分岐
「それはあなたが俺の家族を殺したって意味ですか?」
さっきまで笑えてたのが嘘みたいに今の俺の心は冷えきっていた。
「…」
「俺ではない」
「それはさっきの話と矛盾しますよね?」
この人は神が俺の故郷を奪ったと言った。そして目の前にいる恩人だと思っていた人こそ神だ。
「いや最後まで聞け」
「神は複数…正確には十三個体いる」
「……十三、ですか」
数字だけがやけに具体的で、現実感がなかった。
逆に、それが気持ち悪かった。
「その中のひとつが……あなたなんですか」
姫野はすぐには答えなかった。
その沈黙が、答えみたいだった。
「俺はその“ひとつ”だ」
「名前は?」
「今は言えない」
そう言って、ほんの少しだけ視線を逸らした。
何故?そんな疑問だけが脳を満たす。
「ただ……俺は一番古い」
「……古い?」
「順番の話だ。上下じゃない」
それ以上は語らない、という線の引き方だった。
「じゃあ、さっき言ってた“誰か”って……」
「あぁ」
姫野は小さく息を吐いた。
「俺じゃない」
その言い方には、妙な距離感があった。
「俺は、作るだけだ。」
「それを使うかどうかは、俺の仕事じゃない」
そうじゃない。
「……じゃあ、俺の街は」
喉の奥がひどく乾いて、声が思ったより低くなった。
姫野は一瞬だけ言葉に詰まった。
「俺は壊していない」
「でも、止めもしなかった」
否定ではなく、事実としてそう言った。
でもそんな事は今は聞いていない。
「……誰がやったんですか」
「それも、今は言えない。」
「でも、俺はそいつを知っている。」
ただし、否定はしなかった。
「お前が想像している“神”に、一番近いのは……たぶん、そいつだ」
「たぶん?」
「俺は全部を把握しているわけじゃない」
「生まれてないものもいる」
ぽつりと、そう付け足す。
「……神が、生まれる?」
「…そうだ」
冗談みたいなのに、顔は真剣だった。
「だから俺は聞いてる」
視線が戻る。
「神を信じないお前が」
「それでも、世界の外側に手があるって言われたら、どうするのか」
逃げ道のない問いだった。だがきっと俺はまだその答えを知らない。
「……それで、俺が軍に入るのを止める理由は?」
無理やり話をすり替えた。
姫野は少しだけ口元を緩めたが、目は真剣だった。
「戦争は……神や国家の都合で動いてることが多い。お前が直接関わると……人としての選択肢が減る」
人としてのと言う言葉が酷く他人事のように感じる。
「俺は“神”だが、命はあった。死なない限り不老だ」
「……不老?」
「簡単に死なない、という意味だ。長く生きるから、見てきたものも多い。命は尊い。在り来りな言葉かもしれないが…」
少しだけ肩をすくめる。
「人間の寿命は限られている。それなのに自ら早死しに行く教え子を見てられない。」
視線が、また俺に戻る。
「幸せになって欲しいんだ。お前たちには。」
その言葉が嘘じゃないことは俺が1番分かってる。
「今日俺が話したのはお前を諦めさせるためだ」
胸の奥が、ゆっくり冷えていった。
言葉の意味じゃなく、向けられた意図のほうが重かった。
それからはアフターケアとか言って、俺に色々楽しいことを進めてくれたが、何一つ頭に入ってこなかった。
ただ、
「幸せになってくれ」
最後に言っていたその言葉だけは、頭からどうしても離れてくれなかった。
院長室を出た時にはもう夕方になっていた。
飯も食う気になれなかったので自分の部屋に戻る。
「セラ…?」
驚いた。いつもは夕飯の時間になると誰よりも早く食堂にいるセラが部屋にはいた。
しっかり者の彼女にしては珍しく既に布団に入っている。顔は見えない。
きっと昼の事だろう。
なんとなく察しは着いていた。
昔からセラには心配かけることが多かった。その度に俺は彼女を傷つけてしまっている。
「セラ」
「…」
震えていた。そんなに不安にさせていたのかと申し訳なさが込み上げてくる。
「大丈夫…ちょっと気分悪いだけ」
弱々しい声でそんな事言われては俺に出来ることはなかった。
「ごめん。昼のこと忘れてくれ。」
「え?」
やっと目が合った。
目が腫れている。
「…どうしたの?なんで…そんな泣きそうな顔してるの?」
さっきまでの弱っている姿はどこに行ったのか…急に心配モードに入る。
「思ったより元気そうでよかったよ」
「そういうのいいよ」
少し茶化すように言ったが、誤魔化せなかった。幼なじみは俺の事が全てお見通しなのだろうか。
「…断られた。」
本当はもっとちゃんと話すべきなんだと思う。けど精一杯絞り出した言葉がそれだった。
「…そっか」
セラはそれだけ言って、少し間を置いた。
否定もしないし、慰めもしない。ただ、考えているみたいだった。
「じゃあさ」
小さく息を吸ってから、こちらを見る。
「一緒に家出する?」
どう?




