表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

それぞれのゴール

 シーズン後半に入ると、時間の流れは急に現実味を帯びてくる。

 順位表の数字、残り試合数、契約の話題。ロッカールームでは、冗談めいた会話の合間に、誰もが自分の将来を計算している気配があった。

 朝倉湊も例外ではなかった。

 練習後、クラブハウスの一室に呼ばれたとき、何の話かはおおよそ察しがついていた。

「来季のことだ」

 強化部の担当者は、淡々と資料を机に並べる。

「君の成長は評価している。だからこそ、選択肢がある」

 レンタル移籍。出場機会を確実に得るための現実的な提案だった。

 湊は資料に視線を落としながら、静かに頷いた。

「少し、考えさせてください」

 即答できなかったのは、サッカーの問題だけではなかった。

 このチームで、桐生と同じピッチに立つ時間。

 それは、もう恋ではないと分かっている。けれど、自分の中で大きな意味を持つ時間であることに変わりはなかった。

 夜、寮の部屋で一人になる。

 窓の外から聞こえる車の音が、現実を引き戻す。

 ――自分のゴールは、どこにある。

 ゴールとは、点を取ることだけではない。

 どこで、どう生きるか。

 湊は、初めてサッカーと自分の人生を、切り離さずに考えていた。

 数日後の練習後、桐生が声をかけてきた。

「顔、硬いぞ」

「……分かります?」

「分かるさ。俺も通ってきた」

 桐生はベンチに腰掛け、ボトルの水を一口飲む。

「レンタルの話だろ」

 図星だった。

「行くべきか、残るべきか。迷います」

 正直な言葉だった。

 桐生は少し考え、それからゆっくり言った。

「ゴールは、人それぞれだ。俺はこのチームで、守るものがあって、ここにいる。それだけだ」

 その言葉に、湊ははっとする。

 桐生のゴールは、家族であり、チームであり、責任だ。

 では、自分は。

「お前は、まだ若い。遠回りでも、前に進める場所を選べ」

 それは助言であり、背中を押す言葉でもあった。

 湊は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

 それ以上、言葉は必要なかった。

 最終戦が近づく。

 スタジアムには、今季一番の観客が集まっていた。

 湊は先発だった。

 ピッチに立ち、深く息を吸う。

 試合は拮抗した展開のまま、後半終盤に差し掛かる。

 スコアは同点。

 残り時間、わずか。

 中盤でボールを受けた桐生が、湊を見る。

 目が合う。

 走り出す。

 パス。

 トラップ。

 シュート。

 ゴールネットが揺れた。

 歓声。

 湊は拳を握りしめる。

 駆け寄ってきた桐生が、笑って言った。

「それがお前のゴールだ」

 その一言で、胸がいっぱいになった。

 試合後、スタジアムを後にする通路で、二人は並んで歩いた。

「決めました」

 湊が言う。

「行きます。レンタルでも、どこでも」

 桐生は頷いた。

「それでいい」

 それ以上でも、それ以下でもない言葉。

 だが、確かに背中を押してくれた。

 夜、寮の部屋。

 荷物の整理を始めながら、湊はふと笑った。

 恋は実らなかった。

 けれど、この場所で得たものは、確かに自分を前へ進ませている。

 それぞれのゴールは、同じ場所にはない。

 それでも、同じピッチで交わした時間は、消えない。

 湊は箱に蓋をし、静かに立ち上がった。

 次の場所へ。

 それが、自分の選んだゴールだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ