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相棒との出会い

# 第一話:相棒との出会い


## 1. 遺跡の目覚め


俺はキタバヤシ ハルト、18歳。しがない遺跡探索者の仮免許持ちだ。祖母との二人暮らしの家計を支えるため、そして何より、失われた世界の謎を追い求める冒険に憧れてこの世界に飛び込んだ。

…のだが、記念すべき初探索は、まあ、なんというか、幸先の良いスタートとは到底言えなかった。


春先のまだ肌寒い、廃墟となったオフィスビルの一室。割れた窓から差し込む午後の光が、空気中に舞う無数の埃をきらきらと照らし出している。俺は、埃をかぶった分厚いファイルが散乱する机の上に置かれた、年代物の量子ストレージを前に腕を組んで唸っていた。


「うーん、さっぱりだな…」


訓練校から支給されたジャンク品のQSリーダーでは、価値のある情報なんて何一つ見つけられやしない。これじゃあ日当どころか、交通費で赤字だ。初日からこれじゃ、先が思いやられる。まったく、エリート様は最新のデバイスで楽々稼いでるっていうのに、世の中は不公平だよな。


「…こうなったら、神頼み、ならぬじいちゃん頼み、か」


俺はバックパックから、もう一つのQSリーダーを取り出した。亡くなった祖父の遺品で、お守り代わりに持ってきた、コミックサイズの古びたデバイスだ。正直、動くかどうかも怪しい代物だけど、藁にもすがりたいとはこのことだ。


俺は祈るような気持ちで、その形見のQSリーダーを、目の前の量子ストレージに向けた。その瞬間だった。


デバイスが、心臓の鼓動に呼応するように、微かに、そして温かく振動した。手にしたデバイスから淡い光の粒子が溢れ出し、目の前の空間で渦を巻いて、ゆっくりと人の形を成していく。


「うわっ!?」


あまりの出来事に、俺は腰を抜かして尻餅をついた。光が収まると、そこには半透明の少女が、ふわりと宙に浮いていた。俺の肩くらいの高さで、楽しそうに足を揺らしている。


「はじめまして。私は情報解析支援システム、プリエスです」


少女――プリエスは、鈴が鳴るような澄んだ声でそう言った。その声は、鼓膜を震わせる音ではなく、直接、俺の頭の中に響いてくる。これが俗に言うテレパシーってやつか。だとしたら、初体験だ。


「…情報解析支援システム? QSリーダーに搭載されてるっていう、あれか? じいちゃんの遺品だって聞いてたけど、こんな機能までついてたなんて…」


俺が呆然と呟くと、プリエスはこてん、と首をかしげた。その仕草が妙に人間っぽくて、ドキッとする。それにしても、この可憐な少女の姿は…。じいちゃん、まさかこういうのが趣味だったり…? いやいや、だとしたら俺の遺伝子にも影響が…ないよな?


『遺品…? よく分かりませんが、私はあなたの探索を支援するためにここにいます。早速ですが、目の前の量子ストレージを解析しましょう。どうやら、先ほどの起動でエネルギーをほとんど使い切ってしまったようです』


言われてみれば、プリエスの姿はさっきより少しだけ薄くなっている気がする。


「わ、分かった。どうぞ…」


俺が再びQSリーダーを向けると、今度は先ほどとは比べ物にならない速度で解析が始まった。


『データ発見。内容:顧客名簿、契約書、財務記録、設計図…エネルギー残量がある程度回復しました』


うおっ、爆速じゃないか! 訓練校で使っていたジャンク品とは比べ物にならない、圧倒的な解析速度。そして、さっきまでか細かったプリエスの声が、今はっきりと、そして嬉しそうに響いた。


『ありがとうございます。これでしばらくは稼働可能です。ところで、あなたの名前を教えていただけますか?』


「俺? 俺はハルト。キタバヤシ ハルトだ」


『ハルト、ですね。インプットしました。本日より、私があなたの専属パートナーです。これから、よろしくお願いしますね、マスター』

プリエスはそう言うと、空中でぺこりとお辞儀をしてみせた。


「は、はい。こちらこそ、よろしく…お願いします?」


マスター、ねぇ。いきなりすごい執事(しかも美少女)をゲットしちゃった気分だけど、俺に使いこなせるもんですかね、これ。まあいい。この機能があれば、俺もエリート探索者になれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、俺の初めての遺跡探索は、プリエスと名乗る不思議な少女との、奇妙な出会いから始まった。


## 2. 初めての共同作業


「プリエス、この情報は価値があるかな?」


『系列会社間の不正取引が記録されています。希少性が高く、高値で取引される可能性があります』

プリエスは俺の網膜に、解析データをグラフで表示しながら解説してくれる。なんて分かりやすいんだ。俺の目、いつの間にそんな高性能ディスプレイになったんだ?


プリエスのアドバイスは的確だった。俺一人じゃ見逃してしまいそうな些細なデータから、ずばりと金目の情報を抜き出してくれる。これは本当に頼りになる。彼女のおかげで、俺は次々と価値のある情報を見つけ出していく。そして、3階の一室で、ついに今日一番の大物を見つけた。企業の裏金取引の記録だ。


「よし、これを結晶化しよう。プリエス、手伝ってくれるかい?」


『はい。情報結晶化機能を起動します。ハルトの共鳴力に合わせて、エネルギーの流れを最適化します』


プリエスのサポートを受けながら、俺は慎重に情報結晶化の魔法を行使する。訓練校で何度も練習した手順だが、実戦は初めてだ。失敗したら今日の稼ぎがパーになる。緊張で手が汗ばむ。


情報の内容を脳内に展開し、一つ一つの内容を確認しながら、俺は自らの共鳴力を注ぎ込む。いける、いけるぞ…!


すると、俺の手の中に、目薬くらいの大きさの、美しい青色の結晶がゆっくりと形作られていった。まるで深海の宝石のような、吸い込まれそうなほどの蒼だ。


「よっしゃあ! いったんじゃない、これ!?」


思わず声が出た。見事な出来栄えだ。しかもこの輝き…きっと高く売れるに違いない。


『おめでとうございます、ハルト。初回にしては見事な結晶化です。あなたの共鳴力が高いおかげでもありますね』


プリエスに褒められ、俺は少し照れくさくなった。いやいや、これはどう考えても、この高性能なQSリーダーと、的確なサポートがあってこそだ。俺一人の力じゃない。


## 3. 予期せぬ襲撃者


順調すぎるほどの成果に、俺は少し浮かれていたのかもしれない。4階建ての建物を探索し、価値のありそうな情報を探していた、その時だった。


『ハルト、気をつけてください』

プリエスの声が、ガラスが割れるような鋭い響きに変わった。

『未識別の情報魔法パターンを検知。急速にこちらに接近してきます!』


心臓が跳ね上がった。ひんやりとした廊下の闇の向こうから、何かが這い出てくる。それは猫に似た輪郭を持っていたが、断じて猫ではなかった。ゼリー状の半透明な体は向こう側が透けて見え、その輪郭は陽炎のように不安定に揺らめいている。カビ臭い空気に、アンモニアのような刺激臭が混じった。


「わっ…魔物かっ」


まさか、こんな安全なはずの遺跡で魔物に遭遇するとは! 訓練校の映像でしか見たことのない、本物の魔物。その生々しい威圧感に、俺は後ずさった。足がすくんで動かない。


『魔物…? 私の知識にない存在です。興味深い生態ですね』

プリエスは好奇心を隠さないが、声には確かな警戒が滲んでいる。この状況で「興味深い」と言える彼女、なかなかの大物だ。

『対象は、情報エネルギーで動く魔法構造体。精神干渉魔法が有効と判断します。ハルト、使えますか?』


「いや、無理!習ったのは基礎の基礎だけだ!」


精神干渉魔法なんて、エリート探索者が使う高等魔法じゃないか。俺にできるわけない。


『ならば、私がサポートします。この魔物の思考に、別の情報を注入し、混乱状態を引き起こすのです』


プリエスが、魔物の構造を解析した映像を俺の脳内に送り込んでくる。体の中心に赤く点滅するエネルギー核。そこから伸びる無数の情報ノード。なるほど、あそこが弱点か…と、分かったところでどうしろと。


『今、この魔物はあなたを獲物として強く意識しています。そしてあなたもこの魔物を恐怖している。この相互の関心が、精神界で強固な接続を作り出しているのです。私はその「注意の糸」を辿り、あなたの意識を魔物の思考回路に接続します』


「やるしかない、ってわけか…」


逃げる? いや、ここでやられたら初日でゲームオーバーだ。やるしかない。

俺は、さっき作ったばかりの結晶を一つ取り出し、震える手で握りしめた。


『準備はいいですか? では、繋ぎます』


プリエスの声と共に、視界がぐにゃりと歪む。次の瞬間、俺は俺でなくなった。猫の視界、狩りの本能、獲物への渇望が、自分のもののように流れ込んでくる。目の前の人間(俺自身)が、ひどく美味そうに見えた。まずい、意識が乗っ取られる…!


『ハルト、集中してください! 情報結晶の内容を魔物の思考に注入するのです!』


プリエスの声に導かれ、俺は「企業の裏金取引」という、狩りとは全く関係のない情報を、魔物の思考に無理やり割り込ませていく。完璧だったはずの狩りの手順に、「予期せぬバグ」が発生し、魔物の思考が混乱していくのが分かった。


夢から覚めるように、俺の意識は現実世界に戻ってきた。目の前では、魔物が混乱してふらふらと意味もなく壁に頭を打ち付けている。


『今です! 物理攻撃を!』


俺は慌ててバッグからスタンロッドを取り出し、混乱している魔物のエネルギー核めがけて、全力で振り下ろした。


バチッ!


甲高い放電音と共に、電撃が魔物に当たり、魔物は床に倒れて痙攣した。やがてその体は徐々に透明になり、完全に消えてしまった。


「はあ、はあ、はあ…っ」


俺は、その場にへたり込んだ。心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打ち、手足の震えが止まらない。冷たい汗が背中を伝い、胃の奥から酸っぱいものがせり上がってくる。寿命がマッハで縮んだ気がするんですけど…。でも、勝ったんだ…。


『お疲れさまでした。初めての精神魔法の使用、見事でしたよ』

プリエスが俺の頬のあたりを、小さな手でぽんぽんと叩くような感触がした。その労いが、今は何より心に染みる。


『見事って…本当に肝が冷えたよ』


正直に言えば、一人でこの仕事を続けるのは無謀だ。今日のは、ただ運が良かっただけ。もしプリエスの的確な解析と指示がなかったら? あの不気味な爪に切り裂かれて、今頃は冷たい床の上で転がっていたに違いない。訓練校で習ったことなんて、本物の脅威の前では気休めにしかならない。悔しいけど、それが現実だ。


『ハルト。僭越ながら、提案があります』

プリエスは少しだけ言葉を選ぶように、慎重な口調で続けた。

『あなたの力になってくれる、人間の仲間も必要だと私は判断します。ぜひ、チームを組むことも検討してみてください』


その言葉は、今日の恐怖を体験した俺の心に、ずしりと重く響いた。


## 4. 新しい相棒


夕方、無事に探索を終え、俺は帰りの電車に揺られていた。車窓から見える夕焼けが目に染みる。今日の収穫は、情報結晶が5個。魔物に襲われたことを考えれば、上出来だろう。


『プリエス、今日は本当にありがとう。君がいなかったら、危なかった』


『お役に立てて光栄です。ですが、私の提案も、どうか忘れないでくださいね』

プリエスはそう言うと、俺の肩の上でこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた。どうやら彼女もエネルギーを使い果たしてしまったらしい。


プリエスの言葉に、俺は静かに頷いた。チーム、か。確かに、真剣に考えないとな。


市内にある情報結晶買取店「田中商会」に寄ると、店主の田中さんが俺の結晶を見て目を見開いた。


「ほう…この品質で、この情報量。新人にしては上出来だ。いや、むしろ…」

田中さんは、俺の持つ古びたQSリーダーをじろりと見つめる。

「掘り出し物を見つけてきたな、小僧。まあ、運も実力のうちだ。そのツキ、大事にしろよ。それと、あまり人前で見せるもんじゃない」


その意味深な言葉が、妙に心に引っかかった。


査定の結果は5万円。予想以上の高値に、俺は思わず心の中でガッツポーズをした。これなら、ばあちゃんに美味しいものでもご馳走できる。


家に帰ると、祖母が温かいカレーを作って待っていてくれた。

「おかえりなさい、ハルト。無事でよかったわ」


「うん、ただいま。今日は結構稼げたよ」


祖母の優しい笑顔に、一日の疲れが溶けていくようだった。


その夜、俺はベッドに横になりながら、今日の出来事を反芻していた。危険な目には遭ったが、それ以上に、プリエスという頼もしい相棒を得た喜びが大きかった。


『プリエス、これからもよろしくな』


『はい。こちらこそ、よろしくお願いします、ハルト』


プリエスの声が、俺の心に静かに響いた。新しい冒険の始まりを予感させる、その声が。

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