60話 一つの友情が終わったようなので新たな友情を築いてみた
そこはちょうど、ザックさんが言っていた森の先――エルドミア領に入ったところだった。
霧が出てはいるものの、思ったほど見通しは悪くない。
「あ……! あそこにだれか倒れてます!」
辺りを見回していたとき、うつ伏せに倒れている人を見かけた。
慌てて駆けより、なにやらもがき苦しんでいる男性を助けおこす。
「大丈夫ですか!?」
「う、ぐ……っ」
その人は、胸をおさえてうめいている。息が苦しそうだ。
なんだ?……ただの心臓発作、とか? いや、「ただの」っていうのはおかしいか。
「ポルテくん。そのままで」
ザックさんが杖を出して、振った。
「毒禍祓清法」
患者が光に包まれる。
その光が消えると、彼は咳きこみ、胸が大きく上下するようになった。
ようやくしっかり息ができるようになったようだ。
「やはり毒か」
「毒!?」
ザックさんがひざまずき、患者に近づいた。
「話せるかね? なにがあった?」
「……っきょ、巨人が……っ毒の霧をまき散らして……!」
「巨人!?」
いやいやいや。いきなりパワーワードが出てきたぞ。巨人と毒って。
そのとき、
――ズシン。
地響きのような、足音。
……え? ウソだろ? マジで巨人出現!?
おそるおそる、振りかえる。
すると、そこには――
「久しぶりだな、ザカライア」
筋肉モリモリの、三メートルは超えている巨体。
それが、人の言葉を発した。
目が赤く、ギラギラと輝いている。
腕長は拳が地面につくくらい長く、肩幅は長身の人間がおさまってしまいそうなほど広い。
体重はわからないが、キロではなくトンで表すべきだろう。
「ずいぶん奇妙な姿じゃないか。第二次成長期かね」
……んなわけねーだろ!
ザックさん、案外余裕だな!?
「これが私の研究の集大成だ。素晴らしいだろう?」
「君の美学は昔からさっぱり理解できんよ。それはもう……人の身体ではない」
ザックさんが嘆く。
ああ。これで確定してしまった。
この巨人が、ギルベルト・イェーリング。
灰翼教団の四騎士の三人目であり、ザックさんの旧友なのだ。
こんな巨人と、どう戦えっていうんだ? 俺の魔法は通用しないんだよな?
すると、巨人のギルベルトがニヤリと笑って、小さな球体の丸薬のようなものを取りだした。
それを握りつぶした瞬間、霧が噴きだしてきた。
ちょ、待ってくれ。まさか毒か!?
「ポルテくん! 彼を連れて離れなさい!」
「はいっ!」
ザックさんの鋭い声の指示を聞き、倒れていた人を肩で支えて――俺に成人を横抱きできるほどの力はない――その場から離れた。
「鴉嘴顕法」
ザックさんが、鳥のくちばしのようなものを腕にまとい、ギルベルトを攻撃する。
しかし、巨人の彼は難なくそれを受けとめた。
グワン、とでも言うべきか、なにかがひしゃげたような音がした。
「君が来るような気はしていた……だが、実験はまだ途中なのだよ。邪魔をするなら容赦はしない」
「なにが実験かね。我々の国の領民を使うのは筋違いだろう」
「今は戦争中だ。筋違いなどと考えるのはナンセンスだ」
ギルベルトが、ザックさんの攻撃を振りはらう。
そして、ニヤリと笑った。
「そうだ。君を倒せば、アルケミリアは私の毒を防ぐ方法を失うじゃないか。わざわざ来てくれてよかった」
……なんだと、この野郎! むざむざとやられてたまるか!
「黒い弾丸!」
指を銃の形にかまえて、奴を狙う。
発射された黒い霧の塊は、まっすぐ巨人にむかっていき、顔に当たった。
――でも。
「わかっていてもやらずにいられなかった、か? 愚かなり」
ピンピンしていた。
やっぱり全然効かなかった! くそぅ! そのとおりだよ!
「魔法をはじく麻薬を肌に塗りこんでいるのだ。皮膚を貫通するような攻撃でないと効かぬぞ。
この強固な肌を貫ける自信があるなら、かかってくるがいい!」
巨人が、腕を振りまわしながら叫ぶ。
いやいや! 自分の弱点、暴露するとかなに考えてんだ!
よほど自信があるんだな……! 畜生め!
しかし、悔しがっている場合ではない。
ひとまず、この患者をもっと安全な場所に避難させないと。
……え? 待って!?
毒の霧、こっちに広がってきてないか!? まずい!
患者を抱えて、もうすこし下がる。
そして、鳥型のマスクを脱いで、横たわったその人にかぶせた。
よし。これで大丈夫。
毒霧が寸前まで迫ってきたところで、獣化。これで回避しまくってやる。
「なんだ、あの姿は……」
「よそ見をしている場合かね」
ギルベルトが獣化した俺に気をとられている隙に、ザックさんが魔法で出した銀の弓矢をかまえて、放つ。
矢は、左肩に刺さった。
しかし、すぐにそれはへし折られ、刺さった箇所に開いた穴は、たちまち塞がってしまった。
「……さすがだ。この体に傷をつけるとはな!」
ギルベルトが剛腕を振い、ザックさんに攻撃する。
寸前でかわすザックさん。
地面に当たった拳が、地面を陥没させる。
続けざまに、何発も。
……怖い怖い怖い! 地形が変わるって!
一体どうすりゃいいんだ? 当たり前だが、よけてばかりじゃ勝てない。
すると、ザックさんが拳をよけつつ、俺のそばまで下がってきた。
「大丈夫かね」
「はい、なんとか! でもこのままじゃ……!」
俺の獣化は、陸上では最長でも一時間くらいしかもたない。まずはこの毒霧をなんとかしないと。
……でもこれ、あいつが丸薬を潰して発生させていたよな。
あれが、さっき使った一つだけしかないわけがない。
もしかしなくても、八方塞がりじゃね?
「策がないわけではないのだがね」
「ホントですか!?」
ザックさんは、頷きつつも、どこか迷うようなそぶりを見せている。
一か八かの危険な策、とか?
でも、今は迷ってる場合じゃないって。
「ザックさん! 俺は囮役ですから! なんなりとお申しつけください!」
「……ありがとう。私も……腹をくくるよ」
ザックさんが背筋をのばし、余裕の表情でこちらの作戦会議が終わるのを待っているギルベルトを見る。
「彼の注意をひいてほしい」
「時間稼ぎですね?」
ザックさんが頷く。
なにか、大がかりな魔法かなにかをやるつもりだな? よしきた!
覚悟を決め、巨人へと駆けよる。
そして、背後へ。
……思ったとおりだ。このあたりなら、毒霧に侵される心配はない。
「ひねりつぶされたいか。君に用はない!」
ギルベルトが、拳を振るった。
必死によける俺。
毒霧が漂っている範囲に入りそうになり、とっさに奴の背中にしがみつく。
「なめるのも大概にしたまえ!」
ギルベルトが自分の背中を殴りつけてきたので、慌てて離れた。
いやいや! 正気の沙汰じゃない!
「……! あれは……」
離れたところでなにかの作業をしているザックさんを見つけた奴が、ニヤリと笑う。
ザックさんは、魔法陣を描いている最中のようだ。
まだ近づけさせるわけにはいかない!
再び背中にしがみつき、人型に戻った。
「黒い霧の剣!」
黒い霧を凝縮し、剣を生みだす。
新技、物質化を発動!
「無駄だと言っているのがわからんの、――っ!?」
吠える巨人の背中に、思いきり剣を突きさす。
剣先がちょこっと刺さった程度だったけど、問題なし。
その剣を通じて、内部に黒い霧を流しこんだ。
「ぐ、う……っき、さま……っ!」
ギルベルトが、苦しげな声をもらす。
しかし、動きが止まっただけで、通常の反応――体が重くなっている様子はない。
「――静まれ、大地の脈動。白き理よ、肉と魂を包め。流れし力を断ち、巡りを止め、命の熱を余白へ還せ」
ザックさんが、詠唱しはじめた。
「あの呪文は……! ぐっ! おの、れ……っ!」
再び動きだしたギルベルトに、追加で黒い霧の剣を突きさす。
「動きを忘れよ、抗いを許されるな。ここに在れど、在らざるものとして――白蝋の檻に封じこめよ!」
ザックさんが、一瞬こちらを見た。
任務、完了!
俺は奴の背中から飛びおりて、できるだけ距離をとる。
ザックさんの目が、ギルベルトをとらえた。
「白百合の腐敗!」
その名を唱えた瞬間、振るった杖の先から巨大な白い膜のようなものが出て、奴に覆いかぶさった。
「ぐ、が……あっ!」
体が真っ白になり、固まっていく。
これは……どんな魔法だ? ただの動きを封じる魔法じゃないよな?
様子をうかがいながら、ザックさんのもとへ駆けよる。
「ザックさん! あれは一体?」
「死蝋化だよ」
「……しろうか?」
「死後、脂肪が蝋のように変化する現象だよ。それを強制的に引きおこし、魔力の流れを遮断した」
「魔力を……遮断?」
「彼の巨体は、体内の魔力循環によって保たれているとわかった。だから、それを遮断してしまえば……見てのとおりだよ」
ザックさんが言った瞬間、ドスン、と音がした。
ギルベルトが倒れて、なおももがき苦しんでいる。その体は、ボロボロになって自壊しはじめていた。
ザックさんが、ギルベルトにゆっくりと近づく。
杖を振りあげた――そこで、俺が間に入った。
ザックさんの杖を持った手をつかみ、首を横に振る。
「俺が」
それだけ言って、ザックさんの目をじっと見つめた。
彼は一瞬目を伏せて、そして、小さく頷いた。
手を離し、もがいているギルベルトとむき合う。
「――黒い霧!」
俺の魔法を食らうと、奴は大人しくなった。
苦しみは和らいだようだが、白くなっていた体が、今度は黒い塵状になって崩れはじめた。
「あれを、完成させていたとは、な……」
あおむけになったギルベルトが、しわがれた声を発する。
「ギル。君との約束だったからね」
「まったく、乗り気では……なかった、じゃないか」
「ああ。君の発想は、医学の領域を超えていたからね。私はそれが恐ろしかった。だから止めたかった。
……残念だよ」
ザックさんが目を閉じ、俯き加減で首を横に振る。
ギルベルトは、それを見て満足そうにほほえんだ。
「ふふ……私は、満足だよ。礼を、言う……ザック……」
――その一言を最後に、ギルベルトは完全に消滅した。
気づけば、いつの間にか毒霧も晴れていた。
防毒マスクを外し、ぼんやりと空を見上げるザックさんを見つめる。
「……ザックさん。もしかしてずっと前に言ってた、この呼び方してた旧友っていうのは……」
その先の言葉は、言えなかった。
目を閉じて沈黙するザックさんの言葉を待つ。
「……昔の話だよ。君がこれからもずっと、そう呼んでくれれば嬉しいのだがね」
悲しげにほほえむザックさんを見て、俺は満面の笑みを浮かべた。
「はい、喜んで! 改めてよろしくお願いします、ザックさん!」
手を差しだすと、ザックさんは驚いて目を見開いていた。
……なんだか、別のなにかを見ているようだ。なにかを思いだしているのだろうか?
「ありがとう。こちらこそ、よろしく」
握りかえされた手の温かさに安堵して、俺は頷いた。
さて……後片づけが超大変そうだな!
今回で60話に到達です!
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
余談ですが、「白百合の腐敗 (テラ・アルバ・フォリアータ)」という魔法の名前、めちゃ気に入ってます。錬金術由来の言葉です。
さて、まもなく今の章は終わります。そして、四騎士最後の1人との決戦が待ちうけております。
これから先も、ぜひ本作をお楽しみください!
次回は、来週火曜日のいつもの時間、20時頃の更新予定です。




