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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
一章 移住編

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9話 新しい知識を得たのでがんばって身につけてみた

 ルーファス先生は、持参した本を次々と取りだして、テーブルの上に積みかさねていった。十センチはある厚さの本を、六冊も。


 そんなにたくさん……先生、力もちだな。



「では、さっそく質問だけどポルテくん。魔法をかけるにはなにが必要だろうか?」


「えっと……媒介!」



 さっと、内ポケットに隠していた文庫サイズの本を取りだしてみせた。



「うん、そうだね……おや、それはライリーが使っていたものだね?」


「そうなんです! お下がりもらいました」



 口角を吊りあげてドヤ顔をすると、ルーファス先生は「うんうん」とばかりに二度頷いた。



「『真の力は真の力の持ち主のもとに現れる』……だったね」


「へっ?」


「その本で、唯一解読できた一文だよ。他はどこの地域のものかも分からない古代文字で書かれていて、解読不能だそうだ」



 言われて、改めて手の中の魔導書を見つめる。


 そういえば、トニーさんがこの本を「いわくつきのやつ」とか言ってたな。ライリーさんは「ただの言い伝え」って誤魔化していたけど。



「『真の力』……って?」


「なんだろうね。君がその持ち主なら、分かるときがくるかもしれないね」



 なにそれ、胸アツなんですけど。


 今のところ、自分がそんな特別な存在だとは思えない。けれど、この先どうなるか分からないし。賢者であり勇者のライリーさんに見そめられた(?)わけだから、ひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ。


 ニヤニヤしながら、魔導書を内ポケットに戻した。



「話がそれたね。魔法をかけるにはもちろん媒介も重要だけど、今回は魔法陣について解説するよ」


「おっ! なんか魔法っぽい!」


「魔法の話をしているからね」



 先生の口元がわずかに引きつったように見えたけれど、気のせいかな。



「……魔法をかけるには、魔法陣を描き、呪文を詠唱、名前を唱える。これが原則だ。魔法陣と呪文詠唱は省略しても発動できるけれど、威力も精度もその分落ちる。ここまで、いいかな?」


「はい」



 それ、俺がさっきトニーさんにやったやつだ。


 じゃあ、アレは威力も精度もかなり低いレベルのものだった、のか? それにしては……トニーさん、だいぶつらそうだったよな?


 こちらが疑問を口にする間もなく、ルーファス先生が積みあげた本から一番上の本を手にとって、あるページを開いて見せてきた。円の中に、色々な図形が規則正しく描きこまれている魔法陣が載っている。



「これが魔法陣の基本形だよ。水、火、風、地の基本属性の紋章が描かれたものだ」


「水と火と風と……地? 光と闇は?」


「いいところに気づいたね。その二つは成りたちがそもそも違うから、基本とはだいぶ離れているんだよ。とりあえず今は気にしなくていい」


「……はい」



 うーん。俺の魔法は、どっちかっていうと闇っぽい気がするんだけどな。黒いし。色は関係ないのか?……まぁ、いいか。



「じゃあ、俺の魔法にも専用の魔法陣があるんですか?」


「そうだよ。さっそく調べてみようか」



 どうやって? と、俺が聞く前に、先生は別の本を広げてテーブルに置いた。見開きでなにも書かれていないページだ。



「本の中央に片手をかざして」


「……? はい」



 言われるがまま、右手を出して、広げてかざしてみる。



「心の中で魔法の名を呼んで」



 黒い霧(ブリュム・ノワール)


 つい先程知った名前を、心の中で呟いた――すると。



「っわ!?」



 なにも書かれていないページが白く光って、ある図形が浮かびあがった。先程見せてもらった、基本形の魔法陣とはかなり違っている。図形じゃなくて、ぐにゃぐにゃ曲がった線が多い、ような。


 その光は、俺が呆気にとられているうちに消えた。ほんの一瞬の出来事だった。



「見えたね」


「はい!」


「今のが君の魔法の魔法陣だ。描いてみなさい」


「え?……今のを?」


「ああ」



 ……いや、そう言われても。見えたのは一瞬だし、正確に描くのはだいぶ自信ないんですけど?


 ひとまず、覚えてる部分から描いてみるしかないか。ルーファス先生に渡された羽ペンを持って、テーブルに広げた紙にむかった。


 えっと……まずこのへんに三角っぽい図形が――



「そこから描くんじゃない」


「っ!」



 突然低くて鋭い声が飛んできて、びくりと肩が震えた。ゆっくり振りむいた先にいたルーファス先生は、先程までの穏やかな笑顔とはうって変わって、無表情だった。



「魔法陣は円から描くのが基本だ。それだけはまちがえてはいけない」


「……はい」



 ここでようやく俺は、この先生はスパルタタイプなのだと知った。


 その後も何度もダメ出しを食らい、半ば涙目になりながら描きすすめていった。「そこはそうじゃないだろう」とか、「基本属性、もう忘れたのかね」とか。すいません、出来の悪い生徒で。



「できた……!」



 そして、ようやく完成。魔法陣を描いた紙を、透かして見るように両手で持ちあげた。


 うん。さっき浮かびあがった魔法陣と同じだ。よくよく見てみても、やはり基本形の魔法陣とはかけ離れている。自分で言うのもアレだが、保育園児かそれ以下の子どもが描いた独創的な絵、いや、線画のようだった。



「これってホントに魔法陣ですか?」


「……そう思うのも無理はない。私もどこか妙だと思うよ」


「ですよねー」



 ルーファス先生は、あごに手をあてて俺が描いた魔法陣をまじまじと観察した。俺が紙を机に置くと、「ちょっと失礼」と言って、それを手にとってまた凝視した。



「……やはり分からないな。これはどんな魔法なんだい?」


「ライリーさんは弱体化の魔法だって言ってました」


「そうか……」


「俺もよく分かんないんですけど、試しにトニーさんにかけてみたんですよ。そしたら――あ、トニーさんて知ってます? ライリーさんと仲がいい人」


「もちろん知ってるよ。ライリーと同じく『アルケミリアの五賢人』の一人だからね」


「はい。その五賢人の一人の……えっ?」



 そこで、俺は固まった。


 ライリーさんと同じく……五賢人の、一人? ウソだろ?



「ご……っごけんじんのひとり?」



 漢字がひらがなのまま変換されずに口から出たように、動揺した。と、いうか、興奮した。


 つまり俺は、国に五人しかいない賢者のうち二人と、こんなにも早く遭遇したのだ。それってものすごい確率じゃないか?



「本人から聞いてなかったのかね?」



 怪訝そうな顔をするルーファス先生に、勢いよく頷いて答える。


 先生は、なにかを察して困ったように笑った。



「そうか。まだ自分を卑下しているんだね」


「卑下?」


「彼女は、自分が賢者の称号をもつにはふさわしくないと思っているようなんだよ。魔導列車の整備責任者なんて、立派かつ重大な役目を担っているのにね」


「……なんか、コンプレックス的なものがあるんですかね?」


「そうかもしれないね。詳しくは本人に聞いてみないとなんとも言えないけど」



 トニーさんの朗らかな笑顔を思い出す。


 会ったときはなにも感じなかったけど、知り合ったばかりだし、まだまだ知らない面があってもおかしくはない。実は裏でなにかと戦っている、そんな人だったのか?



「で、そのトニーがどうかしたのかい?」


「はい……えっと、俺の魔法の的になってもらったんですよ。そしたら、体が重くなって立っていられなくなって……ライリーさんがデコピン――こう、デコを軽く弾いただけなのに血が出るくらい傷ついてました」


「……なんだって?」



 ルーファス先生の目線が、たちまち鋭くなった。怖い。



「それは本当かい?」


「ホントです。ライリーさんも見てたので、聞いてみれば分かるかと」


「まさか、名称だけ唱えて?」


「はい。それしか分からなかったんで」



 先生は、困惑した様子でしばらく俺を見つめたのち、口元を手で覆い、目は窓の外にむけた。


 ……なんか知らないけど、悩ませちゃってるっぽいな。すいません。


 心の中で謝ると、まもなくルーファス先生はもちなおしたのか、穏やかな笑顔を見せた。



「よく……分かったよ。君の魔法は特別なもののようだ」


「特別?」


「ああ。大事にしなさい」



 頷いたルーファス先生に、俺も頷き返す。


 ただのタコ墨噴射の進化バージョンかと思いきや、貴族の家の専属家庭教師をしていた人も認める魔法だったとは。「それしか使えない」のは、悪くはなかったんだな!


 ヒレがぴょこぴょこ動くのを感じる。喜ばずにいられるものか……これが社交辞令じゃなかったらの話。



「あとは呪文についてだけど、そちらは魔法陣を描けばおのずと浮かんでくるはずだよ」


「描きましたけど?」


「ちゃんと、さっき教えた順番どおりに、最初から正しく描けたらね」


「……練習します!」



 ルーファス先生から紙をもらって、再び羽ペンをにぎった。


 よーし。完璧におぼえて、いつどんなときでも描けるようになるぞ!




 ◇◇◇




 ポルテが新しく知った魔法陣と格闘しはじめると、ルーファスは応接室をこっそり出て、ライリーの執務室へとむかった。


 執務室は、扉が開けっぱなしになっていた。ルーファスは、書類の山にはほとんど手をつけずにぼんやりと窓の外を眺めているライリーを見つけて、苦笑しながら扉を叩いた。



「……どうだった?」



 ライリーは振りむいてそちらを一瞥したのち、再び元の姿勢に戻って尋ねた。


 一方のルーファスは、その無遠慮かつ簡潔すぎる問いの意図をすぐに理解。扉を閉めてから、首を横に振ってこたえる。



「まちがいない。彼は……『潜在魔力』の持ち主だ」



 ルーファスの返答を聞き、ライリーの眉間にシワが寄る。しばらく二人は口を閉じ、執務室内には沈黙が下りた。



「……あいつな。俺が敬語使うなって言ったら、すんなり受けいれたんだよ。兄貴がよこしてきた従僕は、どいつこいつも全然できなかったのに。それどころか……『好きなだけ散らかしていいから』なんて、意味不明なこと抜かしやがる」


「…………」



 ライリーは反動をつけて椅子から立ちあがり、窓の前に移動した。



「拾ったからには責任とる。俺が……そうしたいんだよ」



 ライリーの後ろ姿を見つめていたルーファスは、小さく「そうか」と呟いた。



「私も、もっとよく調べてみるよ」


「悪いな、先生。忙しいのに」


「今さらだよ。君ほどじゃないしね」



 二人はむかい合い、互いに微笑を浮かべて頷いた。



「ところで、彼の魔法……驚いたね。魔法耐性が国内トップクラスのトニーにかけて、まともに効くだけでもとんでもないことだよ」


「ああ。なんかおもしれー奴だと思って、軽い気持ちで声かけただけなんだけどな……」



 ライリーは一人椅子に座って体を預け、天井を見つめて大きく息を吐いた。

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