46話 一大事らしいので自分の役目を必死に考えてみた
留守番を任された俺は、ライリーさんがこの寒い中腹をすかせて帰ってきてもいいようにと、ちょっと早いが夕飯の支度に取りかかった。
今日のメインは、オニオングラタンスープ。手間がかかりそうに見えて、実はそこまで工程は多くない。
玉ねぎを飴色になるまで炒め、香草といろんな野菜(切れっぱし)でとった出汁を注ぎ、焼いておいたライ麦パンをちぎって入れて、最後にチーズを削ってかける。
で、魔導調理器へ。
「よし。あとは……頼んだぞっ」
調理器を軽くポンポン叩き、スイッチオン。以上。
本当は、香草と野菜の出汁ではなくコンソメスープで作りたかったのだが、この世界にはまだ存在していないらしいので妥協。
パンも、ライ麦パンではなくバゲットのほうがよかったけど、それもないので妥協。
チーズは、謎なネーミングの「峡谷熟成チーズ」だけど、焼いたら溶けるタイプらしいので十分。
「さてと……」
できあがるまでの間、先程借りてきた本をさっそく読もうと開いてみた。
……現代語訳かつ易しい文章バージョン、最高だ。めちゃめちゃ読みやすいぞ。
残念ながら、主役ともいえる救世主・レリエルスが登場するのは、終盤近くになってからのようだ。ヒーローは遅れて登場する、ってか。
話の始まりは、国名の「アルケミリア」の由来から。どうやら錬金術師が関連しているらしい。
「ん? 錬金術……?」
そういえば、俺の前世の世界でも、錬金術師のことを「アルケミスト」って呼んでたな。そこからきているのか?……いや、まさかな。
本に載ってる錬金術の歴史をざっくり説明すると、こうだ。
アルケミリア王国が誕生するより1000年近く前、ニコラスと名乗る、“異人”と呼ばれた男がやってきて、錬金術を広めた。
人々の生活は豊かになったが、やがて永遠の命を得られると評判の「賢者の石」をめぐる熾烈な争いが勃発。
たくさんの人がそれを追いもとめ、命を落とし、まもなく錬金術は衰退。
ニコラスは失意のうちに、別の土地へと去っていった――。
「……なんでそうなる……」
ニコラスが不憫だ。だれだよ、賢者の石の存在を広めた奴!
……っていうか、これフィクションじゃないんだよな? 本当にあった話、なんだよな?
賢者の石とか、たくさんの人がそれを求めて争ったとか、なんだか作り話じみている。
歴史書と呼ぶくらいだから根拠をもとに書きおこされたはずだけど……どうも物語のように思えてならない。わくわくするんですけど。
「永遠の命、か……」
独り言を呟きつつ、考えてみる。
それが手に入れば、死の恐怖からはまちがいなく逃れられる。けど、俺は欲しいとは思えない。
なぜなら、きっと、いや、まちがいなく堕落してしまうから。
今を思いきり楽しもうと思えるのは、かぎりがあるからだ。そういう意欲がわかなくなるのもそうだけど、なにより命そのものの価値が下がってしまうのも大問題だ。
「……あっ!?」
そこで、ほったらかしにしていた魔導調理器内のオニオングラタンスープの存在を思いだし、慌てて確認。
いい感じにぐつぐつ焼けていたので、出してみた。
……おお、焼き目ばっちり。
スプーンでほんのすこしすくって、味見する。
「……うんま!」
味も、控えめに言って最高だった。魔導調理器……本当にいい仕事しやがる。
完成したスープの器を調理器内に戻す。ライリーさんが帰ってきたら、すぐに温めなおして出せるように。
これをメインにするとして、あとは口直しに、レタスとハーブのタイムを入れたグリーンサラダも用意。味つけは、お酢ベースのドレッシングだ。
「……腹減ったぁ」
あーもう、今すぐ食いたい! ライリーさん、早く帰ってこないかなぁ!
空腹を紛らわせるため、浄水器で水を一杯。それから、また本の続きを読んだ。
ええと、錬金術が広まったのが、今から1000年くらい前。じゃあ、レリエルスが出てくるのっていつなんだ?
……ちょっと飛ばして、カンニングしちゃおうかな。
――と、ページをかなり飛ばして読もうとしたところ、大きな音がして驚き、肩がはねた。
顔をのぞかせると、帰ってきたライリーさんがずかずかとわざとらしい音を立てて、執務室へ入っていくところだった。
……え? なんで怒ってんの? なんか嫌なことでもあったのか? それとも、腹がへりすぎてイライラしているとか?
おそるおそる、執務室の前に移動して顔をのぞかせた。
「……どした?」
「どうもこうもねぇよ! 宣戦布告だよ!」
「はい?」
「近隣の三国が! 一斉にうちに宣戦布告してきたがったんだよ!」
「……はいっ!?」
とんでもない言葉が飛びでて、部屋の中をイライラしながら行ったり来たりしているライリーさんを、唖然として見つめた。
近隣の三国が宣戦布告? それって……戦争が始まるのか!?
あたふたしている俺を横目に、ライリーさんは書棚にある地図を引っ張り出してきて、机に広げてみせた。
机にあったいろんな物が床に落ちた――なにか割れるような音もした――けれど、今は気にしていられなかった。
「ルーンベルク王国。メリッシアーノ王国。セラフィア王国の三国だ」
ライリーさんが、指でさしながら教えてくれた。
ルーンベルクは、我らがアルケミリアの北。メリッシアーノは南西。セラフィアは北西寄りに位置する国だ。
「囲まれてねぇ!?」
「そうだよ。この三国が共闘すれば、うちは完全孤立。すでに包囲網をしかれたようなもんなんだよ」
ライリーさんが、頭をかきながら舌打ちをする。
……いや、まぁ、一応東には俺の故郷でもあるシャルマン王国があるんですけどね。あっちは無視されてんのかな?
「ちなみに……お前の故郷のシャルマンは、今は国王が不在の状態で国内が荒れてるってんで、国そのものがあってないような状態らしい」
「あ、そうですか」
見透かしたようなライリーさんの補足に、納得して頷く。
国王不在? 病気かなにかで急死したとかか? それとも、魔導祭のときに代表チームがボコボコにされた件――したのは俺だが――と関係があったりして?
「……ポルテ」
「なに?」
ライリーさんは、ようやくすこし気持ちが落ちついてきた様子。俺を呼びながら、椅子にしずかに座った。
けれど、まだ表情は暗い。
「こんな大変なときに移住しちまった、なんて……思わないでくれよ」
「は?……なに言ってんだよ。そんなこと思ってねぇから大丈夫! どんな状況でも、俺は俺のできることをすりゃいいだけだし!」
「できること?」
俺は頷いてから、一旦執務室を出て、魔導調理器の中に入れっぱなしだったオニオングラタンスープの器を取りだし、ライリーさんに見せにいった。
「特製スープ作ったから。腹ごしらえしてからのほうが考えまとまるだろ?」
そう言うと、ライリーさんは呆気にとられて目を丸くしていたが、まもなく笑いだした。
「……っそうだな。頼む」
「はいよ!」
返事をして、俺は嬉々として台所に戻り、夕食を出す準備をした。
結論を言うと、オニオングラタンスープはハンバーグ同様ライリーさんのお気に入りになった様子だ。
「よくこんな変な飯作れるよな」
「変な飯って! 素直に美味いって言ってくんねぇ!?」
「……ああ。美味い」
だってさ! 本当に言ってくれるとは思ってなかったから、もう感激だよ!
満腹になり、完全に落ちつきを取りもどしたライリーさんは、執務室の椅子にゆったりと座って話しはじめた。
「俺らは『宣戦布告された』って事実を知らされただけだ。上の連中がしきりに協議してて、これからどう動くかはその結果次第だ」
「どうなる可能性があるんだ?」
「対話をもちかけて鎮静化をはかる方面でいきたいところだろうけど……それが無理なら受けてたつしかない」
「……話が通じる相手なのか?」
「メリッシアーノとセラフィアはまだ可能性はある。けど……ルーンベルクはまず無理だ」
「……ルーンベルク……」
そこで、ようやく思いだした。
ルーンベルクとは、フレッドさんが言っていた、彼とカトリーナの出身国の名だ。
獣人差別が凄まじく、その原因はある教団の過激派連中だって言っていたよな。
「教団が力もってるって聞いたけど、それが厄介だったりする?」
そう聞くと、ライリーさんがたちまち訝しげに目を細め、すこしだけ俺のほうに身をのりだしてきた。
「な、なに?」
「なんでお前がそんなこと知ってんだ? っていうか、知ってたとしてもそんな考えにいたるとは……変な飯でも食ったか?」
「失礼な! フレッドさんから聞いたんだよ!」
「あいつから?」
「本名はフレドリック。あの人も移住者なんだよ。相当苦労してたんだって」
「……だろうな」
ライリーさんは、遠い目をしてぽつりと呟いた。
どこの世界でも似たようなことはあるんだな。宗教そのものは決して悪いものではないけれど、それを勝手に独自に解釈して過激な行動に出るのはいただけない。
そんな人たちとぶつかり合ったらどうなるか……考えただけでもぞっとする。
なんとしてでも、対話で解決する道を諦めずに探ってほしい。
「仮に開戦になったら、俺は前線に立つことになる」
「……そうか……」
勇者のライリーさんがそういう役を担うのは、もはや当然といえる。
じゃあ、俺は? 俺には、なにができる?
……そんなの、決まってるよな。
「わかった! こっちのことは任せろ!」
「……こっちのこと?」
「避難する人に手ぇ貸したり、ケガ人いたら助けたり! できることは限られてるけど、精一杯やるから!」
両手で拳をにぎって力強く言うと、ライリーさんはすこしの間だけぽかんとした顔をして、再び目を線のように細めた。
「なんだよ!?」
「お前、本当にポルテか?」
「そうだけど!?」
「絶対に、じゃあ俺もつれてけって言うと思ってたんだが」
「言わねーよ! だって戦争だろ!? 冗談でもそんなこと言えるか!」
見くびられていたようで、憤慨しつつ詰めよった。
すると、ライリーさんは唇をすこしだけ噛んで、顔を俯けた。
「そうだ……戦争、なんだよ」
手を顔の前で組む例の人ポーズをして、デスクの一点を見つめている。
……だよな。戦争なんて聞けば、その前線に立つのがほぼ決定しているのなら、そんなの当然怖いよな。
だって……殺らなきゃ、こっちが殺られるんだから。
「……ライリーさん! 楽しみにしててくれ!」
「は?」
「あんたが食ったことない飯、山ほど作るから! なに作ろうかって、俺も楽しく考えながら待ってるから!」
これは、から元気ではなく本心からの言葉だ。
フラグ立てた? 違うから。
気持ちが伝わったのか、ライリーさんが苦笑した。
「おう。頼んだぞ、相棒――」
「っ!?」
「もどき」
「はぁ!?」
もどきって、ひでーな!
……でも、前よりはランクアップしたよな!? やった!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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