56話 最高の栄誉を受けたので覚悟を決めてみた
「ここにある花はみな、魔導医療を応用した技術で育てられているのだ。
他国から種や苗を取りよせて植えた結果、このようになったのだが……すこし増やしすぎたかもしれぬ」
女王様は、近くにあるピンクの小さな花弁の花にそっと触れて、慈しむようにほほえんだ。
最初にお見かけしたときも思ったけど、笑顔が似合うお方だなぁ。
強権的な面が強い、なんて前評判はどこへやら。
……じゃなくて!
おおお、俺、これ、どうすりゃいい!? 平伏したほうがいいのか!?
「緊張しているのか? それも仕方ないか……気にせずともよい。無礼講でかまわぬぞ」
「はっ。ありがたきお言葉に、ございます」
ひざまずき、頭を下げる。
そして、勧められるままに、女王様の隣の席に座った。
うん。まさかの隣の席。
すると、グレイヘアーに、先がくるりとカーブしている口ひげをはやした古参らしき執事が、お茶をいれてくれた。
うやうやしく一礼し、音を立てずに去っていく。
「ウォルターのいれた茶が一番美味い。飲んでみよ」
「いただきます」
湯気のたつティーカップをそっと持ちあげて、一口。
……あ、ホントだ。うまい。
柑橘系のさわやかないい香りがして、ほのかな甘みとどこか緑茶に似た渋みを感じる。
「本当においしいですね。レモンバームですか?」
「……ほう。そなた、茶に詳しいのだな」
「は、い、いえ……滅相もございません」
……やらかした! つい普通に喋っちまったよ!
けれど、女王様は満足そうにほほえんで、二度頷いていた。
「そなたをここに呼んだのは、他でもない。前々から気になっていたからだ」
「前々から、でございますか」
「ああ。魔導祭で優勝した件……あれには驚いた。
それから始まり、暴走した魔導列車を止めた件。
国家転覆を企んでいた者の悪事を食いとめた件。
王都に侵入しようとした魔物たちを一網打尽にした件。
直近では、例の灰翼教団の四騎士の一人を討ちとった件。
国家において重要な局面に、必ずといっていいほどその姿があった。
それで、是が非でも会いたくなったのだ」
「お……恐れ入ります」
ほとんど全部、不可抗力ですけど。
興味をもってもらえていたなんて、思いもよらなかった。
「ずいぶん若いのだな。移住してきたと聞いたが……出身は?」
「シャルマン王国でございます」
俺が答えた途端、女王様は一瞬はっと目を見開き、頷いた。
「……そうか。奇妙な縁だな」
「奇妙な縁、ですか?」
「実を言うと、私もシャルマンの生まれなのだ」
「……え!?」
アルケミリア王国の女王様が、隣国の貧乏な国・シャルマン王国の出身?
ウソだろ?
「母は、先代国王に仕えていた侍女だった。
私を妊娠したのがわかったあとで、生まれ故郷のシャルマンに戻って……そこで私を産んだ」
「あ……王位継承権が下のほうだったっていうのは、そういうことでしたか」
「そうだ。十二の頃まで、シャルマンで母と二人で暮らしていた」
「それで、どのような経緯でアルケミリアに?」
「……母が、病に倒れたのが始まりだ」
女王様の顔に、すこしだけ翳りがみえた。
う、ヤバいヤバい。俺、普通の人と同じように話しすぎだって。
「どんな巡りあわせか……同時期に、先代も病に侵されていたようでな。次代の国王を決めるため王宮に呼びだされた、というわけだ。
他の王位継承者――兄弟たちとは、そこで初めて顔をあわせた」
女王様が、ぼんやりと遠くへと視線をむける。
……なるほど。その後、血みどろの王位継承戦争ともいえる内乱的争いが勃発したわけですね?
そのとき、女王様はどんな気持ちだったんだろう。
他の王位継承権をもつ人たちは、当時の臣下たちは、どんな目でこのお方を見ていたのだろう。
考えただけで、胃のあたりが重くなってきた。
想像を絶する苦難があったにちがいない。
……でも。
「陛下。恐れながら、申し上げます」
「なんだ?」
「お――私は、陛下が王座について、心からよかったと思っております」
「……と、いうと?」
「孤児院建設の件は、ローズマリー様からうかがいました。親を失った子どもたちが安心して暮らせる場をつくるために、臣下を説得したとか。
それから、獣人街についても」
女王様が、ふと目を閉じる。
「……あれは、獣人の隔離施設と呼ぶ者もいると聞いた」
「たしかにそう呼ぶ者がいるのは事実のようです。
しかし、そこに住んでいる者から聞きました。あそこは、なにも気にせずのびのびと羽をのばせるから、一番好きな場所だと」
女王様がはっとしてこちらをむき、ほほえみつつ「そうか……」と呟いた。
これは、カトリーナの言葉だ。
俺をだますために言っただけ、とは思えない。あれは、まちがいなく本心だ。
……フレッドさんが死んだなんて、知らないだろうな。
今ごろ、どうしているだろう。冷たい檻の中で幽閉されているのだろうか。
――トニーさんと、一緒に。
「なにか私に聞きたいことがあるか?」
「えっ」
「顔を見ればわかる。これでも、様々な企みを抱えた者をこの目で嫌というほど見てきたからな。
……トニー・ファーロウの件か?」
不敵な笑みを浮かべて言う、女王様。
まさしく、今俺が頭に思いうかべていた人の名を言われ、ドキッとする。
い、いやいや。なんでその内容までわかるんだよ!? 読心術の心得でもあるのか!?
それとも俺、無意識にテレパシーでもしてたかな!?
うろたえつつ、女王様のほうへ体ごとむけて、頭を下げる。
「そのとおり、です。陛下……彼女は、どうなるのでしょうか。やはり……その……」
「国家転覆を企てた者が無罪になることはない」
言葉をにごしていた俺を一刀両断するかのように、女王様が厳しい声で言いはなつ。
瞬間、びくりと体が震えた。
「……だが、私は罪だけで人を測るつもりはない。それ以上は言えぬ」
俺は、頭を下げたまま目を閉じ、その言葉の意味を噛みしめて、しばらくしてから顔を上げた。
「そのお言葉だけでも、十分です」
女王様が頷く。
「……陛下。この戦争が終わるまで、この国に平和が訪れるまで、微力ながら命を懸けてまいります!」
「ならぬ」
覚悟をこめた言葉で締めようとしたが、まさかの否定の言葉がかけられ、ぎょっとした。
「命を懸ける、などと容易く口にしてはならぬ。よいか。これは命令だ。
必ず……生きて帰ってまいれ。そしてまた、ここで会おう」
――言葉に、ならなかった。
息をのみ、しばらくその凛とした顔を見つめた。
すこししてからひざまずき、胸に手を当てて無言で一礼する。
……また、女王様と会うなんて。寿命が縮みそうだから勘弁してほしいところだけど。
でも、最上級の栄誉だ。
もしも次にお会いできるときがきたら。
またここでのんびりと、なんの憂いもない状態でお茶ができたら最高だろうな。
「失礼いたします……! 陛下!」
「何事だ」
ほのぼのと考えていたら、だれかが息をはずませながら駆けこんできた。
この人は……さっきの会議にもいた人だな。たぶん、政務官の一人だ。
「レイヴンホルムの砦が、突破されたとのことです!」
「え!?」
思わず、声が出た。
◇◇◇
女王様へのあいさつもほどほどに、王宮内を走って外に出た。
……今日の俺はさえてる! 勘でこんなに早くに正門まで辿りつけるなんて。
女王様から勇気をもらったおかげだな!
ちょうど走りだすところだった馬車を見つけて追いかけ、獣化して貼りついた。
腕を一本のばし、窓を叩く。
「は? なんだこれ」
叩いた窓から顔を出したのは……またしても幸運にも、ライリーさんだった。
なんだこれって、失礼な!
あんた、何度か見てるだろこの姿。
「ライリーさん! 俺!」
「…………」
声をかけると、ライリーさんが俺の腕をつまむ。
そして――捨てた。
慌てて再び馬車に貼りつき、窓から中へと入り、人型に戻る。
「ひでーな! なんで捨てるんだよ!?」
「気持ち悪かったからつい」
「ついじゃねーよ!」
悪びれる様子もなく言ったライリーさんに、吠える。
そして、むかい側の席に座っていた人――ルーファス先生が、きょとんとした顔で俺を見ているのに気づいた。
「ルーファス先生! 先生からもなんとか言ってください!」
「ああ……よく無事だったね」
「ホントですよ! まさか、走ってる馬車からポイ捨てされるなんて!」
「そうじゃなくて。女王陛下と会談して、なんともなかったんだね」
ルーファス先生が苦笑する。
なぜか、ライリーさんも渋い顔をしていた。
「……どういう意味ですか?」
「たちまち不敬罪に問われてどうにかなるんじゃないかと危惧していたんだよ」
「首、つながってるだろうな?……大丈夫そうだな」
ライリーさんが、俺の両方の頬に手を添えて、上に引っ張った。
「失礼な! どんだけ信用ないんだよ!?」
「あとでまた出頭しろ、とか言われてねぇよな? 戦争中だから一時的に免除されたとか――」
「ねぇよ! だからどんだけ信用ないんだよ!?」
「お前のことは信頼してる。
けど、お前の礼儀作法の出来についてはどこに出しても恥ずかしくないレベルだとはとても言えねぇんだよ」
「……! そっか! 信頼してもらえてんならいい」
「よくないよ?」
ルーファス先生に呆れた顔で見られても、気にならなかった。
いや、だって信頼第一じゃね? それでこそ相棒だ。
「……ところで、陛下とは一体どんな話をしたんだい?」
「え? どんな話って……」
ルーファス先生が、ため息をついたあとに聞いてきた質問に、俺は目を泳がせた。
なにしろ、お別れの間際に「この会談の内容は他言無用だ」と言われたからな。
うーん……なんて言えばいいんだ?
迷っていると、先生がほっとしたような笑みを浮かべた。
「よかった。これでペラペラ話してしまうようなら、陛下がお認めになるような者であるはずがないからね」
……背筋に、寒気が走る。
あっぶな! なにか言ってたら、どんだけ怒られたかわかったもんじゃない!
「では、質問を変えようか。陛下はどんなお方だった?」
「どんな?……まぁ、案外普通のお方でした」
「ばっ! お前!」
答えた途端、焦った様子のライリーさんに詰めよられる。
「具体的には?」
「詳しくは言えませんけど……陛下もいろいろ悩みがあるんだな、と」
頬をかきながら言うと、ルーファス先生は興味深そうに「ほう」と言った。
ライリーさんは、信じられないとばかりに目を細めて俺を見ていた。
獣人街の話をしたとき、女王様はどこか心配している様子だった。
あれを作ったのは失敗だったのではないか、と悩んでいるような雰囲気を感じた。
だから俺は、あのときああいう答えをしたのだ。
「おかげで勇気をもらいました。戦う覚悟っていうか、生き残る覚悟がしっかり固まったっていうか」
「……それはよかった」
にっこり笑ったルーファス先生が頷く。
ふと、女王様のあの言葉が脳裏に浮かんだ。
『これは命令だ。必ず……生きて帰ってまいれ』
――はい。必ず。
心の中で改めてそうこたえて、深呼吸を一回。気を引きしめた。
次回は2人目が登場します。
強敵を主人公たちがどう攻略するか、ご覧いただけたら嬉しいです。
次は、あさって土曜日の20時更新予定です。
では、今日も読んでいただきありがとうございました!




