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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
一章 移住編

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8話 家庭教師がやってきたのでいろいろ聞いてみた

 その後、トニーさんは時間の経過とともに復活し、自力で立ち上がれるようになった。


 なにやらとんでもない魔法をかけてしまったようなので、そのお詫びと額のケガ――後者はライリーさんがつけたやつだけど――の手当てもきっちりする。



「そんな気にしないでいいよ。まぁ、びっくりしたけどさ」



 額に貼った布の端をかきながら、すこし困ったように笑った彼女の懐の広さに救われた。



「ライリー。そいつ、大事に育ててやんなよ? まちがった道に進まないようにさ」


「言われなくともな」


「!?」



 次の仕事があるから、と帰ろうとしたトニーさんの別れ際の言葉に、さらりと返事をするライリーさん。


 え?「育てる」だって? ライリーさん――賢者で勇者のこの人に、俺は育ててもらえるのか!? なにその贅沢!



「……なんだよ、その顔は」


「いや、別に」



 ヤバいな。どうしてもニヤついてしまう。


 訝しげに見てきたライリーさんに、両端から頬を叩かれた。



「しゃきっとしろよ、しゃきっと。これからなんだからな」


「これから……って?」


「どういうわけか知らねぇが、お前は魔法を知らなすぎる。まずは基礎からだ」



 そう言って、ライリーさんは踵をかえして自分の部屋へと入った。


 追いかけていくと、西側の窓近くにある機械をいじっている姿があった。


 ……ちょっと待て? あれって、()()じゃないですかね?


 木製の筐体に話し口がついている。耳あての受け筒はコードでつながっていて、外してすこしだけのばせるようになっている。前世のデジタル式のそれとは明らかに違う、昭和初期か中期にあったような旧式のものだが、まちがいなく電話だ。


 電話まであるのかよ。冷蔵庫といい浄水器といいその他の家電といい、もはやこの世界は中世――いや、近世ですらない気がするんですけど。「そういう魔法がある」の一言で片づけられるレベルじゃないだろ。



「あー先生を頼む」



 こちらの山ほどわいてきた疑問をよそに、ライリーさんは電話をかけた。



「……よう、先生。元気か?……いいから、そういうのは。で、今日の予定は?……そりゃちょうどよかった。ちょっと頼みたいことがあるんですけどね……は? 違う違う。そんなんじゃねぇって」



 受け筒は、音漏れは一切しない高性能のものだったので、俺にはなにを話しているのかさっぱり分からない。先生って誰だ?


 俺が首を傾げている間に、ライリーさんは通話を終えて受け筒を筐体の横の定位置に戻した。



「待っとけ。すぐ来てくれるってよ」


「誰が?」


「茶の用意、しとけよ」



 ……だから、誰が?


 聞いても、ライリーさんはにやにやするばかりで、なにも答えてくれなかった。


 仕方ないので、諦めて言われたとおりすぐにお茶を出せるように支度をしておく。


 三十分ほどたった頃。


 玄関扉がノックされたので、急いでそちらにむかった。



「こんにちは」


「こんにちは。ええと……?」



 扉を開けたむこうにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた紳士だった。


 低めのシルクハットを被っていて、薄茶色の腰まである長い髪を襟足で縛っている。目元や口元に深めのシワがある点から、年齢は五十から六十くらいだろうか。



「ライリーに呼ばれてきた、ルーファス・エヴァンスという者だよ」


「あ、さっきの電話の。どうぞお入りください」


「ありがとう。お邪魔するよ」



 扉を大きく開けて、来客――ルーファスさんを中に入れる。すぐに帽子と外套を預かって、ハンガーに丁寧にかけた。


 この人が、さっきのライリーさんの電話の相手か。「先生」と呼んでいたけど……もしや、ライリーさんの師匠!? だとしたら、凄腕の魔法使いじゃないか?


 気になる疑問はひとまず置いといて、ライリーさんの部屋にむかった。



「いらっしゃいましたよー」



 書類まみれの執務机で待機していたライリーさんに声をかける。



「ああ……先生。ご無沙汰」


「本当だね。急に呼びつけるとか……君は変わってないねぇ」



 ライリーさんは、ルーファスさんを見つけるとすぐに立ち上がり、彼の前に移動。あいさつの握手を交わした。


 その後、三人で応接室――本が散らかっていた例の部屋だ――に移動して、二人がソファに座ったところでお茶をいれた。今回は、リラックス効果のあるカモミール。



「どうぞ」


「ありがとう。ところで、君は?」


「はい。ライリー様の新しい召使いのポルテと申します」


「いいぞ、そんなかしこまらなくても。そんな偉い人ってわけじゃねぇから」


「それは私が言うセリフだね。でもそのとおり。普通でかまわないよ」



 お偉いさんかもしれないので丁寧な敬語を使ってみたのだが、すぐにそう言われたので肩の力を抜いた。


 普通といっても、ルーファスさんとは年が離れすぎているようだし、ライリーさんのようにタメ口はさすがにまずいよな。



「ありがとうございます。ルーファスさんはライリーさんとどういう関係なんですか?」



 俺の質問に答える前に、ルーファスさんは俺がいれたお茶のカップを持ちあげて、しっかり香りをたしかめてから飲んだ。


 その仕草に、こだわり強めの人か、と緊張が走ったが、「美味しいね」と言ってくれたので安堵する。



「家庭教師だよ。クロックフォード家専属で、幼い彼と彼のお兄さんたちに教えていたんだ」


「今はいろんなとこに頼まれて、いろんな奴に教えてるけどな」


「へぇ……! そうだったんですか」



 ずばり、教師か。幼い頃からの知り合いなら、相当信頼が厚いんだろうな。


 ふと思い立ち、ルーファス先生のほうへ身を乗りだす。



「……子どもの頃のライリーさんて、どんな人だったんですか?」


「余計なこと聞いてんじゃねーよ」


「ああ。それはもう、無鉄砲で大変だったよ」


「先生も!」



 ライリーさんが立ち上がって制止しようとするが、ルーファスさんはうまく乗ってくれた。


 例えば? と、促すと、先生は苦笑を浮かべて口を開いた。



「『バハムートを探しにいく!』と言って、屋敷を飛びだしたり……『ドラゴンを仲間にする!』と言って、一人で山に入ったり。とにかくお騒がせな子だったよ。特に後者。遭難しかけて大変な騒ぎになったこともあってねぇ」



 シャレにならんな、それは。



「……まぁ。それはそれは」


「てめぇ……その目はなんだ」



 予想以上の無鉄砲な面を聞いて、にやつく顔を抑えきれなかった。


 そんな顔を向けたら、ライリーさんは額に青筋を浮かべて口元を引きつらせていた。先生がいなかったら、普通に一発か二発、殴られるか蹴られるかしていただろう。



「まぁでも、魔導の才能は人一倍――いや、二倍も三倍もあったから、その点はまったく苦労はしなかったね」


「へぇ……」



 今度は感心しながら目を向ける。途端にライリーさんは目をそらした。



「俺のことはいいんだよ! 電話でも言ったけど、こいつに色々教えてやってくれ」


「ああ、もちろん構わないよ。今日は昼までなら空いてるから、お相手しよう」


「よろしくお願いします!」



 手を膝の上に乗せて、頭を下げてあいさつをした。


 ライリーさんにも教えた先生にご教授いただけるとはな。それなら、俺の魔法の腕前もたちまち上がるに違いないぞ。


 そして、ライリーさんは立ち上がり、俺の肩に手を置いて、「まぁがんばれよ」と言って、応接室を出ていった。



「さて……じゃあまず最初だけど」


「はい! なにから入ります?」


「…………」



 尋ねたが、ルーファス先生は口を閉じ、俺の顔を凝視した。そのまましばらく時間がすぎる。



「ど……? どうかしましたか」


「……いや。なんでもないよ」



 顔の前で手を振ると、先生はようやく我にかえったらしく、はっとした表情をしたあとで穏やかな笑みを浮かべた。



「さっきから気になっていたんだが、その頭の横についているものはなんだい?」


「あ、これはヒレです」



 ルーファス先生が、「ヒレ?」と聞き返した瞬間、俺はタコの姿になっていた。そして、またすぐに人間に戻る。



「……やはり獣人だったんだね。見たことがない種族だな」


「タコっていう、海の中にいる魚類の一つです」


「魚類……なるほど。海の生き物は、まだまだ解明されていない種族も多いからね。それにしても……不思議な見た目だったね」


「もう一回、なってみましょうか?」


「是非頼むよ。よく観察させてくれ」



 リクエストにお答えして、もう一度タコの姿になった。


 ルーファス先生は、まず指で軽くつついて、両手で持ち上げて全体をぐるっと見た。ひっくり返して裏側まで見られたんですけど。


 その間、興味深そうに「ほほう」とか、「なるほどね……」とか、独り言をぶつぶつ呟いていた。この人なに? 海洋学者かなにかか?



「ありがとう。とても参考になったよ」


「それはよかったです」



 タコのまま返事をすると、ルーファス先生が目を丸くした。



「声も変わるんだね。まるで水の中で喋っているようだ」


「あ、はい。そうなんですよ」



 おっしゃるとおり、俺の声は獣化すると高めになり、かつ泡を吐いているような音がまじる。すこし聞き取りづらかったか。



「獣人が獣化したときは人語が喋れなくなる者も多いと聞くが、君はそうではないんだね」


「それはただの偏見です。普通に喋れる人もいますよ」


「……そうか」



 ルーファス先生は、一瞬はっとしたような表情をして、頷いた。


 どうも、「獣人=狼男」みたいなイメージが強いようで、「獣化したら無差別に人を襲う」なんて思ってる人が多くて困る。俺が前にいた国でも、危険視してる人は割と多かったんだよな。偏見はなはだしい。



「嫌な気持ちにさせてしまったね。謝るよ」


「いえいえ。分かってもらえたならいいです」


「……君は優しいね」



 首を横に振る。ここでようやく、人間の姿に戻った。


 先生には、もしかしたら今日だけでなくこの先も色々教わるかもしれないからな。初対面でいきなりギスギスした空気にはしたくない。



「どうもありがとう。とてもためになったよ」


「お役に立てたならよかったです」


「ああ。さて……それじゃ、そろそろ始めようか」


「はいっ!」



 改めて背筋をのばして、先生にむかって頭を下げた。


 楽しい魔法の勉強の時間だ!……あんまり難しくないといいなぁ。

読んでいただき、ありがとうございました。

明日も変わらず20時に更新予定です。

よかったら明日も覗きにきてください。

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