52話 調子にのっていいと許可が出たので遠慮なくのってみた
ザックさんの魔導医療研究院を出て、騎士団が駐留しているグリムフォード領にやってきた。
簡易テントのようなものが張りめぐらされた中を、案内役の騎士に先導されて歩いていく。
……途中で会った他の騎士たちが、必ずといっていいほどこちらに視線をよこしてくるんだけど?
ああ、そうか。超有名人なライリーさんのせいだな。さすがだ。
「獣人ではないか? なぜここに?」
「あれはたしか、勇者殿の弟子ではなかったか?」
「ああ! 魔導祭でジェイド卿を倒したへんてこな奴か!」
……聞こえてますけど?「へんてこ」は余計だっつうの。
いちいち突っかかっていられないので、気にせず先へと進む。
一番奥の広そうなスペースに到着し、案内役の騎士が立ちどまった。
「団長。勇者ライリー様とお付きの方をお連れしました」
「ご苦労」
案内役の人が敬礼しながら言うと、そこにいた団長らしき人物が返事。イケボだな。
騎士の人が隅に寄って、前をあける。
ずかずか足を踏みいれるライリーさんに続いて、俺も入っていく。
四角くて広い円卓があって、そこに地図が広げてあった。複数の箇所に、チェスの駒のようなものが置かれている。
その円卓の上座――いわゆるお誕生日席に、彫が深い顔の中年男性が座っていた。
さらには、見慣れた人物――ジェイドさんが、すぐそばに控えている。
……即座ににらまれた。相変わらずだな、この人は。
「よく来てくれた。ライリー……勇者殿に助力いただけるとはありがたい。よろしく頼む」
団長が、座ったまま頭をわずかに下げてあいさつしてきた。
「あいさつはいい。状況は?」
ライリーさんは、それを半ば一蹴して、円卓の上の地図に目をむけた。
ひえ。すごいな、ライリーさん。あきらか年上の団長さん相手でもタメ口なのか。
まぁ、元上司だから多少なりとも気心は知れているんだろうけど。
……ん? 待てよ? この人、実は諸悪の根源だったりする?
ライリーさんのかつての仲間に八百長を強要した、なんとか公爵と親しくしてたんだよな?
じゃあタメ口でも問題ないな! 俺は無理だけど。
「斥候からの情報によれば、メリッシアーノ軍もセラフィア軍も、グローブモア山の麓で陣をはったそうだがそれ以降動きはほとんどないとのことだ」
団長が、「グローブモア山」と表記されている場所の近くにある黒い駒を二つ指さした。
「おそらくは、王都内に侵入した屍兵でこちらが混乱している隙をついて、一気に攻めこむつもりだった。しかし、予想以上に我らの対応が早かったためにあてがはずれてしまったのだろう」
ライリーさんが、説明を聞いて頷く。
ザックさんの見解とほぼ同じだ。
もうすこしでも初動が遅れてたら、と考えると、背筋が寒くなる。
すると、不意に団長が俺に視線をむけてきた。
「そなたも一役買ったと聞いている。あの厄介な屍兵を退けるとは、さすがは勇者殿の弟子といったところか」
「いえ、そんなことは――」
「弟子じゃねぇ。相棒だよ」
団長の言葉を、スパンと切りすてるライリーさん。
たちまち、団長さんとジェイドさんの驚きに満ちた視線が俺にむけられる。
「勇者殿の相棒……それだけ優秀、ということか。それは頼もしい」
「い、いえ……そんな……それほどでも!」
ジェイドさんのきつい視線は無視して、団長さんにだけ返事をする。
本音はどうかわからない。けど、すぐにお褒めの言葉をくれたし、だれかさんと比べたらわりと話がわかる人ではないだろうか。
探るような視線をむけられたけど、それはたぶん初対面で、まだよく俺のことを知らないせいだな。
「では……新たな情報が入り次第すぐに知らせる。と、いうことでいいだろうか?」
「問題ない。しばらく待機させてもらう」
「うむ。たいしたもてなしはできぬが、ゆるりと英気を養うがいい」
団長に言われてすぐ、ライリーさんは踵をかえしてその場から離れていった。
俺も同じく。
……背後から、だれかがついてくるような気配がしたので振りかえると、仏頂面のジェイドさんがいた。
「なぜここに来た」
「なぜって。加勢に決まって――」
「我らを侮辱しているのか。貴様らがいなければ、我らが負けると?」
ジェイドさんが、答えた俺ではなくライリーさんをにらんで言った。
……あーあ。始まっちゃったよ。
「侵入した魔物と屍兵の掃討で活躍できたからといって、調子にのられては困る。特に屍兵の件は、ターナー卿がいたおかげでどうにかなったのであって、貴様らの功績ではない」
屍兵、と聞いた瞬間、あのときの光景が脳裏をよぎった。
――襲いかかってくるフレッドさん。俺を敵と認識したかのように鋭くなった目つき。
「……っ」
喉の奥でひりつくような感覚がして、反射的に唾を飲みこんだ。
「調子にのってんのはそっちだろ。国の一大事にプライド優先してる場合か?」
「貴様のような『腰抜け』に言われる筋合いはない!」
――体が、震える。
言いかえしたいのに、すぐには言葉が出てこなかった。
そして、ようやく唇をかすかに動かして、低い声で言った。
「……どっちがだよ」
ジェイドさんとライリーさんの視線が、同時に俺にむく。
空気が、変わったように感じる。
「あんたのほうこそ、あんのかよ。本当のことを知る勇気、あんのかよ」
「……本当のこと、だと?」
ジェイドさんが、訝しげに目を細めて眉を寄せる。
横からライリーさんの腕がのび、俺の腕をつかんだ。
「ポルテ」
「ライリーさん。あんた、前に言ったよな。自分の尊厳を汚す奴を、簡単に許すなって。この先ずっと、事情を知らないこの人から罵られつづけて……それで、いいわけないだろ」
ライリーさんが口を開いたが、そこから言葉は出てこないまま、再び閉じられた。
「本当のこととはなんだ」
「ライリーさんが退団した理由に決まってんだろ」
ジェイドさんが、息をのむ。
「……っいいから黙れお前っ」
ライリーさんは、俺の腕を引いてその場から離れようとしている。
俺は足をふんばって抵抗。
息を吸って、言った。
「騎士団の試合で! 八百長があったなんて知らないだろ!?」
――瞬間、ジェイドさんが目を見開いて固まった。
「いい加減にしろお前っ!」
ライリーさんが、俺の腕をひいてその場に押し倒した。
しかし、俺はそんなライリーさんの胸倉をつかんで、引きよせる。
「俺に話しちまったあんたが悪い!」
「……っ」
一瞬動揺をみせた隙を逃さず、ライリーさんの体をどけて起きあがり、困惑して立ちつくしているジェイドさんを見つめた。
「どう、いう……ことだ」
「そのまんまだよ。あの試合で八百長が行われてたって知って、そんなことのために仲間が死んだのかって、絶望したんだよ。だから騎士をやめたんだ」
「ばかな! そんなはずがない! 団長が、八百長なんてものを許すなど!」
「無理に信じろなんて言わない。
けど、事実ライリーさんは騎士をやめてる。
あんたなら……よく知ってるだろ。っていうか、俺より知ってるんじゃねぇのか。
ライリーさんは、めんどくせぇとか言いながらも、途中で投げだすような無責任な人じゃないって。
もしそういうことをしたんなら、よっぽどのことがあったんだって。わかるだろ」
ジェイドさんが、動揺して荒い呼吸をしながら、俺からライリーさんへと視線を動かす。
ライリーさんは、それを受けとめきれなかったのか、すぐに目をそらした。
「……っならば……なぜ、それを言わなかった!? なぜだと問うた俺に、なぜ答えなかった!?」
「言えるわけねーだろ! 実際、あんた今めちゃくちゃ動揺してるだろうが!……もしそれ知ったら、あんたどうしてた?」
俺にそう聞かれると、ジェイドさんは唇を噛んだ。
ジェイドさんなら、まちがいなく団長を問いつめるくらいはしていただろう。
ただ、仮にそれをしても、納得できる回答など得られるわけがない。
解決せず、モヤモヤする気持ちを抱えたままでいるなんて、俺だったら耐えられない。
ライリーさんと同じく、すぐ「辞める」と決断していただろう。
――しばらく、だれも、なにも言わなかった。
俺が言いだしっぺなわけだが、この場をどうおさめたらいいか、わからない。
勢いで言っちまった……ライリーさんが守りつづけてきたものを、簡単に壊しちまった。
だめだな、俺。
すると、不意にライリーさんが、ふう、と息を吐いた。
「……お前が団長になれば、絶対変わる。二度とあんなことが起こらなくなる。そう、思ったからだ」
「……っ!」
ライリーさんが、呆然と立ちつくすジェイドさんをおいて、歩きだした。
俺もそれに続き、途中でスピードを速めて、ライリーさんを追いこした。
「ポルテ」
呼びかけられて、立ちどまる。
その声は、怒っているふうでも悲しんでいるふうでもない、いつもどおりのトーンだった。
背をむけたまま、口を開く。
「ごめん。俺、だめだわ」
「…………」
「ライリーさんが罵られるのが耐えられなくて、つい言っちまった。自分のことしか考えてなかった」
そこまで言って、無理やり笑顔を浮かべて振りかえる。
「俺、まだまだ相棒になるには早いな。のびしろしかねぇわ!」
無表情だったライリーさんが、ため息をつく。
「……やっぱお前はばか野郎だな」
頭を拳で小突かれる。
「お前は俺が、お前を励ますためだけに『相棒』なんて言ったと思うのか?」
「そんなようなもんだろ」
「違う。お前は十分その力がある。そう思ってたからだ」
ライリーさんにじっと見つめられ、困惑する。
「そ……そんなん言われると調子のるぞ? いいのか?」
「いいんだよ。のれよ。お前は……やってのけだだろ」
「なにを?」
「俺ができなかった魔法を。しかも、二度も」
二度も。
最初はわからなかったが、すこししてから、至大共鳴陣のことかと気づく。
あれ、ライリーさんもやろうとしたのか。
炎魔法で?
……いやいや、危なすぎるだろ。できなくてよかった。
「あいつとのことは、俺が自分でケリつけるべきだった。ずっと逃げてたんだ。それを、お前が手伝った。それだけだ」
「……じゃあ、つまり俺、ナイスアシストってわけだな?」
「さっそく調子のってんじゃねぇか」
「いいって言ったのライリーさんじゃん」
また頭を小突かれて、ふふっと笑った。
同時に、ライリーさんもほほえんだ。
……これで、よかったと思うしかないか。
ジェイドさんがどう受けとったかはわからない。
けれど、なんとかうまく仲直りできたらいいのに、と思った。
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