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壊れそうな距離

 夏の大会が終わり、グラウンドには一種の余韻が残っていた。

 優勝という結果は、チームに自信と緩みを同時にもたらす。朝のランニングはどこか軽く、練習前の雑談も増えた。湊はキャプテンではないが、エースとして自然と中心に立つ立場にある。その距離感の微妙な変化を、彼は敏感に感じ取っていた。

 特に、森本との距離が。

 決勝戦でのアシストとゴール。二人の連携は、チーム内でも象徴的なものとして語られていた。

「やっぱ朝倉と森本のコンビだよな」

 そんな声が聞こえるたび、湊の胸は小さく跳ねる。誇らしさと同時に、説明のつかない不安が混ざる。

 放課後の練習。

 新しいフォーメーションを試す中で、顧問が指示を出す。

「次は、朝倉と森本を少し離してみる」

 その一言に、湊の身体が一瞬だけ強張った。理由は戦術だ。分かっている。それでも、心が先に反応してしまう。

 パスが思うようにつながらない。タイミングがずれ、動きが合わない。

「朝倉、もう少し冷静に見ろ」

 顧問の声が飛ぶ。湊は「はい」と返事をしながら、自分の内側に湧いた苛立ちに戸惑っていた。

 ――なぜ、こんなに気になる。

 練習後、森本が声をかけてくる。

「今日、ちょっと合わなかったな」

「……そうだな」

 それだけの会話。だが、森本の表情に曇りはなく、むしろ前向きだ。その温度差が、湊には痛かった。

 帰り道、二人で並んで歩く。

「次はもっと上手くやろうぜ」

 森本の何気ない言葉に、湊は曖昧に頷く。心の中では、別の声が渦を巻いていた。

 ――取られる。

 誰に、何を。自分でも分からない。ただ、距離が変わることへの恐怖だけが確かにあった。

 数日後、チームに新しい練習生が加わる。身体能力が高く、森本と同じポジション。

「よろしくお願いします」

 爽やかな挨拶。すぐに溶け込むタイプだと、誰もが感じた。

 湊は、森本がその新入生と話しているのを、遠くから見ていた。笑っている。楽しそうだ。その光景に、胸の奥がざわつく。

 ――違う。

 嫉妬だと認めるのが、怖かった。

 その日の練習試合で、森本は新入生と良い連携を見せる。顧問が満足そうに頷くのが見えた。

 湊のプレーは、どこか硬かった。

 ミスが増え、判断が遅れる。

「どうした、朝倉」

 仲間の声に、湊は苛立ちを覚え、自分でも驚いた。

 ――独占したい。

 その感情が、はっきりと浮かび上がる。

 夜、自室で一人になる。スマートフォンを手に取るが、画面を見る気力もない。代わりに、森本の笑顔が何度も脳裏に浮かぶ。

 自分は、何を望んでいるのか。

 友人としてか。チームメイトとしてか。それとも――。

 答えを出す勇気はなかった。

 翌日、練習後のロッカールーム。

 森本が何気なく言う。

「なあ、最近ちょっと元気ないよな?」

 湊は、一瞬言葉を失った。

「別に」

 即座に否定する。その反応が、かえって距離を作る。

「そうか」

 森本はそれ以上踏み込まず、タオルで髪を拭いた。その背中を見ながら、湊は胸の奥に痛みを覚える。

 近づきたい。

 でも、近づけば壊してしまう。

 自分の感情が、この関係を歪めていることだけは分かっていた。

 グラウンドを離れる夜風が、肌を冷やす。

 湊は立ち止まり、深く息を吸った。

 好きになることは、こんなにも怖い。

 壊れそうなのは、距離なのか、それとも自分自身なのか。

 答えは、まだ見えなかった。


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