それぞれのゴール
シーズン後半に入ると、時間の流れは急に現実味を帯びてくる。
順位表の数字、残り試合数、契約の話題。ロッカールームでは、冗談めいた会話の合間に、誰もが自分の将来を計算している気配があった。
朝倉湊も例外ではなかった。
練習後、クラブハウスの一室に呼ばれたとき、何の話かはおおよそ察しがついていた。
「来季のことだ」
強化部の担当者は、淡々と資料を机に並べる。
「君の成長は評価している。だからこそ、選択肢がある」
レンタル移籍。出場機会を確実に得るための現実的な提案だった。
湊は資料に視線を落としながら、静かに頷いた。
「少し、考えさせてください」
即答できなかったのは、サッカーの問題だけではなかった。
このチームで、桐生と同じピッチに立つ時間。
それは、もう恋ではないと分かっている。けれど、自分の中で大きな意味を持つ時間であることに変わりはなかった。
夜、寮の部屋で一人になる。
窓の外から聞こえる車の音が、現実を引き戻す。
――自分のゴールは、どこにある。
ゴールとは、点を取ることだけではない。
どこで、どう生きるか。
湊は、初めてサッカーと自分の人生を、切り離さずに考えていた。
数日後の練習後、桐生が声をかけてきた。
「顔、硬いぞ」
「……分かります?」
「分かるさ。俺も通ってきた」
桐生はベンチに腰掛け、ボトルの水を一口飲む。
「レンタルの話だろ」
図星だった。
「行くべきか、残るべきか。迷います」
正直な言葉だった。
桐生は少し考え、それからゆっくり言った。
「ゴールは、人それぞれだ。俺はこのチームで、守るものがあって、ここにいる。それだけだ」
その言葉に、湊ははっとする。
桐生のゴールは、家族であり、チームであり、責任だ。
では、自分は。
「お前は、まだ若い。遠回りでも、前に進める場所を選べ」
それは助言であり、背中を押す言葉でもあった。
湊は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
それ以上、言葉は必要なかった。
最終戦が近づく。
スタジアムには、今季一番の観客が集まっていた。
湊は先発だった。
ピッチに立ち、深く息を吸う。
試合は拮抗した展開のまま、後半終盤に差し掛かる。
スコアは同点。
残り時間、わずか。
中盤でボールを受けた桐生が、湊を見る。
目が合う。
走り出す。
パス。
トラップ。
シュート。
ゴールネットが揺れた。
歓声。
湊は拳を握りしめる。
駆け寄ってきた桐生が、笑って言った。
「それがお前のゴールだ」
その一言で、胸がいっぱいになった。
試合後、スタジアムを後にする通路で、二人は並んで歩いた。
「決めました」
湊が言う。
「行きます。レンタルでも、どこでも」
桐生は頷いた。
「それでいい」
それ以上でも、それ以下でもない言葉。
だが、確かに背中を押してくれた。
夜、寮の部屋。
荷物の整理を始めながら、湊はふと笑った。
恋は実らなかった。
けれど、この場所で得たものは、確かに自分を前へ進ませている。
それぞれのゴールは、同じ場所にはない。
それでも、同じピッチで交わした時間は、消えない。
湊は箱に蓋をし、静かに立ち上がった。
次の場所へ。
それが、自分の選んだゴールだった。




