5話 ご主人様がすごい人らしいので詳しく話を聞いてみた
混乱して立ちつくす俺に、ライリーさんが平然と言いはなつ。
「ちょうどいいから、コーデリアお前、こいつ連れて民務院行ってきてくれ。うちの従ぼ――召使いになったんで、審査なんか必要ねぇからって」
有無をいわさず外に追いだされた俺と秘書のコーデリアさんは、馬車に乗って再び民務院にやってきた。
……ぶっちゃけ、たいした距離じゃないから徒歩でもいいと思うんだけどな。
「ご用件は」
「ライリー様の指示で参りました。こちらの方の移住申請の件です」
「……! 少々お待ちください」
俺を見ながらコーデリアさんが答えると、案内役の人は目を見開き、小走りで奥にある部屋へと入っていった。
しばらくして、別の男性職員を連れて戻ってきた。
「ポルテさん。申請のときに使った身分証を拝借できますか?」
「はい」
冒険者カードを出して、コーデリアさんに渡した。
彼女は、やってきた男性職員にカードを渡して、なにやらこそこそと話している。
「お待たせしました」
話が終わったコーデリアさんが、踵を返して俺の前に立ち、カードを差しだしてきた。
……特に変化はない、ように見えるけど?
「移住の手続きは終わりました。これで晴れて、あなたもアルケミリア国人です」
「えっ? ホントですか?」
コーデリアさんが無言で頷いた。
マジか。一か月以上かかるはずの審査を、こんな一瞬で終わらせられるなんて。ライリーさんの名前のおかげなのか? さすがだな!
「ありがとうございます! やっぱすごいんですね、ライ――」
「外で歩きながら話しましょう」
言いかけたところで、焦った様子のコーデリアさんに口を塞がれた。
な……なんだ? ここでライリーさんの名前を出すのはまずいのか?
不思議に思いながらも頷いて、ひとまず二人並んで外に出た。
「手荒なまねをしてしまい、すみません」
「いえ。軽率でした?」
「……移住に関わる審査は、とてもとても厳しいので。中には、何回申請しても通らない方もいます。なので、事実はふせておいたほうがよろしいかと」
「……分かりました。気をつけます」
たしかに。「ライリーさんのおかげで審査免除してもらえた」なんて言った日には、たちまち何度も落ちてる連中の恨みを買うよな。
それにしても、移住の審査がそこまで難しいものだなんて知らなかった。俺も、ライリーさんと知りあえなければ無理だったかもしれないな。
「本当にすごい人なんですね、ライリーさんって」
「ええ。先にもお伝えしましたが、あの方は国内で五人しかいない賢者――『アルケミリアの五賢人』といいますが、その中の一人で、かつ唯一勇者の称号をお持ちなのです」
「へぇ……賢者って若くてもなれるもんなんですね? しかも勇者って」
賢者は、森の奥深くなどの辺境の地に一人で住んで、ひたすら魔法を研究しているおじいちゃん、のようなイメージがある。そして、勇者は主に剣などの武器をもって率先して前線に立つ、筋肉ムキムキな完全物理タイプ、なんてイメージが強い。
森の奥に住んでいるとか、筋肉ムキムキな体とか、それはただの偏見かもしれない。けれど、それを差し引いても、ライリーさんは既存の賢者像・勇者像とはまったくあてはまらないタイプの人だった。
そもそも、後衛で援護する役回りが多い魔法使いが、勇者になれるのか?
「ライリー様は、戦闘術に秀でたクロックフォード家の出で、幼い頃から神童と呼ばれていたのです」
「クロックフォード家……って、貴族、ですか?」
「ええ。アルシードの東側に位置するアッシュボーンを治められている伯爵家です。現在はライリー様のお兄様が領主の座についています」
「伯爵家……」
上流貴族かよ!
お兄さんが領主になった。つまりは、ライリーさんは次男以下なのか。そこはなんだか妙に納得できる。
「かつてはマリウス騎士団にも所属していて、入団当初から『天才魔導騎士』と呼ばれていました。諸事情により退団したあとは、主に攻撃魔法の研究に没頭されたそうで。魔法陣も呪文詠唱もなしに魔法を放つ戦い方を初めて成功させ、魔法使いが最前線に立つことを可能としたパイオニアとして功績を称えられ、女王陛下から勇者の称号を与えられた……というわけです」
「……はぁ」
そうか。この国を治めているのは、王様ではなく女王様なのか……いやいや。一番に注目するのはそこじゃないだろ。
つまり、ライリーさんはがっつり前線に出て戦える、「めちゃめちゃ強い魔法使い」なのか! 女王陛下から直々に称号を与えられるなんて、もはや俺なんて比べものにならないレベルだぞ。いや、比べようと考える時点で間違いだ。
「すごい人、だったんですね……! 俺、そんな人の召使いになっちゃっていいんですかね!?」
「……そこは、ライリー様がお決めになったことですから。あの方がお認めになったなにか特別なものがあるのかもしれませんし」
コーデリアさんの顔をのぞきこみながら聞いた。苦笑して頷きながら言った彼女の言葉を聞いて、余計に分からなくなったけど。
なにか特別なもの、って……タコの姿になれるところとか?……うーむ。分からん。
それにしても、会ったときからただ者じゃないオーラをびんびん感じてたけど、まさかそこまでの人だったなんて驚きだ。上流貴族の出で、賢者で勇者。
……設定、盛りすぎじゃね?
「ポルテさんは、この国の生まれではないのですよね? 分からないことがたくさんあるのではないですか?」
「あります。ってか、分からないことだらけで。なにから勉強したらいいのかさえも分かりません」
「それは不便でしょう……ああ、でしたらこちらを」
コーデリアさんは、脇にかかえていた鞄の中に手を入れて、そこからある本を出して見せてきた。
くすんだ茶色の布製の表紙で、達筆な字で「アルケミリア」とだけ書いてある。
「なんですか?」
「この国の歴史やなりたちについて書かれた書です。重点だけ絞って書かれている……子どもむけのものです」
「子どもむけ」
「すみません。気分を害されたなら――」
本を引っこめようとしたコーデリアさんを阻止するように、俺はその本を受け取った。
「借りてもいいですか?」
「え……ええ。もちろん」
「ありがとうございます!」
本を両手で持って、コーデリアさんに頭を下げてお礼をした。
子どもむけとは、大人ももちろん理解しやすい、ということだ。なにも分からない俺には、最適な入門書だ。嬉しくて、ついヒレがぴょこぴょこ動いた。
本を抱えて、撫でつける。布部分がだいぶ毛羽だちしている。何度も何度も読まれてきた証拠だな。
「これ、いつも持ち歩いてるんですか?」
「ええ。初めて買ってもらった本なので。あのときの嬉しかった気持ちを、ずっと持っていたくて」
「えっ?……すいません、お返しします」
「お気になさらず。本は読むためにあるものですから。ポルテさんに活用してもらえたら、その本もきっと喜びます」
すぐに返そうとしたけど、コーデリアさんは微笑みながら俺の手を押して止めた。
本が喜ぶ、なんて表現をするあたり、相当思い入れがあるようだ。そんな大事な物を、会ったばかりの俺に簡単に貸せるとは。なんて器の大きな人だ。
「……分かりました。大事に読みます。絶対に破いたり濡らしたりしないと誓います」
「それは是非お願いします。あと、もしご興味があったら図書館にもお越しください」
「図書館?」
「王立魔導図書館です。歴史書はもちろん、その他にもたくさんの本があります。私の本業の仕事場でもあるので、本探しのお手伝いもできますよ」
「本業……って、コーデリアさん、司書だったんですか?」
「はい」
すんなりと肯定したコーデリアさんを見て、俺は首を傾げた。
図書館に勤めている司書が、ライリーさんの秘書?……司書が、秘書?
「なんで司書のコーデリアさんが、ライリーさんの秘書を?」
尋ねた瞬間、彼女の表情が曇った。
「……いつの間にか、です」
「えっ?」
「ライリー様が借りっぱなしの本を、返却するよう督促する役をあてられて……なかなか返していただけなくて、たびたびお宅にお邪魔していたのです。そのついでに、ライリー様あての書類などを届けたこともあって……気づいたら、秘書と呼ばれるようになってしまいました」
コーデリアさんは、立ち止まってこめかみのあたりに手をそえて、項垂れた。そして、大きなため息をつく。
「それは……まぁ、お疲れ様です」
「お気遣いいただきありがとうございます」
顔を上げたコーデリアさんは、考え事をしているのか、無言で前を見続けた。
……苦労人だな。周りに半ばからかわれるようなかたちで秘書にされて、未だに続けているのか。押しに弱いタイプかな。
ふと、彼女がロボットのようにぐるっと首をこちらにむけてきた。その異様な動きに驚き、肩がはねた。
「ポルテさん。もう一度申しますが、ライリー様をくれぐれもよろしくお願いいたします。あなたまでもやめられてしまったら……今度こそ、私が召使いにさせられてしまうかもしれません。それだけは……それだけは、どうか!」
「は、はい。大丈夫です」
必死な形相で詰めよってきたコーデリアさんを、なんとか押しかえす。
たしかに、図書館で働きながらライリーさんのお世話全般もしなければならないのは、負担が大きすぎるよな。
「大丈夫ですよ。今のところ、楽しくやれてますから」
「……楽しく?」
「はい。なんていうか、とてもやりがいがある職場ですよね」
そう言った途端、コーデリアさんが口を半開きにして絶句した。
……なんでだ? もしや、まだ俺の知らない「ヤバいなにか」があるのか?
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