独白
いつかは話そうと思ってたことだ、なんてやけに嘘っぽい切り出し方だ。きっと踏み込まなければ語ってくれなかったのだろう。
「今この世界がどうなってるかは知ってるよな」
言葉の意図がよく汲み取れなかった。関係が無さそうな話題だし、言い方に色々な含みを感じたのもそうだが、きっと動揺してるからだ。
俺は動揺していた。
「世界情勢みたいな意味ですかね?」
働かない脳で導き出したのはシンプルな答え。でも求められているのはこれな気がした。
先生は無言で頷く。
先生は一度、窓の外に目をやった。綺麗な横顔だ。そういえば何歳なのだろう。俺が来た時から全く老けていない。
「この世界には、大きく分けて四つの大陸と、その一つ一つに国がある」
まるで授業みたいな口調だった。先生は普段は授業を担当することが少ないから少しだけ新鮮だ。
「東の国。今は“ユートピア”と名乗っている」
「独裁国家だ。表向きは王がいるが、実際に動かしているのは別の人間だ。まぁ支配が国全体に渡っている訳じゃないが……現にここやお前の故郷も東の国の管轄内だぞ」
そうだったのか…自分の無知を思い知る。
でもなぜここまで力が及んでこないのだろう。
「内部事情がゴタゴタしているんだ。軍の上層部は、普通じゃない連中ばかりだ」
普通じゃない、という言い方が引っかかった。その人たちを知っていないと出ない言葉では無いだろうか。
あとナチュラルに人の心を読まないで欲しい。
「北は“ヘリオス連邦”。農業国家で、太陽の神を信仰している」
「南は……今戦争中だ。“イグニス”と呼ばれている」
少し気まずそうに言った。あまり俺を刺激する言葉を言いたくなかったのだろう。
「核の技術は、元々そこから生まれた……いや、正確には“生まれたと言われている”だな」
「……コア?」
聞き覚えのない単語に違和感を覚える。
聞き間違いにしては、妙に引っかかる言い方だった。
が、姫野はすぐに次の話を始める。まるで何事も無かったかのように。
「西の“大虚堺”は、誰も中に入れない。海が荒れすぎてな」
「今、事実上この世界は東と北が動かしている」
淡々と進められるが、言葉の節々に違和感を感じる。何か大きい秘密をカモフラージュされているような気持ちだ。
「何か質問あるか?」
もちろんある。しかしそれは今するような話ではない。
それ以上に、ここまで聞いても理解できない点がひとつあった。
「……この会話の意図はなんですか?」
ストレートすぎただろうか。でもこれでは埒があかない。
少し考えたあと、姫野は言った。
「強いて言うなら問題の導入……かな。じゃあ今度は俺の質問だ。こんな状況で東の国の領土に攻撃を仕掛けてくる国家があるとしたら、どこだ?」
あぁそういう……あまりにも長かったので驚いた。少し考える。
(まず西はありえないだろう。先生が開示した情報が少なすぎる。あれ?南と北も情報が少なくないか……?こんなのわかるわけなくない?)
頭から湯気が出始めたので、姫野さんが止めてくれた。
「悪い悪い。急かしすぎたな」
先生は笑っている。今日の先生は表情豊かだ。いつもはニコニコしているだけなのに。
「正解はな。どこもない、だよ」
「……それだけ?」
やばい、思っていることがつい口から出てしまった。
というか、なんでそんな回りくどい言い方をするんだ。
でも、
「じゃあ誰が?」
当然の疑問だ。この人はさっきから全く答えを開示しようとしない。
あの人影はなんだったのか。それを説明するだけでいいのになんでこんなに時間をかけているのか。
姫野は、ほんの一瞬だけ言葉を探すみたいに視線を泳がせた。
「なあ、ビリー」
「お前――“神”を、信じるか?」
神……神?ますます分からない。今日の先生は変だ。いつもの先生じゃない。
でも、姫野先生は真っ直ぐ俺を見ている。
「いないと思います」
「何故?」
間発入れずに聞いてきた。
そのせいで一瞬、言葉に詰まった。
自分でもちゃんと考えたことはなかった。ただ、ずっとそうだと思っていただけだ。
「……証明できないからです」
「存在を?何故?」
「誰も見たことを無いものを証明するなんて無理だと思いますけど…」
姫野はすぐには否定しなかった。
少しだけ、意外そうな顔をしている。
「合理的だな」
「なんか当たり前の事ばかり言わされている気がする…」
少しだけ肩をすくめる。
自分でも何を言っているのかよく分からない。
「じゃあ聞き方を変えよう」
姫野はそう言って、椅子の背にもたれた。
「――この世界が“誰か個人の意志で歪められている”としたら、どう思う?」
冗談めいているのに、声はひどく真剣だった。
笑えばいいのか、否定すればいいのか分からなくなる。
「……陰謀論ですか?」
「似たようなもんだな」
そう言いながら、目だけは笑っていなかった。
「でもな、国家でも宗教でもない、“個人”の意志で世界が動くとしたら……それはもう、神みたいなもんだろ」
一気に現実感がなくなる。
話が飛躍しすぎていて、頭が追いつかない。
「それと、さっきの質問がどう繋がるんですか」
「繋がってるさ。かなり」
姫野は一拍置いてから言った。
「東の国に攻撃を仕掛ける“国家”はいない。でも――」
「“誰か”なら、いる」
背中に冷たいものが走った。
「……誰ですか」
姫野は、今度は逸らさずに俺を見た。
「それは言えない」
「名前も、立場もな」
「でも確実に存在してる」
そして、まるで独り言みたいに続けた。
「さっき言っただろ。国家でも宗教でもなく、“個人”の意志で世界が動くなら、それはもう神みたいなもんだって」
一拍。
「――正確にはな」
姫野は、ほんの少しだけ息を吸ってから言った。
「俺は、“神みたいな立場のもの”だ」
言い直したその言葉のほうが、逆に現実味がなくて。
「……は?」
間抜けな声が出た。
「冗談だと思うか?」
頷くことも出来ない。まだ朝の夢が続いているような気分だ。
「でもな。少なくともこの世界じゃ、俺はそういう存在として扱われてきた。」
この人の言葉が酷く遠く聞こえる。
そう言って、静かに目を伏せる。
「だから、さっきの質問に戻る」
視線が、また俺に戻る。
「お前は“神”を信じないって言ったな」
「それでも――目の前にいたら、どうする?」
それは─




