44話 あの人の代わりはいないと気づいたので思いをはせてみた
執務室でボーっとしていたライリーさんを呼んで、応接室で話をすることにした。
ソファにむかい合わせに座った二人に、お茶をいれる。今回は、疲労回復にも効果があると評判のペパーミントを。
「ポルテくんのお茶の選択はいつも外さないね」
ルーファス先生が、カップを持ちあげて香りを楽しみながら言った。
ホントですか、と聞きかえせば、先生がほほえみながら頷く。
お世辞、か? だとしても嬉しい!
そういえば、気に食わなかったらすぐ無遠慮に口にするライリーさんにも、文句を言われたことはないな。
……俺、お茶選手権で優勝できるかな!? そんなものがあるのか知らんけど!
「君たちもあまり思いだしたくないだろうけれど……まずは、なにがあったのか教えてもらえるかい」
「……ああ」
ライリーさんが頷く。
俺は立ったまま、彼の話に聞きいった。
魔石精錬所を見学したことで、犯人はトニーさんしか考えられないと思いいたったこと。
ひそかにジェイドさんと連絡をとり、騎士団お抱えの密偵にトニーさんの動向を探らせていたこと。
あの日の夜、その密偵から連絡があって、トニーさんが不審な行動をしていると知って駆けつけたこと。
そして、駅であったことすべて。
「……そうか……」
すべてを聞いたルーファス先生は、ショックを受けた様子で口に手をあて、俯いた。
……ライリーさん、ただひきこもっていたわけじゃなくて、水面下で動いてたのか。
ホントに、よくジェイドさんに協力してもらえたよな。なんて言って頼んだんだろう?
「列車をくまなく調べた整備士の話によれば、どこにも火薬は仕かけられてなかったらしい」
「え? 魔法が不発だったわけじゃなかったのか?」
「ああ。俺に魔法を使わせないためのブラフだったんだろうな」
……ブラフ、か。
たしかに、ああやってライリーさんに詰めよられては、逃げ道を確保するのも一苦労だ。炎で動きを封じられてしまえば、そのまま捕縛という流れになるのは目に見えている。
でも、列車を人質にすれば多少なりとも隙ができるはず――そう考えてもおかしくない。普通なら、ほぼ確実にうまくいくはずだ。
そう、普通なら。
まさか、ライリーさんが本気で自分を焼きころそうとするなんて、思いもよらなかったんだろう。相手が悪すぎたのだ。
「次は先生の番だ。聞きたいことがある」
「……なんだい?」
「『ジルドレの悲劇』についてだ」
顔を上げたルーファス先生が、目を見開く。
ジルドレ……トニーさんが言っていた、彼女の本当の出身地だ。それの「悲劇」?
「当時は、『悲劇』じゃなく『魔女狩り』って呼ばれていたはずだ」
「え……魔女狩り!?」
思いもよらない言葉が出てきて驚き、思わず叫んだ。
なんの罪もない大勢の女性が、「魔女だ」と告発されて裁判にかけられて、意味不明な理由で有罪と認定されて火刑に処された。俺の知るかぎりでは、そんな話だったはず。
まさか、それと同じ事件がこの世界でも起こっていたのか?
ルーファス先生を見ると、彼はまた顔を俯けていた。手が震えていて、カップをソーサーに戻そうとしたとき、カチャカチャとかすかに音がした。
……まちがいなく、なにかを知っている様子だ。
「先に、俺が知ってることを話す。まちがってるところがあったら言ってくれ」
ライリーさんが落ちついた口調で言うと、ルーファス先生が無言で頷いた。
「ジルドレは、町でも村でもなくただの集落。非公認ではあったが、なぜか黙認されていた。そこに住んでた女たちが……無差別に殺される事件が起こった」
「む……無差別、殺人?」
ライリーさんが頷く。
「加害者は複数人いて、把握しきれなかった。事件が起こった理由も不明。本当にわからなかったのかもしれねぇけど、だれかが握りつぶしたって可能性も否定できない」
ライリーさんは、そう言ったあとにルーファス先生を鋭い目で見つめた。
女性ばかりが狙われた。
ようするに、ジルドレに住んでいた女性には魔法使いが多かったのか? それなら「魔女狩り」と称されても頷けるけど。
先生なら、もっと詳しい事情を知っているかもしれない。
俺もライリーさんと一緒に、口を固く閉じているルーファス先生を、期待をこめた目で見つめた。
「……おおむね、合っているよ」
先生が、ようやくしずかに話しだした。
「私が知っているのは、その事件の調査チームの一員だった先輩から聞いたことがすべてだ。根拠のない憶測も含まれるから、けっして鵜のみにはしないように。いいね?」
ルーファス先生に真剣な眼差しをむけられ、俺とライリーさんがほぼ同時に頷く。
「まず……ジルドレが黙認されていたのは、ある法律のせいで王都を追いだされた人々が集まってつくられた集落だったからだ」
「ある法律……って、『王都居住制限令』ですか?」
「そう。よく知っていたね」
「前に……トニーさんから、聞きました」
俺の言葉に、ルーファス先生は一瞬はっとしてから、目を細めて頷いた。
「では、『月信仰』は知っているかい?」
「聞いたことあります。えっと……『月明かりを浴びれば魔力を授かれる』っていう迷信ですっけ」
「そう。今では迷信だと思っている人がほとんどだけど、ジルドレの人々の間では本気で信じられていたようだ。彼らにとっては唯一の希望……藁にもすがるような思いだったのかもしれない」
……考えてみれば、その気持ちもわからなくはない。
俺が、もしもここを追いだされて、のちに戻れる可能性を見つけたら?
それがどんなことでも、やってみようと思うはずだ。
「じゃあ、なんでその人たちの命が狙われたんですか? 黙認されてるのが特別扱いみたいで気に食わなかったとか?」
「それもまったくないとは言いきれない。けれど……大本は、もっと根深いんだよ」
ルーファス先生が、俺から視線を外して下をむく。
黙って聞いていたライリーさんが、無言で空のカップを持ちあげたので、おかわりのお茶を注いだ。
「……ある商人が最初の目撃者だとされているそうなんだが、ジルドレでは怪しげな儀式が行われていたらしい。おそらくは月信仰にまつわる儀式だったのだろう。それが、その商人の目には異質にうつり、悪いイメージがあちこちに広まってしまった」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。魔女狩りが起こったのって、その勘違いが原因なんですか!?」
ルーファス先生が、静かにゆっくり、頷いた。
いやいやいや! そんな理由でたくさんの人が殺されたのか!? 暴力的にも程があるだろ!
「……25年前だったよな。あれが起こったのは」
「そう。その年に起こった記録的な干ばつから始まった経済の低迷……それにより市民の不満がたまりにたまって、事件が発生したというのが有力な説なんだ。すべてはジルドレの呪術師たちの仕業だと思いこんでしまった人たちの……暴動ともいえるかもしれない」
「……で、でも! それならなんで女性ばっかり狙われたんですか? ジルドレが、王都を追いだされた人たちで構成された集落なら、男もいっぱいいたはずですよね?」
「それはおそらく、儀式が女性中心で執りおこなわれていたからではないかと言われているけれど……」
「抵抗できない、力の弱い奴らが狙われた。ただそれだけっていうのもあるんじゃねぇのか」
ライリーさんの鋭い指摘に、ルーファス先生が眉をひそめる。
……なんてことだ。まさしく「悲劇」だ。いや、そんな安易な言葉で片づけていい問題じゃない。
「生きのこった連中はどうなった? それもちゃんとは把握できてないんだろ」
「……保護された人の中には、王都に戻る許可をもらえたケースもあったらしい。ただ……お察しのとおり、事件に関する補償は一切なかったそうだ」
「じゃあ、他にもトニーと同じように恨みをもってる奴らがいるはず……まだなにも、終わってないかもしれねぇってことか」
ライリーさんの断定的な言葉に、ルーファスさんが神妙な顔で頷いた。
ようやく、事情がわかった。
『例のろくでもない法律のせいでね。あたしを妊娠中だった母さんが、無魔力者だって見事にひっかかっちゃって。身重の体で町を追いだされたって聞いたよ』
『まだ四歳だったからね、当時は。母さんが、名前から姿まで男の子っぽくしてくれたおかげだよ』
これらのトニーさんのセリフの真意をまとめると、こういうことだろう。
彼女の母親は、妊娠中に「王都居住制限令」により魔力を測定され、無魔力者と判定。王都を追いだされた。
そして、同じような目にあった人たちが集まるジルドレに逃れて、そこでトニーさんを出産。
魔女狩りが起こった当時、わずか四歳だったトニーさんはかろうじて見逃され、王都の父親のもとに生還した。
……トニーさんは、25年もの間、母を故郷から追いだした挙句に殺された恨みを背負いながら生きてきたのだろうか。
『ごめん。あたしそれ苦手なんだよね』
食事に招待したとき、三日月パンを拒否した彼女の顔が思いうかぶ。
月信仰がもとになって作られたそれを嫌っていた点から考えても、思いだしたくない出来事だったのはまちがいないだろうけど。
彼女の心中を察するのは、俺には難しすぎる。
「私は改めて、ジルドレで起こった事件の真相を徹底的に解明しようと思う。国にとっては都合の悪い話も出てくるかもしれないが……そのときはそのときだ」
「なにか手伝えることがあったら、いつでも言ってください!」
ルーファス先生が、俺、ライリーさんと順番に見て、「ありがとう」と言って頷いた。
トニーさんや、その他生き残った人たち。そして、亡くなった人たちの無念が、いつかきっちり晴れる日がきてほしい。
そう、本気で思った。
◇◇◇
ルーファス先生が帰宅してしばらくしてから、ふと窓の外に目をやる。
今日は、分厚い雲が立ちこめている。夜が更けてもそうだろう。
――月は、見えそうになかった。
「……ライリーさん! 今日の晩ご飯はなににしようか?」
執務室に戻ったライリーさん――椅子に座ってぼんやりと窓の外を見ている――に、あえて明るく話しかけた。
「……あれ、作れ」
「あれ?」
「ハンバーグ、だったか」
その料理名を聞いて、息をのむ。
「や……他のでもよくねぇ?」
「だめだ」
いやに頑固な言葉に、俺は目を丸くした。
ライリーさんは、立ちあがって窓のそばに移動していた。
「あれじゃねぇと……だめなんだよ」
彼の声は、妙にしずかだった。
それを聞き、胸の奥がすこしだけ痛んだ。
……理由なんて、言葉にしなくてもわかっていた。
「そう……だよな」
俺は、それ以上なにも言わず、執務室を出て台所に立った。
今年もよろしくお願いします!
これで四章は終わりで、次回から新章に入ります。
主人公たちにとってはハンバーグがいろんな意味で思い出の料理になってしまいました……が、私は大好きです。
次回は、あさって土曜日の20時頃の更新を予定しています。よければまたお読みください!




