バスの中の出会い
## 1. 帰りのバス
大型バスのエンジン音が、低く車内に響いている。窓の外はすっかり闇に包まれ、時折通り過ぎる街灯の光が、疲れて眠る乗客たちの顔を静かに照らし出しては消えていく。戦いの後の興奮と喧騒が嘘のように、バスの中は穏やかな静寂に満ちていた。
俺たちは、巫女チームのメンバーと隣り合うように、バスの前方の座席に座っていた。レオは窓の外をぼんやりと眺め、サクラはまだ少し興奮が冷めやらない様子で、自分のグローブを磨いている。ミオは、目を閉じて精神を落ち着かせているようだった。
沈黙を破ったのは、舞さんだった。彼女は前の座席から静かに振り返り、俺に微笑みかけた。
「ハルトさん。今日は本当に助かりました。あなたたちがいなければ、もっと多くの犠牲者が出ていたでしょう」
「いえ、俺たちだけでは、あの鬼を倒すことはできませんでした。舞さんたちの力があってこそです」
俺がそう言うと、舞さんは「私たちのチームは『斎』と申します」と、改めて自己紹介をしてくれた。
「斎…清める、斎く(いつく)、という意味ですね」
隣に座っていたミオが、静かに呟いた。
「ええ。私たちは、この国の乱れた『気』を鎮め、斎くことを務めとしています」
舞さんはそう言うと、スマホを取り出した。「よろしければ、連絡先を交換しませんか?また、どこかで力を合わせることがあるかもしれません」
「はい、ぜひ」
俺たちは互いの連絡先を交換した。これが、俺たちと「斎」との、最初の繋がりとなった。
## 2. 職人と剣士、研究者と巫女
連絡先の交換をきっかけに、俺たちは自然とそれぞれの専門分野について語り始めた。
「葵さんの剣、すごかったですね。鬼の腕を切り落とすなんて」
レオが、通路を挟んで隣に座る葵に、技術者としての純粋な好奇心から話しかけた。
「…あれは、この剣が特別だからだ」
葵は、背中に立てかけてある愛剣にちらりと目をやり、ぶっきらぼうに答える。
「神社の御神木から削り出した木刀に、代々の巫女の霊力を込めたもの。物理的な切れ味ではなく、『気』の流れを断ち切ることで、魔物を斬る」
「気の流れを…」
レオは腕を組み、深く考え込んでいる。
「面白いな。俺は機械のエネルギー効率しか考えたことがなかったが、そういうアプローチもあるのか。その剣、今度じっくり見せてくれ」
「…ああ。気が向けばな」
レオと葵。全く違う世界の二人が、「武器」という共通言語で、少しだけ心を通わせた瞬間だった。
一方、俺の隣では、ミオと詩織さんが、小声で専門的な議論を交わしていた。
「…先ほどの『鎮魂の呪』、あれは複数の精神を同調させ、一つの巨大な指向性を持ったエネルギーとして行使する、一種の広域魔法ですか?」
ミオの問いに、詩織さんは静かに頷いた。
「…ええ、私たちは「和鳴術」と呼んでいます。個々の霊力を調和し、強大な力を生み出す術法です」
「和鳴術…。私たちの情報魔法とは異なる系統なのですよね。でも、色々共通している部分もあるようで興味深い」
「あなたも、素晴らしい精神干渉の使い手でした。でも、一番驚いたのは、ハルトさんの魔法です」
詩織さんはそう言うと、探るような目で俺を見た。
「ハルトさんの魔法は、一体…?」
「それは…」
ミオが答えに窮していると、俺は割って入って苦笑した。
「すみません、それはチームの最高機密でして」
「…失礼いたしました」
詩織さんはそれ以上深くは追及せず、静かに頭を下げた。だが、その瞳の奥の好奇心の光は、消えてはいなかった。
## 3. アイドルと武闘家
バスが山道を下り終わり、単調な走行音が続くようになった頃。後方の座席から、一人の少女が、おずおずといった様子で俺たちの元へやってきた。地下アイドルのルナだった。
「あの…今日は、本当にありがとうございました!」
彼女は深々と頭を下げた。その声は、ステージの上での力強い歌声とは違う、年相応の少女のものだった。
「皆さんのおかげで、誰も死なずに済みました。本当に、なんてお礼を言ったらいいか…」
「いえ、俺たちは仕事をしただけですから」
俺がそう言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
「そんなことないです!特に…」
ルナは、サクラの前に立つと、目をキラキラと輝かせた。
「サクラさんのパンチ、ステージの演出かと思いました!すっごくカッコよかったです!私、感動しちゃいました!」
「え、えええ!?」
突然名指しで褒められたサクラは、顔を真っ赤にして狼狽えている。
「そ、そんな…私なんて、全然…」
「私、ファンになっちゃいました!今度、私のライブのゲストで出てくれませんか!?」
「えええええ!?」
サクラの悲鳴に近い声が、バスの中に響く。
「わ、私がゲスト!?そんな、歌もダンスもできないし…でも、ルナちゃんのバックでSP役とかなら!」
「それ、最高です!武闘派アイドルのバックには、本物の武闘家がいないと!」
ルナはサクラの手を両手で握りしめ、ぶんぶんと振っている。
実は、とサクラも興奮気味に切り出した。
「私、ルナちゃんのこと、前から応援してて…!今日の撮影も、すっごく楽しみにしてたんだ!」
「え、本当ですか!?嬉しい!」
アイドルとファン。その立場は、今この瞬間、完全に入れ替わっていた。
「あの…」
そこへ、回復役の結が、にこやかに話しかけてきた。
「二人とも、とても素敵でしたよ。ルナさんの歌声も、サクラさんの勇気も、たくさんの人に力を与える力があると思います」
「結さん…!」
ルナとサクラが、同時に結の方を向く。
「私、回復しかできないので、お二人のように前線で戦える方が、とても羨ましいです」
結はそう言って、少しはにかんだ。
「そんなことないですよ!結さんの回復魔法がなかったら、怪我した人たち、もっと大変なことになってました!」
ルナが力説する。
「そうだよ!後ろで支えてくれる人がいるから、私たちは安心して戦えるんだよ!」
サクラも力強く頷く。
三人の少女は、あっという間に打ち解け、まるで昔からの友達のように、楽しそうに笑い合っていた。その光景は、戦いの後の荒んだ心を、優しく癒してくれるようだった。
## 4. 上橋にて
バスは順調に走り続け、やがて上橋市の明るい街の灯りが見えてきた。
「ここで降ります」
舞が運転手に告げると、バスは駅前のロータリーに静かに停車した。
「皆さん、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
舞は、バスを降りる俺たち一人ひとりに、丁寧に頭を下げた。
「また、必ずどこかで」
葵が、レオに向かって短く告げる。レオも「おう」と頷き返した。
「サクラさん、結さん、また連絡しますね!」
ルナが、バスの窓から大きく手を振っている。
俺たちは、それぞれの思いを胸に、バスを降りた。斎のメンバーも、他の探索者たちも、ここでそれぞれの帰路につくようだ。
「じゃあ、俺たちはこっちだから」
俺は舞たちに軽く手を振り、仲間たちを促した。
夜の駅前は、週末を楽しむ人々で賑わっていた。つい数時間前まで、死と隣り合わせの戦いをしていたことが、まるで嘘のようだ。
「…帰るか」
レオが、愛車を失った寂しさを紛らわすように、わざと明るい声で言った。
「そうだね。お腹すいたなー」
サクラが、すっかりいつもの調子で答える。
俺たちは、それぞれの日常へと戻っていく。
だが、今日の出会いと戦いは、間違いなく俺たちの心に、そして未来に、大きな何かを刻み込んだはずだ。
俺は夜空を見上げ、静かに息を吐いた。




