77話 人の本質は変わらないようなのでため息ついてみた
その日の夜だった。
「……お前、気がきくな」
「なんの話だ」
「いや、だって……俺がお前から話聞けたらいいなって思ってたの知ったから、こうしてここに呼んでくれたんだろ?」
「うぬぼれるな。想像で好き勝手に解釈されるのが癪なだけだ」
だからつまり、そういうことなんだろうに。照れ屋か?
ここは、たぶん俺の夢の中。
目の前にいるのは、ノックス。
契約を結んだせいか、黒い霧はたちこめていない。おかげで、その姿がはっきりと見える。
まぁ、相変わらずの巨体で。
俺がこいつと契約を結んだなんて、未だに信じられん。夢みたいだ。
……あ、ここ夢の中か。ややこしいな。
「んじゃあ、前に言ってたルーン様についてなんだけど。なにか知ってるんだよな?」
「当然だ。ルーンは、我と対をなす存在だった」
「うん。それ、前にも言ってたけど……具体的には?」
「そのままだ。光と闇――相反するものが組むことで、世界の均衡を保っていたのだ」
「せ、世界?」
おいおい……なんか、スケールがでかい話になってきたぞ。当然っちゃあ当然だけど。
――そこで、違和感に気づく。
「対をなす存在『だった』……過去形だな?」
「ふん。よく気づいたな。すこしは頭が回るようになったか」
「そりゃもちろん。俺だって成長してるんだぞ」
なんたって、ノックスと契約を結んで、ライリーさんやその他の人たちに救世主だって認めてもらえるまでになったんだからな!
軽く胸を張って威張ってみたら、ノックスは顔を横にむけ、鼻息を噴射した。
「この察しの悪さ……手に負えん」
「はい!?」
「まぁよい。それでこそ主……と、思っておこう」
うん? 今、悪口言われた?……違うよな? じゃあいいか。
「それで? なんで過去形なんだ? 今は違うのか?」
「見ればわかるだろう。我は、主のような人間――人間の亜種と契約を結び、封印された。
そして、ルーン側にも大きな問題が起こった」
「亜種って言うな。大きな問題って?」
「信仰の変質だ。過激な思想に走った者どもが、信仰心のない者を異端と称し、排除するようになった。
その悪しき行動が……次第にルーンの翼を穢れさせていったのだ」
「……もしかして、その異端とされた人たちの中に、俺ら獣人も?」
「違いない」
断定するノックスの言葉を聞いて、俺はうなだれた。
フレッドさんが教えてくれたことを思いだす。
――獣人は、悪魔の使い。悪魔が生みだしたもの。
「……ルーン様は、人に慈愛の精神を説いたお方だって聞いたけど、本当か?」
「ああ。以前も言ったであろう。光輝く清らかな白き翼をもつ慈愛の神――それこそが、ルーンの元の姿だ」
……聞かなきゃよかったかも。余計にショックだ。
後世の連中の勝手な解釈で教えがねじ曲げられた結果、白き翼が穢れ、灰色の翼になった。
灰翼教団は、元は白翼教団だったのだ。
けど、なんで排除対象の異端者の中に、獣人まで含まれてしまったのか。そこが一番理解不能だ。
「ルーン様が今はどうしてるか……なんて、わからねぇか」
「なめるな。それくらいわかる。加護を与えた者が倒される前……我がその力を無効にした瞬間に、姿を隠したようだ」
「へぇ。ここからでもわかるのか」
「言ったはずだ。我とルーンは――」
「対をなす存在、だったんだよな」
「……そうだ。違えてしまったせいで、奴が今なにを考えているかまではわからぬがな」
「お前が封印されてルーン様から離れたのも、やっぱよくなかったんだよな?」
「いいことではない。だが、大きな原因にはなりえない。その程度で堕ちるほど、あやつはやわではない。見くびるな」
「…………」
まぁ、そうだよな。
ペアだった奴が、ちょっと離れただけ。
会えなくなったわけでもないのにふてくされるなんて、そんな子どもみたいなことあるわけないよな。
……なんでこんな話になったんだ?
俺はただ、ルーンベルクについてざっくり知りたかっただけなのに。世界規模の話になっちまった。
聞かなかったことには……できねぇよなぁ。
「今の話、もし他の人――ライリーさんとかルーファス先生に聞かれたら話してもいいやつ?」
「むしろ話しておけ。先に言ったであろう。勝手に解釈されるほうが癪だ」
「わかった。いろいろ教えてくれてありがとな」
ノックスが、鼻息をまき散らす。
また一つ、こいつのことがわかった気がする。
闇を司り、人々からは邪竜と呼ばれていた、光の神と対をなす存在。
その実体は、自分の立場をよく理解し、受けいれ、ペアになった神様のことも理解し、気にかけている。
ルーン様が慈愛の神なら、ノックスは慈悲の神と言えるんじゃないか?
……いや、違うか。こいつに救済の意図はない。
敵だったとはいえ、魔王もどきに対する容赦ない攻撃。あれはむしろ、無慈悲だ。
おかげで助かったし、それがこいつらしさなんだろうから、別にいいけどさ。
「……ルーンのもとに行くのだな」
「ああ。行けるようになったらな。お前は……嫌か?」
「なぜそう思う」
「気がのらない雰囲気じゃん。それくらい俺でもわかるぞ」
「……そうだな。たしかに穢れたルーンの姿は、見るにたえない」
ノックスは、一度顔を上げてなにもない上空をしばらく見つめ、また首を下した。
「主が我を召喚しなければいいだけの話だ」
「あ、そうだよな。じゃあ、悪いけどしばらく大人しくしててくれ」
「もとよりそのつもりだが……契約は忘れるな。我が出たいと望んだときは、必ず応えろ」
「もちろん。とにかく、無理はしなくていいからな?」
そう言うと、ノックスがすこしの間固まり、その場に寝そべった。
……なに、こいつ。呆れてるのか? なんで?
「本当に……主と話していると調子が狂う……」
「はぁ? なんでだよ?」
それにノックスは答えず、寝そべったままそっぽをむいて、鼻息を噴射していた。
うーん……わからん。
こいつの心情が理解できるようになるのは、まだまだ先かもな。
◇◇◇
ノックスからいろいろ教えてもらい、目覚めた翌日。
思いがけず時間ができたので、ライリーさんにことわって図書館に出かけた。
戦争に参加する前から借りっぱなしだった本も返さないといけないし。
……うん。結局あんまり読めなかったけどさ。
それはいいとして。
コーデリアさんは、」資料をすぐに出せるようにしておく、とは言ってくれたけど、昨日の今日だ。
集め途中だったら申し訳ないので、今日は声をかけないほうがいいかもな。
「ポルテさん。資料、ご用意できております」
「え?……早い、ですね?」
本を返却したあと、カウンターにいたコーデリアさんの前をスルーしようとしたが、めざとくつかまって声をかけられた。
まさか、昨日徹夜で資料探しを……?
と、思ったが、彼女は背筋がのびたシャキッとしたいで立ちで、すこぶる元気に見える。
「当然です。昨日帰宅する道すがら、あの資料とあの資料がある……と、頭の中で思いえがいておりましたから。
あとは、実際の資料を書架からとってくるだけでしたので」
「さすがです。助かります。けど、あの……なんていうか……」
俺が言いづらそうにしていると、コーデリアさんは理解できないとばかりにきょとんとして瞬きをした。
うん。俺が頼んだことだし、助かるっちゃあ助かるんだけど。
こんな――山のような本を渡されてもな。
案内された、仕切りがある個人用の閲覧ブースに積みあげられた、本の山。
軽く俺の身長を越している。
……さすが王立図書館! 期待を裏切らないな!
元々同盟国だったからって、隣国に関する本をこんなに豊富にそろえていたとは。
「ご覧いただき、必要なものだけ借りていただければ。不要なものはこちらで戻しますので」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっとお借りしますね」
「どうぞごゆっくり」
コーデリアさんが会釈をして、持ち場に戻っていった。
さて。せっかく用意してもらったんだからな。一冊一冊、ざっとでも目を通してみるか。
……日が暮れそうだな?
「お……さっそくか……」
最初に開いた本に、ルーンベルクの成り立ちについての記述があった。
曰く――翼をもった、光り輝く神々しいお方が降臨され、人々に慈愛の精神を説いた。
……うん。ルーファス先生の言ってたとおりだな。裏付けがとれた。
何冊目かで、やっと挿絵がある本を見つけた。
ルーン様とおぼしき神様の絵にむかって一生懸命祈る人たちの図。
「……この絵……」
魔王もどきとの戦場にあった、翼が片方とれた人の像とよく似ていた。
あれは、ルーン様をかたどっていたのだろうか。
あのときは不気味でしかなかったけれど。ルーン様も、あんなふうになってしまって悲しんでいるかもしれない。
ノックスが離れたときは、どんな気持ちだったんだろう。そのときもやっぱり、悲しかったのだろうか。
「……考えてもしょうがないか」
次、いこう。
今度は、灰翼教団ならぬ白翼教団についての記述のある本に当たった。
曰く、翼をもつ神――光の主を崇拝する、清廉な宗教団体だったらしい。
やがて教団は、信仰心のない者を異端として、排除するようになった。
その役割を担ったのが、灰翼教団の騎士団。
神に代わり、地上を浄化する使命を負っていると信じている……だそうな。
だれが書いた本かと気になって見てみたら、当時の教団関係者。その著者が自ら寄贈した本だったらしい。
……浄化する使命、なぁ。
灰翼教団の四騎士を思いだす。
この世のすべてのものは俺のもの、なんて言うほど強欲な奴。
強い奴と戦いたがっていた、戦闘狂。
自分の体さえも使って実験していた、マッドサイエンティスト。
禁術を生かすべきものと言いはり、自分が死ぬときも満足そうだった、魔王もどき。
「……ろくなもんじゃねぇ!」
つい大きめの声を出してしまい、近くに座って本を読んでいた人ににらまれた。
すいません、つい。
口には出さずに、頭を下げて謝罪した。
それにしても。
あの四人が「浄化」を目的にしていたとは、到底思えないんだが。
そういう役割さえも、変質していったのか?
ノックス曰く、その悪しき行動がルーン様の翼を穢れさせていった……というわけか。
……こういうのを読んでいると、つくづく思うんだよな。
人の本質は、どんな時代や世界だとしても、変わらないものなんだって。
「はぁ……」
ため息をつきながら、本を閉じた。
とはいえ、教団はもう瓦解したような状態だし、今後深く関わりはしないだろう。
これ以上深く追究する必要は……ないんじゃないかな。
と、思って、出してもらった本は一冊も借りなかった。
そのせいで、資料集めしてくれたコーデリアさんがすこしだけ悲しそうにしていた。
……一冊くらいは借りておくべきだったか? でも、借りてもどうせ読まないし。
悪いことをしたな、と思いつつ、図書館を出た。
「ポルテ様ですね」
「へっ」
突然話しかけられて、振りかえると、そこには見覚えのない男が立っていた。
黒い服、鋭い目つき、妙に威圧感のあるたたずまい。
……え? ヤクザ?




