41話 励ましてもらえたので前をむいてみた
その後は、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
ライリーさんは、無言でずかずかと執務室にむかい、乱暴に扉を閉めてそのままひきこもってしまった。
俺は、すこしでも気持ちを落ちつけるため、お茶を飲もうと思った。
考えようとすると、胸の奥がざわついてまともにむき合えそうになかった。
お湯を沸かしている間、大きな茶色い羽を取りだしてぼんやり見つめる。精錬所の敷地内に落ちていたのを、なんとなく拾ったのだ。
……俺が鳥の獣人だったら、三人を背中に乗せて高く飛んで、防壁を簡単にすり抜けられたかな。
お湯が沸き、一番手前にあった茶葉の缶をてきとうにとって、こしながらいれて蒸らす。この、何度もしてきたいつもの作業が、妙にだるく感じた。
「……そんなわけない……」
無意識に言葉がもれた。
――犯人は、トニーさん。
そう仮定すれば、すべての辻褄があう。
特に魔導列車の暴走事故では、整備責任者が動力部に近づいてもだれも不審に思わない。こっそり汚染魔石を炉の中に投げこむのも容易いはずだ。
……本当に、そうなのか? だってまだ、他の可能性を潰しきれていないじゃないか。今の時点で断言するのは時期尚早すぎるだろ。
第一、トニーさんがそんなことをする理由がない。
「人の心とは、わからぬものよ……」
突然、頭の中でだれかの声が響いた。
この声は……ノクスヴァルド?
「その女について……そなたが知っていることがすべてなのか? そう言いきれるか?」
……言いきれるわけがない。俺は、トニーさんと会ってまだ二か月しかたってないから。
「人は心に闇を抱えて生きている……汝もそうだろう」
俺? 俺は……別に。
「ごまかしても我にはわかる。父を亡くした、その闇にまみれる汝の姿。我が目にはありありと映っておるぞ」
茶をいれたカップが、床に落ちる。ガシャン、と音がしてカップが割れ、こぼれたお茶が床にシミをつくった。
「まどろっこしい。我が力を使えば、そんな闇など一撃で払えると言っておろう……忘れるな。我はいつでも汝のそばにおる。我が力を望むがいい……」
それきり、ノクスヴァルドの声はやんだ。
……だから。お前の力なんて、今は必要ないんだっつうの。
っていうか、我が力を望め望めって、そればっかだな! かまってちゃん系老人か。
俺に言われても困るんだよ。おまけに……人の過去まで勝手に掘りさげやがって。
ノクスヴァルドのおかげか、沈みがちだった気持ちがすこしだけ上向いた。割れたカップを片づけ、こぼれたお茶を拭きとる。
「来たよー……あれ? おーい! まーたどっか出かけてんの? カギ開けっぱなしかよ、不用心だなぁ」
玄関のほうでにぎやかな声がした。
正直、今は本当に、会いたくない人の声だった。しかし、無視するわけにもいかず、重い足どりでそちらへむかった。
「あ、なんだいるじゃん……うん? 元気ないね? どうかした?」
件の人物、トニーさんだった。
引きつった笑顔で出迎えると、彼女は怪訝そうな顔をした。
あちらは、いつもとたいして変わらない様子だ。
「……どうしたじゃねーし。俺もライリーさんも、調査しにいって帰ってきたばっかでくたくたなんだよ」
「そうなんだ……っと。はい、これ。頼まれてたやつ」
トニーさんは、厚手の布に包まれたものを玄関に置いた。
両手で抱えれば軽く持ちあげられそうな大きさだ。
「……なんか頼んでたっけ」
「ええ? 忘れたの? 言ったじゃん。ほら、ミンチ肉を作る機械」
「……は!? もうできたのか!?」
「うん。仕事の合間をぬってね。おかげでいい気分転換になったよ」
驚きつつ、それを台所に運んでから布をはぎとった。
それは、まるでトースターのような形をしていた。右の側面にレバーのようなものがついていて、回せるようになっている。
「肉の投入口はそこね。で、そのレバーを奥のほうにむかって回すと機械が動く仕組みなんだ。できた肉は手前の口から出てくるから。左側の隅っこにあるポケット……そう。そこに魔石を入れたら自動でも動かせるけど、節約したいなら手動でも使えるようになってるからね」
説明を聞きながら、興味津々にあちこちを開けたりのぞきこんだりして観察した。
自動でも手動でも使えるのか……! 今すぐにでも試してみたい!
さて、なにを作ろうか。やっぱりハンバーグか? この前と比べてどれだけ楽に作れるか実感したいし。
「ありがとな、トニーさん!」
「どういたしまして。一応試作品だから、ここが具合悪いってところがあったら言ってね。改良するから」
「わかった! さっそく夕飯で使ってみる。トニーさんもどうだ? まだ忙しいのか?」
「そうなんだよ。これから行くところがあってね。落ちついたら報告がてら顔を出すよ」
「……そっか。休めるときはしっかり休めよ」
「星砂糖があるから大丈夫。そういう君もね。それじゃ、また今度。ライリーにもよろしく」
「お疲れ様!」
忙しそうに去っていくトニーさんを、外に出て見送った。
……なんだ。俺、普通に喋れるじゃん。
家に戻って、執務室のほうを見る。変わらずしずかなままだった。
俺はため息をつき、もらったミンチ肉製造器を見ながら、今晩のおかずはなににしようかと考えた。
◇◇◇
そして、翌日。
「……どうしよっかなぁ」
俺は一人、中央広場にいた。ある場所から離れられず、行ったり来たりを繰りかえしている。
――鍋を手にして。
この奇怪な格好のわけは、簡単だ。
せっかくトニーさんが作ってくれたミンチ肉製造器をどうしても使いたい。しかし、ライリーさんは絶賛ひきこもり中。自分だけのために使うのは気が引ける。
そこで、思いついた。
まだフレッドさんやカトリーナにできていなかった道案内の件のお礼を、これですればいいのだと。
さっそく使ってみましたよ。それがもう……感動ものだった。いつぞやの苦労は一体なんだったのかと悔しくなるほどに。
これなら、ライリーさんにいくらおかわりをねだられても問題はない。
そうしてできたハンバーグを鍋に入れて、特製ソースをかけた状態で持ちだした。この状態なら、温めなおしも簡単だから。
ただ、肝心の受けわたしをどうするか、まったく考えていなかったのだ。
フレッドさんの仕事場は、食事処。作った料理を持ちこむのはどうかと思うし、獣人街に飛びこむのもためらう。フレッドさんやカトリーナの家がどこか知らないから。
そんなわけで、前にカトリーナの案内で知った獣人街への出入り口前で、うろちょろしているところだ。
ため息をつき、体のむきを変えて、国の象徴――五つのカラフルな塔を見上げる。
黒がライリーさん。赤がローズさん、白がザックさんで、青がジェイドさん。黄色が……トニーさんだよな。たぶん。
ぼんやり見上げていたら、そばを通った親子連れに好奇な目をむけられ、我にかえった。
……どうするか。一旦帰って出なおすか?
「カト――ケイトぉ。フレッドさーん……って、こっから呼んでも聞こえるわけないか……」
「なんだ?」
むなしく呼んだのち、突然肩を叩かれて驚きつつ振りかえった。
そして、目を見開く。
「つ……っ都合のいい幻覚だな!?」
「……? いや、俺は本物だぞ」
真面目な答えが返ってきた。
そこにいたのは、まさしく今しがた探しもとめていた人物の一人、フレッドさんだった。またしても、目元が半分近く隠れるほどに帽子を目深にかぶっている。
まさか本人が現れるとは。都合のいい展開……いや、幸運に感謝。
「ちょうどよかった! これ、こないだのお礼!」
「わざわざそのために? 気にしなくても……と、言いたいところだが……うまそうなにおいがするな」
「絶対好きだと思う。ハンバーグってやつなんだけど……」
その説明をすると、途端に彼の目が輝く。ゴクッと唾を飲みこむ音も聞こえた。
「それは楽しみだ」
「だろ? たぶんカトリーナも好きだと思うから。二人で分けて――あ、今渡しても大丈夫か? これから仕事?」
「今日は休みだから問題ない。ありがたくいただこう」
鍋を差しだすと、フレッドさんは嬉しそうにほほえみながら受けとってくれた。
食べたときの喜ぶ顔が見られないのは残念だが、想像で楽しんでおこう。
「そう呼んでいるんだな」
「うん?」
「カトリーナ、と」
一瞬、なにを言われているか分からなかったけれど、すぐに気づいて頷いた。
「まぁな。別にいいじゃん? 今はフレッドさんしかいないし。あ、フレッドさんの本名はちょい長いから、悪いけどこのままで」
「かまわない。ケイト――カトリーナも喜ぶだろう」
うんうん、と頷いて肯定。事実、照れながら喜んでいたし。
「そういや、カトリーナは元気?」
「ああ。最近は忙しいみたいで、出かけていることが多いな」
「そう……なの、か」
その瞬間、心臓がひとつ跳ねた。
今まで感じていた「違和感」が、一気に駆けめぐる。
……いやいや。そんなわけ、ないって。
俺が顔を俯けると、フレッドさんが怪訝そうに首を傾げたのが視界の端に見えた。
「……あ! そういえば、カトリーナから二人は同じ国の生まれだったって聞いたよ。移住したあとで知りあったんだって?」
「ああ。アルケミリアの北にあるルーンベルク王国だ。あいつがこちらに移住してからの縁だから、かれこれ十年の付きあいだな」
「じゅ、十年?」
俺は唖然とした。
知りあって十年って……つまり、十年前には一人で移住して生活できるレベルの年だったってことだよな?
となると、フレッドさんはもちろんカトリーナも俺より年上なのか?
……ウソだろ!? あの少女のような見た目で!?
動揺しつつ、別の質問をぶつける。
「そ、そもそもなんで移住してきたんだ? こっちのほうが住みやすそうだって思ったとか?」
「ああ」
フレッドさんは、そこで言葉を切って遠くの景色を見つめた。
「……あの国では、ある宗教が熱心に信仰されていたんだ。王族ではなく教団が力をもっていて、政界にも幅を利かせていた」
「宗教?」
「ああ。その中でも……過激な思想をもつ連中が、『獣人は悪魔の使い』とか、『悪魔が生みだしたもの』などという考えを広めたんだ。そのせいで俺たち獣人は蔑視され、住まいを追われるようになった。だから移住せざるをえなかったんだ」
「……なん、だよ……それ」
胸のあたりに重苦しい感じをおぼえ、まともな言葉が出てこなかった。
フレッドさんが、獣の耳が見えないようにひた隠しにしているのは、それが原因だったのか。やっと、わかった。
「悪魔の使いってなんだよ! 悪魔が生みだしたものって、なんだよ……! フレッドさんもカトリーナもそんなもんなわけねぇだろ!」
拳を握りしめ、どこにぶつけたらいいかわからない怒りを振りまく。
フレッドさんに、「ありがとう」と言われながら背中をさすられて我にかえり、深呼吸して気持ちを落ちつけた。
「俺は……お前が羨ましかった。いつも堂々としていて、人から貶されても明るくはねのけてしまう……お前のようになりたいと、心から思う」
「……俺は、なにも知らなかっただけだよ。自分がおかれた環境が、恵まれたものだってちっとも気づいてなかったんだ」
「それは悪いことではない。いいんだ。お前は、これまでどおりありのままで……明るい奴でいてほしい」
泣きそうになり、唇を噛んでこらえる。
――ただ悩んでばかりじゃなにも進まない。行動に移さなければ。
フレッドさんの優しくて悲しげな笑顔を見て、強くそう思った。
「……フレッドさん。ちょっと、頼んでもいいか?」
彼が頷く。
俺はすぐには答えず、顔を俯けて気持ちを固めてから、改めてフレッドさんを見上げた。
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