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What Makes You Beautiful!  作者: 立川南


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4/7

Lithonia/Childish Gambino

「それでさ、日高先生、腰やっちゃったらしくて。」


「えー!それで今日オフだったの?」


「うん、山ちゃん先生とかも、予定つかなかったみたいで。」


「うわ、ちょっと懐いかも、山ちゃん。」


「沙也加、なんか仲悪かったもんね。」


「そうだっけ?」


「あ、私もちょっと思ってた。全体ミーティングの時とか、なんかこう、ネチっと言われてたよね。」




時は経って、と言うべきか、高校生の1週間なんて同じことを5日間繰り返せば終わるのだから、それはもうあっという間に5月になった。


お気に入りの薄手のカーディガンとも、もうすぐお別れなのだと寂しくなってくる。


珍しく莉緒がオフだからと、今日は3人で帰っていた。


いつもは、結局あの日から光ちゃんと帰っている。




「それで、光、最近どうなの?あっちの方は。」


「なんか如何わしい言い方しないでよ、いや、まあ、ぼちぼち?」


「ぼちぼちって。」


「あ、沙也加ちゃんまで、沙也加ちゃんこそ彼氏とかいないの?」


「いないな〜、いない、いないなあ。」


「えー、楽しいよ?恋。」


「みんながそんなロックに生きてる訳じゃないから。」




ふと、喉の奥になにかの感覚があった。


今の言葉は、光ちゃんを傷つけはしなかっただろうか。


自分の醜さを見ることになったあの日の経験は、自分で思っているよりも苦いものだったようで、このように会話の端々にも、どこか意識と緊張が残ってしまう。


ふと、莉緒を見る。


何を考えているのかわからない顔で、私と光ちゃんの間を見ているように見える。




「莉緒は?」


「あ、それ私も気になる。」


「え、私?」




ぬぼーっとした顔をしてたので、話題を振った。


3人いると、こういうことが出来るのでありがたい。




「あー、いや、うーん、え、話した方がいい?」


「え、なにそれ、余計気になるじゃん。」


「そこまで言って黙るのは無しでしょ〜。」


「いや、いると言うか、なんと言うか。」




莉緒は言葉につまりながら、逡巡するように私をちらりと見て、また元の方を向いた。




「恋人はいないけど、すっごい好きな人ならいるかも。」


「え!誰々?」


「いやー、教えられないかなぁ。」


「えー、ケチだね、ケチ。」


「こう見えて、節約マスターだからね、私。」


「そういうことじゃなくてさあ。」




莉緒のあの顔は、何だったのだろうか。


2年間部活をやっていても、見た事の無い顔だった。


なにか、どこかを見つめる顔も、私をちらりと見た時の顔も、どっちも。




「あ、私塾こっちだから、またね。」


「うん、また。」


「またね。」




駅について、光ちゃんは反対方向の電車へと乗っていった。


私と莉緒は、2人きりになる。


夕方というにはまだ早いけれど、日が遅い訳でもない5月の夕方、電車の窓からは、もう夕日がさしていた。




「莉緒、好きな人いるんだ?」


「うん、いる。」


「吹部?」


「あー、」


「え、もしかして知ってる人?」


「あー、それは、うん。」


「え、ちょっと待って、、竹中?」


「いや、全然。」


「柳瀬!」


「違う。」


「臨田!」


「違う。」


「三原?」


「違う。」




その後も、心当たりのある男子の名前を言って言ったが、外れだった。




「え、もういなくない?」


「実は、男子じゃないかもよ?」


「え」


少し、緊張が走る。




「なーんて、冗談冗談。ていうか、ほら、私が素直に認める前提なのがおかしくない?」


「え、今言った中にいたってこと?じゃあやっぱり柳瀬でしょ!」


「無いって、柳瀬は無い。」


「それはちょっと可哀想じゃない?」


「っふ、確かに、ちょっと可哀想だったかも。」


「柳瀬も結構いい所あるよ?きっと。」


「柳瀬柳瀬うるさいよ。」




楽しかった。


教室での会話もそうだが、今は物凄く、あの頃に戻った気がして、楽しくって、莉緒の笑った顔が愛おしくて、夕焼けが熱かった。




電車を降りた後も、少しだけ一緒に歩くことが出来る。


別れは近づいている。


空は、もう暗くなっている。


この時間がどれだけ愛おしかったのかを、私は忘れてしまっていた。





「ずっと気になってたんだけど。」




最寄りから少し、方角は違うが同じ学区内なので、私と莉緒は一緒になる。




「なに?」


「光と、いつからそんなに仲良くなったのかなって。」


「光ちゃん?」


「そう、気付いたら一緒に帰ってたから。」


「言ってなかった?」


「うん。」


「街で偶然会って、部活辞めたって聞いて、そこから?


」


「そっか....」


「うん。」


「ねえ、沙也加はさ、部活辞めたの、後悔してる?」




また、知らない顔だと思った。


何を思ってるのか、それがわからない、不思議な顔だ。


夕暮れを映していた艶やかな髪も、今は夜になりかけている。


瞳は、私を映している。


さっきまで、並んで歩いていたのに。


立ち止まったのは、私だろうか。




「....」


「私は、寂しかったよ。」


「しょうがない事だって、沙也加は被害者だって分かってても、やっぱり寂しかった。」


「ねえ、沙也加って、光のこと、あんまり好きじゃないよね?」




喉に詰まった小骨のような何かが、空気を飲んだ弾みにチクリと傷んだ。




「私はさ、少しだけ、どうなのかなって思ったよ、沙也加にとってはいい迷惑だと思うけど、みんな、沙也加の分まで頑張ろうって、部活はそんな雰囲気でさ、3年が進級と同時に辞めるなんてって。」


「いや、」


「それでも、沙也加、すぐに光ちゃんと仲良くなって、一緒に帰り出してさ、もしかして、吹部が嫌いになった?それで私とか、皆のことも避けてたの?」




もうすぐ、私たちの分かれ道が来る。




「ごめん、嫌な事聞いてるって、自覚はしてる。」


「あ、いや」


「あ、そろそろ、ねえ、私ほんとに寂しかったんだ、だから今が嬉しい、こうしてまた一緒に帰れて楽しかった。また明日ね!」




分かれ道に着くと、莉緒はそれだけ言って、手を振って帰っていった。


こういう時、その場に立ちすくむことが出来たら、もしかしたら楽なのかもしれないと明後日の方向に思考が働く。


無駄に働く思考と、寄る辺を見つけられずに回り続ける足を抱えて、私は家路を辿っていった。


妙に頭に入ってこない音楽の、音量を上げた。




♢♢♢♢




「あれ、沙也加ちゃん?」


「光ちゃん?」


「最近よく会うね。」


「確かに。」




2人して小さく笑った。




「ひとり?」


「うん、本買いに来ただけ、沙也加ちゃんは?」


「映画。」


「何見たの?」


「変なやつ、SFの」


「適当だね。」




そう、本当に偶然、気になっていた映画を放置していたら、来週には上映を終えてしまうことに気づいて、休日に見に来ただけで、光ちゃんに会ったのは偶然だった。




「お昼、食べた?」


「まだ。」


「じゃあ、フードコート行こ。」


「うん、いいよ。」




2人、並んで歩き出す。


先日言われた莉緒の言葉がどうにも引っかかっていた。


結局次の日、5月になって行われた初めての席替えで、私と莉緒の席は離れてしまった。


休み時間にお互いの席に話には行くが、数分間の休みはどうでもいい雑談には適していても、深い話には向いていなかった。




「意外と空いてるよね〜。」


「ほら、ゴールデンウィーク終わりだし。」


「なるほど。」


「何買ったの?本。」


「参考書だよ、しばらく授業はテスト対策ってなってるから、その間の受験勉強にって思って。」


「テストかぁ。」


「沙也加ちゃん、勉強苦手だっけ?」


「あー、いや、なんか最近集中できなくて。」




たまに出る手の震えが原因だとは、ここでは言わない方が良いと思った。




「進路で悩んでるとか?」


「あー、それもあるかも。」


「沙也加ちゃんも塾、行かないの?」


「いやー、ほら、考えてる余裕なくて。」


「あ、大変だったもんね。」


「お、空いてるよ。」


「ほんとだ、店決まってる?」


「ううん、まだ。」


「じゃあ私、先行ってきちゃっていい?」


「うん、いいよ」




真っ直ぐ店に向かう光ちゃんを見送って、席に着いた。


心は、割と落ち着いている。


光ちゃんのこと、全然嫌いじゃない。


自分に言い聞かせるように、そう心の中で反芻した。


机の上に置いた腕が、少し震えている。


何を悩んでいなくても、悩んでいても、関係なくやって来る震えに、少し安心感すら覚えた。


回りを見渡せば、制服も少なくない。


部活帰りだろうか、これから部活に行くのだろうか。


次に目に入ってくるのは、子供連れの家族だった。


背の高い父親、柔らかい笑顔の母親、やんちゃな男の子、絵に書いたような幸せが、休日のフードコートにはポロポロ転がってて、私のような人間は、それを踏んでしまわないように、ぶつからないように、気をつけて歩かなければいけないのだ。




「お待たせー」


「お、何頼んだの?」


「ラーメンだよ。」


「お、ちょっと意外かも。」


「そう?」


「うん。食べないとかじゃないけど、こういう所では食べないかと思ってた。」


「たまに食べたくならない?フードコートのラーメン。」


「ちょっとわかるかも。」


「次、沙也加ちゃん行っておいで。」


「うん、ありがと。」




席を立って、目当ての店へ歩き出す。


さっき考えていた事は置いても、人がいるフードコートの席間というのは狭すぎると思う。


ラーメンなどの汁物を安全に運ぶのは、それで失敗したことは無いのに不安になってしまう。


今は、腕の事だってあるのだ。


別に今日ラーメンが食べたかった訳ではないから、構わないのだけれど。




何時ぞやかも食べたファストフードを買って、列を待った。


光ちゃんが、出来上がったラーメンを取りに行くのが見えた。


私も、トレイを受け取って席へと戻る。




「おまたせー。」


「よし、じゃあ食べよ!」


「うん、いただきます。」


「いただきます。」




手を合わせて、食事を始める。




「沙也加ちゃんって、そこのお店好きだよね。」


「そう?」


「うん、ほら、この前街で会った時もここのお店入ったじゃん?」


「あれはほら、近かったから。」


「ふーん?」


「いや、別に、隠すことでもないでしょ?」


「たしかに」




やっぱり、結構楽しい。


機能不全に陥っていた私の人間関係において、光ちゃんは私が新しく築いた最初の1歩と言っても良かった。


光ちゃんのこと、やっぱり結構好きだ。


可愛いし、話易いし、なんだか自分に持っていないものを持っている気がするから。


そう思うと、ふと昔の莉緒の事を思い出した。


高校1年生の頃、私と過ごすようになった頃の、眩しく私の手を引いてくれていた頃の事だ。


趣味は合わないけれど音楽が好きなのは一緒で、5回に1回は私のおすすめを聴いてきてくれる。




「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど。」




嫌な響きの言葉が、急に聞こえてきた。




「何?」




少し、強ばった声がでた気がする。




「沙也加ちゃん、なんであの時、私と一緒に帰ろうなんて言ったの?」




ピンポイントで嫌な事を聞いて来るなと、笑いまで出そうだった。




「なんでって。」


「あの時、沙也加ちゃん怒ってたでしょ。」


「怒ってた?」


「うん、私は部活続けられなかったのにって。」


「あ、いや」


「いいの。」




言葉尻に、焦燥が宿る。


バレていた、あの時の自分の言葉の端に滲んでいた醜い感情が、他人に伝わっていたことに恐怖した。




「私が、部活を辞めた理由を聞いて、なんなんだって、そう思ったんでしょ?」


「いや、別に、」


「いいの、分かってるとは言えないけど、あの時は多分私が悪かったから、ごめんね。」


「あ、うん。」




正直、私は館山光という人間を舐めていたのかもしれない。


昔話していた頃は、ただいい子という印象だったし、仲良くなってからもそうだった。


正直に言えば、部活を辞めた理由の愚直さも、それに拍車をかけていたのかもしれない。




「沙也加ちゃん、あれからたまに"地雷踏んだ"って顔してたの、結構わかりやすかったよ?」


「え?」


「ねえ、沙也加ちゃん。」


「な、なに?」


「部活辞めたの、後悔してる?」




また、彼女もこの質問をしてくるのかと思った。


私に悪いと思ってるのに、謝罪をしてきたのに。




「私は、正直後悔してる。先生が好きなのも本当、勉強だって頑張りたい。でも、莉緒と沙也加ちゃんと3人で帰った時、楽しかった。勿体なかったなって思った。」




それは、多分私もそうだった。




「ねえ、沙也加ちゃん、吹奏楽部、続けることも出来たんじゃない?」


「え?」


「楽器は吹けなくても、少なくとも莉緒とか皆は、沙也加ちゃんを受け入れてた。色んな仕事や係がある部活だもん、部活自体に居続ける事はきっと出来たって私は思うよ。」


「私は、」




私は、どうしたかったのだろうか。


あの場所が好きだった、どうでもいい話とか、それこそフードコートでの雑談だとか、どうでもいい映画の、どうでもいい話を誰かが笑ってくれた。


私は、どうしてあそこから去ったのだろうか。




「ごめん、今私、すっごく性格悪いよね、性格悪いって自分のこと言うやつってほんとに性格悪いし。」


「あ、うん?」


「でも、1ヶ月くらい話してて思った。私と沙也加ちゃん、全然似てないなって。」




それは、そうだと思った。




「私は、諦めたくないものに順位をつけて、部活を諦めた。沙也加ちゃんが諦めたくなかったものはなに?」


「私は、」


「私は?」


「いや....ずるいよ、そんなの。」




追い詰められていた。


まだ数口しか食べられていない料理がどこか滑稽に見えた。


こんなにも断絶した空気も、フードコートの中では浮き足立つことも出来ずに周囲に同化している。




「私、嫌だった。皆露骨に気を使ってくるし、何しても無理してるんじゃないかって聞いてくるし、触れちゃいけない話題があるみたいな感じで、距離感じて、苦しかった。」


「うん。」


「皆、優しいのは分かってるけど、それが苦しくて、昔とは違うことを分かるのが嫌で、それで、部活、辞めたんだ思う。」


「そっか。」


「光ちゃんのことも、正直言うと、なんなんだって思った。」


「うん。」




本当に、あの日、家に帰ってから振り返れば、悶々とした気持ちが止まらなかった。


私が失いたくなかった場所を、自ら捨てたことが腹立たしかった。


今でも、さっきの、寂しかったとはなんだと、勿体なかったとはなんだと思っている。




「でも、うん、いや、なんでもないや。」


「....そっか。」


「うん。」




口にした方がいい物が、喉奥に出かかって、また飲み込まれていった。


ここでそれを口に出来たら、何か変わっただろうか。




「ごめん、変な話しちゃったね、食べよっか。」


「うん。」




それからは黙々と、喧騒の中での食事を続けた。




「ごちそうさま。じゃあ私、午後から自習室行くから、もう行くね。」


「うん。」


「ねえ、沙也加ちゃん。」


「な、なに?」




また、少し真剣な目だった。




「来週から、別に私と帰らなくてもいいよ。多分、1人の時間が必要だと思うから。」


「え?」


「でも、莉緒と話してあげて。莉緒はずっと、ずっと沙也加ちゃんの心配してたから。」




そう言うと、光ちゃんは優しい笑顔を浮かべた。




「勝手な話だけど、また一緒に帰りたくなったら、いつでも言って?私、沙也加ちゃんと話すの結構好きだった。」




深い、優しい笑顔だった。


恋に溺れた愚か者なんかでは決してない、ただこちらを思いやってくれる、優しい女の子の顔だった。




「じゃあ、またね。」




丼が乗ったトレイをもって、その前に少し手を振って、光ちゃんが去っていった。




ポテトの塩味が、また口の中に残っている。


それでも、前ほどしつこくはなくて、きっとすぐに消えてしまうことが分かって、なんだか切なかった。

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