50話 真意を知ったので励ましてみた、けど無理だった
――あの試合は、生涯忘れられないだろう。
ライリーは、あのときの光景を今でもはっきりと思いだせる。
振りかえったら、仲間が全員倒れていた。
勝ったはずなのに、まったくそんな気がしなかった。
馬上槍試合では、本物の武器を使う。だから、よくあることだ。そう言われれば、それまでだ。
しかし、ライリーはその試合中、違和感を抱いていた。
仲間たちの動きが、連携が、妙に噛みあっていなかったのだ。
その理由は、試合後、会場から戻る途中で知るはめになる。
「閣下。いかがでしたか」
「うむ。おかげで楽しめたぞ。よくやってくれた」
「ありがたきお言葉にございます」
呆然自失の状態で通路を歩いていた最中に声が聞こえ、ライリーは立ちどまった。
一人は、なぜかよく騎士団の詰め所に顔を出してくる、ルナベリー公爵。
もう一人、相手をしているのは団長だ。
「簡単に終わってしまっては張りあいがない……ああいう悲劇と危機がときには必要なのだ。そうだろう、団長殿?」
「……おっしゃるとおりです」
満足げに話す公爵の一方で、団長の声はどこか張りがなかった。
「グレイキャッスル公爵は、当然相手方に賭けていたようだからな。おかげで鼻を明かすことができた。あの悔しそうな顔を見られただけで……十分だ」
次も頼むぞ、とルナベリー公爵が言って、去っていく一人分の足音が聞こえた。
ライリーは、そこでようやく息を止めていたことに気づく。
――同時に、なにかが崩れ落ちていくような音が、頭の中で響いた。
◇◇◇
「……そのあとすぐに、兄貴の手を借りて退団した。あいつとは、それっきりだ」
ライリーさんの締めくくりの言葉を聞いても、俺はなにも言えなかった。
かける言葉が、見当たらなかった。
八百長。
ライリーさんとチームになった仲間の人たちは、ルナベリー公爵から「わざと負けるように」と話を持ちかけられていたのだ。
……理解、できない。
それを指示した公爵も、受け入れたライリーさんの仲間たちも。
「他の……ジェイドさんとかにはこのこと言って……るわけ、ないよな……」
「言えるわけねーだろ。あのときからすでに、あいつは次期団長候補として名が挙がってたんだ」
腕を組んで天井を見つめるライリーさんを、信じられない気持ちで見つめる。
……こんな話を知ってしまえば、だれでも大きなショックを受けるだろう。
しかも、ジェイドさんはライリーさんと立場が違う。
「ってなわけで……事情を知らない連中は、俺のことを好き勝手言ってた。腰抜けだのなんだのってな」
「ジェイドさんもか?」
「あいつはすこし違ったな。ずっと、わけを話せって言ってた」
それを聞いて、妙に納得するような、なにかがストンとはまるような感覚がした。
毎回毎回、何度戦いを挑んでも勝てない相手。ライバル。
それが、突然退団すると言いだした。
何度問いつめても、なにも答えない。
『俺は、絶対に、お前を許さない!』
魔導祭で、最後にジェイドさんが恨みがましく言っていたセリフ。
あれは、つまりそういうことだったのだ。
「……ジェイドさんは、ライリーさんを恨んでたわけじゃなかったんだな」
「恨んでるだろ。あれはどう見ても」
「違う。あの人は、ライリーさんを信じたかったんだよ。他の奴らが言うような腰抜けなんかじゃないって。だから、否定するどころかなにも言わないライリーさんに、怒ってるんだよ。俺は……そう思う」
直後、ライリーさんは口を真一文字につぐんで、窓のほうに体をむけ、俺には背をむけた。
「……ありがとな、ライリーさん」
「別に――」
「話してくれたことだけじゃなくてさ。魔導祭のことも」
ライリーさんが振りかえり、理解できないとばかりに目を細める。
「貴族の賭け事に使われるのが嫌だったのって、それも関係してたんだろ? なのに……俺のために、ありがとう」
今さらだが、当時の彼の心中を想像するだけでも、胸が締めつけられるような感じがする。
ライリーさんは、「お前のためなんかじゃねぇよ」と、小声でぼそりと呟いた。
「言っといてあれだけど、忘れろよ。他人のろくでもない過去なんて」
「ろくでもなくなんかねぇだろ。できたらそうする、けど」
まぁ、まず無理だな。
彼が今まで抱えていたものが、ここまで大きく重いものだったとは。
やっぱり、気軽に聞いてはいけないことだった。
後悔はしていないけれど、じゃあこの先俺にはなにができるか。
二人の仲を修復するために、なにができるのか。
今のところは、なに一つ思いつかなかった。
◇◇◇
それからすこし休んでから、魔力も体力も回復したのを確認して、無断で使わせてもらった診療所をあとにした。
それは、新しい情報が入ったからっていうのもある。
「スパイの正体は屍兵だったらしい」
伝書鳩がもってきた文書を読んだライリーさんが、それに目を落としたまま言った。
……なにか、いやーなワードが聞こえたんですけど?
俺が小刻みに体を震わせていると、ライリーさんが文書をグシャッと握りつぶした。
「そんなことすんのは、ルーンベルクのあいつらだけだ」
「あいつら?」
「ああ。禁術なんざ引っ張りだしてきやがって……本気でうちとやり合う気かよ」
ライリーさんが、握りつぶした文書を地面に叩きつける。
それを俺が、風に飛ばされてしまう前になんとか拾った。
ポイ捨てはだめだって。
「正直聞きたくないけど、一応聞くぞ? 屍兵ってなんだ? アンデッド系の魔物?」
「魔物じゃねぇ。人だ」
「人?」
「死体を生きかえらせて意のままに操る魔術だよ。非人道的ってことで、禁術の一つに指定されているはずだ」
「死体を生きかえらせるって……! それ、ゾンビじゃん!」
「違う。ゾンビとは根本的な部分が……」
ライリーさんはそこで切って、頭をかきむしった。
「なんで俺が説明してやらなきゃいけねぇんだよ、めんどくせぇ……! ルーファス先生! 帰ってきてくれよ!」
「ごめんな、なんも知らないばか野郎で! でも、頼むから!」
頭をかきむしった後、空を見上げて嘆くライリーさんに、手と手を合わせて懇願する。
それを見たライリーさんが、舌打ちを一回。
「……ゾンビと屍兵は、死体を魔術で生きかえらせるって点では同じだ。けど、それ以外は全部違うと言っていい。見た目も中身もだ」
「見た目も中身も?」
「腐りかけのゾンビに対し、屍兵はほぼ生前の姿のまま。知能も、ゾンビはかなり低くて見境なく生き物に食らいつくけど、屍兵にはそういう本能的な部分はない。術者の命令に忠実で……言っちまえば、軍事用ゴーレムみたいなもんだ」
「……そ、そうか。だからスパイ活動みたいなこともできるんだな」
「そういうことだ」
ライリーさんが、だるそうにため息をつく一方で、俺は恐怖心を抱いていた。
ヤバすぎるだろ。
普通の人だと思っていたのが、実はすでに死んだ人でした、なんて。
いつぞやのゾンビ集団に襲われた件を思いだす。
あれは、見た目がああだったからすぐどうにかしないと、と考えられた。
けれど、見た目がそんなに変わらないなら、普通に接していても気づかないだろう。
……う、寒気が。
「本当に、よかったな。そんな奴が見つかって。っていうか、よく見つかったな?」
「屍兵は、体のどこかにヘビがからみついたみたいな特徴的な紋章があるらしいからな。それでわかったんだろ」
「そっか……じゃあ、これでもう大丈夫、なんだよな?」
「んなわけねーだろ。侵入経路を特定しねぇと、また同じ……こと、に……」
ライリーさんの言葉の語尾が、だんだんと弱く小さくなっていった。
そして、固まる。
「……他にも、侵入してる奴がいるかもしれないな?」
「そうだよ!……っくそ!」
ライリーさんが走りだし、遅れて俺も彼を追いかける。
「ど、どうする!? どこ行きゃいい!?」
「お前はすぐドクターを呼んでこい!」
「ザックさん!? あの人のとこにもこの情報入ってんじゃねぇの!?」
「だろうな! けど、もし動きがなかったらこの件知らせとけ! それだけでいい!」
「わかった!」
そこでライリーさんと別れて、魔導医療の研究所へとむかった。
……道、こっちで合ってたっけ!? 自信ないんですけど!
うろ覚えな道を走っていると、途中でがっつり見覚えのある人の背中を見かけた。
「フレッドさんっ!」
そのたくましい背中に呼びかけながら、駆けよっていく。
彼が振りかえり、肩で息をしている俺を見て目を丸くした。
「どうした、そんなに慌てて。もう大丈夫なのか?」
「ああ、おかげさまで……っていうか、フレッドさんこそ。なんか……フラフラしてねぇ?」
フレッドさんとむき合って立ち、首を傾げた。
顔色は悪くない。けれど、なんだか動きが変だ。
体を動かすたびに、若干横に揺れているようだった。
酔っているのか? こんなときに酒を飲んだのか?
こんな真面目で誠実な人が、戦争中に「やってられるか」とばかりに酒を飲んだ?
……そうしたくもなるよな!
「いや、俺は大丈夫だ」
「本当か? フレッドさん、人がいいから……人のことばっか気にして、自分のことほったらかしにしてねぇ?」
「そう見えるか?」
「見えなくもない」
「……まいったな。それは、よく女将やカトリーナにも言われるんだ」
「ほら見ろ! さっき心配かけたばっかの俺がなに言ってんだって話だけどさ! 自分のことももっと考えろって!」
「忠告ありがとう。なかなか難しい話ではあるが、がんばってみよう」
がんばらなきゃ自分勝手になれないなんて、すごいな。なんてできた人だろう。
……って、そうだ。のんびり話している場合じゃなかった。
「フレッドさん、魔導医療研究院ってどこだか知ってるか?」
「知っているが……そこになんの用だ?」
「や、ちょっとザック――じゃない、ターナー卿? を呼んでこいってライリーさんに言われててさ」
「そうか。よかったら案内するぞ」
「いやいや! 道だけ教えてくれればいいよ。フレッドさん、これから避難するところ――えっ?」
そのとき、俺は見てしまった。
フレッドさんの首、左の側面に、タトゥーのようなものがあるのを。
彼の襟首をつかんで、無理やり引きよせる。
そこにあったのは――二匹の気性が荒そうな目つきのヘビがからみついているような、紋章。
……ウソ、だよな?
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
おかげさまで50話に達しました!
戦争パートはまだ続きます。主人公たちの活躍にどうぞご期待ください。
何話までいくかは分かりませんが、完結目指してこれからも頑張ります。何か一言でも、応援いただけたら嬉しいです!
次回はあさって土曜日の20時頃更新予定です。




