巫女との対話
## 1. 巫女の務めと医者の務め
「ハルトさん。この度は、本当にありがとうございました。このご恩は、いつか必ずお返しします」
巫女チームのリーダー、舞さんは、改めて深々と頭を下げた。その丁寧な所作の一つ一つが、彼女の育ちの良さを物語っている。俺はなんだか気恥ずかしくなって、ガシガシと頭をかいた。
「いえ、無事に収まってよかったです。…あの、いくつかお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「ええ、もちろんです。何でもお尋ねください」
舞さんは穏やかに微笑んだ。その笑顔は、この神社の清浄な空気と相まって、なんだか後光が差して見える。いやいや、大げさか。
「ええと、さっきの『浄化』って、何のためにやってるんですか?」
俺の問いに、舞さんは一瞬、遠くの森に視線をやってから、再び俺の目をまっすぐに見つめ返した。その瞳は、静かで、どこまでも深い。まるで、こっちの心の中まで全部見透かされそうだ。
「…何のために、ですか。端的に言えば、この土地が、病んでいるからです。人の想いや記憶…私たちはそれを『気』と呼びますが、それが淀み、乱れると、土地そのものが熱を出したり、悪夢を見たりするのです。あなた方が『魔物』と呼ぶ存在も、そうした気の乱れから生まれることが多い」
『気、ですか。情報エネルギーの一種と解釈できますが、極めて複雑な複合情報体のようです』
プリエスが俺の頭の中で冷静に分析する。なるほど、彼女たちの魔法は、俺たちのとは根本的にアプローチが違うらしい。
舞さんは、まるで壊れ物に触れるかのように、そっと拝殿の苔むした柱に手を触れた。
「私たちは、いわばこの土地の『医者』のようなもの。乱れた気を鎮め、本来の健やかな流れに戻す。それが私たちの務めです。…あなた方、探索者の方々が安全に活動するためにも、必要なことだと私たちは考えています」
「神社と魔物が関係あるんですか?」
俺がさらに尋ねると、舞さんは少し言葉を選び、分かりやすい表現を探しているようだった。
「直接的な関係、というよりは…そうですね。神社という場所は、良くも悪くも、強い『気』…エネルギーが集まりやすい場所なのです。例えるなら、暗い海に立つ灯台のようなもの。光に惹かれて船が集まるように、清浄な気にも、そして乱れた気にも、様々なものが引き寄せられます」
彼女の視線が、口を開けて空を睨む狛犬に向けられる。
「この神社のように、管理する者がいなくなり、人々の祈りという清らかな気が途絶えてしまうと、淀んだ気だけが溜まり、それが『穢れ』…魔物を呼び寄せる溜まり場となってしまうのです。ですから、私たちは定期的にこうして『大掃除』をしている、というわけです」
なるほど、理屈はなんとなくわかる。情報エネルギーも、放置されればノイズだらけのジャンクデータになる。それを定期的にクリーンアップしてるってことか。
「ということは、他の神社でも同じことを?」
俺の質問に、彼女は静かに頷いた。その横顔からは、個人的な活動ではなく、もっと大きな何かを背負っていることが窺える。
「ええ、私たちの務めは、この場所に限りません。日の当たらなくなった社や、忘れられた祠は、この国に数多くありますから。気の流れが滞り、穢れが溜まる前に手を打つ…それもまた、私たちに課せられた役目です」
## 2. 過去を繋ぐ者たち
舞さんはそこで一度言葉を切り、今度は興味深そうに俺たち一人一人の顔を見た。
「…あなた方のように、遺跡に眠る古い『記録』を掘り起こす方々とは、目的は違えど、どこか通じるものがあるのかもしれませんね。あなた方は、いつもこのような危険な場所で?」
「ええ、まあ。俺達はそこまで崇高な使命でやっているわけじゃありませんけどね。日々の生活のため、ってのが大きいです」
俺がそう言ってへらりと笑うと、舞さんは「ふふ…」と小さく微笑んだ。その笑みは、俺の言葉を見透かしたような、それでいて温かい響きを持っていた。
「崇高、でしょうか。私たちにとっては、これが当たり前の日常であるだけです。ですが、あなた方がされていることも、決して無価値ではない」
彼女の澄んだ瞳が、俺を、そしてその後ろに立つ仲間たちをまっすぐに見つめる。
「忘れられた過去に光を当て、誰かの記憶を現代に繋ぐ。それもまた、乱れた時の流れを整える、尊い行いだと私は思います。それに、生活を立てることは、人が人として立つための基本です。それを軽んじることはありません」
その言葉は、すっと俺の胸に染み込んできた。俺たちがやっていることは、ただの金儲けじゃない。そう言ってもらえた気がして、なんだか少し救われたような、誇らしいような気持ちになった。
舞さんはすっと立ち上がると、深々と一礼した。
「…さて、長々とお引き止めしてしまいましたね。改めて、本日はありがとうございました。あなた方の勇気と公正な目に、心から感謝いたします。また、どこかでお会いすることもあるでしょう」
彼女は仲間たちに目配せし、静かにその場を立ち去っていった。その背中からは、もう俺たちに対する警戒心は微塵も感じられなかった。
## 3. 車中の反省会
彼女たちの姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は仲間たちに向き直った。
「…なんだったんだろうな、あの人たち」
「さあな。でも、巫女さんって感じだよな、雰囲気が」
レオが肩をすくめる。
「うん!なんか、かっこよかった!」
サクラは目を輝かせていた。憧れの冒険者像にでも重なったのかもしれない。
ミオだけが、彼女たちが去っていった森の奥を、何か考え込むようにじっと見つめていた。その横顔は、新しいパズルを見つけた研究者のようだった。
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帰りの車の中、すっかり日も傾き、車内をオレンジ色の光が満たしていた。そんな中、プリエスがみんなに話しかけた。
『皆さん、お疲れ様でした。早速ですが、車の中で今日の反省会を行うというのはいかがでしょう?』
「いいね、ちょうど暇だしな」
レオが運転しながら応じる。
『では、いつものように「良かった点」「改善点」「今後の対策」の3つのテーマで進めます』
プリエスの声が、俺たちの思考に直接響く。テーブルの代わりに、プリエスはダッシュボードの上に小さなホログラム画面を投影し、そこに文字を浮かび上がらせた。
『まず、良かった点から挙げていきましょう』
「そりゃあ、まずはクマを倒せたことだろ!」
最初に口火を切ったのはレオだった。その声はまだ興奮を隠しきれないでいる。
「俺のヘイトコントロール、そしてサクラの『山彦』。完璧な連携だったぜ」
「決めるべきときに決められる勝負強さ、さすがサクラ」とミオも感心した様子で頷く。
褒められたサクラが「えへへ」と少し照れくさそうに笑った。
「そういえば、あの時、ミオ、何か魔法使ってたよな?」と俺がたずねる。
「うん。クマの聴覚に干渉する魔法を使った」
「前、イノシシのときは干渉できないって言ってなかったか?」
「野生動物を完全に無力化するような干渉は無理。でも、感覚の一部にノイズを入れるくらいならできるかなって思って、試してみた」
ミオは少し得意げに、でも控えめに言った。
『一般に物理干渉魔法との対比として精神干渉魔法と呼ばれていますが、本来は情報処理に干渉する魔法です。感覚や魔法に割り込むことは、難易度は異なりますが原理的には可能なのです』プリエスが丁寧に補足する。
「そうなのか。ミオ、すごいな」「やるじゃないか、ミオ」
俺とレオが感心すると、ミオは「まあね」と小さく胸を張った。
【良かった点:チーム連携によるクマの撃破(ミオの感覚阻害魔法が有効)】
ホログラムに文字が刻まれる。
「あとは、ハルトの仲裁も見事だったな」レオが付け加える。「俺だったら、どっちの言い分が正しいか分からなくて、ただ見てるだけだったと思う」
「いや、あれは半分くらい勢いだよ。どっちも引かないから、割って入るしかなかったんだ」
俺は少し気恥ずかしくて、後頭部をかいた。
【追加:ハルトの仲裁によるチーム間抗争の回避】
## 4. 課題と次の一手
『では次に、改善点に移りましょう』
プリエスが冷静に議事を進める。
「やっぱり、私の『山彦』がまだ安定してないことかな…」
サクラが、少ししょんぼりした声で言った。
「クマ相手に一発目を外しちゃったし、結局、肩も怪我したし。もっと練習しないと、実戦ではまだ危ないかも」
【改善点:サクラの『山彦』の精度と安全性】
「まあ、あれはロマン武器だからな。使いこなすには時間がかかるさ」
レオが慰めるように言う。
「でも、今日少しわかったんだ。相手の大きさや硬さによって、少し山彦の当て方を変えたほうがいいみたい。一発当てるとそのズレがわかるから、何度か当ててみて、感覚を掴むしかないかな」
サクラが悔しそうに、でも前向きに分析する。
「そんなことまでわかるのか。やっぱり、サクラはすごいな」俺が感心すると、彼女は「まだまだだよ」と首を振った。
「それと…」
今度はミオが、静かだが鋭い口調で切り出した。
「ハルトの仲裁は、結果的には良かった。でも、一歩間違えれば、私たち全員を危険に晒す行為だったことも事実だと思う」
その言葉に、車内の空気が少し引き締まる。
「相手がどんな組織かも、どんな力を持っているかも分からないまま、真正面から割って入るのは無謀すぎる。もし、あの男たちが問答無用で攻撃してくるような連中だったら、どうするつもりだったの?」
ミオの視線が俺を射抜く。責めているわけではない。ただ、純粋な疑問として、そしてチームのリスク管理者として、確認しているのだ。
「…それは…」
俺は言葉に詰まった。ミオの言う通りだ。俺は、相手が「話せば分かる」という甘い前提で動いてしまっていた。
「ごめん。確かに、少し軽率だったかもしれない」
「ううん、責めてるわけじゃないの」
ミオは静かに首を振った。「ただ、これからはもっと慎重になってもいいかなって思っただけ。ハルトが前に出る時は、私が後ろでちゃんと情報を集めるから」
その言葉が、なんだかすごく頼もしかった。
【追加:未知の勢力に対する初期対応プロトコルの欠如】
『では最後に、今後の対策についてです』
「サクラの訓練は、引き続きだな。俺も付き合うぜ」
レオが言うと、サクラは「うん!」と力強く頷いた。
『サクラさんの戦闘データに基づき、より効率的な『山彦』の練習プログラムを作成します。成功率を上げるための最適な身体動作と精神集中のパターンを提案可能です』
プリエスが、頼もしいサポートを申し出る。さすが俺の相棒だ。
「それと、今日の件で分かったことがある」
俺は、今日の出来事を反芻しながら言った。
「この世界には、俺たちが知らない勢力がたくさんいる。政府の『管理室』だけじゃない。あの巫女さんたちみたいな、全く違うルールで動いている人たちがいるんだ」
「確かに。彼女たちの魔法…『気』とか『浄化』とか言ってたけど、私たちの知ってる情報魔法とは体系が全く違うみたいだった」
ミオが、強い知的好奇心を瞳に宿して同意する。
『未知の勢力と接触した際の、標準的な対応プロトコルを作成することを推奨します。情報収集を最優先し、安全が確保されるまでは、不用意な接触や介入を避けるべきです』
プリエスが、具体的な対策案を示した。
「そうだな。これからは、まず相手を知ることから始めないと」
俺は深く頷いた。
車は、すっかり夕焼けに染まった清原市の市街地へと入っていく。今日の探索は、いつもとは違う種類の疲労感と、そして大きな学びを与えてくれた。
「でもさ」
後部座席で、サクラが窓の外の街並みを眺めながら、ふと呟いた。
「あの巫女さんたち、かっこよかったな。自分の信じるもののために、静かに、でも強く戦ってる感じがして」
その言葉に、俺たちは皆、静かに頷いた。
俺たちの戦う理由は何だろう。金のため、生活のため。それはもちろんある。でも、それだけじゃない何かを、俺たちは探し始めているのかもしれない。そんなことを、ぼんやりと考えた。
『皆さん、本日の反省会は以上です。議事録は後ほど共有します』
プリエスの声が、俺たちの思考を現実に引き戻す。
車はいつもの道を走り、俺たちはまた、他愛のない会話を交わしながら、それぞれの日常へと戻っていった。




