6話 新たなお客がきたから仲よくなってみた
ライリーさんの秘書・コーデリアさんとは、家につく前に別れた。
「ライリー様によろしくお伝えください。できれば、大会への参加についても前むきに検討していただくようお願いします、とも」
「分かりました。いろいろありがとうございました!」
颯爽と歩いていく彼女の背中を見送ってから、俺は家に戻った。
……いけね。「大会」ってなんなのかって聞きそびれた。
「ただいまー」
「おー」
玄関扉を開けた途端、デジャヴ。
家の中が、荒れている。しっかり棚に詰めておいた本が、またしても床に散乱している。その床に直接寝そべる怪しい人物が、一人。
「……病気?」
「なんだとコラ」
自覚がないほど重症らしい。
キリがないので、ひとまずこちらは放置。先に俺の部屋を片づけよう……と、その前に。
「ライリーさん。コーデリアさんがよろしくお伝えくださいって。あと、なんかの大会についても――」
「あ?」
にらまれて、ものすごいドスのきいた声で聞きかえされたので、「なんでもない」と言っておいた。
なんなんだろう。そんなに嫌なものなのか? あー……気になる。
もやもやした思いを抱えつつも、部屋の片づけに入った。それをなんとか終わらせて、怒涛の一日が終わった。
ちなみに、部屋は宿屋の二人部屋程度の広さで、ふかふかなベッドもある素晴らしい場所だった。てきとうに物がつっこまれて荒れた物置のような状態から普通の部屋に戻すには、かなり骨が折れたけど。
そして翌日は、朝食後――ライリーさんは朝食を抜くタイプの人らしいので俺だけいただいた――に、昨日できなかった場所の掃除を手早く終わらせてから、コーデリアさんから借りた本を開いた。
薄茶色のページに、文字がびっしりと書かれている。
……え? これ、ホントに子どもむけ?
疑いつつも、書いてあるのが易しい言葉ばかりだったので、まぁ納得。
第一章は、アルケミリア王国が成立した仮定が昔話調で書かれていた。ただし、挿絵は一つもない。
要約すると、こうだ。
まだ一地方でしかなかったアルケミリアにて、「魔素結晶」と呼ばれる鉱石の一種が発見される。それは、燃料としても光源としても使える貴重な資源であり、周辺部族間での争奪戦が激しく行われていた。
そんな中、ある部族の長となったアルシードが、諸部族を武力と婚姻により統一。これをもって「アルケミリア王国」建国となる。
のちに、初代国王アルシード(アルシード一世と改名)の側近、レーヴェが魔素結晶から魔石を精製する手法を編みだす。これにより、魔法発動率が飛躍的に上昇。魔法を用いた兵器が次々に考案される。
アルシード一世の指示により、「王立魔導院」(現在の「王立魔導研究院」)を設立。現在の暦、「魔導暦」が使われるようになる。軍事面だけでなく、農業・医療・土木などへの応用研究も進められる。
今から約三百年前の魔導暦三十年、初の「魔導照明」(魔導灯とも)が発明され、人々の生活時間が大幅に増加。その他、生活に関わる道具も次々に発明され、国は豊かになっていった――。
……なるほど。魔法を人の生活に応用しようと考えたおかげで、この国はこんなにも発展したのか。
それに、これだけ魔法が主体となってる国なら、「魔法使いが勇者」になっても違和感はない。現代の勇者は、ややものぐさですぐ部屋を散らかすダメ人間だけど。
一章を読み終えたところで、本を閉じた。そろそろお茶をいれようか。
「ライリーさん、お茶いかが?」
「おう。ちょうどいい」
「なにが?」
「だから、茶ぁいれてもらおうと思ってた」
執務室の扉ごしに呼びかけて、返事があったので中に入る。
荒れた室内を、散乱した物を踏まずに注意しながら、机の前に移動。ポットでティーカップに茶を注いで、机で本を広げながら書き物をしているライリーさんのそばに置いた。
茶葉がいろいろあったので迷ったが、頭をすっきりさせる効能があるペパーミントを選んだ。この時代、「お茶」といえばハーブティーで、紅茶やコーヒーはまだ存在していない。変なとこ史実に忠実なんだよな。
「勉強ははかどったか?」
「へっ?」
荒れた部屋を見て見ぬふりして出ていこうと踵をかえした途端、声をかけられた。
振りかえったが、ライリーさんは変わらず書類とむき合っていて、こちらにはちらりとも顔をむけていない。
「コーデリアから本、借りてきたんだろ? あいつがいつももち歩いてるやつ」
おお……気づいていたのか。
昨日は帰ってすぐに自室(当時は物置状態)の片づけに走り、借りた本は汚さないようにと早々に避難させていたのに。めざといな。
「おかげさまで。まだ一章までしか読めてないけど」
「昔々、アルケミリア地方で多数の部族が争いを繰り広げていた頃……ってか」
「えっ?」
そこでライリーさんはペンを置き、こちらを見た。
「それに載ってる昔話なら、ガキの頃に耳が腐るほど聞かされてきた。なんなら全部暗唱できるぞ」
「ええ……?」
俺が軽くのけぞると、ライリーさんは怪訝そうな顔をした。
いわゆる「桃太郎」みたいなもので、誰でも知っている昔話なのか? いや、それにしても全部暗唱は無理がある。「桃太郎」と違って、わりと専門用語もちらほら出てきたし、話の長さも比じゃない。
この人……やっぱりすごい人なのか?
そういえば、創作の中に限った話かもしれないが、名のある学者や発明家の部屋が汚――じゃない、ごちゃごちゃしているのはデフォルトだ。そうか……そうだったのか!
ストン、と胸の奥でなにかがはまるような感覚がした。すっきりとした気持ちで、ライリーさんを見つめる。
「……なんだよ?」
「別に。お茶の味はどう?」
「別に普通」
「よかった」
お茶のセットをお盆に乗せて、部屋を出る。扉を閉める前に、もう一度ライリーさんと目を合わせた。
「好きなだけ散らかしていいから。片づけは俺が全部引きうけるからな!」
「……お、おう?」
満面の笑みで宣言し、若干引き気味に返事をしてくれたライリーさんに頭を下げて、部屋をあとにした。
賢者で勇者。そんな人に拾われて、召使いをさせてもらえている。こんな誉れは、めったに得られない。精一杯務めさせていただきますとも!
決意を込めて、俺は台所にむかいながら昼食のメニューを考えた。
◇◇◇
昼食後、洗濯物を片づけていると、ドタバタと誰かの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「おっじゃまー。ライリー元気ぃ?……って、うっわなにこれ!? すごいきれいになってんじゃん! なんで? 新しい従僕でも――」
玄関扉を開けながら、べらべらと一人で喋る元気な女性。
その人は、洗濯かごを抱えた俺――もとい、タコの姿の俺を見た瞬間、目を見開いて固まった。
と、思ったら、
「っぎゃああああ!! まも、魔物っ!?」
叫ばれたので、慌てて人間の姿に戻った。
「すいません、驚かせてしまって」
「……っは……? に、にんげ、ん?」
「正しくは獣人です」
「じゅ、獣人……? ウソだろ。なんでそんなのがライリーの家に?」
そんなのって、なんだ。失礼な。
俺は洗濯かごを足元に置いて、へたりこんだその人に手を貸して立たせた。
その人は、オーバーオールをすこし着崩したようなスタイルの服を着ていて、キャスケットをかぶっていた。髪はショートボブで、目にも鮮やかな金色だ。見た目は男性っぽいけど、声の高さは完全に女性のそれだ。非常に中性的で、区別がつかない。
どっちだろ、と首を傾げていると、奥の部屋のドアが開いてライリーさんが出てきた。
「うるせーと思ったら、やっぱお前か」
「ライリー! こいつなに!?」
「なにって、うちの新しい召使い」
「召使いって、なにその言い方! いや、それ以前にこんな奴お前の家にいたの!?」
「いねーよ。昨日拾った」
「拾ったぁ!?」
キャスケットの人は、唖然として目を見開き、俺とライリーさんを交互に見た。
どうやら、ライリーさんとは相当仲がいい人のようだ。そもそも、玄関をノックもせずに押し開けてずかずか入ってくるような人だから、当然か。
「こいつはトニー。なにかとつっかかってくる面倒な奴だから、あんま気にしなくていいぞ。てきとうにあしらっとけ。敬語もなしでいい」
「おい! なんだよその紹介の仕方!」
「トニーさんか。俺はポルテ。よろしく!」
「納得しないで! ねぇ!」
完全にツッコミタイプのその人――トニーさんは、憤慨しつつも帽子をとって姿勢を正した。
「トニー・ファーロウ。ライリーには家つながりでもいろいろお世話になってる者だよ。性別は一応女。話し方は……まぁ、いいや。よろしく」
「よろしく」
こちらも姿勢を正して、頭を下げる。差しだされた手をとって、握手。
女性だったのか……ん? 家つながりで世話になってる?
「トニーさんも貴族?」
「貴族っちゃあ貴族だけど、下級も下級。うちは元々平民だったんだけど、魔導列車の開発に携わった件で男爵の爵位を賜ったっていう経緯があってね。まぁ、大昔の先祖の話だけど」
「そんな昔の話でもないだろ。今でも中心で整備担当してるしよ」
「……お前、下げたり上げたりなんなの?」
トニーさんは顔を引きつらせて、じとっとした目でライリーさんを見た。
魔導列車って、つまり蒸気機関車みたいなものか? 石炭じゃなく、魔石で動くとか?
いいなぁ。今度いつか乗ってみたい。前世では、蒸気機関車には乗った経験がないからな。またそれとは別物だろうけど。
「それで? 今日はなにしにきたんだ?」
「なにって、別に? 時間が空いたからちょっと顔出しにきただけ」
「ほーん? つまり、暇なんだな?」
ライリーさんが、トニーさんを見ながら口角をぐっと上げた。
……あ、なんか悪いことを考えてる顔だ。
「暇って失礼な。束の間の休息って言ってほしいんだけど? このあと仕事――」
「お前、的になれよ」
「人の話聞けってば……なんの的?」
「こいつの魔法の」
ライリーさんが、俺の後ろに回って両肩に手を置いた。
「……はい?」
俺とトニーさんの声がかぶる。
魔法の的?……いやいやいや。




