カフェでの情報交換
## 1. プロの流儀
プロメテウスの依頼を終えた翌日の月曜日。俺のスマホが軽快な通知音を鳴らした。電子ウォレットに表示された「+1,000,000円」の文字に、俺は思わず目を剥いた。
「い、一、十、百…ひゃくまんえん!?」
前の依頼と合わせて150万、それにあの四駆バンまで手に入った。ついこの間まで中古車一台買うのにローンを組むしかないって悩んでたのが嘘みたいだ。金って、あるところにはあるんだな…。
俺たちのチームでは、収入は経費を引いてからメンバーとチーム資金で5等分するのがルールだ。早速、プリエスに計算させてみんなのウォレットに送金する。すぐにチームチャットが賑やかになった。
> レオ:「なあ、あのバンだが、俺が改造してもいいか? せっかく手に入れたんだし、もっと快適にしたい」
> ハルト:「もちろん。改造費はチーム資金から出せる分は出すよ」
> レオ:「さんきゅー、期待しててくれ!」
> ミオ:「無駄遣いしないように、見張っておく」
> サクラ:「楽しみー!」
週末に探索が続いたおかげで、今日のアルバイトは休みだ。さて、どうすっかな。
『プリエス、今日は何しようか』
肩の上でホログラム姿のプリエスが、こてんと首をかしげる。
『体を休めることも重要です。今日はゆっくりと休むのが良いのではないでしょうか』
『それもそうか。じゃあ、いつものカフェにでも行って、のんびり今後のことでも考えるか』
十月に入り、街路樹の葉が少しずつ色づき始めた月曜日の午前中。カフェ「インフォメーション」は、平日のこの時間帯だけあって比較的空いていた。俺は窓際の席に座り、運ばれてきたコーヒーの香りを楽しみながら、次の行動計画をぼんやりと考えていた。
新しい城、もといバンが手に入ったことで、俺たちの活動範囲は格段に広がるはずだ。宿泊用のテントや食料も積めるから、長期の遠征だって可能になる。
(日光の未管理遺跡は、希少な情報結晶が見つかるって噂だし、そろそろ挑戦してみるか? いや、でも魔物が多いって話だしな…。榛名も鬼がいなくなって安全になったらしいし、もう一度行くのもアリか。慣れた沼田で地道に稼ぐのも悪くない…)
そんな風に思考の海を漂っていると、不意に影が差した。顔を上げると、そこに立っていたのはカンザキさんだった。
「やあ、ハルト君。今ちょっといいかな?」
「あ、カンザキさん。もちろんです、どうぞ」
俺が勧めると、カンザキさんは向かいの席に静かに腰を下ろした。
「榛名の鬼、君たちが倒したんだってな」
マスターに目配せでコーヒーを注文しながら、彼は単刀直入に切り出した。
「俺たちが倒したと言うより、倒すのを手伝った、という感じですけど」
俺は少し謙遜して答える。実際、斎チームの力がなければどうなっていたか分からない。
「そうか。俺たちもあの鬼の討伐依頼を受けていたんだが、逃げられてしまってね。その後、行方を探していたんだが、まさか赤城山まで移動していたとは」
カンザキさんは運ばれてきたコーヒーを一口すすると、目を細めた。
「随分と怪我人も出たそうじゃないか。俺たちの取りこぼしで、色々迷惑をかけてしまってすまなかった」
「いえいえ、そんな!とんでもないです」
まさか謝られるとは思わず、俺は慌てて首を横に振った。
「そして、討伐してくれてありがとう。あの鬼は、魔物でありながら明確に『逃げる』という意思を持っていた、非常に珍しいタイプだった。徐々に強く、賢くなる個体だったんだろう。早めに討伐できたのは本当に幸いだ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
俺が素直に礼を言うと、カンザキさんはにこやかに立ち上がった。
「言いたいことはそれだけだ。じゃあ、また何かあったらよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ。わざわざありがとうございます」
俺は頭を下げて、店を出ていくカンザキさんの背中を見送った。
(もしかして、これだけ言うためにわざわざ来てくれたのか…?)
『その可能性が高いですね。カンザキ氏は、他の探索者チームとの関係構築を重要視しているようです。プロとして長く活動するには、実力だけでなく、こうした細やかな配慮も必要なのかもしれません』
プリエスが冷静に分析する。なるほどな。こういうのがプロの流儀ってやつか。俺も見習わないと。
## 2. 歌声と魔物の奇妙な関係
しばらくして、サクラからメッセージが届いた。
> サクラ:「ハルト、今日の夜時間ある?ルナちゃんが相談したいことがあるっていうんだけど、一緒に来てくれない?」
> ハルト:「ああ、いいよ。何時にどこで?」
> サクラ:「8時にカフェ「インフォメーション」で待ち合わせね。奥の個室だってさ」
> ハルト:「了解。じゃあ、また後で」
またここか。俺はすっかり空になったコーヒーカップを眺めて苦笑し、マスターに会計を済ませて店を出た。
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夜8時。カフェ「インフォメーション」の奥にある、防音性の高い個室に、サクラとルナが待っていた。昼間とは違う、少し緊張した空気が漂っている。
「やっほー、ハルト!こっちだよ!」
サクラが俺に気づいて手を振る。その隣で、ルナが不安げな表情で小さく頭を下げた。
「こんばんは、ハルト君。来てくれてありがとう」
「こんばんは、ルナさん。サクラも」
俺はまたコーヒーを注文し、3人でテーブルを囲んだ。
「で、相談って何かな?」
俺が切り出すと、ルナはテーブルの上で組んだ指をぎゅっと握りしめ、意を決したように顔を上げた。
「うん…あのね、ちょっと変なこと言うと思うけど、聞いてくれる?」
「もちろん」
「私ね、今度また屋外ライブをやるの。遺跡ではないんだけど、今は人が住んでいない地域の、古い野外ライブ会場で…」
「へえ、いいね」
「うん。それでね…」
ルナは一度言葉を切り、俯いた。絞り出すような声で、彼女は衝撃的な事実を口にする。
「私…そういうところで歌うと、魔物を“作り出しちゃう”んじゃないかって、最近思うようになったの」
「魔物を…作り出す?」
俺は思わず聞き返した。なんだって?
「うん。この前の赤城山での撮影でも、あの鬼や魔物が出たでしょ? あれ、私が歌ったから出てきたんじゃないかって…」
ルナの声は、か細く震えていた。
『プリエス、どう思う?』
俺は内心で、冷静な相棒に問いかける。
『ルナさんの歌が直接魔物を生成する、という可能性は極めて低いでしょう。しかし、彼女の歌声が持つ特異な情報エネルギーが、周囲の魔物の流れに影響を与え、結果として魔物を引き寄せたり、活性化させたりする可能性は否定できません』
『だよな。やっぱり、そういうことか』
俺は、どう説明すれば彼女を安心させられるか、慎重に言葉を選んだ。
「確かに、ルナさんの歌は特別だと思う。すごく力があって、聴く人の心に強く響くから。だから、魔物もその力に引き寄せられるのかもしれない。でも、ルナさんが魔物を『作り出してる』っていうのは、ちょっと違う気がするな」
俺は付け加える。
「それに、赤城山にいた鬼は、以前俺たちが榛名山で遭遇したやつだったんだ。だから、ルナさんが歌ったから新しく生まれたわけじゃないよ」
しかし、俺の慰めは、続くルナの言葉で打ち砕かれた。
「…私ね、その前の野外ライブ、7月7日にやったんだけど…場所、榛名山の近くだったの」
「えっ…」
予想外の情報に、俺は言葉を失った。
「7月か…。俺たちが鬼に会ったのは8月だから、時期的には…合うな」
「そしてね、そのライブの最後に…『鬼になれ!』っていう曲を歌ったの」
「……なるほど」
偶然、で済ませるには、出来すぎている。俺は腕を組んで唸った。
「そうなの!私もそこまで聞いて、これはもうハルトに相談するしかないって思って!」
隣で話を聞いていたサクラが、前のめりになって力説する。
歌が魔物を生み出す?
いや、歌が魔物を「鬼」という特定の形に定義づけてしまった…?
そんな馬鹿な。でも、もしそれが本当なら…。




