67話 慕っている人が戻ってきたので喜んで出迎えてみた
トニーさんの中の魔力の流れが正常に戻る――魔法が使えるようになるまでには、数日必要だそうだ。
魔力制御の錠を外されたあとは、医療係のザックさんの部下に見守られながら回復を待つことになった。
ただの紐で軽く拘束された状態のため、当然厳重に監視されているけど。
その態勢が整った翌日、ライリーさんとの鍛錬のあと、様子を見にいってみた。
「……また来たの? ずいぶん暇なんだね」
目隠しを外されたトニーさんが、うんざりとした目線を俺にむけた。
「暇ってわけじゃねぇけど」
「暇そうにしか見えないよ。準備が整ったら敵の本拠地に突入するんだよ? ちょっとは鍛錬しておこうとか思わないの?」
「鍛錬はしてるよ。ここんとこ毎日ライリーさんにしごいてもらってる」
「もらってる、ねぇ……はぁ。物好きもここまでいけば変態の領域だねぇ」
「それは褒め言葉だな?」
「……否定する気も起きないよ」
口元を引きつらせたトニーさんに、笑ってみせる。
「飯は食った? てか、食えてる?」
「あのね……お腹減ってるから力が出なくて魔法が使えないとか、そんな次元の話じゃないからね?」
「わかってるけど、どのみち腹が減ってたらなにもできないだろ? 魔力循環を正常にするには、エネルギーも必要だと思うけど」
「……そうかもね。じゃあなに? ハンバーグでも作ってくれるの?」
「残念だけど、ミンチ肉製造器も魔導調理器もないから無理。
イノシシっぽい肉入りのスープがあるみたいだから、それならすぐ持ってこれるぞ」
「それはどうも……言っとくけど、ここであたしに媚び売ってもなんにもならないよ?」
「見返りなんて求めてねぇから大丈夫。ちょっとでも早く元気になったら嬉しいってだけ」
じゃあ持ってくる、と最後につけ足して、踵を返した。
「……ありがとう」
かすかに聞こえたその言葉に一瞬立ちどまったが、聞こえなかったふりをしてそのまま返事をせずに走った。
イノシシ肉スープを運んでいったら、無言ではあったがちゃんと受けとってくれた。
すこしでも元気になってくれたらいいけど。
会議室の前を通ると、慌ただしく動きまわっている団員たちと、ライリーさんの姿があったので、俺も顔を出した。
「トニーはどうだった?」
隅のほうに移動させた椅子に座っていたライリーさんに、開口一番そう言われて、心臓が一瞬、強く脈打った。
またバレている。こっそり目を盗んで会いにいったつもりだったんだけどな。
「ああ、まぁ……飯、もってっただけだけど。まぁ食べてくれたんじゃねぇかな」
「そうかよ」
仏頂面で腕を組んでいたが、表情に険しさはなかった。
……同情はしない、とか言っていたけど、心配はしてたんだな。根はいい人だもんな、この人。
「わかってるだろうけど、トニーが転移魔法使えるようになったらすぐ行くからな」
「おう。わかってる」
「……覚悟は、できてるんだな?」
「とっくにできてますけど!」
「本当か? 敵の本拠地にいくってことは……屍兵を作った黒幕とも戦うことになるかもしれねぇんだぞ」
そう言われ、はっとしてライリーさんを見る。
一瞬、屍兵にされたフレッドさんの姿がよぎって、消えた。
「……わかってるよ。そいつ止めれば、これ以上屍兵にされる人がいなくなるからな。
歯ぁ食いしばってでも、止めてみせるから」
鋭い視線をむけてくるライリーさんに言って、顔を空にむけた。
……大丈夫。仇をとるとか、そういうんじゃない。
自分に言いきかせて、ライリーさんのほうにむきなおる。
「足手まといにならないようにする。けど、助けてほしくなったら頼るから。だからライリーさんも、俺のこと頼ってくれ!」
「……はぁ? 俺がお前を? ねーよ」
「むっ!? 遠慮すんなよ!」
「してねぇ」
ライリーさんに肘で小突かれ、笑った。
「ザカライア・ターナー伯爵がお戻りになりました!」
「……えっ!?」
外から聞こえた団員の知らせ。
驚いて外に出ようとしたら、ちょうど彼――ザックさんが姿を現した。
「ザックさん! おかえりなさい!」
「おかえり、はおかしいだろ」
「気持ちの問題だよ!」
いちいちつっこんでくるライリーさんに軽く抗議し、改めてザックさんを迎えいれる。
「ふふ……ただいま。部下から聞いたよ。敵陣に攻めこむんだってね? 間に合ってよかった」
穏やかな笑みを浮かべたザックさんを見て、ほっとする。
目の下の隈が若干濃くなったような気もするけど、他はどこも変わった様子はなくてなにより。
俺たちとのあいさつはそこそこに、彼は団長のところにむかった。
魔導医療研究院に戻ると言っていたけれど、なにをしに行ったんだろう?
使い魔とじゃれていたローズさんがやってきたところで、ちょうどいいと思い、改めて話を聞いてみた。
「モルス・パクトゥムの護符の対抗策を探していたんだよ。
私の研究院に保管されていた文献の中に、それに関連する資料があったのを思いだしてね」
「モルス……って、ルーンベルクの幹部の三人が自分にかけてたってやつですよね?」
「そう。特に自身を強化する類の呪術は、代償は比較的大きいんだよ。
それをさける――というか、一人に集中させないために、できるだけたくさんの者に同じ呪術をかける場合がある。
つまり、他の団員にもその術が施されている可能性はかなりあるはずだよ」
「呪術に対抗策なんてあるのか?」
「解呪できれば完璧なんだが、それには術者本人がその場にいる必要がある。
だが、呪いがえしなら、そうじゃなくても可能なのだよ」
「呪いがえし……」
急におどろおどろしい話になってきたぞ。
「呪い」なんて聞くと、どうしても丑の刻参りなどを思いうかべてしまう。
こう、白装束に額に二本の火がついたろうそくをくくりつけて、どこかの神社の裏手の森で、鬼のような形相の人が、藁人形に五寸釘を……
「ぎゃーっ!」
つい悲鳴をあげてしまい、たちまちライリーさんに殴られた。
「その方法っていうのは?」
「真言を唱えるのだよ。よく覚えてくれたまえ……『虚偽の刃は、己を裂く。呪いは巡り、主を示す』」
ライリーさんと、ローズさんが頷いた。
え? まさかそんな、一回言われただけで覚えられたのか?
「一応確認だけど、ドクター。本当に効果あるんだろうな?」
「実際に呪術を無効化した例が詳細に記録されていたからね。信憑性は高いよ」
らしいです。じゃあ、ちゃんと覚えないとな。
「虚偽の刃は、己を……裂く? 呪いは……えっと……」
「難しいなら、これでも大丈夫だよ。『因は、元へ』」
「因は、元へ……?」
「簡潔にしたものだから、一対一のときのみ使えると覚えておきなさい。
先に言った正式な真言なら、ライリーほどの魔力の持ち主が使えば、その場にいる敵全員に効果がおよぶだろう」
「……がんばれ、ライリーさん!」
「丸投げすんな」
後頭部を手のひらで叩かれた。
その後、ライリーさんのスパルタ指導により、正式な真言も覚えさせられた。
よかった。敵兵に遭遇したら、ひとまずこれを唱えればいいんだな。
「ターナー伯爵。呪いがえしとおっしゃっていましたけど、具体的にはどうなるんです?」
ローズさんが、おっとりとした口調で聞いた。
「護符の効果が真逆になるのだよ。つまり、全能力強化が全能力弱体化にね」
「それはエグ――えげつないですね!」
「そう。だから……まぁ、最初に言えばよかったのだが。ポルテくんの魔法なら、呪いがえしと同等の効果が得られるはずだよ」
「……はい!?」
「確実性を高めるためには、真言も必要かもしれない。そう覚えておきなさい」
ザックさんが、苦笑しながら言った。
……つまり、さっきのライリーさんの鬼指導はあんまり必要なかったってわけだな!?
別にいいけどさ。
今回じゃなくて、近い将来にもしかしたら絶対に必要になる可能性も……なかったらいいに越したことはないんだけどな!
「本当か? 魔術が呪術にも効果あるなんて聞いたことねぇぞ」
「実際、この子はコンラートとかいう幹部を一人で倒しているじゃないか。それがなによりの証明だと思わないかね?」
「そういえば、フォカロが言っていたよ。まさしく瞬殺だったって。本当に規格外なんだねぇ、坊やの魔法は」
「え? えへへ。それほどでも!」
「おい……あんまりこいつをおだてないでくれ。変な方向に調子に乗られたら迷惑だ」
ローズさんに褒められ、気分が上がる。ライリーさんの苦言がまったく気にならない程度に。
「とはいえ、大勢の敵兵と戦うような場面になったときは、真言を使ったほうがいい。魔力消費をおさえるためにもね」
「真言を唱えるのは、魔力は消費しないんですか?」
「呪いを反転させるだけだからね。まったく、というわけではないが」
なるほど。仕組みはなんとなくわかった。
けど、よくわからない点もある。
魔力をほとんど消費しないでできる呪いがえしとは、いかに?
そもそも、呪術はなにを使って行えるものなんだろう?
精神力……はたまた、生命力とか?
……いや、やるつもりなんて毛頭ないから、別に知らなくてもいいけど。
「それじゃ、他の騎士たちにも真言を伝授してくるから、ちょっと席を外すよ」
「お手伝いしましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。それぞれの部隊の一人に伝えて、あとはおまかせするから。そんなに手間はかからない」
そう言って、ザックさんは会議室を出ていった。
「こう言っちゃあ不謹慎だろうけど、ワクワクするねぇ。敵の大将をしばく機会が得られたわけだし」
「え、ローズさんも行くんですか?」
「当然。私だって賢者だからね。安心おし。自分の身は自分で守れる。
それに……今回の作戦に、うってつけの能力をもった子がいるからねぇ」
「うってつけの能力の……使い魔ですか?」
ローズさんは、どこか楽しげにニコニコしながら頷いた。
だれだろう? 隠密行動が得意なアスタロト? もしくは、俺の知らない他の使い魔か?
「どんな使い魔なんですか?」
「それは行ってからのお楽しみだよ」
「ええ!? ちょ、気になるじゃないですか! 教えてくださいよ!」
「ふふふ」
ローズさんは、意味深な笑みを浮かべるだけで教えてくれなかった。
相当自信があるようだ。うう、気になるなぁ!
……すると、頭にものすごい衝撃が走った。
ライリーさんの拳骨を食らったようだ。
「遊びにいくんじゃねぇんだぞ。はしゃぐな」
「……はい」
なにも殴らなくても、と抗議するつもりだったのだが、見上げた先には般若。
俺は戦慄し、素直に返事するしかなかった。
読んでいただきありがとうございました!
次回は、あさって木曜日の20時頃の更新を予定しています。




