次の新月の日にしようか? あとで調べておくね。」
こうして、思いつきで私たちの始めての旅行がきまった。
旅行などの計画というものはとても楽しいのもで、
月齢を調べ、宿泊先を手配して、高原までの交通手段を調べたりと、2人で毎日あーでもない、こうでもないとワイワイ計画を立てた。
最大の難関は、担当の吉村医師からの外泊許可だったが、
普段優良患者な私はあっさり許可がもらえた。太一は若干いやな顔をされたようだ。
まあなんとか無事許可がおりた。
2人で出かけることには、吉村先生と浩美さんだけの秘密にしてもらい、
当日が迎えた。
星見高原までは、電車を2回乗り継ぎ、その後バスに乗って向かった。
途中の駅で駅弁を買い、車窓からの景色を眺めつつお弁当を味わった。
バスを降りてからは、ちょっとした坂を登るのだが、
学校行事の代表「遠足」に行ったことない私たちにはとても新鮮だった。
広葉樹林の林を抜けると辺りが一気に開けて、秋の風がほほに心地よくあたった。
「素敵!! ここならたくさん星が見えそう。」
息は弾ませて振り向くと。
「ここに来て正解だったでしょう」
と太一が自慢気にVサインをする。
高原に唯一あるホテルが今日の宿泊先だ。
天文台と繋がっていて、宿泊客は夜の天文台での観測ができるのがこのホテルのウリになっている。
旅にはトラブルがつきものというが、
これまで順調だった私たちの旅行にもアクシデントが発生した。
ホテルをチェックインする時。
「えっお部屋が1つしかない?ちゃんとシングル2部屋で予約したはずですよ。」
フロントに抗議する太一。
「申し訳ございません。こちらの不手際でして、あいにく本日はすべて満室になっておりまして・・・本当に申し訳ありません。」
と頭を下げられた。
ちゃんと シングル2部屋と予約をしたのに、1部屋しか押さえられてなかったのだ。困り果てた太一に私は、
「太一、仕方ないよ、ここしか泊る所ないんだし。」
となだめつつ、
「この1室は、ツインですよね?」
とフロントの人に念のために確認をする。
「ツインなら問題ないし、ねっ?ここに泊ろうよ。」
太一をのけ者にして、
「この部屋でいいです。「そのかわりサービスしてもらえますよね?」
とフロントの人の話を進める。
「はい、それはもちろんでございます。お部屋のお代は1名様分のみでけっこうです」
「じゃあ 交渉正立でということでお願いします。」
太一は不満気な顔をしていたが、私はさっさと手続きをすませて、部屋に案内してもらうことにした。
係の人が一通り部屋の説明をして出て行ってすぐに太一が開口一番に
「部屋を1つしか押さえてないってありない。てか一緒の部屋に泊るなんで問題だよ」
不機嫌に言う。
「今日は他に部屋が空いてないっていうからしかたないって、夜、天文台利用できるのだからここに泊りたかったし、そこの洗面室で着替えれば何も問題ないでしょう?」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
歯切れの割る言い方になる太一。、
「何か問題でも?」
と首を傾げる私、太一は大きくため息をつくと。
「未来がいいっていうならもういいよ・・・」
と諦めたようにつぶやく
そんな太一を無視して私はベランダに出た。
ベランダからの見晴らしはとても素晴らしかった。
遥か遠くまで見渡せ、空も星を観測するには十分といっていいほど開けていた。
「さすが星見高原にあるホテルね。ベランダからも空が見られるようになっている。」
はしゃぐ私の後について、ベランダに出た太一も一緒に空を見上げる。
「こういうところにくると天体望遠鏡がほしいって思うよね」
空を見たまま私がつぶやく。
「天体望遠鏡なら病院の屋上からも結構星見えるから。買っちゃう?」
「いいね。買おう。帰りにちょっと寄り道して買いに行こう!!」
顔を見合わせて微笑む。
また、楽しい予定ができワクワクしてきた。
初めての遠出・夜の天体観測と楽しいことがたくさんあり、ちょっと興奮していた私は、
夕食後疲れが出たのか 気分が悪くなりベッドに横になった。
「未来、大丈夫?」
ベットサイドに膝をつき私の顔を覗き込む太一は青ざめていた。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ、しばらくこうしていれば復活するから心配しないで、それよりも太一は大丈夫?」
いつもの環境とは違う場所に来て、ついつい興奮して無理をしてしまった。
そんな私に体が抗議するかのように症状が表れる。
こういうとき自分は普通ではないと痛感する。
「せっかく来たのに天文台で星を見ないで帰るのは絶対に嫌、しばらくしたら動けるようになるから、天文台に行こうね。」
心配そうな太一の目を見つめて私は明るく言う。
「無理しなくていいよ。今日見られなければ、また来ればいいんだから」
そうはいうが、
太一も私もよく知っていた、私たちには次がないかもしれないことを。
だからこの時を大切にしたいと思う。このくらいで寝込んでいられない。
強い気持ちが通じたのか、30分ほど横になっていると体がだいぶ楽になってきた。
太一もしばらく隣のベッドで休んでいたが、私が起き出したのに気付き側にやってきた。
「もう大丈夫だから、天文台に行こう。でもその前に髪をセットしなおしていい?」
太一の手をかり立ち上がり、洗面台へと向かった。
鏡の前に立つ、いつも以上に血の気の引いた青白い顔が映っていた。
鏡に映る自分の後ろに、死に神が大きな鎌を持って、今にも私向かって振る下ろそうとしている映像が脳裏に過ぎった。
「未来、大丈夫?」
扉をノックする音と太一の声で現実に引き戻る。
「は~い 今行く。」
努めて明るい声で返事をして出た。
まだ、死ねない、死にたくない
ちょっと遅れて天文台に向かったためか、幸運なことに人はまばらになっていて、
ゆっくり天体観測ができた。
大きな望遠鏡でみる月はクレーターでゴツゴツしていて、地上から見る月はとまった別の物にしか見えない。
私の好きな星「昴」は肉眼ではせいぜい5~7個しか見えないが、ここでは数十個もの青白い星の団体に見え圧巻だった。
一通り天文台での観測を終えて部屋に戻る、
先に入浴を済ませてバルコニーで星を見ていると、おふろ上がりの太一が隣にやってきた。
「空に輝く星はこの地球から何万キロも離れている。おおいぬ座の1等星シリウスですら 8光年、光の速さで8年かかる程の距離にある」
私は静かに太一の声に耳を傾けた。
「さっき見た昴は地球から400光年だったかな?離れた場所にある星だから、星を出発した光が、400年の時をかけてこの地球に届く、言い換えれば、今見ている昴は、400年前の姿ってことになる」
さっきみた昴の映像を思い出しながら聞いていた。
「ってことは、もしかすると星を出発した光がこの地球に届く前に、その星が消滅してなくなっているってこともありえるよね?」
恒星の寿命はその星の質重に価すると以前本で読んだことがある。
太陽は約100億年の寿命、あと約50億年後で消滅すると計算されている。
つまり、今見ているこの満天の星の中には、現時点ではもうその場にばない星だってあるってことになる。
「本当は存在してない星を僕らが今見ている、地球では今見えているからその星は存在していることになる。地球上の僕らが、その星を見て、そこにその星があると認知している限りはその星は存在しつつける。」
太一が何を言いたいのかわからなくなり、彼の横顔を見上げた。
「星と同じように、人も覚えている人がいる限りは、消えないと思うんだ。 よく思い出の中に生きるとか、心の中に生きているって言うじゃん。あれは、そういうことなんじゃないかな?」
そう言って太一と私の目が合う。
「未来は自分がいつかいなくなること、自分がいなくなった跡のことを恐れているよね?」
声が出せずにこくりとうなずくのが精一杯だ。
「こうやって旅行したこと、病院の屋上でのデート、交わした言葉のすべて覚えている。忘れることはない。」
太一の瞳が私の瞳を捕らえて私は目をそらすことができない。
「だから人との関わりを怖がることはないよ。むしろたくさんの人に覚えてもらいようにしないと。 自分がいなくなった後のことなんで未来が考えなくていい。そんなことしていたら身がもたない。せっかくの人生好きなようにしなよ。」
視界がしだいに涙でぼやけてくる。でも太一の瞳から目を離すことはない。
「ねっ 未来が思うように生きればいいよ。もちろん、僕は僕がしたいとうに生きる。」
溢れ出した涙が頬をつたう。
「だた、未来の隣にいつも僕がいるっていう人生だといいんだけど。」
「まるでプロポーズみたいね。」
と私は涙ながらに言う。
「もちろん私は、太一とずっと一緒にいる人生がいい。」
流れる涙を太一が優しく拭いてくれ、太一がそっと私の唇に自分の唇を重ねる。
初めてのキス。
太一の腕が私の背中に回され、ぎゅっと抱きしめる。
とまどいつつ私も太一の背中に腕を回す。
「本当は、このまま続けたい気分だけど、未来の体調がよくないし、我慢する。」
何度目かのキスを交わしたあと、太一はそう言った。
「えっ!?」
私が固まっていると、
「僕も健全・・ではないけれど、21歳の普通の男の子だから。」
といじけてみせる。
そんな太一の顔を見たらなんだがおかしくって、笑ってしまった。
つられて太一も笑った。
その後、2人で1つのベッドに抱き合って朝を迎えた。




