75話 大事なものを受けとったので想いを届けようと考えてみた
何事もなく数日がすぎたある日。
ライリーさんの体調は、完全に回復。
問題なく外出できるようになり、コーデリアさんの手間もだいぶ減った。
そんな中、俺は彼を誘っていつものところ――炉辺亭にくりだした。
「いつものとこって……あそこはお前……」
俺に気を使ってか、渋るライリーさんを半ば強引に連れだした。
路地裏に入り、道を進む。
……ほら、やっぱり。
店の前にかかっているランプに、灯がともっていた。
「いらっしゃい! お二人さん、よく来たね!」
中に入ると、期待どおり、見慣れた元気な笑みをたたえた女将さんが出迎えてくれた。
店の中には、すでに客が数人。穏やかな時が流れている。
俺とライリーさんは、自然と笑顔になった。
カウンターの左端の席に並んで座り、メニュー表を見る。
「ライリーさん、チーズの香り焼きは食ったことある?」
「あー。前に何度か。っていうか、この店のメニューはあらかた食ってるぞ」
「ウソだ」
「そんなくだらねぇウソつくか」
「えー。チーズ焼き、うちでもやろうと思ったのに。新鮮味ねぇじゃん」
「作れるのかよ」
「フレッドさんから作り方教わったからな」
「…………」
ライリーさんは、そこで黙ってしまった。
残念だな。食ったことあったのか。
でも、せっかくだし一回くらいはやりたいな。
「……楽しみにしてる」
「え?」
「お前の作ったチーズの香り焼き」
ライリーさんは、俺ではなくメニュー表を見ながら、ぶっきらぼうにそう言った。
……この、いい人め。
結局、俺はチーズの香り焼きに追加で燻製肉。
ライリーさんは、挟みパン。具材は、あぶり焼きした鶏肉とキャベツ。具材のチョイス、天才か?
女将さんを呼んで、注文する。
「はいよ。ちょっと待ってね……チャーリー! 注文入ったよ!」
女将さんが俺らの注文をメモしたのち、厨房に引っこんでいった。
……チャーリー?
え、もしや、もう新しい人、見つけたのか?
すかさず、厨房からホールへ戻ってきた女将さんをつかまえる。
「チャーリーってだれですか?」
「新しい調理担当だよ。元々うちの常連でね。フレッドが死んだって聞いて、力になりたいって申し出てくれたんだよ」
「そうですか……! よかったですね」
「ああ。料理の腕もフレッドに引けを取らないし、大助かりだよ」
「へー。チャーリーさん! よろしくお願いします!」
ウインクした女将さんに感心し、厨房にいるらしいその人にむけて声をかけた。
……が、返事はなし。
「ごめんよ。ちょっとシャイな子なんだ。そっとしといてやって」
「そうでしたか。ごめんなさい! なんでもないです!」
「だから、かまうなって言われただろうが」
もう一度声をかけた直後、ライリーさんに後頭部をどつかれた。
うーん、フレッドさんを知っているってことは、同じく獣人だったりして? いや、そうとは限らないか。
どんな人なんだろう。会ってみたいけど……無理っぽいな。
諦めて、二人分の水をくんできて、料理が届くのを待った。
やがて運ばれてきた料理は、たしかにあのとき食べた熱々のチーズと、ほとんど変わりなかった。
フレッドさんがレシピでも残していたのか? それとも、チャーリーさんの再現がうまいとか?
どっちにしろ、俺もライリーさんも大満足。満腹になり、店を出た。
これでまた、いつでも来られるな。また一つ、安心できた。
――フレッドさんも、きっとそうだろう。
見上げると、快晴の空が見えた。
いい天気な上に、ちょうどいい温かさで過ごしやすい。
「軽く散歩でもしてくか」
「いいな……って言いたいとこだけど、家の掃除がまだなので」
「あとにすりゃいいじゃねぇか」
「そうやって後回しにしてると、いつまでも終わらないんだよ! 散らかりがどんどん蓄積してくんだよ!」
「散らかりが蓄積……」
「笑ってる場合じゃねぇんだって!」
他人事のように小さく吹きだしたライリーさんの脇腹に、軽くパンチをする。もちろん、ケガしたほうとは逆の。
「あ……あ、あ、あの……」
「大体! どっかのだれかが毎日ちらかすのが悪いんだからな!」
「お前、最初の頃いくらでも散らかしていいからとか言ってたじゃねぇか」
「程度ってもんがあるだろ! 片づけてるそばから散らかすとか――ん? 今、だれかの声しなかった?」
「は? だれかって?」
言いあいを中断し、二人で同時に振りかえる。
そこには、見覚えのない人がいた。
地面につきそうなほど長い丈の白いエプロンを着て、頭には同じく白いバンダナ。
胸の前まで手を上げて、こすりあわせるようなしぐさをしている。
天然パーマっぽい癖の強い髪が目元を隠していて、表情はよく見えない。
引っ込み思案かな?
……あ、もしかして。
「チャーリー、さん?」
「あ、う……うん。いやっそ、そう、です……」
「やっぱり! 初めまして! 俺、ポルテ! あ、違う! ポルテ・リベルテです! チャーリーさん、年は?」
「じゅ……18に、なったばかり、だけど」
「18……!」
年下だった! じゃあ、呼び捨てでもいいか。
「チャーリー、ありがとう!」
「……な、なに、が?」
「おかげで、この店が安泰になった! 俺もここの料理、大好きなんだよ! どうか末永く働いてください!」
「末永く働いてくださいって、なんだよ」
「うるさいな! 意味が伝わればいいだろ! な?」
チャーリーの手をとって、両手でつかんで上下に振る。
みるみるうちに、彼の顔が赤くなっていく。
……あ、そうか。シャイだって言ってたな。いきなりまずかったか。
「ごめん! 大丈夫か?」
「……っだ、だいじょう、ぶ……」
手を離すと、チャーリーは数歩後ずさりをして、また胸の前で手をこすりあわせた。
「で? 俺らになんか用か?」
「は、はい……あ、あのっ」
「あ?」
「ひぃっ!」
どもりながらなんとか言葉をつむいだチャーリーは、ライリーさんにすごまれて、面白いくらいに体を震わせていた。
シャイに加えて、かなりのビビりみたいだな。
「はっきりしろ。お前がいつまでもなにも言わねぇせいで、こっちの時間が無駄につぶれてくんだよ」
「はは、はい! すみませんすみません……!」
「すみませんじゃなくて――」
「ライリーさん、タンマ!」
「タンマ?」
「待とうぜって意味! はい、もうちょい離れて!」
ライリーさんの腕を引っ張って、チャーリーと距離をとる。
安心して話ができないと、それこそいつまでたっても進まないからな。
「ごめん。ゆっくりでいいから、話してくれるか?」
「……う……は、はい……こちら、こそ、ごめんなさい……えっと……」
チャーリーは、エプロンをすこしめくって、服のポケットに手を入れた。
そして、あるものを差しだしてきた。
「これ……お願い、したくて」
「うん?」
チャーリーがもっているもの――銀色のペンダントらしきものを見て、不思議に思い首を傾げた。
「こ、これは……その……フレッドさんのもの、なんだ」
「フレッドさんの?」
「う、うん……っていうか……フレッドさんの、お母さんの」
「……どういうことだ? なんでそんなものをお前が持ってる?」
「ひぃっ! ち、ちが……っ盗んだとか、そういうんじゃ、ないんです……!
せ、戦争で、僕が避難しようとしたときに……フレッドさんが僕に、預かってほしいって……!
それで、そのままになってて……っ」
怪しむように、目つきが鋭くなったライリーさん。
驚いて縮こまったチャーリーを庇うように、間に入る。
「フレッドさんの母さんの形見か……」
「はい……こ、これをもっていって、ほしいんです、けど」
「どこへ?」
「フレッドさんの故郷……ルーンベルク、に」
そこで、ようやく納得。俺は、大きく首を縦に振った。
フレッドさんは、跡形もなく消滅してしまった。
だから、せめて遺品くらいは故郷の地に戻して、埋めてやりたい。
その気持ちは、よくわかる。
「フレッドさんは、お母さんと暮らしてたのか?」
「い、いえ……元から、病気だったそうで……故郷を出て、すぐ……アルケミリアに、つく前に……」
「…………」
チャーリーの震える手から、そのペンダントを受けとる。
銀色の鎖がついていて、先は楕円形。下側にある突起物を押せば、パカッと開きそうなつくりだ。
しかし、いいのかな。俺で。
「ぼ、僕には他に、ついていってくれる人が、いないので。
ポルテさんが、一番、いいと思い……ます。フレッドさんから、よく話聞いてて……いい人だなって、思ってたから」
「……そっか。お前にとっても、フレッドさんは大事な友達だったんだな」
「はい……い、いじめられてた僕を、助けてくれて。こ、こんな僕に……もっと自信もてって、何度も励まして、くれて……」
チャーリーはそう言ったあと、深呼吸を二回して、唇を強く噛んでから、顔を上げて俺とライリーさんを見つめた。
「……っどうか、お願いします! フレッドさんの想いを、故郷に届けてあげてください!」
そう言って、チャーリーが腰を90度曲げて頭を下げた。
それまでのおどおどした口調とは変わって、はっきりとした言葉が届いた。
……俺らに話しかけるのだけでも、相当勇気が必要だっただろうに。
フレッドさんに恩返ししたくて、精一杯がんばったんだなぁ。
だったら、俺もちゃんと応えないと。
「わかった。預かるよ。ちゃんとルーンベルクに届けるから」
「……! お願いしま……っわ、あ!」
チャーリーが顔を上げた途端、かぶっていたバンダナが落ちて、顔がはっきり見えた。
ついでに、頭の上に生えている、キツネっぽい茶色い耳も。
「おお! やっぱ獣人だったんだな!」
「み、見ないで、ください……!」
「なんでだよ。俺だって同じだぞ? ほら」
縮こまって、必死に頭上の獣の耳を手で隠そうとするチャーリーに、俺はヒレをパタパタさせて見せつける。
「おい、チャーリー」
「ひっ!」
「……いちいち驚くな。とって食いやしねぇよ」
彼が怯えた声を上げると、ライリーさんもさすがに傷ついたらしく、顔をすこしゆがめてため息をついていた。
「フレドリックに言われたこと、忘れたのか。もっと自信もて」
「ふ、フレドリック……?」
「フレッドのことに決まってんだろ。っていうか……あいつもそうだしよ。
人間はだれもかれも獣人を差別するわけじゃねぇっての。
そっちもそっちである意味差別してんじゃねーか。ふざけんな」
「……!」
チャーリーの目がうるうるしている。恐怖がピークに達しようとしているのか、今にも泣きだしそうだ。
っていうか、ライリーさん。その不満、なにもこいつにぶちまけなくても。
俺は、チャーリーを落ちつかせようと肩に手を置き、ぽんぽんと叩いた。
「大丈夫。この人、実はすっげーめちゃくちゃ優しい人だから。口は悪いし顔もちょい怖いけどな!」
「フォローすんならちゃんとしろ。燃やされてぇのか」
ライリーさんが手の先から炎の玉を出すと、とうとうチャーリーが気を失ってしまった。
ちょ、おい。これどうすんの。まだ店、開店中だけど。
それと、このペンダント。
ルーンベルクにもっていくのはいいけど……はて、どうしたもんかな。




