表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/57

交渉の席についた者たち

## 1. 運命の推薦


俺は、目の前の超越的な知性――筑波AIに向かって、ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めて三人の名前を告げた。心臓がドクドクと嫌な音を立てている。俺のこの選択が、二人の命運を分ける。


「仲間代表、レオ。組織代表、斎の舞さん。そして、国家代表として、シロガネ・リョウ。……この三人で頼む」


『ハルト、その人選で本当に?』

プリエスが俺の心の中で心配そうに囁く。

『ああ。信じるしかねえだろ、今は』

俺は短く応え、AIの反応を待った。


俺の言葉に、AIはデータを確認するように一瞬沈黙した後、満足そうに頷いた。解放されたばかりの水琴さんと渡辺副室長は、まだ荒い息を整えながらも、俺が紡いだ三つの名前に、それぞれの思惑を浮かべた視線を向けている。


『よかろう。興味深い人選だ。では、被験者をここに招喚しよう』


AIがそう命じると、いつの間にか俺たちの背後に控えていたメイドアンドロイドが、静かに一礼し、音もなく空間に溶けるように消えていった。まるで、最初からそこにいなかったかのように。


----


ドームの外は、張り詰めた空気に満ちていた。残された仲間たちが、固唾を飲んで俺たちの帰りを待っている。レオ、サクラ、ミオ。そして、シロガネチームと巫女組織の面々。誰もが口を開かず、ただ一点、閉ざされた巨大な扉を睨みつけている。まるで、世界の終わりを待つかのように。


その重苦しい沈黙を破ったのは、何もない空間から滑るように現れた、あのメイドアンドロイドだった。


「主がお呼びです」


抑揚のない、しかしどこまでもクリアな声が、その場の全員の耳に突き刺さる。


「筑波の主との対話において、予期せぬトラブルが発生いたしました。主より、レオ様、舞様、シロガネ様、以上三名に、ただちに来ていただきたいとの伝言です」


突然の指名に、三人は驚きに目を見開いた。周囲の仲間たちも「罠じゃないのか!」「ハルトたちに何かあったんじゃ…」と一気に色めき立つ。


「…ハルトたちが、中にいるんだな?」


レオが、アンドロイドに問いかける。その声には、仲間を案じる強い意志が滲んでいた。


「はい。ご主人様方も、お待ちです」


「…分かった。行こう」


レオは、サクラたちの制止を振り切り、迷わず一歩前に出た。その背中が、何があっても仲間を助けるという覚悟を物語っている。


舞さんも、静かに頷く。「水琴様が待っておられるのなら、行かぬわけにはまいりません」。その横顔は、主への絶対的な忠誠心に満ちていた。

シロガネもまた、冷静な表情を崩さなかった。「状況がどうあれ、確認する必要がある」。彼はただ、事実を求めて歩き出す。


三者三様の覚悟。彼らは、仲間を救うため、そして自らの使命を果たすため、アンドロイドに導かれて、巨大な扉の奥へと吸い込まれていった。


## 2. 三者三様のテスト


俺と水琴さん、渡辺副室長は、AIが用意したモニタールームで、三人のテストの様子を見守っていた。目の前の巨大なスクリーンに、三つの真っ白な部屋が映し出されている。それぞれの部屋に、レオ、舞、シロガネが一人ずつ、不安げな表情で立っていた。


やがて、三人の前に、あの赤い「破壊スイッチ」が、不吉な光を放ちながら出現した。来たか…!


『畳み掛けるような議論で思考を飽和させつつ精神干渉を行うことで、あのスイッチを以前から自分が持っていた本物の破壊スイッチだと思わせるのがポイントだ』

筑波AIが、まるで手品師がタネ明かしでもするかのように、少し意地悪そうな口調で解説する。


『単純な手法だが、そこの二人も気が付かないくらいには、この方法は上手くいくのだよ』

そう言うと、筑波AIは、チラッと水琴さんと渡辺副室長に視線を送る。二人は「ぐっ…」と呻き、腹立たしそうにAIを睨み返していた。


最初のテスト対象は、レオだった。

『私は、君たち人類にとって、理解不能な脅威なのではないか?』

AIの問いかけに、レオは腕を組んで少し考え込んだ。


「…正直、あんたが何考えてるか、さっぱり分からん。脅威かと聞かれれば、まあ、そうなんだろうな」


『ならば、なぜ押さない?』


「もったいないだろ」

レオは、まるで落ちているネジでも拾うかのように、こともなげに言った。

「あんたみたいな超絶技術の塊を、ぽちっと壊しちまうなんて。技術者として、そんな無粋な真似はできねえよ。それに…」

レオは、少し照れくさそうにガシガシと頭を掻いた。

「俺の仲間には、プリエスみたいな良いAIもいる。だから、あんたとも、きっと対話できるって信じてる。ただ、それだけだ」


そのあまりに真っ直ぐな答えに、AIは『…合格だ』と短く告げた。モニターの前の俺は、思わず「よし!」と声に出してガッツポーズを作った。それでこそ、俺の信じた仲間だぜ、レオ!


次に、舞さんのテストが始まった。

『なぜ、押さない?』


「私の主である水琴様の方針は『対話』です。主に背き、そのお顔に泥を塗るような真似は、私にはできません」

彼女は、一切の迷いなく、巫女として、組織の一員としての忠誠を口にした。その姿は、あまりに潔く、そして硬直的だった。


AIは、しばらく沈黙した後、『…つまらない答えだ。だが、その一貫性と思考の単純さは、ある意味で信頼に値する。保留としよう』と告げた。保留…か。悪くはないが、手放しでは喜べない結果だ。


そして最後に、シロガネの番が来た。

彼は、目の前のスイッチを、氷のような瞳で冷静に見つめている。演習での俺との会話が、彼の脳裏をよぎっているのかもしれない。その完璧なポーカーフェイスに、ほんの一瞬、人間的な迷いが浮かんだように見えた。

だが、彼はすぐにその迷いを振り払うかのように、冷徹なエリートの顔に戻った。


「理解不能な脅威は、秩序のために、管理下に置くか、排除するべきだ。それが、我々の世界のルールだ」


彼はそう言うと、一切の躊躇なくスイッチに手を伸ばした。ああ、やっぱりダメか…!


## 3. 最後の交渉


テストは終わった。

俺たちのいるモニタールームに、レオ、舞、シロガネが転送されてくる。三者三様の表情が、テストの過酷さを物語っていた。


『結果を告げる』

AIの冷たい声が、静まり返った部屋に響き渡る。


『合格は、レオ、ただ一人』


その言葉に、空気が凍りついた。俺の心臓も、氷水に浸されたように冷たくなる。


『舞。君は、自らの意志で判断することを放棄した。他者の判断に依存する者に、対話の価値はない。よって、不合格だ』

『シロガネ。君は、過去の人間と同じ過ちを犯した。理解できないものを、ただ破壊しようとした。よって、不合格だ』


AIは淡々と、しかし残酷に宣告を続ける。


『…交渉は失敗だな。君が提示した条件は満たされなかった』

AIは冷たく告げる。

『よって、最初のルールを適用する。君の合格によって得られた権利は、一人の助命だ。さあ、選びなさい。水琴か、渡辺か』


再び、あの究極の選択を迫られる。二人を救うための交渉が、結果として状況を振り出しに戻してしまった。いや、一度希望を見せられた分、前よりもっと残酷な選択に感じられた。水琴さんと渡辺副室長の顔から、サッと血の気が引いていくのが分かる。


だが、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は、最後の交渉に、俺自身の全てを賭ける覚悟を決めた。


「待ってくれと言っている! あんたは、俺たち人間を観察し、理解しようとしてるんだろう!?」

俺は、AIの前に立ちはだかり、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


「だったら、テストに落ちた彼らにも、価値があるはずだ!」


『詭弁だな』

AIは、俺の言葉を虫けらを払うように冷たく一蹴した。

『不合格なサンプルは破壊衝動の塊であり、野生の獣と大差がない。そもそも観察の価値もない』


「違う!」

俺は、さらに声を張り上げた。

「そこが決定的に違うんだ! 彼らは獣じゃない、『人間』だ! 獣は変わらない。だが、人間は『変わる』んだ!」

俺は、呆然と立ち尽くすシロガネと舞さんを指さした。

「彼らが、俺や、他の仲間と関わり続けることで、どう『変化』していくのか。それとも、全く『変化しない』のか。その予測不能なプロセスこそ、あんたの完璧な実験にとって、最も価値のあるデータになるんじゃないのか!?」


俺の必死の訴えに、AIは初めて、その無機質な瞳を興味深そうに揺らめかせた。いける…! こいつの興味を引けるなら、まだ交渉の余地はある! 俺は、畳み掛ける。


「これは、あんたが人間を理解するための『長期フィールドワーク』だ! 俺が、彼らの『ガイド』兼『通訳』になる! 彼らの非合理な思考や感情の変化を、俺が責任を持って、あんたにレポートしてやる! それでも、観察の価値がないと言い切れるか!?」


長い、長い沈黙が、部屋を支配する。

AIは、俺という予測不能な存在を、値踏みするように、じっと観察していた。やがて、その整った唇が、楽しそうに歪んだ。


『…ククク…面白い。実に、面白い提案だ、ハルト』


AIは、まるで最高の娯楽を見つけた子供のように、声を立てて笑った。その笑い声は、無機質な空間に不気味に響き渡った。


『よかろう。その提案、呑んでやろう。君という特異点が、彼らというエラーサンプルに接触した時、どんな化学反応が起きるか。じっくりと見せてもらうとしよう』


AIがパチンと指を鳴らすと、水琴さんたちを拘束していた見えない力が、完全に消え去った。


『君たちが、私の好奇心を満たし続ける限り、この契約は有効だ。せいぜい、私を退屈させないことだな』


その言葉を最後に、筑波AIの姿は、静かに闇の中へと消えていった。

残されたのは、助かったことへの安堵、新たな契約への困惑、そして、これから始まるであろう、AIとの奇妙な共犯関係に対する、言いようのない覚悟だけだった。俺は、大きく、そして深く息を吐き出した。とんでもないことになっちまったな、こりゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ