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見えざる金庫

## 1. 秋雨に届いた高額依頼


九月も終わりの金曜日。秋の気配を色濃く映した冷たい雨が、アスファルトを静かに濡らしていた。俺たちはチームの行きつけであるカフェ「インフォメーション」の奥のテーブル席で、湯気の立つコーヒーをすすりながら、次の仕事を探していた。


「なあ、これ見てくれよ」


俺がタブレットの画面で指差した依頼書に、全員の視線が吸い寄せられる。ひときわ大きな文字で「高額報酬」と踊る、匿名の依頼だった。


「『〇〇廃村のどこかに隠された金庫から、特定の設計図データを情報結晶化して持ち帰ったチームに、報酬50万円』…だってさ」


「50万! すごいじゃん!」

サクラが目を輝かせる。その隣で、レオが腕を組んで唸った。

「匿名依頼ってのが、どうもきな臭いな。罠って可能性はないのか?」

その隣で、レオが腕を組んで慎重に唸った。うまい話には裏がある、というのがこの世界の定説だ。


「依頼内容自体は、よくある情報採掘だ。それに…」

俺は依頼書の下の方を指差した。

「『希望者は明朝8時、清原駅前ロータリーに集合のこと。現地まで送迎バスを手配する』って書いてある。わざわざバスまで用意するってことは、かなり大規模な話なんじゃないか?」


「複数のチームを競わせるつもりなのかも」

ミオがカップを静かに置き、冷静に分析する。

「だとしたら、一つのチームを陥れるための罠とは考えにくい。依頼主は、純粋に最も優秀なチームを探している…と考えるのが自然ね」


『ミオの言う通りです。大規模な公募形式を取ることで、依頼主は自身の身元を隠しつつ、効率的に目的を達成しようとしているのでしょう。リスクはありますが、挑戦する価値は高いと判断します』

俺の肩の上、ホログラム姿のプリエスがこくりと頷き、俺たちの脳内に直接思考を送ってくる。


「よし、決まりだな」

俺が言うと、全員が力強く頷いた。久しぶりの大きな仕事に、チームの士気が一気に高まっていくのを感じた。


## 2. 試される探索者たち


翌朝、駅前ロータリーには、俺たちの他にも20人近い探索者たちが集まっていた。皆、一癖も二癖もありそうな連中ばかりで、互いに牽制しあうようなピリピリした空気が漂っている。やがて、大型のバスが到着し、俺たちはぞろぞろと乗り込んでいった。


バスの車内は、奇妙な緊張感に包まれていた。俺たちの隣の席には、リーダーらしき男を中心とした3人組のチームが座っていた。装備は最新式で、その立ち居振る舞いには、そこらの探索者とは違うエリートの雰囲気が漂っている。うわ、出たよエリート様。感じ悪ぃなー。


「君たち、見ない顔だな。どこのチームだ?」

リーダーの男が、値踏みするような視線で話しかけてきた。


「…ハルトです。チーム名は、まだありません」

俺が答えると、男は鼻で笑った。

「チーム名もなしか。まあ、せいぜい俺たち『グレイハウンズ』の邪魔はしないことだな。今日の報酬は、俺たちがいただく」


「それは、やってみないと分からないんじゃないですか?」

サクラが、ムッとした表情を隠さずに言い返す。男は一瞬、不快そうに眉をひそめたが、それ以上は何も言わず、ふんと鼻を鳴らして窓の外に視線を移した。


バスに揺られること一時間。俺たちは、山間にひっそりと佇む廃村に到着した。


## 3. 仕掛けられた謎


目的地の廃村は、人の気配が消えて久しい、寂寥感に満ちた場所だった。バスから降りた各チームは、地図を片手に村の各施設へ我先にと散らばっていく。公民館、廃商店、駐在所跡…どのチームも手当たり次第にデータストレージを探しているようだ。


「よーし、一番乗りで見つけてやる!」

サクラが拳を握って意気込む。


村のあちこちで、宝探しのような騒ぎが始まった。俺たちも、公民館の演台の下や、駐在所の机の引き出しから、次々とそれらしき隠し金庫を発見する。だが…。


『ハルト、この金庫の中身も、50年前の天気予報データです。価値はありません』


「こっちもダメだ。古い新聞記事のデータだった」


探索開始から一時間。俺たちは既に5つの金庫を発見したが、その全てがハズレだった。他のチームも似たような状況らしく、あちこちから「またハズレかよ!」「どうなってやがる!」という苛立った声が聞こえてくる。


「おかしい…」

レオが、発見した金庫の一つを工具で調べながら、眉をひそめた。

「この金庫、作りが全部同じだ。それに、隠し方があからさますぎる。誰かが意図的に、同じ時期に設置したとしか思えん」


「それに、どのデータも絶妙に価値がないわ」

ミオも、プリエスが解析したデータリストを見ながら指摘する。

「まるで、私たちの時間を奪うためだけに、わざと置かれているみたい」


レオとミオの言葉に、俺の中でバラバラだったピースが繋がった。

「そうか…! 依頼主の目的は、最初からこの金庫の中身じゃないんだ。この村全体が、俺たちを試すための巨大な試験会場なんだ」


「試験会場?」

サクラが不思議そうに首をかしげる。


「ああ。依頼主は、一つの正解を、無数のハズレの中から見つけ出す能力…あるいは、この『探させる』という行為の裏にある、本当の意図を読み解く能力を試してるんだ」


『つまり、建物を一つ一つ虱潰しに探しているだけでは、永遠に正解にはたどり着けない、ということですね。ハルトの推測を支持します。これは知恵比べです』

プリエスが俺の思考を補足する。


「その通りだ。一度、探索を中断しよう。村全体を俯瞰できる場所から、改めて状況を観察するんだ」

俺たちは、他のチームの喧騒から離れ、村を見下ろす高台へと向かった。


## 4. 見えない壁


「ねえ、見て。なんだか変だよ、この足跡」


村はずれを調べていたサクラが、地面の一点を指差した。そこには、他のチームがつけた新しい足跡に混じって、一週間ほど前のものと思われる、複数の古い足跡が残っていた。そして、その足跡は、村はずれの一見何もない広場の前で、全て不自然に引き返していた。


「まるで、見えない壁でもあるみたいだね…」


サクラの言葉に、俺とミオはハッとして顔を見合わせた。俺たちがその空間に手をかざすと、物理的な感触はないのに、空気が薄いゼリーのように、わずかに抵抗する感覚があった。


「…認識阻害魔法」

ミオが、確信を込めて呟いた。

「ここに何かがあることを、認識できなくさせている」


## 5. 霧の中の物置


「これが認識阻害魔法か…」レオが驚いた声を上げる。「たしかに、何かあるとはとても思えん。感覚のピントが、微妙にずらされてる感じだ」


「メガネやコンタクトをずっとつけていると、つけていることを忘れるでしょう? 意識を向けること自体を忘れさせる、そういう質の魔法だって教わった」ミオが説明する。


サクラが「へー!」と面白そうにその空間をぺたぺたと触っている。


『光学的にも迷彩されています。高度な隠蔽魔法ですね』プリエスが解析を続ける。


「どうすれば解除できるんだ?」俺が尋ねる。


『精神干渉魔法の一種なので、同じ精神干渉魔法で対抗するのが最も効果的です。ただし、相当な精神力と集中力が必要になります』


「わかった。なら、俺とミオで試してみる。レオとサクラは、俺たちの護衛を頼む」


俺の指示に、全員が頷く。俺とミオは、魔法がかけられた空間の前で立ち止まり、深呼吸をして目を閉じた。


『ハルト、ミオ、準備はいいですか?』プリエスの声が、俺たちの意識に直接響く。

『うん』ミオが短く答える。

『では、行きますよ』


プリエスの声と共に、意識が急速に現実から乖離していく。次の瞬間、俺たちは、灰色の霧と、「ここには何もない」「何も感じない」「他にもっと大切な事がある」「思い出せない」という無数の囁き声に満ちた、精神世界の中にいた。


『ハルト、私の後ろへ』

ミオが展開した精神防御壁が、囁き声の干渉を防いでくれる。その間に、俺はプリエスと共に、この魔法の構造を解析する。


『単純ですが、強力な暗示です。この囁き声に惑わされれば、術者の思う壺でしょう』


『どうすれば破れる?』


『この魔法の目的は『隠す』こと。つまり、この霧の向こうには、必ず『隠された何か』が存在するはずです。その存在を、強く、明確にイメージしてください』


俺は目を閉じ、意識を集中させる。囁き声の奥にあるはずの、隠された物の姿を。そこに眠る、依頼主が求める設計図のデータを。そして、俺たちの勝利を。


『お前は、そこに在る!』


俺が意志の力で叫んだ瞬間、灰色の霧が晴れ、目の前に古びた物置の扉が現れた。


## 6. 金庫と宝石、最後の試練


意識が、水面から顔を出すように現実世界に引き戻される。目の前には、先ほどまで何もなかったはずの場所に、蔦に覆われた古びた物置が、まるでずっとそこにあったかのように静かに佇んでいた。


「やった…!」


誰からともなく、安堵の声が漏れる。俺とミオは、まだ精神的な疲労でふらつきながらも、互いに顔を見合わせて頷いた。レオとサクラが、すぐに俺たちの肩を支えてくれる。


「大丈夫か、二人とも。顔色が悪いぞ」

「すごかったよ!目の前で建物が現れるなんて!」


「ああ、なんとかな…」

俺は荒い息をつきながら、物置の扉に手をかけた。ギィ、と錆びついた蝶番が悲鳴を上げる。


物置の中は薄暗く、埃っぽい空気が満ちていた。奥に、ぽつんと鎮座する古びた金庫。レオが工具を取り出し、手慣れた様子で鍵をこじ開ける。

重い金属の扉が開くと、中には二つのものが置かれていた。


一つは、データストレージ。そしてもう一つは、小さな木箱。


「…これは」

サクラが息を呑む。木箱の中には、色とりどりの宝石がぎっしりと詰め込まれていた。その妖しい輝きは、明らかにただのガラス玉ではないことを示している。


「…宝石か」レオが呟く。「しかも、かなり高価そうだな」


「これも持ち帰ったほうがいいのかな?」サクラが目を輝かせて言う。


「ご褒美ってこと?」ミオが冷静に尋ねる。


「いや、違うと思う」俺は首を振る。「依頼書には、設計図データを持ち帰ることだけが条件だった。宝石のことは一言も書いてない」

やっべぇ、キラキラだ。…って、危ねえ危ねえ。完全に罠じゃねえか。タクマなら「リスクとリターンが釣り合わない典型的なハニートラップ」とか言いそうだ。


「意図的に配置されていることを考えると、これは俺たちを惑わすための『誘惑』だと思う。依頼主は、俺たちがこの宝石に目を奪われて、本来の目的を見失うことを望んでいるんじゃないか?」


「なんのために?」サクラが首をかしげる。


「さあな。ただ、このデータ自体、依頼者が設置した可能性がある。つまり、データは目的じゃない。今回の依頼の意図は、何か別のところにあるんだろう」


「泥棒根性を試しているのかもな」レオが苦笑する。


「…くだらない真似を」

ミオが冷ややかに言い放った。


俺は宝石箱には目もくれず、目的のデータストレージを手に取り中身を確認した。設計図データは確かにそこにあった。


『崩壊前の車の詳細な設計図データです。当時の技術の粋を集めたもので、価値は非常に高いと思われます』プリエスが解析結果を伝える。


「おお、じゃあ、あとはこれを結晶化すればいいんだな」


俺は集中し、情報結晶化を行った。我ながら、なかなかの出来栄えだった。


俺たちは物置から外に出て扉を閉めた。振り返ると、認識阻害魔法が再び発動したのか、物置の姿は掻き消え、元の何もない広場に戻っていた。


## 7. 狐と狸の化かし合い


「さて、夕方のバスまで、まだ時間があるな。どうする?」


「村の北側に小川が流れているらしいよ。あそこまで行って、少し休もうか」サクラが提案する。


俺たちは、他のチームに鉢合わせしないよう、村の中心部を避けて北側へと歩き出した。すると、腕組みをした男が、まるで待ち構えていたかのように俺たちに近づいてきた。さっきバスで一緒だった「グレイハウンズ」のリーダーだった。


「どうだ、成果はあったか?」男は冷ややかな目で俺たちを見つめる。


「金庫は見つかるんですが、価値のないデータばかりで…」俺は正直に答えた。


「...お前たちはこの依頼について、どう思う?」男が問いかける。


「どう、とは?」俺は首をかしげる。


「おかしいとは思わんか? こんなにたくさんの金庫があるのに、どれも価値のないデータばかり。まるで、俺たちを試すためだけに設置されたみたいだ」


「思いますね。依頼主が用意した壮大な宝探しゲームをさせられている気分です」


「宝探しゲーム、か。言い得て妙だな」男は腕を組んだまま、俺の目をじっと見つめた。


「もしかすると、時刻や人数など、何か特定の条件を満たさないと、本当の金庫は見つからないのかもしれませんね」俺はわざと思案げに答えた。


「ふむ...」男はしばらく考え込んでいたが、「まあ、頑張れよ」とだけ言って、去っていった。


『ハルトもなかなか性格が悪くなりましたね』プリエスが楽しそうに呟く。


『え、そうか?』俺は苦笑した。


『ちょっと意地悪だと思った』とサクラが頬を膨らませる。

『全く問題ない』とミオが涼しい顔で言う。


二人が同時に言ったのを聞いて、俺たちは顔を見合わせて笑った。


『ま、どうでもいいんじゃないか?』とレオが肩をすくめた。


その後、俺たちは小川のほとりでしばらく休憩し、今日一日の出来事を振り返りながら、静かな時間を過ごした。


## 8. 静かな勝利と確かな手応え


夕方、帰りのバスに乗り込む。車内は、一日中走り回って成果を上げられなかったチームの、不満と疲労のため息で満ちていた。あちこちで「結局、ガセネタだったんじゃないか」「時給にもなりゃしねえ」という愚痴が聞こえてくる。


やがて、依頼主の代理人らしきスーツ姿の男が、能面のような無表情で成果物を回収に回ってきた。


「ご苦労様でした。結果は後日、各チームの代表者の方にご連絡します」


代理人は、他のチームが差し出す価値の低い結晶を、感情のこもらない手つきで事務的に受け取っては、ジュラルミンケースに放り込んでいく。その態度は、まるでテストの答案用紙を回収する試験官のようだった。


そして、俺たちの番が来た。俺は、静かにあの結晶を差し出した。


その瞬間、代理人の指先が、他の結晶とは明らかに違う、その確かな情報密度と重みに、ほんのわずかに沈んだ。彼の目が、コンマ数秒だけ、驚きに見開かれ、そしてすぐに元の無表情に戻った。


バスが駅に着き、解散した後、俺たちは顔を見合わせた。他のチームの不満そうな顔を背に、俺たちの間には静かな達成感が満ちていた。


「どうだろうな」俺が尋ねると、ミオが小さく微笑んだ。

「少なくとも、私たちは、依頼主の本当の意図を理解し、それに応えたと思う」


「まあ、あとは結果を待つしかないな」レオが肩をすくめる。


「きっと大丈夫だよ!」サクラが明るく言う。「私たち、ちゃんとやり遂げたもん!」


あとは良い知らせを待つだけだ。俺たちは、依頼達成の期待を胸に、それぞれの家路についた。


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