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神社の攻防

## 1. 遺跡の奥で出会った巫女


「武闘家の夢が、一つ叶っちゃった」


肩で息をしながらも、サクラは倒れたクマを見下ろし、満足そうに拳を握りしめた。その顔には疲労と、それ以上の達成感が浮かんでいる。陽の光を浴びてキラキラと輝く汗が、彼女の横顔を妙に輝かせていた。

まったく、うちのチームのエースは頼もしいぜ。


俺とレオが駆け寄り、ミオが周囲への警戒を解いた、まさにその時だった。


背後の木々の間から、まるで音もなく人が現れた。俺たちは咄嗟に身構える。

現れたのは、女性4人組のチームだった。年齢は俺たちと同じか、少し上くらいだろうか。遺跡探索者にしては奇妙なほど軽装で、まるでハイキングにでも来たかのような出で立ちだ。しかし、そのうちの一人は背中に古風な剣を、もう一人は手には神社の神主が持つような錫杖を携えている。そのアンバランスさが、かえって彼女たちの異質さを際立たせていた。


(なんだ? 探索者っぽくないな…コスプレか?)


『ハルト、彼女たちから微弱ながらも極めて指向性の高い情報エネルギーを感じます。おそらく、我々の知る情報魔法とは異なる体系の技術です』

プリエスの冷静な分析が、俺の呑気な感想を打ち消した。どうやら、ただ者ではないらしい。


「こんにちは。少し、お話をよろしいかしら?」


リーダーらしき、凛とした雰囲気の女性が、敵意がないことを示すように軽く手を挙げながら、穏やかに話しかけてきた。長い髪を一本に束ね、その立ち姿は静かな湖面のように落ち着いている。


「…はい、なんでしょう?」

俺は警戒を解かずに答えた。


「この先にある神社へ、あなたたちは行かれましたか?」

女性はそう言って、俺たちの背後、森の奥深くに続く古びた参道を指差した。神社。確かにこの遺跡の地図には記載があったが、俺たちにとっては探索の対象外だった。情報エネルギーの種類が特殊すぎて、俺たちの技術ではまともな価値判断も結晶化もできないからだ。


「いえ、行っていません。俺たちには専門外なので」

俺が首を振ると、彼女の後ろに立つ、剣を持った女性の視線が鋭くなった。何かを警戒しているのか、あるいは、俺たちを疑っているのか。


「そうですか。では、他に誰かがこの森に入っていくのを見かけたりは?」

「見てないですね」

俺が答えると、レオとサクラも頷いた。


「分かりました。ありがとうございます」

リーダーの女性はそう言うと、俺たちが倒したクマに目を移した。

「あなたたちがこれを? 大したものですね」

「イノシシなんかも出ますから、お気をつけください」

俺がなんとなくそう告げると、彼女は「ご忠告、感謝します。では」と丁寧にお辞儀をし、仲間たちと共に静かに神社の方へと去っていった。


『なんだったのかねー、あの人たち』

サクラがプリエス経由の念話で呟く。

『雰囲気が只者じゃなかったな。特にあの剣を持った人』

レオも同意する。

『…探られた。リーダー格の女性から、私たちの精神状態を探るような、ごく微弱な干渉があった。悪意は感じなかったけど、相当な手練れ』

ミオの冷静な分析に、俺は背筋が少し寒くなるのを感じた。


## 2. 神社の対立


それから10分も経たないうちに、神社の方角から、突如として男の怒鳴り声と、それを制するような甲高い声が響き渡った。


「なんだ? 喧嘩か?」

レオが眉をひそめる。

「行ってみようよ!」

サクラが正義感に火をつけられたのか、即座に駆け出す。おいおい、面倒ごとはごめんだぜ。

「待てって、サクラ!」

俺たちも慌ててその後を追った。


苔むした石段を駆け上がると、想像以上に荒れた境内が広がっていた。鳥居は半分崩れ、狛犬は苔に覆われている。その拝殿の前で、先ほどの女性4人組と、別の探索者チームらしき男4人組が睨み合っていた。男たちの装備は統一されており、どこかの組織に属していることが窺える。


「君たちのその怪しげな儀式は、周囲の情報エネルギーを異常に活性化させている! これは、魔物の発生を助長する極めて危険な行為だ!」

リーダーらしき男が、チームの仲間が持っているこぶし大の光る石を指して糾弾している。


「何を言っているのです。私たちはこの地を浄化しているだけ。その『要石かなめいし』を返しなさい」

女性チームのリーダーが、冷静だが強い口調で言い返す。


「そんなわけにはいかない! これは重要な証拠物件として預かる。我々は、法律に基づき、市民の安全を守る義務がある。君たちの危険行為を見過ごすわけにはいかない!」


「埒が明かん」

剣を持つ女性が、柄に手をかける。「返さないと言うのなら、致し方あるまい」


「ほう、やってみるか?」

男たちも武器を構え、一触即発の空気が境内を支配する。


(やれやれ、面倒なことになってやがる)


俺がため息をついた瞬間、隣のサクラが「ちょっと、あんたたち!」と割って入ろうとするのを、レオが慌てて羽交い締めにした。

「落ち着け、サクラ!」

「だって、あの人たち困ってるじゃない!」


そのやり取りを見て、俺は覚悟を決めた。ここで何もしなければ、サクラが暴走して余計に話がこじれる。それなら、俺が前に出るしかない。


「待ってください!」

俺は、気づけば両者の間に割って入っていた。


## 3. 浄化の儀式


「何があったか分かりませんが、まずは落ち着いて、話し合いましょう」


リーダーの男が、訝しげな目で俺を見る。

「部外者は引っ込んでいろ。これは我々の任務だ」


「部外者だからこそ、公平な立場で話が聞けるかもしれません」

俺は男に向き直った。「あなたたちは、彼女たちが危険な行為をしているのを見たのですか?」


「見た、というより、我々の専門家が分析した結果だ。彼女たちの行為は、魔物の発生を著しく助長するものであると結論づけられている」

男の言葉に、俺は内心どきりとした。確かに今日、この付近で遭遇した魔物はいつもより多かった気がする。


「その分析結果を見せていただくことは?」

「できない。機密情報だ」


埒が明かない。俺は今度は女性チームのリーダーに向き直った。

「あなたたちは、何をしていたんですか?」


「この神社の乱れた気を鎮め、浄化するための儀式です。あの石は、そのための触媒となる『要石』。これがないと、浄化は完了しません」


「魔物を呼び寄せている、という指摘については?」


「全くの逆です。むしろ、魔物の発生を抑制し、この森を安全にするために行っています」


両者の主張は、真っ向から対立していた。どちらも嘘を言っているようには見えない。


『ハルト、どうする?』

レオの思考が飛んでくる。

『どっちの言い分も、一理あるように聞こえる』


『プリエス、分析は?』

俺が尋ねると、プリエスが即座に答える。

『神社周辺の情報エネルギーは、確かに異常活性化しています。しかし、それが魔物の発生を「助長」するものか「抑制」する過程で起きる副次的な現象かは、現時点では判断不可能です』


つまり、どちらの可能性もあるということか。

俺は覚悟を決めた。


「分かりました。では、こうしませんか?」

俺は両チームに提案した。

「その要石を彼女たちに返し、今から、俺たちの目の前でその浄化の儀式とやらを見せてもらう。それで全てはっきりするはずです」


「それがもし魔物の発生を助長するものだったら、どう責任を取るつもりだ!」

男が激昂する。


「その時は、俺たちが責任を持って彼女たちを制圧し、魔物を倒します。その上で、あなた方に引き渡しましょう」

俺はきっぱりと言い切った。


「…面白い」男は少し考えた後、口の端を歪めた。「いいだろう。だが、もし儀式が危険なものだと判断した瞬間、我々も介入させてもらう。それでいいな?」


「はい、結構です」


俺は女性チームのリーダーに向き直った。

「儀式を見せてもらえますね?」

彼女は、俺の目をまっすぐに見つめ、深く頷いた。

「ええ、もちろんです。私たちの潔白を証明しましょう」


男は、まだ納得いかない様子だったが、俺は彼に近づき、声を潜めて付け加えた。

「もし、儀式が本当に危険なものなら、あなた方は『危険な儀式を阻止したチーム』になれる。その様子を記録して管理局に提出すれば、手柄にもなるはずです。もし儀式が安全なものなら…まあ、誰にでも間違いはある。公共の安全を思って行動した事実は評価されるでしょう。損な話ではないと思いますが?」


男は一瞬、驚いたように俺の顔を見たが、やがて渋々といった様子で頷き、部下に合図して要石を女性チームに返させた。


要石を受け取ったリーダーは、俺にだけ聞こえるように「感謝します」と呟いた。


## 4. 新たな出会い


女性チームの4人が拝殿の前に立ち、要石を中央に置く。リーダー格の女性が錫杖を手に取り、静かに目を閉じた。剣を持つ女性は、その後ろで警戒するように周囲を睨んでいる。


やがて、リーダーの女性が、澄んだ声で古の言葉を紡ぎ始めた。それは歌のようでもあり、祈りのようでもあった。彼女の動きに合わせ、他の三人もそれぞれ印を結び、囁くように祝詞を唱える。


あまつ神、つちつ神、八百万やおよろずの神々よ。我らがこの地に降り立ちし者を守り給え。悪しきもの、よこしまなるもの、この場を踏み荒らすことなかれ…』


すると、どうだろう。境内を満たしていた、あの不快でざわついた情報エネルギーが、まるで嵐の後の静けさのように、すーっと凪いでいくのが分かった。淀んでいた空気が浄化され、木々の葉を揺らす風が、ひどく心地よく感じられる。


『情報エネルギーの乱れが収束していきます。これは…浄化、ですね。高密度の情報体を指向性を持たせて解放し、周囲のノイズと相殺させているようです。極めて高度な技術です』

プリエスの分析が、俺の感じたことが間違いではないと裏付けた。


儀式が終わる頃には、神社の境内は、まるで生まれたてのような清浄な空気に満たされていた。


「…これで、はっきりしましたね?」

俺が静かに問うと、探索者チームのリーダーは、バツが悪そうに顔をそむけた。

「…我々の分析が、間違っていたようだ。…行くぞ」

彼はそれだけ言うと、部下たちを促して足早に立ち去っていった。


後に残されたのは、俺たちと、女性チームだけだった。


「助かりました。あなたがいなければ、無用な争いになるところでした」

リーダーの女性が、改めて深く頭を下げた。

「私はまいと申します。こちらはあおい詩織しおりゆい

彼女たちの顔には、もう警戒の色はなかった。


「ハルトです。こっちはサクラ、レオ、ミオ」

俺も仲間たちを紹介する。


「ハルトさん。この度は、本当にありがとうございました。このご恩は、いつか必ずお返しします」

舞と名乗った女性は、穏やかに微笑んだ。その笑顔は、この神社の空気のように、どこまでも澄み切っていた。


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