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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
五章 王都防衛戦編

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47話 温かい食事がとれたので元気出してみた

 二日後、ライリーさんたち五賢人――今は四賢人になってしまった――が再び召集された。



「当面の生活費だ。よく考えて使えよ」


「……おう」



 見送りに出た玄関先で、ずっしりと重い、おそらく銀貨が入った麻袋を両手で受けとる。



「じゃあ……行ってくる。わかってるとは思うが、しばらくは帰れねぇ」


「…………」



 ライリーさんのその言葉を聞いた途端、体が震えた。


 こういうとき、なんて言ったらいいんだっけ。ご武運を、とか?


 ……なんか嫌だ。普通でいいか。



「わかった。家のことは任せろ! いつ帰ってきてもいいようにしとくからな」



 そして、いつもと変わらない笑顔を浮かべて、



「いってらっしゃい!」


「……おう」



 ほほえみを浮かべたライリーさんが、馬車に乗って去っていく。


 その馬車が見えなくなるまで、俺はその場に立ちつづけた。


 ……さて。どうするか。


 今すぐ国内がどうこうなるわけじゃない。まずは、いつもの家事を終わらせておこう。


 洗濯物を片づけて、家の隅々まで掃除をする。


 書類まみれのライリーさんの執務室を見ると、いつもは「さぁやるぞ!」と意欲がわいてくるのに、今は微妙だ。散らかす人がいないのはいいことなんだけど。



「……張りあいねぇなぁ」



 物足りなさを感じつつも、ひととおりの家事が片づけた。


 そして、いよいよやることがなくなったので、外に出た。


 本当は借りている本でも読んでしずかにすごそうと思っていたけれど、いろいろ考えてしまい、集中できそうになかった。


 そういうときは、散歩するのが一番だ。


 中央広場からはじまって、市場、図書館、孤児院と、いろいろ見てまわってみた。


 が、やはりどこもいつもどおりだった。


 市場は、変わらず活気にあふれていた。顔見知りと軽く雑談できて楽しかった。


 図書館は、今日は休館だった。正面玄関の前には、「貴重資料の保護に関する作業により臨時休館」と書いてある看板が出ていた。


 ……戦争が始まる可能性を考慮しての作業だろうか? 情報、早いな。さすが王立の施設。



「がんばれ、コーデリアさん!」



 ささやかながら、エールを送っといた。


 孤児院では、



「おばば様はお出かけだよ。今度はちょっと時間かかるんだって」



 なんて、ふざけてタブーな呼び方をして教えてくれる子どもがいるほどだった。


 動揺している子は一人もいない。ローズさんがうまく言ってきかせてあるのか、それとも外出自体が日常茶飯事だからか。


 他にも職員はいるし、俺が気にするまでもないようだ。



「……腹へった」



 孤児院を出て再び中央広場に戻ったところで、腹の虫が鳴いた。


 そういえば、昼食まだだった。家帰って……いや、せっかくだからあそこに行こう。


 路地裏に入って、うろ覚えな道をちょこちょこ立ちどまりつつ、迷いながらもなんとか目的地――「炉辺亭(ろべんてい)」に辿りついた。


 以前と同じ、ぼんやりとした温かいランプの明かりを見た瞬間、ふっと肩の力が抜けた。


 知らず知らずのうちに、緊張していたようだ。



「いらっしゃい! あら、ポルテの坊や!」


「こんにちは女将さん」



 すぐに声をかけてきた女将さんにあいさつし、カウンターの一番左の席に座った。


 ローズさんにも同じように「坊や」呼ばわりされているので、いちいち指摘はしない。


 そう呼びたくなる見た目なんだろうな、俺が。癪だけどしょうがない。



「今日は一人か?」


「そう……なんだよ」



 声をかけられて、ガン見していたメニュー表から顔を上げる。


 柔らかい笑顔を浮かべたフレッドさんが、厨房から顔をのぞかせていた。


 彼と会うのは、トニーさんとカトリーナが逮捕されたあの日以来だ。



「そっちは大丈夫だった?」


「今はな。すこし前までは大騒ぎだったが」


「そっか……」



 そりゃそうだよな。国家転覆を企てていた五賢人の一人と、獣人が手を組んでいたなんて。獣人街の中にも衝撃が走っただろう。


 フレッドさんは、すこしためらうように目を泳がせてから、再び俺のほうを見た。



「お前たち獣人が賢者のあの方をたぶらかしたんだろう、などと罵られた奴もいたようだ。獣人を毛嫌いしている人間からしてみれば、かっこうの攻撃材料になったらしいな」


「……っ! なんですぐそうやって……!」



 両手の拳を強くにぎって、怒りをこらえる。


 トニーさんが謀反を企てていたなんて信じられない、っていう気持ちはすごいよくわかる。けど、だからって嫌いなものに八つ当たりするのは人としてどうなんだ。


 嫌いなものばかりに目がいくなんて、病んでいるのか? もっと楽しいこと考えろよ!


 一方で、フレッドさんは落ちついた表情のまま、俺の手に自分の手を重ねてきた。



「心配するな――と言っても、心優しいお前には難しいか。だが、中にはよくしてくれる人間もいるから大丈夫だ」


「よくしてくれる人間?」


「店の常連客だ。道で会うと必ず声をかけてくれる」


「へー。その人たち、フレッドさんの人間性――じゃない、獣人性? とか、作る料理に惚れてんだな」


「……そうか。本当にそうなら嬉しいな」


「絶対そうだって」



 フレッドさんの目を見て、力強く頷いた。


 獣人を嫌っている人がいるなら、そうじゃない人だっているはず。ライリーさんのように、得体のしれない獣人の俺を平気で召使いに雇えるような人が、他にもきっと。


 今のところは、ただの願望だけど。



「つまらない話をしてしまったな。すまない。なににする?」


「つまらなくなんかないんですけど?……そうだなぁ」



 改めて、メニュー表を見る。


 この前はスパゲッティを食べたよな。あれ、めちゃくちゃうまかった! 今度は他の味つけにしてもいいけど、まったく別のものも食べてみたい。


 ……鶏の香草あぶり焼き、うまそうだな。あと、羊肉の包み焼きとか。そう、今はなんたって肉な気分!


 ……いや、待てよ。チーズの香り焼きってなんだ? 気になる!



「……全然決まらないんだけど!」



 フレッドさんとメニュー表を交互に見てから、頭を抱える俺。


 ライリーさんから渡された金があるから、注文できないものはない。けれど、無駄づかいは厳禁だ。


 ……でも俺、今日は特に掃除、めっちゃがんばったし。この「焼きリンゴのハチミツがけ」が誘ってる気がするんだよな。


 悩みまくる俺を見て、フレッドさんがふっと息をもらした。笑っているようだ。


 すみませんね、優柔不断で。



「今はどんな気分なんだ?」


「そうだなぁ……凝ったものもいいけど、ここはシンプルな方面がいいかもな」


「じゃあ、チーズの香り焼きはどうだ? 焼いて溶かしたチーズにパンや他の食材をつけて食べるものだ」


「あ、それちょっと気になってたんだよ。じゃあそれにする」


「食材はどうする? パン以外は追加注文になるが」


「あとでほしくなったら頼むのは?」


「問題ない」



 フレッドさんが、厨房に下がっていった。


 チーズの香り焼き……聞くかぎりでは、ほぼチーズフォンデュだな。ああ、楽しみだ!


 まもなく運ばれてきたそれは、予想どおりほぼチーズフォンデュだった。


 グラタン皿のような深めの皿に入ったとけたチーズを、ちぎったフラットブレッドにディップして食べたら……昇天しかけた。



「うま……! なにこれ!? ただのチーズじゃなくね!?」


「ああ。香草と酒を少々入れてある」


「なんの酒!?」


「白ワインだ。ほんのわずか、風味づけにな」



 納得。白ワインは、貴族階級で好んで飲まれているらしく、わりと貴重な酒なのだ。


 ……これ、ライリーさんの口にも合いそうだな。ためしに家でも作ってみよう!



「チーズをとかして……酒とか香草はいつ入れるんだ? 焼く前?」


「作り方が知りたいか? あとでメモに書いて渡そうか」


「ぜひ!」


「じゃあ、もしよければその代わりに、この前の『はんばーぐ』の作り方を教えてくれ」


「喜んで!」



 フレッドさんの言い方、慣れていない新鮮な感じで、なんかいいな。


 彼が作って店で出した日には、たちまち人気メニューになるはずだ。そうなったらヤバいかもな。この国の食の常識をめちゃくちゃにしかねないぞ。


 ふと見上げると、ほほえむフレッドさんの顔。



「お前は面白いな。表情がころころ変わって、見ていて飽きない」


「そうか? どういたしまして!」



 なんとなくでそう返事しつつ、追加でおすすめディップ食材の燻製肉を注文した。これもうまくてヤバかった。


 フレッドさんに優しく見守られながら、ときどき女将の元気でうるさい声にびくっとしながらも、ささやかながら昼食を楽しんだ。


 ライリーさんも、ちゃんと食事とれているだろうか。俺が作った飯を食べて、驚く顔が早く見たい。


 いや、見られるようにがんばるぞ!




 ◇◇◇




 その頃、冷たい床の上に寝転んだ女――トニーは、ぼんやりと牢屋の天井を見上げていた。


 彼女にとって、こうして捕縛されたのは計算の内だった。


 粗末な囚人服に着替えさせられ、手足に錠をつけられ、必要最低限のものしかない環境におかれても、彼女にとってはちっとも苦痛ではなかった。


 あの頃――ジルドレから逃れた直後と比べたら。



「……ケイト。大丈夫? 生きてる?」


「はい……申し訳、ありません」


「君はそればっかだねぇ」



 むかい側の檻にいるケイト――カトリーナの返答を聞き、トニーは苦笑する。


 獣化したカトリーナに乗って逃亡するのは、可能であれば、としか考えていなかった。自身の魔法が不発に終わったと思いこませ、油断させるのが最大の狙いだったからだ。


 トニーがあのとき放った魔法は、列車に仕かけた火薬を爆発させるためのものではなく、国外にいる仲間たちに合図を送るためのものだった。


 その合図を受けとった者は、それぞれ指示された隣国の使者へ伝達を行った。


 ――結果、アルケミリアは隣国の三国から、一斉に宣戦布告を受けるはめになったのだ。



「今頃、国内は大荒れだろうね。こっちの筋書きどおりに事が進んだんだ。喜びなよ」


「それは……はい。でも、やっぱり悔しいです」


「ポルテに見破られたこと?」



 カトリーナが頷くと、トニーはため息をついた。


 明るくて、ちょっとおバカな子ども。


 トニーにとってポルテの印象は、その程度だった。警戒すべきは、得体のしれない弱体化・無効化の魔法が使える点だけだと思っていた。


 だが、今回のようにいざというときに自分だけで判断して動ける行動力もとい、度胸もあった。加えて、ライリーのそばにいるおかげなのか、魔法で戦う能力も飛躍的に上がっているように見える。


 そこまで考えたとき、トニーの頭の中で、最後の場面で聞いたポルテの言葉が蘇った。



『死なさねぇよ、誰も!』



 あのときの必死な顔は、滑稽なほどまっすぐで。



「……がんばりなよ。ポルテ」



 国はどうなってもいいけど、君には生きててほしい。だってそのほうが面白そうだから。


 絶望の底に落ちても、なお足掻く。


 そんな未来のポルテを想像し、トニーは喉の奥で笑いを噛みころした。


 そのとき、不意にライリーの家に招かれて食事をしたときの光景が、脳裏に割りこんできた。


 あの温かさ。あの居心地のよさ。


 ……認めたくは、なかった。



「……ハンバーグ、だっけ……」



 その味を思いだしかけて、唇が震える。


 ――また食べたい。


 一瞬でもそう願ってしまった自分が許せず、トニーは固く目を閉じた。

読んでいただきありがとうございました!

次回はあさって土曜日の20時頃更新予定です。

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