チームメイト
プロのチームに完全に溶け込むまで、時間はかからなかった。
朝倉湊は、自分が適応することに慣れている人間だと知っている。空気を読み、求められる役割を理解し、結果で応える。それは高校時代から身につけてきた処世術でもあった。
それでも、ある存在だけは、最初から特別だった。
桐生蓮。二十六歳。チームの中心選手で、リーグでも名の知れたミッドフィルダー。
練習初日から、彼のプレーは際立っていた。視野が広く、判断が早い。ボールを受ける前に、すでに次の展開が見えている。湊がどこに走り出すかも、まるで分かっているかのようだった。
「今の走り、いい」
紅白戦の合間、桐生がそう言って軽く頷いた。その一言に、湊の胸がわずかに高鳴る。
評価されることに慣れているはずなのに、その声は特別に響いた。
ポジションが近いこともあり、二人は自然と話すようになった。
「高校から直接プロは、正直きついだろ」
「はい。でも……やるしかないです」
桐生は笑った。
「いい顔するな」
その笑顔は柔らかく、余裕があった。年上の包容力。湊は、無意識のうちにその存在に引き寄せられている自分に気づき始める。
――尊敬だ。
最初は、そう思っていた。
だが、練習後にストレッチをしながら交わす何気ない会話や、遠征先のバスで隣に座ったときの距離が、少しずつ心を乱していく。
声の低さ。笑い方。真剣な表情。
どれもが、湊の意識に残った。
ある日、練習後に桐生が声をかけてくる。
「飯、行くか」
二人で入った店は、クラブハウス近くの定食屋だった。テレビでは試合のハイライトが流れている。
「無理すんなよ」
唐突に言われ、湊は箸を止めた。
「……無理、してますか」
「してる」
即答だった。
「結果出そうとする気持ちは分かる。でも、潰れたら意味ない」
その言葉は、叱責ではなく心配だった。湊の胸が、きゅっと縮む。
――この人に、もっと見てほしい。
そんな感情が芽生えたことに、湊は気づいてしまう。
帰り道、夜風が冷たい。
「桐生さんは……どうしてサッカー続けてるんですか」
「ん?」
少し考えてから、桐生は答えた。
「好きだからだよ。それ以外に理由、いる?」
シンプルな答え。
その言葉が、胸に残る。
数日後、ロッカールームでの会話。
「桐生さん、奥さんとこの前の休み出かけたらしいですよ」
誰かの何気ない一言。
湊の動きが、一瞬止まる。
奥さん。
その二文字が、現実を突きつける。
視線を上げると、桐生が電話をしていた。柔らかい声。見たことのない表情。
――ああ。
理解してしまった。
尊敬は、いつの間にか、恋に変わっていた。
そしてその恋は、始まる前から、終わっている。
夜、寮の部屋で一人、湊はベッドに腰掛ける。
高校のときとは違う。
逃げ場はない。
それでも、同じチームでプレーし続けるしかない。
湊は深く息を吸う。
――また、好きになってしまった。
それでもサッカーを続ける。
その選択だけは、揺るがなかった。




