73話 友情はこれからも続くと確信できたので安心してみた、けど
ルーンベルクの名ばかり国王から、正式に降伏宣言が出された。
「一番の頼みの存在が倒されたと知ったせいなのか、ひたすら平身低頭で、こちらの判断に委ねると言ってきたそうだ」
そう、うちの騎士団団長が嬉々として話してくれた。
……あの、「俺のバックには怒らせたら怖い人がいるんだぞ!」的な、小者感漂う国王が、なぁ。
よほど、魔王もどきが倒されたのがショックだったのかもしれないな。
そういえば……結局、あの魔王もどきの本当の名前は、わからずじまいだった。
名前に意味なんてない、とか言っていたけど、本当にそう思っていたのだろうか。
最期の瞬間に見えた、本当の姿――よぼよぼの老人の姿。
あれが本当の自分だと、肯定したくなかったのではないか。人に知られたくなかったのではないか。そんな気がしてならない。
……なんて、ちょっとかっこつけてみたりして。
なにはともあれ、奴がやろうとしていた禁術が発動されずに済んで、よかった。
戦争は、終わったんだ。
俺とライリーさんは、ジェイドさんに用意してもらった馬車に乗って、帰路についた。
……ああ、久しぶりの我が家! やっと落ちつけるぞ!
これから国内は、戦後処理でなにかとバタバタするだろうけど。
まずは、ライリーさんをしっかり療養させないと。
俺なら獣化して水に入ればすぐ全回復するけど、他の人はそうはいかないからな。
「あれ?」
家の前で降りると、玄関扉の前に見慣れた背中があった。
――コーデリアさん。
彼女はすぐに振りかえり、見開いた目で俺たちを見た。
「ただいま戻りました!」
「……っポルテさん。ライリー様。ご無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます」
コーデリアさんが、ぐっと歯を噛みしめてから、腰をほぼ直角に曲げて頭を下げた。
「帰ってこないほうがよかったんじゃねぇのか? そしたら、自動的に秘書やめられてたわけだし」
「とんでもない! これからも喜んで務めさせていただきます!」
「……そうかよ」
ライリーさんが肩をすくめて、続けて「じゃあ頼むわ」と言った。
……ん? 照れてるな? 面白い。
ニヤニヤしていたら、気づかれて、腕を首に回されて絞められた。
◇◇◇
まもなくして、ずっと気にしていたトニーさんの処遇について、進展があった。
結果的に言えば――女王様は、お約束を守ってくださった。
処刑は免除。これからも国のため奉仕するように、との決定が下された。
また、トニーさんの父親である男爵についても、娘の監視体制を徹底することを条件に、お咎めなしとなった。
……が、最終的には、自ら爵位を返上。そのうえで、娘と共に歩んでいくと誓ったそうだ。
ようは、監視がつくようになるだけで、トニーさんはこれからも魔導列車の整備に携われるのだ。
これのどこが罰になるのか、とも思うけど。
よくよく考えたら、かなり厳しい話だ。
トニーさんが国家転覆を企てていた件は、ほとんどの人が知っている。
つまり、これからはみんな、「そういう目で」彼女を見る。
もしかしたら、いっそ死んだほうが楽だった、と思うほどの罰かもしれない。
……でも、生きている。それを、保証してもらえたのだ。
「遊びにこいよ、絶対。待ってるから」
手続きが始まる前に一度だけ檻ごしに会うのを許されたので、そう伝えた。
しかし、トニーさんは自嘲気味に笑っていた。
「嫌だし……無理だよ。どの面下げていけばいいのさ」
「どんな面でもいい。何事もなかったみたいに、しれっと来ればいいんだよ」
続けてもう一度、待ってるから、と言った。
「……君のこと、見くびってたのが致命的だったなぁ。味方につけておくべきだった」
「味方だけど? 前も今も、これからも」
「……ああ、そう」
トニーさんは、笑った。
今度はちゃんと、心から笑っているように見えた。
よし。次会ったら、問答無用でうちに引きずりこんで、ハンバーグ食わせてやる。
◇◇◇
数日後。
療養中のライリーさんのもとへ、お兄さんのアッシュボーン伯爵がルーファス先生とともに訪ねてきた。
予想していたとおり、内陸側に位置するアッシュボーンには被害はほとんどなかったそうだ。
よって、戦後処理の中での伯爵の役割は、他の被害があった領地への支援が主だとか。
……それにしても、お忍びで訪問してくるとは思わなかったので、驚いた。
ルーファス先生は、
「今は療養中だからとお伝えしたんだが……だったらなおさら見舞いにいかねば、とおっしゃってね……」
そう、申し訳なさそうに言っていた。
先生のせいじゃないのにな。
「我が家で休めばいいものを。うちの医師団に診せれば、きっとすぐに回復するぞ?」
「いや、いい。住みなれたこっちのが落ちつく」
ベッドに半身を起こした状態のライリーさんが、言った。
そばの椅子に座った伯爵様は、それを聞いて「そうか……」と、肩を落としてしょんぼりしていた。
「それなら仕方ない。好きにするといい」
「ああ――って、おい」
「ん?」
「ん、じゃない! なに人の布団に入ろうとしてんだ!」
伯爵様が、流れるような動作で、ライリーさんのベッドに入りこもうとしていた。
すごいな。自然すぎて気づかなかった。違和感、まったくなかったぞ。
「温めてやろうと思っただけだが?」
「なに当たり前のこと言ってる、みたいな顔してんだ!……っおいポルテ! 先生! どっちでもいいから、なんとかしろ!」
布団に入ろうとする伯爵様を、ライリーさんが必死に追いだそうとしている。
ルーファス先生と一緒にぼけっと見ていた俺は、呼ばれてはっとして、駆けよった。
「伯爵様――」
「なにか問題でもあるのかね。私はライリーの兄だが」
キリッと鋭い目をむけられ、すこしのけ反る。
……いやいや。それ、理由になってませんけど。
「存じております。けど……私は、ライリーさんの相棒です! 困っている相棒を見捨てるわけにはいきません!」
伯爵様を引きとめるように、肩に手を置いてじっと目を見つめる。
すると、伯爵様はキョトンとしてすこしの間固まったのち、声を上げて笑った。
「そうか……! よくわかった。ライリーが孤独にさいなまれずに済んだのは、君のおかげだな」
「孤独……ですか?」
「弟は昔から、一人になることを極端に嫌っていたのだよ。いつも私にくっついて歩いて……ああ、懐かしい。かわいい」
「やめろバカ兄貴」
ライリーさんが、恍惚な表情を浮かべて変態くさくなってきた伯爵様の頭を叩いた。
……なるほど。だから、食事のときにはいつも、俺も一緒に食べるようにと勧めてくるんだな?
そして、そんな過去があるから、伯爵様は未だにブラコン気質なんだな? 納得。
ルーファス先生を見ると、遠くを見るような、懐かしむような顔で頷いていた。
一方、ライリーさんはふてくされて窓辺に頬杖をつき、外を眺めていた。
「『いい奴を見つけたから、もう従僕は必要ない』と連絡を受けたときは……驚いたよ。
どんな者かと思っていたら、君のような子で。正直、不思議でならなかった」
「そうですね。ポルテくんには申し訳ないが、私も同じく」
「ああ。それは……はい。心配されるのも当然です」
なにせ、メンダコ獣人の移住者なんていう、得体のしれない奴ですもんね。
自嘲気味に笑って頷いたが、伯爵様もルーファス先生も、柔らかい表情をしていた。
「撤回する。君は、ライリーにとって欠かせない存在だと認めよう。これからも、弟をよろしく頼むぞ」
伯爵様に満面の笑みで言われて、ルーファス先生が頷くのを見て、俺は胸がいっぱいになった。
ヒレをぴんと立たせて、背筋ものばす。
「っはい! おまかせくださ――」
「だから入ってくんじゃねーよ!」
「なぜだ」
「なぜだじゃねぇ! ふざけんな!」
……また、伯爵様がライリーさんの布団に入ろうとする攻防戦が始まってしまい、俺とルーファス先生は笑いながら止めに入ったのだった。
◇◇◇
アッシュボーン伯爵とのひと騒動を終えて、領地にお戻りになるのを見送ったあと。
「君たちも気にしているだろうから、報告しておくよ。ユリシーズ・エイジャー氏の処遇について」
禁術の資料紛失事件で、それの隠ぺいに関わったあの人。
先生曰く、彼は魔導研究院の相談役の立場から下りることになった――いや、下ろされたらしい。
さらに、すでに亡くなっている、管理責任者だったメルヴィン・トラヴァーズ氏については、遺族がその責務を負うべし、と決定したそうだ。
具体的な内容は、不明だそうだけど。
……寝耳に水だっただろうな。やるせない。
けど、ユリシーズさんは一応、できるかぎりの責任は果たした。
これからは、後ろめたさなど感じずに、穏やかな余生をすごせるといいけどな。
その話の後、俺は一言断って買い物に出かけた。
お客様のルーファス先生をおいていくのはどうかと思うけど、突然の訪問だったので食材も茶葉もほとんど空の状態だったのだ。
そろそろ、本格的な料理を作ってみたいな。やっぱりハンバーグか?
「……あ」
ある人の姿が脳裏をよぎり、気づけば俺は、踵をかえして路地裏に入っていた。
まっすぐ、目的地へと進む。
――あった。
木のぬくもりが温かい、「炉辺亭」の文字。
今日は、外に下がっているランプに灯はともっていなかった。
休業日、か?
不安になりつつ、入口の扉に近づく。
すると、そばに落ちていたものに目を奪われ、足を止めた。
茶色くて、ペンのように大きな……鳥の羽。
「……っカトリーナ?」
いるのか? ここに来たのか?
お前も、生きていたのか? 処刑されずに済んだのか?
疑問が次々噴出するが――だれも、こたえてはくれなかった。
諦めて、その羽を拾い、俯く。
「ありがとう」
声がして、すぐに顔を上げる。
姿は、見えない。
「ハンバーグ、おいしかった。もう会うことはないだろうけど……元気で」
「カトリーナ!」
名を叫んだ瞬間、鳥が羽ばたいて飛びたつような音がして、それきり辺りはしずかになった。
……言い逃げかよ。
もっと、話がしたかったのに。ずるい奴だな。
「あら? ポルテの坊やじゃないか――って、ど、どうしたんだい? そんな顔して」
「……女将さん……」
女将のステイシーさんが出てきて、感情がぐちゃぐちゃな状態の俺を見てうろたえた。
厚意で、休業中の店の中に入れてもらえた。
客がいない店内はシン、としていて、俺が知っている賑やかさも明るさもなかった。
「せっかく来てくれたのに、こんな状態で悪いね」
女将さんが、白湯を入れたカップを持ってきてくれた。
「いえ。俺のほうこそ突然すみません。どうしてるかなって気になっちゃって」
「私は見てのとおり元気だよ。ただ、まぁ……フレッド、のことは……残念だったけど」
女将さんは、ほほえみながらもその顔を俯け、カップの縁を指でなぞった。
無理して笑っているのが、手にとるようにわかった。
「これから……どうされるんですか?」
「もちろん店は続けるよ。これでたたんだりしたら、天国にいるあの子が悲しむだろうし」
「……ですね」
「大丈夫だよ。始めた頃は私一人で切り盛りしてたからね。新しい子を探しつつ、ぼちぼちやっていくつもりだよ」
女将さんが、自分の胸をドン、と叩いて言った。
「そうですか……応援してます。あ、俺にできることがあればなんなりと」
「ありがとねぇ。けど、あんたはライリーのお世話で手一杯なんじゃないかい?」
「それは言えてます」
顔を見合わせて、笑いあう。
それから、「仕込みをしないとね」と、言った彼女に別れを告げて、店を出た。
「落ちついたら、またライリーと一緒に食べにおいで!」
と、たくましい言葉を背に受けて。
空を見上げて、フレッドさんを思いうかべる。
……心配してるか? でも、たぶん大丈夫だから。あんたが大切にしてきたもの、精一杯守っていくよ。
なんだか、心の中がスカッとした気分だった。
――この後、家では王宮からの使者が待ちうけていたとは、夢にも思わなかった。




