届かない距離
同じユニフォームを着て、同じピッチに立っている。
それなのに、朝倉湊は、桐生蓮との間にある距離が、日に日に明確になっていくのを感じていた。
練習は順調だった。監督の評価も少しずつ上がり、出場時間も増えている。プロとして、確実に前に進んでいる実感はあった。
だが、その充実感と比例するように、胸の奥の痛みも深くなっていく。
桐生は、変わらず接してくれた。
ピッチでは厳しく、オフでは穏やかに。新人である湊を、特別扱いすることなく、それでいて自然に気にかける。その距離感が、湊には何よりも苦しかった。
――近すぎて、遠い。
ある日の練習後、桐生が声をかけてくる。
「今度の試合、前で一緒に出るかもしれないな」
軽い口調だったが、その言葉に、湊の心臓は跳ねた。
「はい」
それだけで十分だった。
試合当日。スタジアムの照明が夜空を照らす。観客のざわめき、芝の匂い。すべてが現実だ。
ピッチに立つと、桐生が隣にいる。
「力抜け」
短い一言。肩を軽く叩かれる。その温度が、頭から離れなかった。
試合は拮抗した展開だった。中盤での激しい競り合い。視線が合えば、自然と次の動きが分かる。
前半終了間際、桐生からの縦パス。湊は走り出し、相手をかわし、シュートを放つ。
惜しくもポスト。
それでも、スタンドがどよめいた。
「ナイス」
戻る途中、桐生がそう言って親指を立てる。その仕草に、胸が熱くなる。
――この人の隣で、もっとプレーしたい。
それが、願いであり、同時に叶わない夢だと分かっていた。
後半、チームは先制点を奪い、そのまま逃げ切った。
勝利の輪の中で、湊は笑っていた。だが、その中心に立つ桐生の背中を見ながら、ふと考える。
もし、サッカーがなければ。
もし、立場が違っていれば。
そんな仮定は、何の意味も持たない。
ロッカールームで、桐生が電話を取る。
「うん、今終わった」
柔らかい声。家族に向けられたものだと、すぐに分かる。
湊は視線を逸らし、タオルで汗を拭いた。
――踏み込んではいけない。
それは理性であり、同時に自分を守るための線でもあった。
夜、寮の部屋。
窓の外には、遠くスタジアムの明かりが見える。
湊はベッドに腰掛け、静かに息を吐いた。
知られないまま、好きでいる。
それが、自分にできる唯一の選択だと、ようやく理解し始めていた。
届かない距離は、縮めようとしなければ、壊れることはない。
そう言い聞かせながら、湊は明日の練習に備えて目を閉じた。




