卒業までのカウントダウン
秋が深まるにつれて、校内の空気は静かに変質していった。
三年生の教室には、目に見えない期限がぶら下がっている。文化祭は終わり、体育祭も終わった。残っているのは、定期試験と卒業式までのカウントダウンだけだ。
朝倉湊は、その数字を意識しない日はなかった。
黒板の端に書かれた日付を見るたびに、高校生活が確実に終わりへ向かっていることを思い知らされる。そして同時に、言葉にしなかった感情もまた、終わりに近づいていることを。
サッカー部の練習は、以前よりも淡々としていた。大会もなく、目標も曖昧な時期。顧問は基礎練習を重視し、各自が自分の課題に向き合うよう指示する。
湊は、クラブの選考参加と並行して、学校の練習にも出ていた。
だが、以前のように全力で声を出し、仲間を引っ張ることはなくなっていた。無意識のうちに、距離を取っている自分がいる。
「朝倉、最近ちょっと大人しいな」
後輩の何気ない一言が、胸に刺さる。
――そうしなければ、いけない気がしているだけだ。
森本との関係も、微妙に変わっていた。
一緒に帰ることは減り、会話も必要最低限になる。避けているわけではない。ただ、踏み込めない。
踏み込めば、この時間が壊れてしまう。
放課後、教室に残って進路資料をまとめていると、窓の外で笑い声が聞こえた。視線を向けると、森本がクラスメイトと話している。
その表情は、以前と変わらない。明るく、自然体で、高校生らしい。
――自分だけが、取り残されている。
そう思った瞬間、湊は視線を逸らした。
夜、自室でベッドに横になりながら、天井を見つめる。スマートフォンには、森本の名前が何度も浮かんでは消える。
送れないメッセージ。
言えない言葉。
好きだ、というたった一言が、どうしても喉を越えなかった。
それを口にした瞬間、この関係は終わる。
そんな確信だけが、やけに鮮明だった。
冬が近づき、校内にストーブが置かれる頃、卒業アルバムの撮影が始まった。
「もっと寄ってください」
カメラマンの声に、湊と森本の肩が軽く触れる。その一瞬の距離に、胸が締め付けられる。
写真は、永遠に残る。
だが、この感情は、どこにも写らない。
撮影後、森本がぽつりと言った。
「なあ、もうすぐ卒業だな」
「……そうだな」
「実感、ある?」
湊は少し考えてから、首を振った。
「まだ」
本当は、実感しすぎるほどしていた。
ただ、それを共有できないだけだ。
卒業まで、残された時間は少ない。
何も起きない日々が続く。それが、何よりも残酷だった。
湊は静かに思う。
――このまま、何も言わずに終わるのだろうか。
答えは、まだ出ていなかった。
ただ一つ確かなのは、時間だけが容赦なく進んでいるということだった。




