最後の試合
冬の気配が、グラウンドの空気を変えていた。
吐く息が白くなる朝、朝倉湊はスパイクの紐を結びながら、これが高校生として立つ最後の公式戦になるかもしれないことを、静かに噛みしめていた。選考が進み、プロ入りは現実味を帯びている。だからこそ、この一歩一歩が、取り戻せないものの上に積み重なっていると分かっていた。
県選抜とのエキシビションマッチ。勝敗よりも内容が問われる試合だが、観客席には予想以上の人が集まっていた。スカウト、OB、在校生。視線の多さは、湊にとって慣れたものだった。
ウォーミングアップを終え、円陣を組む。
「最後まで、いつも通り行こう」
主将の声に、皆が頷く。その輪の中で、湊は森本と一瞬だけ目を合わせた。言葉はない。ただ、互いに分かっているという感覚だけがあった。
キックオフ。
序盤から相手のプレスは厳しかった。身体を当てられ、スペースを消される。それでも、ボールが足元に来るたび、湊の視界は不思議と澄んでいった。
――ここが、自分の居場所だ。
前半二十分。森本が中盤でボールを奪い、素早く前へ運ぶ。湊は迷わず走り出した。
パスは、わずかに強い。
だが、届く。
トラップ、ワンタッチでかわし、シュート。
ゴールネットが揺れる。
歓声が一斉に爆発した。その中心に立ちながら、湊の胸には奇妙な静けさがあった。喜びよりも、確信に近い感情。
――これでいい。
後半、相手が反撃に出る。守備に回る時間が増え、体力が削られていく。
七十分過ぎ、森本が相手と接触して倒れた。
一瞬、時間が止まる。
立ち上がる森本を見て、湊は息を吐いた。大丈夫だと分かっていても、胸の奥がざわつく。
その直後、湊は自分でも驚くほど声を張り上げていた。
「森本!」
名前を呼ぶ。
それだけで、身体が前に出る。
八十分、カウンターの場面。森本が視線を上げる。湊は走る。
合図もない。
パスが来る。
この距離、この角度。この瞬間。
湊は、シュートではなく、横へ流した。
森本が飛び込む。
ゴール。
逆転。
歓声の中、二人は一瞬だけ抱き合った。強く、短く。
その感触が、胸に焼き付く。
試合終了の笛。
スコア以上に、やり切ったという実感があった。ベンチに戻る途中、顧問が湊の肩を叩く。
「いい試合だった」
それだけで、十分だった。
ロッカールーム。
皆が着替え、笑い、写真を撮る。湊は少し遅れて、外に出た。
夕暮れのグラウンド。芝は冷たく、空は低い。
森本が、後ろから来る。
「……今日さ」
「うん」
「お前のパス、助かった」
湊は小さく笑った。
「俺も」
それ以上の言葉は、いらなかった。
伝えられない想いは、プレーにすべて込めた。
それでいい、と初めて思えた。
この試合が終わったことで、高校サッカーは一区切りを迎えた。
そして、湊の中で一つの決意が、静かに形を持ち始めていた。




